今日も地球の片隅で。 作:銀匙
「じゃあ約束の制作費だよ。他のオーダーも含め、何か困ってる案件はある?」
マスターはデラに小さな袋を手渡しながら訊ねた。
デラは中身を見て頷いた後、ふいに顔を上げた。
「そうそう、積載車の動力源を新しくしたいんだが、パーツが足りないんだ」
「何に使われている部品とか解るかい?」
「待ってくれ、メモを取ったんだ・・」
デラはカバンをしばらく漁り、小さな紙切れをマスターに手渡した。
マスターはメモを見て首を傾げた。
「また鉄血人形の残骸かい?」
「確実に流用出来そうなパーツの知識があるのは鉄血製品しかないんでな」
「このタイプの多脚戦車の胴体か、まぁジャンクヤードで見たことはあるな」
「ただし、欲しい部品は戦闘で壊されやすくてな」
「ほう、胴体のどの辺りなんだ?」
「カメラユニットの近くだ」
「なるほど。すると、その辺が無傷で、当該部品に外傷がないことを確認したら支払い、か」
「それで良い。回収屋は正常に稼働することまで担保できんだろうからな」
「手に入ったら連絡するよ」
「うむ、通信周波数はいつも通りでな」
そう言いながらデラはおもむろに立ち上がり、出口へと歩いていく。
「またねデラさん」
加古が声をかけるとデラは片手を軽く上げた後、店を出て行った。
-----
「これは良い!ありがとうございます!素晴らしい出来だ!」
「オリファイさんに頼んでよかったね、ダーリン」
「お気に召したようで何よりです」
デラの作ったソファに仲良く腰掛けているのは、オーダー主である機械生命体とアンドロイド。
マスターは客の喜びようを見て微笑みながら考えていた。
アンドロイドが女性型だし、ダーリンと呼んでいる以上は機械生命体の小型短足が男なのだろう。
機械生命体の外観に男女の違いがあるのか、そもそもカップルとは男女を指すのだろうか。
いや、そんなことより提示した品に満足してくれる方が大事だと思いなおす。
一方、加古は会話に混ざらず、少し離れたところで静かに商品にパタパタとハタキをかけていた。
滅多にない事だが、機械生命体やアンドロイドといったAIはウイルスに突然感染することがある。
すると目が赤く光り、周囲にあるもの全てを攻撃するようになる。
会話に混ざらない方が不審な挙動に気づきやすいとは本人の弁だ。
決して営業トークが面倒というわけではない・・ハズである。
機械生命体は何度か立ったり座ったりした後、マスターに鞄を差し出した。
「それではお約束していた対価です、お確かめを」
「では、失礼して」
マスターは受け取った鞄を開け、中身をカウンターに並べていった。
相次ぐ厄災により、人類の経済システムは終焉を迎えた。
当然だが銀行券、つまり紙幣は価値を失ったが、硬貨は別の価値を見出された。
純粋な資源としての価値である。
使用されている金、銀、アルミ、銅、ニッケル、パラジウムなどの元素とその含有比率で価値が決まる。
いわゆる物々交換に近い。
取引相手にとって価値があれば良いので、対価として使われる物は硬貨に限らない。
大陸ではダイヤ等の宝石も通じるらしいが、ここらでは断られるのがオチである。
たとえば今回、客が持参したものを見てみよう。
金貨10枚、鉛のインゴット2つ、そしてフィルター用濾紙の束である。
金貨とインゴットはお分かりだろう。
補足をすれば、鉛は放射線遮蔽材として需要が高く、比例して価値も上がっている。
そしてフィルタ用濾紙は機械の運用において油脂類の不純物を取り除くために不可欠な消耗品である。
輸送機、兵器、建機、機械生命体、アンドロイド、戦術人形、艦娘の艤装などなど所望する側は枚挙にいとまがない。
だが濾紙を製造する設備、技術、そしてなにより原料はなくなっていく一方である。
マスターは時折情報端末を操作しつつ価値を確認した。
そして鉛のインゴットを手に取ると、客に告げた。
