ヅダ開発に内海課長を突っ込んで見た【完結】 作:ノイラーテム
その男の名前はウツミ
●ツイマッド企画七課、発足
そこはジオンの中でも技術の殿堂。
通好みで玄人集団とも言われる、ツイマッドのオフィスの一角。
胡散臭いくらいに笑顔の男が、キャリアウーマン風の女を引き連れて出社して来た。
「いっやー! クロサキくん。軍でロボットを採用するんだって? いやー時代はSFだなあ」
「地球の果てに居たにしては、お耳が早いですね。リチャ……いえウツミ課長」
能天気な男が扉を開け、陰気な男がそれを出迎える。
どちらにも共通するのは切れ者であることを窺わせる瞳の輝き。
そして、手段や容赦というものを選ばないという物騒さだった。
「ですが無駄足でしたね。軍高官の間ではジオニックに決まっているそうです。04には重大な欠陥もありますし」
「マジで?」
クロサキと呼ばれた男が恐ろしいのは、軍内部の噂の話をして居ないことだ。
これらは軍に所属する『高官』たちとジオニック社の間で取り決められた裏取引だ。
一介の人間ではないにしても、ライバル会社のツイマッドの人間が知って居る筈が無い。
自社製品である、EMS-04の欠陥だけならばまだ判らないでもないのだが。
「ということは賄賂かあ。ジオニックもジオン最大企業にしては汚いなあ。どうせなら技術にモノを言わせたまえよ~」
ウツミは悲しそうなフリをする。
下を剥いていかにも意気消沈しております……という風情ではあった。
「うふふ……。面白い物を見せてくれると言った割りに、大したザマねリチャード」
「タケオ~傷心のボクを慰めてくれないのかい? それとアナハイムじゃないんだから、ここではウツミって呼んでくれないと」
しかしタケオと呼ばれた女がホっとした笑みを浮かべると、ウツミは持ち前の笑い顔を上げた。
そう、トーンも表情も笑い顔のままだ。
傷心どころか、まるで意に介して居ない。
「……でもまあタケオに嫌われたくないし……んじゃ。ここは一つチクリますか」
「欠陥を密告して担当を変わる気ですか? しかし、そんな事をすれば、この業界で食っていけなくなりますよ?」
クロサキが驚くのも無理は無い。
密告というものは嫌われるもの。まして技術者たちの心象はいかばかりだろうか?
仮に担当を変わったとしても、大人しく従ってくれる筈が無い。
間違いなく知的サボタージュが繰り広げられ、ニッチモサッチも行かなくなるだろう。
「それは『彼ら』が不満に思ったらだろ? 連中に地球土産をくれてやろう」
「セイバーフィッシュにデプロッグのデータですか? よくもまあ、こんなものを」
交換条件に出して、担当者や技術者を黙らせる材料は設計図だった。
元もとツイマッドの得意分野は宇宙船や宇宙戦闘機向きのエンジン系である。
04が欠陥機になってしまったのも、元はと言えば大型宇宙戦闘機で設計した物を強引にロボットへ変えたからだ。
シェイプアップしてに二足歩行にしなければ、機体耐久度に問題は無かったとまで言われている。
確かに連邦製戦闘機や爆撃機のデータを受け取れば、これらを元に戦闘機を開発して軍に売り込もうとするだろう。
そして技術者も失敗しかけたロボットより、専門分野に近い航空機の方を好むに違いあるまい。
「リチャード。貴方ゲリラにやらせてたのはまさか……」
「うん。実機が墜ちちゃえば、それを元に研究したって事にできるだろう? こんな事もあろうかと! ってさ」
絶対に嘘だ。
世の中をひっかき回し、自分の思い通りにする為のタマとしてアナハイムから持ちだしたのだろう。元捜査官であるタケオが、惚れた弱みがあるにせよ、ウツミに付いてジオンまで来たのはこういう強引さが原因だった。
「まっ。
「嘘おっしゃい。手段の為なら目的を忘れる男が……」
●納期遅れ
EMS-04ヅダの欠陥が漏れ、社長にまで伝わったらしい。
その噂が駆け抜けた後、技術幹部数人の首が飛んだ。
当然ながら強引に完成させようとしていたヅダの納品は、遅れに遅れている。
軍からはトライアルに間に合わせる気は無いのかと激怒しており、矢の催促が送られて来た。
だが、無い物は無いし納品する事などできるはずがない。
「やっ、どーも! 今回、担当を押しつけられたウツミでーすっ」
そんな局面に颯爽と登場したのがウツミだった。
部下として企画七課に収まったメンバーが聞いたら、いけしゃあしゃあと笑って居る。
首を切られた幹部が聞けば、自分の家に火を点けたのは誰かと、怒鳴り散らすに違いない。
「君が切れ者だとは『会長』からも聞いている。だが今回ばかりは無理ではないかね?」
「実機もまだなら軍の上層部もお冠だぞ? 角を生やして怒号と唾を飛ばして来る」
「あー大丈夫だいじょうぶ~♪ スクリーンに出して―」
専務たちが首を傾げる中、ウツミは鼻歌すら唄いながら注目の的になった。
まるで魔法使いがステッキを振るうかの如く、問題を解決してしまう気なのだろうか?
