今日も地球の片隅で。 作:銀匙
「転居しましたって看板立てといたら?」
夕食時、マスターがデラと話した件を皆に提案し、加古が開口一番に答えたことである。
MP40は箸でつまんだほうれん草のおひたしを見ながら言った。
「こちらはあちらと比べれば、環境は良くなります・・ね」
そう。
汚染の酷い地域では特に顕著だが、ほぼ全ての食料はFOLMEの店に頼ることになる。
FOLMEも慈善事業ではないので、売値にはきちんと輸送費が乗る。
加えてその店まで配達する事が可能な食料しか送られない。
つまり僻地になるほど食べ物の選択肢は限られるのである。
「うーん・・」
マスターは渋い顔で唸った。
ホワイトは一言も発していないが、美味しそうに夕食に舌鼓を打っている。
食事は基本的に必要の無い彼女だが、新しいおかずがあれば経験したいと言って少量食べるのである。
そして今、食卓に並んでいるおかずはここでなければ食べられない新しい物が多く占めている。
それは売っているからでもあり、マスターの示す予算に収まるという事でもある。
加古は自分が着ているパジャマの袖をつまんだ。
「近くにFOLMEの大きい支店があると、こんな物もすぐ手に入るしさ」
そう。
オリファイの最寄りにあったFOLME支店は食料品専門の小さなものだった。
ゆえに服1枚買うにも延々とMRAPに乗っていかねばならなかった。
一方でこの仮住まいの近くにあるFOLMEの支店は総合店舗。
食料品、衣類、寝具、その他諸々。
種類こそ旧世界のそれには到底及ばないが、色やデザインに目を瞑れば一応は揃うのである。
この差は客数の違いである。
仮住まいのある洞窟は奥行、広さ共に広大であり、職人の家が何件も並んでいる。
そうした洞窟が近隣に幾つもあり、様々な職を持つ住人が居る。
「効率よく売れる所に品を置く」のは商売の基本である。
更に言えば、大きなFOLMEの店が持つ集客力をアテにした小さな店が周囲に並んでいる。
つまり商店街があるわけで、そこにオリファイが加わっても違和感すら無いのである。
MP40は箸を進めつつ、そっとマスターの反応を伺っていた。
今の表情から察するに、マスターは元の場所に帰りたいようだ。
しかし・・・あの場所は重金属と放射能でかなり汚染されている。
どうしてこんなとこにあるんだろうねと客がぼやいてるのを何回か耳にしている。
だからこそ住人が居ないし、住人が居ないから寒暖差が大きくなり、竜巻も多い。
正直自分がマスターに居て欲しい場所は圧倒的にこちらなのだが・・・
「マスター殿は、かつて住んでいた場所に居ると落ち着くのか?」
ふいに、箸を止めたホワイトがマスターの目を見ながら訊ねた。
ホワイトの視線を受け止めながら、マスターは顎に手をやった。
「そういう訳でもないのですが、どうにかこうにかやってこれたツキの良さを感じるんですよね」
「ツキ・・とは?」
「幸運というか、巡りあわせの良さというか、そういうものです」
「ふむ。運命の天秤が良い方に傾いたのを感じた、ということか」
「そうですね。単なる思い込みかもしれませんが。あとは便利過ぎても破滅するんですよ」
「どういうことだ?」
「物が手に入らない場所なら、手に入らなくても諦められるんです」
「うむ」
「ですが、お金を払えば物が手に入るなら、多少不要であってもお金を払ってしまうんです」
「なるほど。浪費してしまうということか」
「ええ・・たとえば・・」
ホワイトとマスター二人の視線を感じた加古は一気にジト目になった。
「なによぅ」
だが、MP40は味噌汁のお椀を置くと口を開いた。
「この中で、仮住まいになってから圧倒的に物が増えたのは加古ですから」
「ぐっ」
「毎日足繁くFOLMEや近隣の店舗を回ってるじゃないですか」
「うっ」
「部屋ごと破壊されたのは同情しますけど、一体幾つクッション買えば気が済むんですか?」
「だっ・・だって・・可愛いんだもん・・」
真っ赤になって箸を噛む加古を横目に、マスターとホワイトはジト目で視線を交わし、頷いた。
ホワイトが口を開いた。
「なるほど。マスター殿の懸念は解った」
「まぁ、それはお小遣いの金額調整でどうにでもなりますけどね」
マスターの一言に加古の肩がびくりと震えたが、マスターは続けた。
「正直、復興イコール元の場所でという思い込みだったのかもしれませんね。住み慣れてますし」
「どれくらい住んでいたのだ?」
マスターは天井を睨みながらしばらく考えていたが、
「シェルターが1つで100年くらい持つんですが・・たしか30は建て替えてますね」
「3000年も住んでたのか?」
MP40が頷いた。
「はい。私がマスター様のところにお水を運び始めてから2500年は経っています」
「そうだね、MP40が水を届けてくれるようになったのはあそこに店を構えて少し経ってからだ」
ホワイトは苦笑した。500年が少しなのか・・・
加古が肩をすくめた。
「確かに砂漠で過ごす1ヶ月ってあっという間なんだよね」
マスターも頷いた。
「あぁ。嵐の無い日は静かだし、客が来なければ誰の目もないからのんびりしたものだ」
「それに比べればこっちは他人の目と喧騒が気になると言えば気になるね」
「だからこそ大きいFOLMEの店も、個人商店もあるんだがな」
