今日も地球の片隅で。 作:銀匙
「ごちそうさまです!マスター様が淹れてくれたお茶はとっても美味しかったです」
「これも君が水を運んできてくれるおかげだよ。ありがとう」
MP40はマスターに飲み終えたグラスを渡したのだが、その時マスターの指と少し触れた。
「きゃっ」
慌てて手を引っ込めると、頬を染めるMP40。
恋する乙女の雰囲気を醸し出すMP40を横目に、加古はひらひらと手を振りながら告げた。
「はいは~い、似合わない乙女のフリしてる暇があったらとっとと帰れ戦術人形~」
MP40はギッと加古を睨みつけると、思い切り舌を出した。
「あっかんべーっ!」
「にゃにおう、店員様の言う事が聞けないのか~?」
「いっつも寝てる不良店員なんて怖くないです~」
マスターはふと、グラスを磨く手が止まった。
加古がきちんと起きて真面目に仕事する姿・・なぁ・・全く想像出来ないな。
ややあって納得したように頷いた。うん、それはきっと地球最後の日だな。
加古は思考を読んだかのようにマスターをジト目で見た後、MP40へと視線を戻した。
「行商先で油売ってるサボリ人形よりマシですぅ」
「残念でしたー、私が売ってるのは飲み物で~す」
「ベロベロベーッ!」
「イーッだ!」
ふと、マスターは店内に掲げているモニタの表示を見て眉をひそめた。
「MP40」
「はい?」
「30分後に竜巻が来る。荷物をシェルターの中に入れておきなさい」
「えっ!わっ解りました!店先お借りします!」
MP40が慌てて外へ出ていくと、加古もひょいと椅子から立ち上がった。
「どうした?」
「冷やかし~」
そういいつつゆっくりとMP40の後を追う加古を見送りながら、マスターは呟いた。
「素直に手伝うと言えばいいだろうに・・・」
MP40はIOP社が開発した戦術人形である。
今の呼び名であるMP40は元々ドイツ製サブマシンガンの名前だが、そのMP40を用いて戦う為に開発された。
実際、彼女は今もMP40サブマシンガンを携行している。
戦う為に作られ、人間の外観を模し、人工皮膚の中に機械を有する点で戦術人形とアンドロイドは似ている。
だが、根本的に異なることがある。
例えばアンドロイドはスリムな女性モデルでも150kg以上あるが、戦術人形は人間とほぼ同じ体重である。
アンドロイドは100年以上に渡り無補給で活動できるよう、核燃料を搭載し、皮膚の下は完全な機械である。
一方戦術人形は日に何度も燃料補給が必要で、その燃料は人間と同じ食べ物で良いように設計されている。
思考装置などは機械だが、駆動システムに人工筋肉を用いるなど、より多岐に渡って生体を模している。
このように戦術人形は人の世に溶け込むことを前提にしているが、アンドロイドにはそうした前提が見られない。
それは元々アンドロイドが人類から遠く離れた地で機械生命体と戦うために開発されたからである。
一方、体重や喫食等の面で戦術人形と艦娘は似ているが、艦娘は人魂や船魂を艤装と結び実体化させたものである。
艦娘の思考を司るのは魂であり、アンドロイドや戦術人形のようにAI感染型ウイルスプログラムに冒される事はない。
お互いにどこか似ていて何かが違う。
ちなみにミュータントは元人間ゆえ魂があり、機械生命体は人類の意識モデルを有するとも言われるが詳細は不明である。
なお、かつて栄華を極めた人類は絶滅したとも、絶滅寸前ともいえる状況である。
なぜなら生存する者はマスターのように身体を改造したか義体化の処置を受けており、純粋なヒトは絶滅したのである。
崩壊液を含む放射能汚染、砂漠化や巨大竜巻、極端な寒暖差といった環境の劣悪さにヒトは耐えられなかったのである。
そして手を加えられた人類であっても、もはや現存数は極僅かとなっていた。
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「ん・・マズいな」