いいえ、ペテンに掛けるのですと企画七課のメンバーは言うだろうけれども。
「こことここをバサリやっちゃっいましょう。木星エンジンは付属オプションということで」
「本体だけで提出するということか? それならば確かに……」
「いや、駄目だ! それでは勝てるわけがない!」
完成して居ない最大の理由は、木星エンジンがあると暴走して空中分解する事だった。
元は宇宙戦闘機用の技術を、強引に変更した物。ゆえに取り外せば、問題無い様には見える。
だが、取り外すと大きな問題が出て来る。
木星エンジンによる強力な出力が無ければ、ヅダはジオニック側に勝てない可能性があるのだ。
いや、ジオニックはジオン最大大手の重機メーカーであり、既に完成して居る事を考えれば難しいだろう。
「おやおや~? なんで勝てないと判るのでしょうか~? ああ、専務はあちらの部長さんや、軍の高官とご友人でしたか」
「ウツミ貴様……それをどうして……」
「君……まさか」
ウツミは楽しそうに首を傾げた。
とてもワザとらしくて見るに堪えない。
「いや!? これは情報収集を心がけただけだ!」
「デスヨネー。このままではジオニックとそのバックの一人勝ちだから、なんとかしろと言われたんですよね」
「それならば……まあ」
「しかし、その情報を何処で……」
慌てて居た専務は、一気に顔が青ざめた。
決して話してはならない繋がりが、上層部に知れ渡ったのだ。
しかもその疑惑を収めたのが、暴露した張本人なのだから笑えない。
これでは首根っこを掴まれたまま、骨までシャブリ尽くされかねなかった。
「ヒ・ミ・ツ。じゃの道は蛇って言うじゃないですか。まあ蛇なんか宇宙世紀に生まれてこのかた見たこと無いですけどね」
(「うそつき……」)
一緒に地球に居たタケオはなんとかポーカーフェイスを保ったが、心の中で何度も罵倒した。
思わず顔に出そうになったので、知的好奇心を満足させて平常心に戻ることにする。
(「クロサキくん。裏で何があったの?」)
(「単に『仲介者』が居ただけですよ。一応は、大学時代のヨットサークル仲間と言う事になっては居ますけれどね」)
宇宙用のヨットで行うクルージングやレースは金持ちのスポーツだ。
そこで顔を合わせる者は気心がしれている者が多いし、多くは大企業の幹部や軍の高官になっている。
(「仲介者……。なるほどね、キシリア・ザビ辺りかしら」)
だが、そんな仲の友人でも軍の機密や社の機密を話す筈が無い。
クロサキは最後まで口にしなかったが、ザビ家や、それに類する名家の存在が感じられた。
タケオも元は潜入捜査官なので、想像するのは難しくない。
●ヅダの長所と短所
騒然と成った場が、徐々に収まって来た。
となると話題は当然、元のヅダに戻る。
「しかしな。それで納期は間に合わせるとしよう。だが専務が言う通りならばどうやって採用を勝ちとる?」
「そうだ。我社の製品が劣るとは思ったことは一度も無い。だが現実に、軍からは難しいと内々に伝えられているんだ」
「なーんだ、そんな事をお悩みで」
大難問に対して、ウツミは人を喰った様な笑顔を浮かべる。
いかにも些細な問題であり、簡単に解決できると言わんばかりだ。
「こういうのはね、考え方を変えちゃえば良いんですよ。短所を長所だと言い、長所を短所だと指摘すれば納得するもんです」
「しかしタイプ04がジオニック製の二倍近い価格というのは覆し用が無いぞ?」
「二ばっ……。いや木星エンジンがなければ五割増しということか? だが、なければ超高性能などとは言えん」
どういうことだ? と場が再び喧騒に包まれる。
二倍近い予算の差は、少々のペテンで覆るものではない。
そしてヅダがザクより強いと言うのは、爆発する木星エンジンあったればこそだ。
外せば少々高性能なくらいで採用される筈が無いし、付けて居れば爆発の危険が付き纏う。
最悪の場合、トライアルの最中に空中分解するだろう。