「でもお小遣いカットされて見るだけってなったら無い方がマシだよ・・」
「浪費するなと言ってるだけだ」
「むぅむぅちゃんクッションシリーズ可愛いんだもん・・」
「作れば良いじゃないか」
「世の中全ての人がマスターやデラさんみたいにDIYで何でも作れると思わないで」
「そういうもんか」
ホワイトはナプキンで口元を拭いながら言った。
「マスター殿、ここにも良い所、悪い所がありそうだな?」
「ええ、よく考えてみれば」
「それならこの仮住まいを仮店舗として暫定営業してみてはどうだ?」
「暫定営業ですか?」
「あぁ。必要な資金を留保したうえで半年なら半年やってみて、善し悪しの情報を集めて行けば良い」
「なるほど。一定期間お試しという事ですね」
「この家をそこまで貸してくれるのかは解らないが、次の店の建設が半年遅れた所で今更だろう」
「まぁそうですね。地方税がある訳じゃないし」
「地方税?」
「旧世界の住人にはあまり嬉しくない用語です」
「ふむ?まぁ今結論を出せそうもないし、それで如何だろうか?」
マスターは一瞬の間を置いてから頷いた。
「そうですね、とりあえずやってみましょうか」
MP40はほっと一息ついた。マスター様が納得出来る結末になればそれでいい。
ここには水道も井戸もある。
以前なら自分の役割がなくなる事でマスター様との縁が切れてしまう事を恐れたかもしれない。
でも今は違う。マスター様のくれた確固たる証があるから怖くない。
MP40は左手に収まる指輪を見て微笑んだ。
その時、食事を終えた加古がはっとしたように席を立った。
「あっそうだ!たい焼き買ってたんだ!皆で食べよ!」
小走りに自分の部屋に戻っていく加古を見てからマスターに目を向けたホワイトは、
「マスター殿、失礼かもしれないが」
「はい?」
「・・・どちらかというと妻というより娘を持つ父親のような心境ではないかな?」
マスターはくすくすと笑った。
「そうですね。仕事上では頼りになるんですけどね。この子と一緒です」
急にマスターに頭を撫でられたMP40は複雑な心境だった。
撫でてもらうのは嬉しいけど、私は加古程お子様ではない。
現にここに住み始めてから増えた私物は数冊のアルバムだけだ。
今はお休みをいただいてるが、そろそろMPL宅配を再開させなくてはならない。
そうなると3週間は帰ってこられないし、配達中もマスター様のお顔を見たいから。
だから仕方なく、やむを得ず、隠し撮りをしてアルバムに保存するしかないのだ。
そんなことをつらつらと思っていたMP40だが、ふとホワイトの話の流れに不穏当さを感じた。
チラリと見るとホワイトの目が肉食的な気配を漂わせている。
マスターとホワイトの会話は続いていた。
「あはは、そうですね。そういう世話を焼くのも慣れてしまいましたねぇ」
「それならばマスターも、マスターのわがままを受け止める者が居ても良いのではないか?」
「私のわがままですか?たとえば?」
「ふむ・・そうだな・・たとえば・・膝枕とか、添い寝とか?」
ん?
「あー、まぁ加古はたまに求めてきますねえ。ちょっと寒いから寝かせて~とかいって」
んん?
「ふふ。そうだ、私がマスター殿の耳掃除をするのはどうだ?」
「あー良いですね。自分だと取りにくい所がありますからね」
んんん?
「そうだろう?」
協定ラインを説明すべきか、そもそもその前に加古の件アウトじゃない?
MP40はそんなことを考えながらマスター達の方に振り向いて凍り付いた。
二人の後ろにはたい焼きの紙袋を手に、能面のように無表情な加古が居たからである。
とっさにMP40は伏せて寝たふりをした。
「マスター?」
「それじゃ今夜・・どうした加古?」
「うわき?」
「えっどこが?」
「膝枕で耳掃除してほしいならあたしがやったげる!」
「・・・」
「なんでそんな疑わしそうな顔するのさ?」
「だってお前・・出来るのか?」
「馬鹿にしないでよ!スパっとごそっと取ってあげるよ!」
「いや、耳はデリケートだからさ・・・」
「だからなに?」
「耳を預けて良いかって問題がな?」
「・・信用ならないって言いたい?」
「正直に言うとYESだ。まだ修復機は手配中だからな」
「出来るよそれくらい!今からやったげる!ほらそこ寝て!」
「フローリングの床に直なんて嫌だ!そういうとこだよ!」
「いーじゃん頭は膝枕してあげるんだから!」
「絶対嫌だ」
「むーっ!」
MP40は伏せたまま疑問に思っていた。
瓦礫の上に横になるのはケガの恐れがあるから私も嫌だけど、フローリングでなぜダメなのだ?
滑らかな木の板なのに。
ホワイトは静かにお茶を啜っていた。この緑茶はなかなかに美味で良い香りだ。
膝枕という位だから寝具と考えるべきだろう。
人類は就寝時、横になる時には柔らかい物の上でなければ臓器の配置が悪くなる。
だから寝返りを適度に打てる広さと柔らかさが必要になる。
不老長寿化措置を受けていても、そうした人間としての本能的判断は残っているのだろう。
登録されていた基礎知識群に感謝を。
しかし、柔らかいものか。ベッドの上が良いのだろうな。元々寝る為の器具だからな。
この家の家具は全て私が使っても壊れないとデラさんも言ってくれたしな。
それなら寝る前に誘ってみるとしよう。添い寝やそれ以上になったとしても構わないし。
ホワイトは茶碗の陰で小さく口角を上げた。