今日も地球の片隅で。 作:銀匙
「ただいまー」
「お帰り・・どうした?砂嵐にでもあったか?」
「えっ?」
全身埃まみれで戸口に立ち、ぼうっと返事をする加古を見たマスターは、その手を取った。
「・・・・・おいで。ホワイトさん、ちょっとそのままにしておいてください」
「あ、ああ、解った」
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洗面所に連れてくると、マスターは加古の両肩に手を置いた。
「何があった?加古」
「・・・」
「乱暴された・・わけではないな?」
「違うよ。そんなヤワじゃないって」
マスターはお湯に浸したタオルを洗面台で絞ると、ゆっくりと加古の顔を拭いた。
「時折加古は、そんな目をするなぁ」
「・・そう?」
マスターは加古が手にしていたカバンに目をやった。
「あぁ、そうか。また護ってくれたんだな?」
「・・マスターは気にしなくていいよ」
マスターはタオルを洗い籠に置くと、ぎゅっと加古を抱きしめた。
「・・埃ついちゃうよ」
「私に戦う力が無いばかりに、苦労を掛けてすまない」
「・・」
「ありがとう、加古。いつも護ってくれて、ありがとう」
「・・・うん」
加古はそっと、マスターの背に腕を回した。
マスターはいつもこうやって、作業を終えた私に感謝してくれる。
私の身に沁みついた狙撃という作業は、行うたびに私をあの頃へと引きずり戻そうとする。
崩壊液をバラまいたクソどもが憎いか!
レギオンを連れてきたクソどもが憎いか!
我々に牙を剥くクソどもが憎いか!
黙れ!眉1つ動かすな!心を乱すな!
敵への憎しみを!
亡き戦友への鎮魂の思いを!
薄汚れた戦場に付き合わされる恨みを!
全て弾に込め、奴らに撃ち込んで解らせろ!
壊せ!崩せ!潰せ!相手は魂すらない邪悪な塊だ!
毎日、司令官からそう言われ続けた私に。
疲れ果て、疑う気力もなくなり、盲目的に信じていた私に。
戦友にさえとぼけた笑顔の仮面を被り、一人の時はただただ無表情だった私に。
そんな私に戻りそうになるのを、マスターが護ってくれる。
出会った瞬間にまばゆいばかりの光をくれた人。
友と笑う事を、安らかに眠る事を、ご飯を美味しいと思う事を、楽しい事ばかりの毎日をくれる人。
マスターに襲い掛かる愚か者を消した事で地獄に落ちるなら本望だ。
代わりに私は今、救われているのだから。
マスターは加古から手を離し、話しかけた。
「ほら、風呂沸かしてやるから入っておいで。そんな埃まみれじゃ気持ち悪いだろう?」
「・・・もうちょっと」
「うん?」
もうちょっとだけ・・・このままでいさせてください。
加古がそう思いつつ腕に力を籠めると、マスターは頷いて加古の頭を撫でた。
二人の左手で、ケッコンカッコカリの指輪が鈍く光っていた。
その夜。
「んあー?私が電話?するわけないじゃん」
「でしょ。一言目で偽物と分かったよ」
「せめて睦月姉ぇくらいにしとけよってなぁ」
「いや、それも無理があるじゃん。一般回線だよ?」
「あーありえねぇなぁ。姉貴達なら暗号回線でやるなぁ」
「でっしょ?」
睦月は情報大隊の斥候部隊に長らく所属していた。
ゆえに機密保持に関しては徹底的な教育を受けている。
「どっちにしろさぁ、そんなバカだから壊滅させられるんだよ」
「マスターに手を上げるなんてありえないよね」
「んあ?いやそっちは知らねー」
「じゃあどこ?」
「加古を出し抜いて警護対象を襲えるって判断すること」
「・・・」
そう。
私はよく、鎮守府で最終防衛者を任せられたよ。
でもそれはさ望月、気配を殺しきれるから居ても気にならないって話だよ。
同じ理由で任される事の多かった川内と二人で肩をすくめてた。
気配が無いからって忘れ去られて、任務が終わっても労いの一言もなかったし。
私達は亡霊か。
そんな余りにも寂しい理由だから望月にも、今でも言えないけどさ。
「あれ?なんか嫌な思い出だった?」
スピーカーからトーンの変わった望月の声が聞こえてくる。
「まぁ、司令官との記憶はなかった事にしたい物が多いから」
「そっか。ごめんね」
「良いよ。ともかくまぁそんな事があったよって話」
僅かな沈黙の後、望月は口を開いた。
「・・・加古、ちょっと変わったよね」
「どういう意味で?」
「昔を昔と思えるようになってきた、そんな感じ」
「えっ」
「前に連絡くれた時はさ、まだ前線で戦ってる時そのままって感じだった」
「・・」
「最終戦争から何年経っても、加古は鎮守府の加古のままだった」
「・・」
「あたしじゃどうしようもなかったし、一部の理由は解るからさ」
「・・」
「私だって如月姉ぇを轟沈させた日の事は忘れられない」
「・・」
「崩壊液をぶちまけた大陸のバカガキ共がとことん憎かった」
「・・」
そう。
崩壊液汚染は、まず海洋に広がった。
大陸では北蘭島事件と呼ばれているらしい。
深海棲艦、あるいは艦娘は、一定濃度以上の崩壊液に触れると気が狂ってしまう。
目は赤く光り、誰彼構わず襲うようになる。
大本営は治療は不可能だと結論付け、汚染者と呼び、直ちに雷撃処分しろと命じた。
そして多くの場合、身近に居る者達が執行を担う事になる。
それは如月が汚染された時の望月であり、古鷹が汚染された時の加古であった。
二人は同じ気持ちで姉を雷撃処分したと知り、強く抱き合った。
そして泣いた。
規律違反として営倉入りさせられてからも、ひしと抱き合ったまま泣き続けた。
だから二人は、戦争が終わってもこうして連絡を取り合っている。
「ごめん。なんか今夜は加古の触っちゃいけない話ばかり向かっちゃうね」
「ううん。もし昔を昔と思う振る舞いが出来てるならさ」
「うん」
「それはマスターのおかげだから」
「そっか。ケッコンカッコカリはしたの?」
「した」
「うわマジか。あー、旦那だって言ってたもんな」
「うん」
「じゃあ今度ご祝儀持ってくよ。何が良い?」
「高級ステーキ肉」
「ないわー・・・もうちょっと残るものにしようぜぇ」
「素敵な思い出が頭に残るよ!」
「えぇ・・しょーがねーなぁ」
「A5和牛が良い」
「買えねーよ」
「ご祝儀なのにぃ」
「ご祝儀だからって何でも許されると思うなよぉ?」
「えー」
「・・もういいや。適当に見繕ってくから」
「適当」
「良い言葉だろぉ?2つの意味があるからな」
「望月はどっちの意味で言ってるのかなー?」
「怖ぇよ。ちゃんと考えて適切と思われるものを持ってくよ」
「A5和牛」
「どんだけ肉好きなんだよ。買わねーよ」
「適切」
「それを判断するのはあたしだから」
「ちっ」
「まー楽しみにしてろよー?」
「はいはーい。じゃあ寝るわー」
「おーまたなー」
通信を終えると、加古は苦笑した。
「どうせロクなもん寄こさないからなあ・・」
だが、通信でさえ解るほど、自分は変わったのか。
だったら私は、もっとマスターと一緒に居る。
轟沈する瞬間まで。
「・・おやすみなさい」
加古は目を瞑った。
今日はマスターといっぱい触れ合えたから、きっと朝まで眠れるはず・・・