今日も地球の片隅で。   作:銀匙

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第39話

 

「これで引き渡し時の確認も済みましたので、鍵をお渡しします」

「ありがとうございます。2セット、確かに頂戴しました」

「では私はこれで。商売のご成功をお祈りしていますよ。また来月伺います」

 

パタン。

 

賃貸契約を取り交わしてから半月ほど経って、現地で引き渡しが行われた。

相場より多い金を払っただけあって、屋内は一通り清掃が済んでいた。

下水処理ユニットも機能していたし、電気も水道も確認出来た。

ただし引き渡し直前に解ったことだが、周囲に隣接する建物は全て空き家だったのである。

 

「音を立てても苦情が出ないのは良いけど、商店街・・じゃないよね・・」

 

マスターがそう苦笑交じりに呟いたことに、ホワイトも頷いた。

「そうだな。まぁ我々には都合が良いが」

マスターは車庫に止めたMRAPのドアを開けた。

「じゃ、早いとこ機材を下ろしましょう」

ホワイトと加古が頷き、物置につながるシャッターを開け始めた。

 

3人で運び込んだ機材は、掘削装置の開発機材と作業机が主である。

2Fは食事がとれ、とりあえず仮眠出来る程度の機能を持たせたスペースとした。

肝心の1Fには、職人達の厚意で商品サンプルを幾つか置かせてもらえることになった。

見る人が見れば急造であることが解るラインナップだったが、店としての体裁は整った。

その店の番は加古がすることになった。

なぜなら調子に乗って引きこもったマスターを無理矢理引っぱり出せるからである。

ホワイトやMP40だとマスターの意向に遠慮してしまう。

この辺の差は付き合いの長さゆえであろう。

 

「これ良いよぉ、ほんとデラさんありがとうねぇ」

「なぁに、作り方は普通の椅子と大して変わらん」

「あ~極楽ぅ、ダメになりそ~」

 

そんな店内の一角でうっとりとした表情の加古が腰かけているのは、リクライニングチェアである。

フットレストがついて、ほぼ真横にまでリクライニングする重厚かつふかふかな逸品である。

地下から登ってきてジト目で自分を見るマスターに、加古はチェアのひじ掛けを掴みながら言った。

「これはあたしのだからね!」

「確かにチラシ出すとか積極的な商売をするつもりはないが、最初から寝る前提ってお前な」

「だって客が来るわけないし、暇に決まってるし、それなら寝たいし」

「不動産屋が来たらどうすんだ」

「集金以外で来るわけないって」

「そもそもデラさんに作ってもらった商品サンプルだろそれ?いつも寝てたら傷むだろうが」

「ふふん、デラさんには既にお金払ったよぅ。だから名実ともにあたしのだよ」

「買ったのか!?」

 

そう。

商品サンプルとして頼んだ加古だったが、試しにと僅かな時間座った直後に飛び起きた。

不具合かと驚くデラの手を取り、加古は即金で購入する意思を伝えたのである。

ちなみに対価は金貨3枚。つまり加古は今月の追加小遣い分を一瞬で使い切ったわけである。

 

マスターの問いただす視線を感じたデラは肩をすくめた。

「定価で良いというからの。金貨3枚確かに受け取った。まぁオプション分はおまけしたがね」

「オプション?」

「こいつは見ため、触り心地、耐久性に優れる高級人工皮革を使っておる。金貨2枚分のオプションだ」

加古がニヤリと笑った。

「ほうら、速攻で買うと金貨5枚が3枚で買えたって事じゃん。半額近いんだよ?」

マスターは首を振った。

「デラさん、本格的に寝たら警報でも鳴るオプションとか作れない?」

「簡単だが?」

加古が頬を膨らませてチェアから立ち上がった。

「さすがに開店時間中は誰か来たら起きるくらいのモードでしか寝ないよ!」

「ほんとかなぁ?その椅子のあらぬところから加古の足がみょんと生えてそうだけどなぁ・・」

「そこまで馬鹿じゃないよ!」

「だってお前、前に機械生命体対応ベッドの商品サンプルにパンツ1枚で寝てたじゃないか」

「728年も前の事じゃん!」

「事実でしょうが」

「もう時効!時効でーす!」

デラはその日の事を思い出して苦笑していた。

あれはたまたま訊ねる予定の日と重なったのだが・・・

ぼーっと起きてこようとする加古ちゃんと、慌てて布団で包もうとするマスターが面白かったわい。

わしの楽しい思い出にはいつもこの二人が絡んでおるなぁ・・

ぎゃんぎゃんと言い合いを続けるマスターに、デラは声をかけた。

「それで?わしは今日は痴話喧嘩を聞きに来たわけではないと思ったんだがの?」

「あ、ああそうだった。デラさん、駆動装置とのリンク方法を確認したいんだ、地下に来てくれるかい?」

「もちろんだ。じゃあ加古ちゃん、もし不具合あったら相談してくれ」

加古はデラにニッと笑いかけた。

「その辺は信用してるよん」

デラはふっと笑った後、マスターの後について行った。

加古は満面の笑みでチェアへとダイブしたのである。

 

 

「何メートルくらい掘り下げるつもりなんじゃ?」

「2m四方の範囲で、深さは・・ええと・・あぁあった、最大5~6mってのがホワイトさんの調査結果だよ」

「ふむ・・」

デラはホワイトの描いた探知結果のグラフィカルイメージを眺めながら唸った。

「どうかしたのかい?」

「いやぁ・・なんかこの形、どこかで見たような気がすると思ってな」

「この形?」

「まぁ良い。6mだと自走式でも固定して掘削部だけ進ませても、どちらでもいけそうじゃの」

「どっちのほうが安いかな?」

「安いのは自走式だが、岩盤が硬かった場合でも安定するのは固定式だ」

「どのくらい違う?」

「金貨で言えば・・そうだな、自走式なら4枚、固定式なら6枚かの」

「自走式だと無理かな?地質はこんな感じらしいんだけど」

「ほう、調査済みか。見せてみろ」

「ホワイトさん、搭載されてるセンサの種類が凄い多いんだよ」

「設計者は司令官に何を求めておったのかのう・・ふむ、これくらいの硬度なら自走式でも良かろう」

「助かった。じゃあ自走式の方向で進めよう」

「掘削した土はどうやって上に運ぶんじゃ?」

「自走式だから、掘削機内部に貯めてそのまま上に戻すよ」

「そうじゃな。貯め方は中空パイプか?」

「そうだね。先端に掘削ビットを付けた中空パイプを回転させて掘って、そのまま引き抜く感じ」

「なるほど。掘削直径は?」

「ええとね、硬度から計算すると8cmから10cmかな・・掘削ビットの寿命も考えると・・」

こうしてマスターとデラの二人は、加古が夕食だと言って突入してくるまで延々と議論を続けたのである。

 

 

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その頃。

「ネェ父サン」

「ナンダイ?」

「最近何カ騒ガシクナイ?」

「ソウカ?ドコカラ?」

「天井カラ」

「上ニハ何モナイゾ?」

「ソウナンダケドサ・・」

 

 


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