「この際です。使い過ぎると爆発するんだと公表しちゃいましょう」
「はっ!?」
(「始まったわ……この詐欺師……」)
笑うウツミに驚く上層部、今度こそタケオは溜息を吐いた。
その上で、ウツミは笑って灰皿を持ち上げる。
そして『加速そーちを、カチっとな』とか呟いた後、会議室の端っこに放り投げた。
あまりの行動に、上層部は怒るとか呆れるとか、そういった感情が全て停止してしまう。
「その上で三回まで、あるいは三十秒だけ使える加速装置だと言う事にする。基本性能は元からこっちの方が上なんです。ザクでは不可能な任務が、ヅダでは可能と言えばいい」
暫く、ウツミの主張に一同は黙りこくった。
そして何を言って居る理解すると、別の意味で場は騒然となる。
「特務作戦機として売り込む気か!」
「確かにそれならば軍も興味を示す筈。いや、間違いが無い!」
「しかし、それではシェアは幾らも奪えんぞ」
「だが、このままだと土俵に上がる前に敗北しかねんぞ。ウツミの言う事はシャクだが……」
上層部たちは、まるで若返った様に議論を始めた。
加速装置という単語に、まるでロマンチシズムを刺激されたかのようだ。
もちろんロマン以外にも、採算性や実現性が出て来たのも大きいだろう。
作戦初動の先制、奇襲攻撃、高速偵察、敵旗艦や空母への強襲攻撃。
それらの任務は性能が高ければ高いほど良いし、瞬間加速というオプション機能があれば、部隊指揮官はともかく艦隊指揮官は欲しがるだろう。
「話しに聞いたところによると、軍はレーダーを撹乱状態にしてから闘うと決めたそうじゃないですか。なら『最初』は安価な方が優位ってことになります」
「そうだな。だからこそ二倍の費用は大きい」
「仕方無いな。暫くの間、シェアはジオニックにくれてやろう。その上で次の……」
「最初……次……」
結論を出しかけた上層部は、そこで一度静まり返った。
そしてウツミの方を向き直ると、改めて問いただす。
「すると何か? 当面の量産機はジオニック、特務を我社が受け持つ」
「だがそれはあくまで当面の間。次こそは必ずやトライアルに勝ち残ると?」
「御明察ですなあ。いやあ、言いたい事を察していただけるとありがたい。高級機への切り替えが必要になるころ、タイプセブンかナイン辺りで勝てば良いんですよ」
上層部が全てを呑み込んだ時、ウツミはワザとらしく拍手を送った。
それはまるで、特務機の受注と、次期のトライアルへのファンファーレにも聞こえて来る。
「随分と自信があるじゃないか。貴様が担当すれば絶対に勝てると言うわけか?」
「まあ、そうですね。次の需要は今から演算すれば簡単ですし……無理だったら相手からもらっちゃいましょう」
「連邦の基幹技術を参考にか。まあ今やれば問題だが、戦争が起きてからなら問題あるまい」
上層部はウツミの強引さを受け入れることにした。
確かに彼が言う様に、汎用生産機を外せば受注と独自性は勝ち取れる。
そして、汎用生産機の次と言うのは案外、想像出来るものだ。
対ロボット用にメタった戦術機か、あるいはそれまでの機体では満足できなくなり、超高性能なマシーンが必要とされる。
その時には、今でも高性能なヅダから目指すツイマッドの方が、何倍も楽に違いない。
●悪魔の囁き
上層部が会議室を後にした後、タケオは意外な者を見る眼でウツミを見て居た。
思っていたよりも、ずっと彼が大人しい事をしていたからだ。
途中で灰皿を投げたのは別だが、あの程度で驚いていてはウツミに付き合えない。
「意外ね。貴方がこんなに大人しくしているだなんて。まあ連邦の基地に仕掛けたら、流石にザビ家から粛清されるでしょうけど」
「え? 大人しく? ボクが? またまたあ」
タケオは今度こそ目を点にした。
地球ではゲリラのスポンサーとしてかなり無茶をやったが、まさかジオンに所属しつつ、同じことをやる気だろうか?
