今日も地球の片隅で。 作:銀匙
・・・バキッ!
かつてバンカーと呼ばれた金属の塊は、砂漠の真ん中で、久しく、静かに、時間をかけて砂の海へと沈んでいた。
今、音がしたのも、直前に通り過ぎた砂嵐によって支柱が折れた音だった。
支えを失った、かつて倉庫と呼ばれたエリアユニットが地面に落ち、砂の上を転がる。
エリアユニットの中でシェイクされた物同士がぶつかり、小さな緑色のランプが点滅した。
「自己診断プログラムを開始します」
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「そっちはどうだ、加古」
「通気口は確保したよぅ」
「お疲れさん。MP40はどうだ?」
「表の砂はどけました。傾斜が0.02%ありますけど均しましょうか?」
「それくらい構わないよ、ありがとう。こっちもシャッターの修理完了だ」
嵐が過ぎ去った後、3人はやっとの思いで外に出た。
なぜならシェルターが1mほど砂に埋もれてしまったのである。
入り口に積もった砂がシャッターを圧迫したせいで、レールごと歪んでしまっていた。
そのままでは店の再開どころか中で窒息してしまうので、3人で手分けして復旧作業にあたったのである。
MP40から返された作業用シャベルを壁に掛けたマスターは、外の景色を見て頷いた。
「MP40」
「はいっ」
「もう日が暮れるから、今日は泊っていきなさい」
途端にMP40の目が輝いた。
「良いんですか?ありがとうございます!」
「除去作業のお礼だ。加古もそれで良いな?」
加古は肩をすくめた。
「しゃーないねー」
MP40の持つバギーはディーゼルエンジンである。
動力源として、内燃機関およびジェットエンジンは今なお主役として用いられている。
原油掘削と大規模精油施設が必要なガソリンと違い、軽油とケロシンは現在も調達可能であった。
それは崩壊液濃度を下げた海水と、特殊な藻類があれば精製が可能だからである。
ゆえに内燃機関はディーゼルエンジンだけが生き残っている。
ところが、軽油はガソリンに比べると温度変化に弱いという欠点がある。
最近は昼は35度を超え、真夜中は氷点下40度を下回るようになっている。
寒冷地仕様の軽油なら-35度程度まで耐えられるが、一方で昼の高温に耐えられない。
民間人が入手可能な軽油は昼は使えるが0度を下回れば凍り始めるので、夜になると使えない。
昼夜問わず使える超対候型軽油は軍にしか卸されないし、氷点下40度の中で作業するのはそもそも過酷である。
加古はニッと笑った。
「戦術人形お一人様かぁ。素泊まりで金のインゴット1つくらいかな?どうよ?」
「そんな大金持ってるわけないじゃないですか!」
真っ赤になってぶんぶんと拳を振っていたMP40だが、ふとマスターを見て、くねくねし始めた。
「あ、じゃあ私、マスター様に体でお支払いします。一生かけてご奉仕しますね」
マスターはMP40の目を見て、なぜか獲物を前にしたライオンのそれを思い出した。
「えっ?あ、いや、その」
加古の目からハイライトが消えた。
「マスターへのお触りは禁止です。じゃあ倉庫の電球取り換えといて」
「はい?」
「高い所2ヶ所切れてるから脚立使って。あと暖房の配管見といて。客間のラジエターの根本」
「えっ配管?暖房の?」
「一生労働力提供するんでしょ?ほら行った行った。しっしっ」
MP40はちらちらとマスターを見ながら言った。
「こんなか弱い女の子にそんなこと頼まないで欲しいですぅ」
加古はマスターに店に戻れと目で合図した後、鳥肌の立った腕をボリボリと掻きながら言った。
「四方八方囲まれた市街戦から、たった一人で生還した戦術人形が何言ってんの」
「そっそれは・・ノーコメントで・・」
「さっきだって砂山一人で片付けたじゃん。あれ3tはあったよ?」
MP40は両手の人差し指をつんつんとし始めた。
「だ、だってお料理とかでないと可愛い女の子アピールが出来ないかなって・・」
「どこかの猫被ってる戦術人形が寝る時に暖房要らないってんなら料理でもいいよ?」
「凍っちゃうじゃないですか!あ、マスター様と抱きあって寝れば万事解・・あれ?マスター様どこですか?」
居なくなっていたマスターを探しに行こうとするMP40の肩を、加古はぐわしと掴んだ。
「だからマスターへのお触り禁止だっての。それに3人も一緒に寝られるベッドじゃないから」
MP40はピタリと止まると、少し間を置いてゆらりと加古に向き直った。
「・・3人?」
「やぁ、だって私とマスターで2人だから、アンタ足せば3人じゃん?」
見る間に視線の温度が下がっていくMP40。
「協定を・・破りましたね?」
「あたしは身辺警護役だからねぇ、仕方ないんだよなぁこれが」
「一緒に寝る必要がどこにもないじゃないですか」
「夜は眠いんだよ」
「寝てたら警護になってないじゃないですか!起きて外を見張りなさい!」
「んふふん。マスターとしっぽり抱きあって良いのはあたしだけだも~ん」
MP40の顔から一切の表情が消え、サバイバルナイフを肩のホルダーからスラリと引き抜いた。
「来いよ加古、銃なんか捨ててかかってこい。ナイフでやりたいんだろ?」
「お断りだよベロベロバァー」
そのままMP40が目を見開いた。
「誰がババァだぁ!」
「そんなこと言ってないよっ!うわあぶなっ!」
「こんの裏切者ぉ~!」
「ひえっ!うわっ!ちょ、やめっ!くそっ、本気で逃げてやるっ!」
「うはははは!待てぇぇ!」
「待てと言われて誰が待つかー!」
その頃。
マスターはキッチンで黙々と夕食の支度を進めていた。
当然二人の声は聞こえていたし、昔は誤解を解く努力をしていたが、全く変わらないのでいつしか諦めた。
ちなみに加古が所有する抱き枕の1つをマスターと呼んでいる事は知らないふりをしている。
今夜はアツアツのシチューとパン、サラダはどうしようかな。寒いか?
砂嵐の来た日は大体夜が冷える。あれだけの大嵐なら外は-50度に達するかもしれん。
成層圏の冷たい空気を引きずりおろしてくるからだとデラが言ってたっけ。
シェルターの中も-10度を切るかもしれないな。
そういや加古の奴、客間の暖房配管がどうのと言ってたっけ。煮てる間に様子を見てくるか。
マスターは布巾で手を拭くとエプロンを解き、客間へと向かった。
大体1話2~3千文字でやっていこうと思います。