今日も地球の片隅で。 作:銀匙
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「いててて・・本気でやるなよ~」
「どうせイメージなんだからすぐ直るでしょ」
「痛い物は痛いの!艤装にまでダメージ行ってたらどうすんだよぉ」
「知らない!」
「マスタぁ、ぽんこつMP人形がいじめるよぅ」
「変なくっつけかたするな!それとポンコツじゃない!」
口々に主張を続ける二人を横目に、マスターは手早く加古のダメージを診ていた。
まぁ修復装置に入って一晩てとこか。この程度なら艤装にダメージが及ぶことはないだろうが・・
しかし、加古は艦娘という事を含めても結構な実力者だ。
加古の言う通り、MP40はかなり本気で攻撃を行ったのだろう。
・・・やれやれ、結局こうなるか。
「加古、修復機に入れ。明日の朝には直るだろう」
「うへぇ、修復機で夜明かしなんてツイてないや・・・」
マスターは加古に顔を近づけて囁いた。
「シチューは取っておいてやるし、MP40には例の抱き枕の事を俺から説明しておく」
加古は肩をびくりと震わせた後、頬を染めながらマスターを見上げた。
「・・知ってたの?」
「まぁ、なんだ・・・長い事一緒に暮らしてるからな」
「うぅ・・・」
「とにかく、彼女が明日ここを発つ前に仲直りするんだ。出来るな?」
「・・・はーい。ごめんなさい」
「よし、良い子だ」
マスターはくしゃりと加古の頭を撫で、修復装置の方へと軽く背中を押してやった。
そのまま振り向くと、加古から顔を背けたままのMP40に近づいた。
「MP40」
「・・・・」
少し間をおいて、MP40はマスターにそっと振りむいた。
先程とはうって変わってしょんぼりとした様子である。
「・・傷つけてしまって・・ごめんなさい」
マスターはMP40の傍にしゃがみ込むと、話し始めた。
「これは重要な秘密なんだが、守れるかな?」
MP40はすぐに真面目な表情になった。
「へ?あ、はい、必ず」
「あー、そのだな・・・加古はクッションの収集が趣味でな」
「知ってます」
「それらに名前を付けてるんだよ」
MP40の表情が次第に怪訝なものになっていく。
「はぁ」
「で、その1つである円筒型の長いやつをな」
「?」
「・・マスターって名付けてるんだよ」
MP40はポカンとしていたが、急にハッとした表情になり、口に手をやった。
そんなMP40にマスターは頷きながら続けた。
「解ったと思うが、あえて言うと、私は加古と抱き合って寝たことはない」
「・・・」
MP40は加古が去った方にそっと視線を送った。
「紛らわしい言い方をした彼女にも責任があるし、修復装置に入るとスリープモードになるから、諸々は明日な」
「・・・はい、解りました。今夜中に気持ちを整理しておきます」
「そうしてくれ。ところで不謹慎だけど・・よく刃を当てられたな」
「えっ?」
マスターはMP40からシェルターの天井に視線を移しながら口を開いた。
「昔、私は廃墟の市街地で鉄血製大型多脚戦車5台に囲まれたんだ」
MP40は無言でマスターを見た。
マスターは平均的な民間人程度の身体能力しかない。
大型多脚戦車はビルのコンクリート壁程度なら容易に撃ち抜く口径の主砲を備えている。
そしてELIDおよび人類側に属するものは最優先で破壊するようプログラムされている。
見つけ次第付近にいる個体同士で連携し、掃討完了まで徹底的に追ってくる。
「1台を遠くに見た途端、私は逃げ出した。でも10分後には肩から血を流して廃墟の上層階に追い込まれてたよ」
「・・・・」
「加古はそこにいてね、焚火の傍で寝てたんだ」
「・・・寝てたんですね」
「あぁ。あれだけ砲撃の轟音が鳴り響く中でな。最初は死んでるのかと思ったよ」
「・・」
「でも近づいたらうっすらと目を開けて、こう言ったんだ」
「?」
「表のうるさい連中を静かにしたら、何をくれるってな」
「・・へぇ」
「私はとっさに、ガレキの中よりはマシな寝室を用意するよと言ったんだ」
「的確ですね」
「結果的にね。それを聞いた彼女はひょいと飛び起きると、約束だからな~と言いながら走って行った」
「え?マスター様の安全確保は?」
「何も言われなかったし、あの時は彼女が艦娘だってことさえ知らなかった」
「艤装を展開しなかったんですか?」
艤装。
艦娘が全力を発揮するには、艤装と呼ばれる魂と実体をリンクさせる装置の出力を上げる必要がある。
これを艤装に火を入れるというが、本来艤装は海の上で用いる物であり、陸上で用いるにはリスクがある。