マスターはモニタ上の更新された情報を見て眉をひそめた。
竜巻の予想到着時間が早くなった。二人がじゃれてる暇はないだろう。
マスターは砂塵用ゴーグルを3つ手にすると、店の入り口へと向かった。
店のドアを開けると、既に外からの風は強くなっていた。
「加古!後どれくらいだ!」
シェルターの中にオレンジジュースの入った箱を運び込みながら、加古は顎を外へとしゃくった。
「あとはバギー本体なんだけど、入り口通らないって奴さん外装バラしてるよ~」
「手伝ってやれ!竜巻の速度が上がった!」
「え~」
マスターは加古に砂塵用ゴーグルを放り投げ、シェルターの入り口から出ようとした。
「危ないっ!」
声とともに、MP40がマスターをシェルターの中へ押し戻すように覆いかぶさった。
直後、風に飛ばされてきた大きな太陽電池パネルが入り口近くをかすめて行った。
マスターは小さく首を振りながら、自分に覆いかぶさるMP40の頭を撫でた。
「や、ありがとうMP40。うっかりしてたよ・・・MP40?」
改めて見るとMP40はマスターの胸元に顔をこすりつけるようにしていた。
「えへへへへ・・・マスター様良い匂い~えへへへへぇ」
「あー・・」
ふと入り口を見ると、加古が無表情のままシェルターのシャッターを閉じるボタンを押していた。
その音にMP40は飛び起きると、そのまま加古に詰め寄った。
「ちょっ!私のバギーまだ外!外ですよ!」
「あーほら、もう竜巻来るし」
「バギーなくなったらここに来れなくなっちゃいます!」
「来なくていいし」
「待って!ちょっと開けて!開けてくださいよぉ!」
「だが断る」
「・・・じゃあここに住みます。帰れなくなるし」
ピタリ。
加古が指を離したため、シャッターが下1/3ほど開いた状態で止まった。
冷たい笑いを湛えた加古は、MP40を見たまま外を指さした。
「ほら止めたよ、外行きなよ」
MP40はジト目で加古を見返した。
「私が出たらシャッター閉めますよね?」
「さぁ何の事やら」
「締め出す気ですよね!」
「さっぱりわかんないなあ」
その時、起き上がってきたマスターがシャッターを再び開け始めた。
「あー!」
「加古、そこまで。MP40、急げ。加古の言う通り時間がない」
「加古を見張っててくださいね!」
「解ってる」
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「加古が余計な事したから折るしかなかったじゃないですか!お気に入りのアンテナだったのに!」
「そいつぁ残念だったねぇ~ん」
「くっむかつく!」
「ピロピロペ~」
「アンテナ鼻に突っ込んでやる!」
「ぐああやめろぉ~」
シェルターが固く閉ざされていると解っていても、竜巻はうなり、地を揺るがし、雷鳴を轟かせる。
竜巻は幾つもの砂嵐を引き連れてやってくる。
何もなかったところに巨大な砂丘を作り出すなど朝飯前のハイパワーである。
嵐の真っただ中ではシェルターごと生き埋めにならないことを願うしかない。
そんなシリアスな場面の筈なのだが、MP40と加古はどこ吹く風と喧嘩を続けている。
マスターはやれやれと首を振り、ぽつりと呟いた。
「だが、二人が居なかったら寂しかっただろうなぁ」
ピタリ。
寸前までキーキー言い争っていた二人だったが、一瞬でマスターの所に駆け寄った。
「加古が居ないと寂しいって言った?ずっと寝てていいから一生傍に居ろ?しょうがないなあ」
「違います!MP40と結婚したいから指輪のサイズ教えろと仰ったんです!」
「どっちも言ってないが・・」
マスターは二人の頭に手を置いて微笑んだ。
「まぁ、二人が居ると退屈しないな」
加古は口を尖らせた。
「えー、もうちょっと!もう一言譲歩しようよ~」
MP40は乗せられたマスターの手をそっと両手で包んだ。
「この温かさ、柔らかさ、優しさが・・えへへへへ」
マスターは嵐が過ぎ去るまで、二人の頭を撫でていた。