今日も地球の片隅で。   作:銀匙

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第11話

僅かな沈黙の後、ホワイトは口を開いた。

「マスター殿、先程の移動の話はもういい。なかった事にしてくれ」

「えっ?」

「その、私は先程の話で和平協定が結ばれた戦争の、人類軍側特殊部隊の司令官だったのだ」

「・・・ええっ?」

MRAPを停止させて振り返ったマスターと加古の視線を受けつつ、ホワイトはぽつぽつと呟いた。

「正確に言えば、当時の司令官の予備個体だったのだ」

「・・・」

「司令官に何かあった時に代わりが勤まるよう待機していたのだが、基地ごと地球に墜落したらしい」

「それは・・」

「そして私は前任者の記憶は引き継いでいないし、目覚めたのはつい2日ほど前だ」

「なるほど。では先程の地点は」

「レジスタンスと呼んでいた、人類軍側の地上拠点の座標だったのだが・・・」

加古は首を振った。

「停戦から少なくとも5千年は経ってるから、期待するような相手は居ないだろうね」

「そういうことだ」

MRAPを発車させながら、マスターは前方に目を凝らした。

「とりあえず我々の住まいが見えてきました。狭い所ですが寄って行ってください」

 

 

-----

 

 

「どうぞ。お口に合うか解りませんが」

「ありがとう」

マスターから紅茶の入ったカップを受け取ったホワイトは、そっとテーブルに置くと、頭を下げた。

「どうしました?」

「まずはこんなに親切にして頂いた事に、感謝を申し上げたい」

「お気になさらず。服や髪に砂が混ざりこむと気分も良くないでしょう」

「あぁ。エアシャワーはとても気持ちが良かった」

 

そう。

店についた時、MRAPから降りてくるホワイトを見た加古が、

「エアシャワー浴びてきたら?砂だらけでしょ?」

と、提案したのである。

エアシャワーは砂落としの為に強弱をつけた空気の塊を吹き付ける装置で、軽い除染の効果もある。

水が手に入らない砂漠地域ならではの装備だが、今は地球規模で砂漠化しているので普通に見かける。

首を傾げるホワイトを見て、店のトラップを解除したマスターは加古に声をかけた。

「加古、使い方を教えてあげなさい」

「あぁそっか、はーい。こっちだよ」

加古に手を引かれるホワイトを見て、マスターは頷いたのである。

 

紅茶のカップをそっと手で包み込んだホワイトは、カップに注がれた紅茶を見ながら続けた。

「私は前任者の記憶を引き継ぐ手筈になっていたが、得られていないのが現状だ」

マスターと加古は、静かにホワイトを見ていた。

「名前や歴史、自らの位置を測る方法といった基礎的な情報はあるのだが、それ以外何もない」

「おまけに携わる筈の戦争は、5千年以上前に終結してしまった」

「私は情報解析に長けるスキャナー型や、医療行為が行えるヒーラー型でもない」

「起動したばかりだからエネルギーは満タンだが、何をすべきなのか解らない」

「いや、私がする必要がある事がすべて終わっていた、と、言うべきなんだろう」

「この感情を、なんと表現すればよいのだろうと、戸惑っている」

 

加古が頬を掻いた。

「まぁそんなこと言ったらあたしもほとんどの時間を本来の仕事してないからなぁ」

ホワイトは顔を上げた。

「どういうことだ?」

「あたしはマスターが言った通り艦娘なんだ。艦娘って解る?」

ホワイトは小さく首を振った。

「ええとね、西暦がまだ1000年台だった頃、人間同士の世界大戦があったんだって」

ホワイトはじっと加古を見つめ、マスターは黙って店内を眺めていた。

「あたしはその時に作られた加古っていう名の軍艦に宿った船魂なんだけど」

「その大戦が終わった後に、海に、深海棲艦っていう化け物が出てきてさ」

「人類側が対抗するために、あたし達船魂の持つ体のイメージを実体化して海で戦う為の兵器にしたんだ」

「それが艦娘。だからあたしたちは変換装置としての艤装を持ってる」

言いながら加古はすっと席を立ち、艤装を展開した。

「この背負ってる機械が艤装ね。ところどころ船っぽいでしょ?」

ホワイトが首を傾げたのを見て、艤装を仕舞いつつ加古は席に着いた。

「そっか、船を見たことないか。まぁいいや。で、戦ってたんだけどそれどころじゃなくなっちゃった」

眉を顰めたホワイトに、加古は頷いた。

「海が強烈な放射性物質に汚染されて、深海棲艦も艦娘も海を追われる事態になったんだ」

「後で知ったんだけど、崩壊液とかいうらしいよ」

「とにかく、そいつに触れると深海棲艦も艦娘も狂って仲間まで見境なく殺すようになる」

「おまけに地上でも人間が真っ白になって狂暴化するとか崩壊液でミュータントになるとか無茶苦茶でさ」

「そんな時、ある鎮守府の提督と深海棲艦の最大派閥が手打ちをしたんだ。戦ってる場合じゃないってね」

「で、私達は人の居なくなった土地に上がって、まずは白い化け物と戦った」

加古は肩をすくめた。

「地上で戦ってるんだから、この時点でもう艦娘の仕事じゃないんだよねえ」

ホワイトは苦笑しながら口を開いた。

「あぁ。だが兵器としてのお役目という意味では正しいのではないか?」

「ありがと。で、途中からミュータントまで攻めてくるようになった」

「すまない。その、ミュータントとはエイリアンの事か?」

マスターは首を振った。

「私も断片的な記憶ですが、元々は人間ですよ。白い化け物は異次元からの病、ミュータントは崩壊液の病です」

「えっ」

「世界中でほぼ同時期に始まったようです」

「その、その時マスター殿はどうしていたのだ?」

「あなたと同じですよ、ホワイトさん」

「?」

「私は人間だった記憶があるんですが、この体は元の人間をクローン技術で複製し、強化した物のようです」

「強化?」

マスターは頷いた。

「ええ。人間の寿命はおよそ80年程度でしたが、私は恐らく2万年近く生きています」

「・・」

「その改造手法は、ここに居る加古の、すなわち艦娘由来の不老長寿化技術だったようです」

「・・」

「そして人間だった頃に文明の中で生きていた記憶から、突如文明崩壊後の砂漠の世界へと記憶が飛ぶのです」

「・・あ」

「生きてるといっても、そのうち少なくとも1万5千年程度はコールドスリープ状態で記憶もありません」

「そう・・か」

「だから目覚めた時、私は文明の中で働く1市民の記憶しかなかったのですが」

「うむ」

「見慣れない倉庫のような地下施設から外に出たら、砂に埋もれた瓦礫の市街地なんです」

「・・」

「近くをぐるっと回りましたが自分が居た建物も含めてどうしようもなく破壊されていて」

「・・」

「とても、明日は朝イチで会議だったなあ、1本早い電車に乗らなきゃといった記憶と違い過ぎて」

「アサイチ?デンシャ?」

「あぁ、古代旧世界、つまり人類の文明が栄えてた頃の用語です」

「そうか」

「最初は途方に暮れるしかありませんでした」

「・・」

「それでも歩き始めて、何もかも記憶と異なる世界に戸惑って」

「・・」

「落ちてる部品が売れると解って、必要な物と交換して、どうにかこうにか暮らしていたのですが」

「・・」

マスターは加古を見た。

「ホワイトさんが先程戦った奴と似た機械に殺されそうになっていた所を、加古に助けてもらったんです」

加古はふいと二人から顔をそらしたが、その頬は赤く染まっていた。

 

 

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