また、この時は艤装を顕在化させる必要があるため、誰でも艦娘だと識別できるのである。
マスターは頷いた。
「あぁ。彼女はそのまま、私を追って突入してきた多脚戦車のカメラに飛びついたんだ」
「えっ」
「多脚戦車って、砲にしろ機銃にしろ、ある程度距離が無いと照準が合わないらしいね」
「ええ、爆風や散弾も考慮し、大型なら最低15mは距離を取るはずです」
「ところが一瞬でひっつかれたもんだから多脚戦車は加古を振り払うしかなくなった」
「視界ゼロですしね」
「胴体を滅茶苦茶に回転させながら表に引き返していったんだ」
「広い場所を確保したかったんでしょうね」
「それが、後退した通路には別の多脚戦車が既にいてね」
「まさか、自分ごと撃たせて破壊しようとした?」
「いや、単にAIが僚機からの攻撃まで考えてなかったって感じだった」
「そっちの方がしっくりきますね」
「ともかく、別の多脚戦車は君の予想通り僚機など気にせず加古に向けて砲撃したんだよ」
「予想以上の無能ですね・・」
「ところが加古は着弾する前に、その砲撃してきた戦車に飛び移ったんだ」
「・・えっまさか・・あとは同じことの繰り返しですか?」
「正解。あっという間に5体が1体に減り、最後の1体は加古を振りほどこうと滅茶苦茶に表通りを動き回った」
「まるっきり学習しないんですね」
「そして自ら傾いたビルに突っ込み、ビルの瓦解に巻き込まれて潰れたんだ」
「・・・加古は」
「もうもうと立ち込める煙の中から歩いて出てきたよ。全くの無傷でね」
「最後まで艤装の能力も、武器や兵器を使うこともなく?」
「あぁ」
「・・そこまで出来るのは、戦闘人形でもそう多くはいないでしょうね」
「まぁ、多脚戦車程度のAIと君を比べるのは愚かな話だけどさ」
「・・マスター様」
「あぁ」
「さっき追いかけていた時の違和感が、やっと理解出来ました」
「違和感?」
「ええ、違和感です。単に腹を立てて追いかけたにしては、私は興奮しすぎていました」
「・・」
MP40はスラリとサバイバルナイフをケースから抜くと、刃に写る自分の目を見つめた。
「私は、加古を追いかけることで、本気を出したかったのかもしれません」
「出したかった?」
「はい。私は軍にいた頃から、大概の状況は本気になる前に片付ける事が出来ました」
「・・・」
「それは良い事でもありますけど、いつも不完全燃焼でした」
「・・」
「前回本気を出したのは、司令部に裏切られた日でした」
「・・」
「気持ちよく本気を出せた時の記憶なんて、もうデータの海に消えました」
「・・」
「加古は本気の私を受け止めてくれるかもしれない。そんな希望に縋ってしまったのかもしれません」
「・・」
MP40は視線をマスターへと移した。
「・・明日、ちゃんと謝ります。それとマスター様、ごめんなさい。この話は忘れてください」
「MP40」
「はい」
「そのことを、加古に言ってやってくれないか?」
「加古に、ですか?」
「うん。それなら加古も腑に落ちると思うんだよ」
「腑に、落ちる」
「確かに彼女は君を誤解させたが、殺意を露にされるような案件じゃない」
「・・」
「だから今後、君とどう接していくかを悩むと思うんだよ」
「・・」
「これは私のわがままなお願いだ。だから実行してくれるかどうかは君に一任する」
「・・」
「・・・シチューは明日の朝、皆で食べよう」
「はい」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
マスターが二階に上っていくのを見届けたMP40は、悲しげに溜息をついた。
「私がマスター様に感じてる気持ちを、マスター様は加古に対してお持ちなのですね・・」
そのままがくりと項垂れる。
「・・こういうことは理屈ではありません。勝ち目がないのは解っていますが、それでも」
MP40はナイフをそっとケースへと戻した。
「こんな状況で突撃を選ぶなんて、戦地なら間違いなく死亡コース。テストなら失格です」
そして小さく、ふふっと笑った。
「KIA扱いされた私には、お似合いってことですね」
その時、階段が小さくきしむ音がしたので、MP40は無理矢理に腕で涙をぬぐった。
「あぁそうそう、言い忘れてたが、客間のヒーターは直しておいたし、暖まっているよ」
「・・・ありがとうございます」
「ん。じゃあ君も早く寝ると良い」
「はい」
こんな世界で、こんな私の為に、酷寒の砂漠の夜をやり過ごすための暖かい部屋を用意してくれる。
そんな人はマスター様しかいない。
振り向いてもらえなくても、それでも、私は。
きゅっと唇を噛んだあと、MP40はそっと客間に入っていった。