今日も地球の片隅で。 作:銀匙
・・・・トクッ・・トクッ・・コッ・・コッ・・コッコッコッ
テーブルに置かれた3つのグラスに、ボトルから琥珀色の液体が注がれていく。
3つに入ったことを確認すると、椅子に腰かけたまま、デボルは頷いた。
「色々やり方はあるだろうけど、アタシの流儀で行くぜ」
同じく腰かけたままのホワイトとアネモネが頷いたので、デボルはグラスの1つを取った。
「さ、皆も1口飲んで」
こくりと飲むと、グラスを隣のホワイトに渡す。
「で、私はアネモネさんのグラスを頂くよ・・さ、もう1口」
こくり。
「最後。もう1回回して、受け取ったら1口」
2人が飲んだのを見て、デボルは肩をすくめた。
「本当はここでグラス叩き割るんだけど、床を汚したら不味いだろ?」
「ついでにグラスも余裕が無いんだ」
アネモネが苦笑しながら頷いたので、デボルはグラスを持ち上げた。
「じゃあ飲み会が終わるまで今持ってるグラスを使うって事で。乾杯!」
「「乾杯」」
3つのグラスが重なり、カチンと澄んだ音色が響き渡った。
そして。
「でっひゃっひゃっひゃ!それでアネモネったらビービー泣いてさぁ」
「止めろ忘れろ今すぐに!」
「ほほう」
「ホワイトも今から覚えるな!」
「・・・うぃっく・・・ねる」
「まったく、デボルは酔うと碌なことを思い出さないな・・あーそこで寝るなー」
アネモネは溜息をつきながらホワイトのグラスに酒を注いだ。
「ありがとう」
ボトルに栓をしつつ、アネモネは首を振った。
「なんというか、デボルとポポルみたいか?いやもっと似てるな」
「どういうことだ?」
「ええと、デボルには双子のポポルが居るのは解るか?」
「あぁ。記録にはある」
「デボルはこんな感じで社交的でやり手。ちょっと粗雑だが明るい」
「あぁ」
「ポポルは内向的で、丁寧で、物静か」
「ちょうど逆だが・・ホワイト司令官はそんなに私と真逆なのか?」
アネモネは複雑そうな表情をした。
「逆とまでは言わない。あぁっと、本人に面と向かって言ってるようで気が引けるが・・」
「構わない。前の個体がどのように振舞っていたかは知りたかったのだ」
「時には情のある判断も下すが、基本的には全体を考えた冷酷な決断を下す・・・あと」
「あと?」
「部屋の片づけは破滅的に苦手だったらしいぞ」
「仕事人間だったということか?」
「それは世の中の仕事人間と呼ばれる者達への宣戦布告ということか?」
「い、いや、そういうつもりで言ったわけではない・・能力の全振りというか・・」
「冗談だ・・ところでこの酒を持たせてくれたマスターという方だが」
「うむ」
「・・・機械生命体か?アンドロイドか?」
「人間だ。艦娘化技術を応用して強化されているそうだが」
「に、人間だって!?」
ガタリと腰を浮かせたアネモネをまっすぐ見ながら、ホワイトは頷いた。
「私の記録にも、人間は既に絶滅したとあったからな、気持ちは解る」
だが、その一言にもアネモネは目を白黒させた。
「なっ!?なんだって!?きっ記録って、ヨルハ部隊が来た頃には人類は月に行ったんじゃないのか!?」
ホワイトは首を振った。
「それは人類軍が考えたフェイク情報だ。人類は月には行ってない」
「・・・絶滅と判明したのはいつ頃の話だ?」
「西暦4200年頃と記録にはあった」
「待ってくれ・・じゃあ我々がレジスタンスとして戦いを始める遥か前の事じゃないか」
頭を抱えたアネモネの背中を、ホワイトはそっと撫でながら言った。
「だが、それは人類軍が把握していた範囲ではという話だ。実際は現存しているのだから」
アネモネはがばりと身を起こした。
「そ、そうだ。艦娘化技術で強化されたとかいったな?」
「あぁ。その仔細は私も聞いていないが、艦娘化技術で強化したクローンに元の個体の記憶を入れたらしい」
「・・・」
「そうした人を複数人作り、ランダムな期間コールドスリープさせていたようだ」
「なるほど・・まぁ今の地球環境で人類が生きられるとは思えないからな」
「マスターはその保管エリアの最後の一人だったらしい。他の個体の消息は不明だ」
「・・そうか」
ホワイトは再びアネモネの背中を優しく撫でた。
「これだけ安全が確保された居住地があってこそ、今マスター殿は安心して暮らせている」
「・・・」
「つまりアネモネ殿が今までやってきたことは、何一つ無駄ではなかったのだ」
「・・・」
「この地の平和を守ってくれて、ありがとう。おかげで人類が一人、確実に救われたのだ」
アネモネは黙ったまま、グラスを両手で握り、ぎゅっと目を瞑っていた。
その背中が小刻みに震えているのをホワイトは掌で感じつつも、何も言わなかった。
ただただ、ゆっくりと。
夜が明けるまで、ホワイトはアネモネの背中を撫でていた。
「本当に良いのか?この酒は貴重な品だぞ?」
「友情の印という事で受け取ってくれればありがたい」
翌朝。