ザビ家はそんなに甘くない。
勝手に戦争沙汰になるような事をして、準備が整う前に問題が起きる様な事は絶対にさせまい。
下手をすれば反乱容疑で処刑され、運が良くても暗殺者に追われながら逃げ回ることになる。
「リチャード! 貴方死ぬ気!?」
「おぉう! タケオはボクの心配をしてくれるんだね。ボカぁ嬉しいよ! でも今はウツミって呼んでね」
ウツミはタケオに抱きついた。
ギュっと正面から抱きつけば愛を語っている様に見えなくもないが、後ろから手を伸ばしたのではまるでセクハラだ。
しかしそれもここまで。
下に手を伸ばすと同時にパっと足を払うと、低重力なのを活かしてお姫だっこしてしまう。
「心配しなくても連邦なんて攻めないよ。クロサキく~ん。ボク達はちょっと祝勝会でもして来るから、水星エンジンの開発進めてて」
「了解です、課長」
「ばっ。馬鹿止めなさい! それにさっき相手からもらうって……」
惚れた弱みなのか、無重力柔道の有段者であるはずのタケオがアッサリと足を払われた。
お姫様だっこの状態でベットまで連れて行かれるのはこれまでもあったことなのだろうが、それでも聞いておかねばならないことがある。
でなければ心配でたまらないからだ。情事を愉しむどころではない。
「いやいや、連邦よりももっと近い場所にあるでしょ? ツイマッドとは違うタイプの技術を持っている会社」
「まさかっ!?」
こんどこそ二の句が継げなかった。
確かにそんな会社が存在している。
しかし、それは、今からトライアルの競合する相手なのだ。
「放っておいてもジオニックが生産機を取ったら、軍から命令されるよ。それにね……実はMIP社とは技術提携の話を決めて来たんだ。担当にされなかったらどうしようかと思ってた」
「そこまでしてヅダを作る理由は何? いえ、貴方は何がしたいの?」
よくアースノイドからスペースノイドは宇宙人扱いをされる。
だがタケオはこれまでそんな偏見を抱いたことは無いのだが、この時ばかりはウツミの姿に話の通じない宇宙人ぶりを感じさせられた。
「ボクはただ単純に量産機じゃあなくて、一機当千の戦いを見たいだけだよ。だから連邦から技術は持って来ないし、一足先にジオンの技術を統合しちゃおうって話しさ」
「散々心配させてっ……この悪党っ!」
地球から技術を持って来る気が無いとか、こないだ売り渡した資料は何なのか。
信用も信頼もできないとはまさにこのことだ。
結局、この男の手の平の上で転がされるのか。
自分もツイマッドも、ジオンでさえも。
きっと戦争が始まれば、連邦すらも遊び相手にするに違いない。
タケオはそう理解して、夜まで罵倒の声を上げ続けた。
という訳で、思い付きからヅダの開発物にパトレイバーをクロスさせてみました。
といっても冒頭に、パトレイバー側のキャラを突っ込んだだけですが。
(おタケさんが企画七課にいるのは忘れてください)
開発に関しては早める・成功させるのではなく、むしろ遅れてしまえば良い。
コンペすらピンチになったら、まともにトライアルすることもない爆発事故も起きない。
事前の策を打ち、次のトライアル(ドム相当)を早めに取りに行く……と逆転の発想で考えた次第です。
●嵐を呼ぶ、じぃかいぃぃぃ、よこくぅぅぅ!(うそ)
二回目の、そして統合計画を主導する側を決めるトライアルが始まった。
ジオニック製のYMS-06ザクⅡにヅダの改良型、タイプJ9……通称グリフォンを操るバドリナードが挑む。
そして連邦との戦いは、避けられない所まで来ていた!
「良いかいバド。このエンジンのすごさは直線じゃない。地上車でいえば……」
「わーってるって。瞬間的な加速。相手のロックオンを見てから避けられるちゅーことやろ?」
「リチャード・ウォン。貴様に頼みたいことがある。これまで便宜を図って来た見返りに、な」
「おーけーおーけー。将軍には素敵なクルーズを用意いたしましょうか」
仮に次回があったとしても、パトレイバー風に忠実な展開になるかは怪しい所です。
ガンキャノン・ヒルドルブ・ジムと序盤に闘うことになりかねませんし。
荒れそう、かつ、いきなり戦争とかありえない展開なので、そのままにはならないんじゃないでしょうか?