「契約時よりフィルタの価値が上がったので、インゴットは2つともお返ししますよ」
しかし、機械生命体はゆっくりと首を振った。
「取っておいてください。手に入る筈の無いものをご用意頂けたのですから」
「ですが・・結構上がりましたよ?」
アンドロイドは機械生命体の腕を取り、微笑んだ。
「やっとダーリンと二人並んで気持ちよく座れるんだもん。貰っておいて!」
ややあって、マスターは頷いた。
「・・それではありがたく。ご自宅まで運びましょうか?」
機械生命体は首を振った。
「このまま持って帰ります。輸送車で来てますから」
「それでは砂で傷がつかないようにしっかりと包装いたします」
「お願いします」
-----
「ありがとうございました」
マスターが深く頭を下げておじぎする中、機械生命体達を乗せた輸送車が走り去った。
小さくなる砂煙を見送っていると、後ろから声がした。
「マスター様っ」
背中に軽い衝撃を受けたマスターは少し苦笑いをしながら振り向いた。
「やぁMP40、やっぱり来たね」
マスターに抱きついた、MP40と呼ばれた少女はちょこんと首を傾げた。
ちなみに少女と言ったが、ドイツ軍の軍服を連想させる黒い制服を身にまとった戦術人形である。
「あれ?なぜやっぱりと仰ったんですか?来る事お伝えしてましたっけ?」
「さっき加古が起きたからね」
加古という単語を聞いた途端にMP40はジト目になった。
「私達の恋路を艦娘ごときに邪魔させはしません」
「私・・たち?」
「はい。私達です」
マスターは誤解を解こうかと口を開いたが、ふと店の方を向いて固まった。
MP40は一瞬で事態を悟ると、すぐさま横に飛び退った。
直後、MP40が居た空間を加古の蹴りがうなりを上げて通過した。
ザッ
さりげなくマスターを攻撃圏外に置く陣を敷きつつ、加古とMP40が睨み合った。
数秒の静寂の後、二人は同時にカッと目を見開いた。
「野良人形ごときが!」
「働かない艦娘風情が!」
「「私のマスター(様)に手を出すなぁぁ!」」
マスターは拳で語り合う二人が巻き起こした砂埃を吸って思わず咳き込んだ。
艦娘の加古にせよ、戦術人形のMP40にせよ、どうして学習しないんだ。
どっちとも恋愛関係になった覚えなんてないと何度も言ってるのに。
それに、艦娘が慕うのは司令官、戦術人形のそれは指揮官だろ?
どっちも経験無いんだがなぁ・・
ついにシェルターの外壁まで使って戦い始めた二人に、マスターは声を張り上げた。
「はいストップ!ストーップ!シェルター壊したら弁償だけじゃなく全部綺麗に掃除してもらうからな!」
ピタリ。
互いにしぶしぶといった様子で戦闘を止めて戻ってきた二人を前にマスターは溜息をついた。
やれやれ、シェルターにヒビでも入ったら大変だ。
飲料用でさえ貴重な水を掃除用になんて使えない。
その状況下でシェルター内全てを掃除するのは苦行でしかない。
・・・そうそう、水といえば。
マスターはMP40に声をかけた。
「MP40、飲用水とジンジャーエールはまだ在庫あるかな?」
「えっ?あ、もちろんあります!どれくらいご入用ですか?」
「水を50リットルと、ジンジャーエールを1L欲しいんだけど」
「お任せください!お店の方にお持ちします!」
自分の荷物を積んだバギーめがけて駆けていくMP40を見つつ、マスターは加古の頭にぽんと手を置いた。
「相変わらず仲良しだな」
加古はじとりとマスターを睨んだ。
「今のどこをどう見ればそうなるの」
マスターは加古の頭を撫でながら答える。
「本気で排除するつもりなら艤装展開するだろ?」
「・・・ふん」
拗ねたような声を出す割にマスターの手を振りほどかない辺りでお察しである。
「ほら、ジンジャーエール飲みに行こう。レモン液もあるよ」
そう。
レモン入りのジンジャーエールは加古の大好物なのである。