日が昇ると早々に身支度を整えたホワイトとデボルは、営業車に乗り込もうとしていた。
そこに見送りつつホワイトに声をかけたアネモネという構図である。
3人とも二日酔いしていないのは、さすがアルコール分解機能を持つアンドロイド、という事であろう。
アネモネはガリガリと頭を掻いた後、木箱を小脇に抱えた。
「それでは返すわけにはいかないな」
「あぁ」
「また機会があったら寄ってくれ」
「連絡する。居住区内には居るのだがな」
「・・・訪ねてきてくれてありがとう。過去のトゲが幾つか抜けて、気が楽になった」
デボルはニッと笑った。
「じゃああと5万年は自警団のボスでいられそうですね。安心しましたよ」
「おい勘弁してくれ」
「あと、ホワイトさんの居る店は雑貨屋だそうで、色々手配してくれるみたいですよ?」
「たとえば?」
デボルはバックミラー越しにホワイトに尋ねた。
「お取扱商品をどうぞ」
ホワイトは急に振られたので、慌てて指折りながら言った。
「椅子等の内装品や、兵器を含めた設計製作、あぁ、アンドロイドのエネルギー補充も考えて・・」
「「えっ!?」」
アネモネどころかデボルまで真顔で振り向いたのでホワイトはびくりとした。
「な、なんだ?」
「ちょっと待って最後の詳しく」
「エネルギー補充には触媒石の高純度粒子が必要になる筈だぞ?」
ホワイトはそこまで聞いてからしまったと思ったが、
「少量だが備蓄がある。まだ思案中の話だから内密に頼む」
と、小声で返すのがやっとだった。
「・・・・」
アネモネは真面目な表情で少し考えた後、デボルに向かって言った。
「デボル。解ってると思うがこの話は秘匿しておけ。私も部下にも伝えない」
デボルは頷いた。
「あぁ。雑貨店オリファイが明日の朝には瓦礫の山になっちゃうからな」
アネモネはホワイトに真剣なまなざしで、ゆっくりと話しかけた。
「ホワイト殿。デボルが言うのは大げさではなく、今や触媒石は持ってるだけで殺される理由になる」
「そこまで逼迫してるのか」
「全ての産出地で掘りつくされた。だから過去に精製された在庫が見つかる度に紛争が起きている」
「すると、ネット上にあった原石1gで金貨2枚というのは・・」
アネモネは首を振った。
「今では最も少なくて済むヨルハ型ブラックボックス1基分でさえ金貨2万枚と言われている」
「1基分・・1ミリグラムで?」
「ああ。ただそれは、すぐ使えるような高純度粒子に加工されてればの話だ」
「鉱石では?」
「未精製の原石なら1グラムで1万枚くらいか?だが実物が無いから何百年も取引が成立していない」
「なんてことだ・・だから最近の相場が無かったのか」
「それくらい危ない代物だ。人ごみの中で触媒石などと言ってはならんぞ?誰が聞いてるか解らん」
「解った。うちの者達にも徹底しよう」
「・・その、どの状態でお持ちなのだ?」
「鉱石で、ごくわずかだ」
ホワイトはとっさにそう言ったが、頭の中ではバケツ半分程ある触媒石の光景がよぎっていた。
あれがあると知られたら、大真面目に戦争が始まるかもしれない・・
ふと、アネモネが首を傾げた。
「あと、どうしてそれが触媒石だと解ったのだ?」
「私には触媒石専用のセンサーがあって、それが反応しているのだ」
アネモネは頷いた。
「なるほどな。コマンダーモデルなら運営する為にそういうセンサーが装備されていてもおかしくはない」
「アネモネ殿も持っているのか?」
「いや、私は元々1兵士だから持ってない。私の周囲でも聞いたことは無いな」
ホワイトは肩をすくめた。
「つまり、このセンサーの存在も言わない方が良いわけだな」
「そうだな。それがあれば確実に産地が分かるってことだからな」
「その情報を得られて良かった。この礼はいずれまた」
「私もマスター殿に挨拶がしたい。人類に会うなんて初めての事だからな」
「そうだな。私も今のところマスター殿しか見たことが無い」
デボルが驚いた顔で再びホワイトに振り返った。
「えっ!?マスターって人間だったの?艦娘かと思ってた」
ホワイトは頷いた。
「艦娘化技術で強化された人間、だそうだ」
「へー、類は友を呼ぶって事かぁ」
「どういう意味だ?」
「珍しいコマンダーモデルが、これまた珍しい人類と一緒に居るってこと」
ホワイトは心の中で、ついでに珍しいミュータントも居るぞ、と呟いた。
アネモネはそっと車から一歩離れた。
「引き留めて悪かった。そろそろ部隊が交代する時間で忙しくなる。早く行った方が良い」
デボルは頷いた。
「はいはい、じゃあちゃっちゃと帰りますか。ホワイトさん、シートベルトしめて」
「あぁ、もう締めている」
「よっし。じゃあアネモネさん、またな!」
「あぁ、近いうちにな」
アネモネは開いた門から走り去る営業車の後姿を眺めていたが、やがて司令室へと戻っていったのである。
重さの単位が分かりにくかったので設定を直しました。