今日も地球の片隅で。   作:銀匙

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第56話

「ただいまー」

「お帰り・・どうした?砂嵐にでもあったか?」

「えっ?」

 

全身埃まみれで戸口に立ち、ぼうっと返事をする加古を見たマスターは、その手を取った。

「・・・・・おいで。ホワイトさん、ちょっとそのままにしておいてください」

「あ、ああ、解った」

 

 

-----

 

 

洗面所に連れてくると、マスターは加古の両肩に手を置いた。

「何があった?加古」

「・・・」

「乱暴された・・わけではないな?」

「違うよ。そんなヤワじゃないって」

マスターはお湯に浸したタオルを洗面台で絞ると、ゆっくりと加古の顔を拭いた。

「時折加古は、そんな目をするなぁ」

「・・そう?」

マスターは加古が手にしていたカバンに目をやった。

「あぁ、そうか。また護ってくれたんだな?」

「・・マスターは気にしなくていいよ」

マスターはタオルを洗い籠に置くと、ぎゅっと加古を抱きしめた。

「・・埃ついちゃうよ」

「私に戦う力が無いばかりに、苦労を掛けてすまない」

「・・」

「ありがとう、加古。いつも護ってくれて、ありがとう」

「・・・うん」

加古はそっと、マスターの背に腕を回した。

マスターはいつもこうやって、作業を終えた私に感謝してくれる。

私の身に沁みついた狙撃という作業は、行うたびに私をあの頃へと引きずり戻そうとする。

 

 崩壊液をバラまいたクソどもが憎いか!

 レギオンを連れてきたクソどもが憎いか!

 我々に牙を剥くクソどもが憎いか!

 黙れ!眉1つ動かすな!心を乱すな!

 敵への憎しみを!

 亡き戦友への鎮魂の思いを!

 薄汚れた戦場に付き合わされる恨みを!

 全て弾に込め、奴らに撃ち込んで解らせろ!

 壊せ!崩せ!潰せ!相手は魂すらない邪悪な塊だ!

 

毎日、司令官からそう言われ続けた私に。

疲れ果て、疑う気力もなくなり、盲目的に信じていた私に。

戦友にさえとぼけた笑顔の仮面を被り、一人の時はただただ無表情だった私に。

そんな私に戻りそうになるのを、マスターが護ってくれる。

出会った瞬間にまばゆいばかりの光をくれた人。

友と笑う事を、安らかに眠る事を、ご飯を美味しいと思う事を、楽しい事ばかりの毎日をくれる人。

マスターに襲い掛かる愚か者を消した事で地獄に落ちるなら本望だ。

代わりに私は今、救われているのだから。

 

マスターは加古から手を離し、話しかけた。

「ほら、風呂沸かしてやるから入っておいで。そんな埃まみれじゃ気持ち悪いだろう?」

「・・・もうちょっと」

「うん?」

もうちょっとだけ・・・このままでいさせてください。

加古がそう思いつつ腕に力を籠めると、マスターは頷いて加古の頭を撫でた。

二人の左手で、ケッコンカッコカリの指輪が鈍く光っていた。

 

 

その夜。

 

「んあー?私が電話?するわけないじゃん」

「でしょ。一言目で偽物と分かったよ」

「せめて睦月姉ぇくらいにしとけよってなぁ」

「いや、それも無理があるじゃん。一般回線だよ?」

「あーありえねぇなぁ。姉貴達なら暗号回線でやるなぁ」

「でっしょ?」

 

睦月は情報大隊の斥候部隊に長らく所属していた。

ゆえに機密保持に関しては徹底的な教育を受けている。

 

「どっちにしろさぁ、そんなバカだから壊滅させられるんだよ」

「マスターに手を上げるなんてありえないよね」

「んあ?いやそっちは知らねー」

「じゃあどこ?」

「加古を出し抜いて警護対象を襲えるって判断すること」

「・・・」

 

そう。

私はよく、鎮守府で最終防衛者を任せられたよ。

でもそれはさ望月、気配を殺しきれるから居ても気にならないって話だよ。

同じ理由で任される事の多かった川内と二人で肩をすくめてた。

気配が無いからって忘れ去られて、任務が終わっても労いの一言もなかったし。

私達は亡霊か。

そんな余りにも寂しい理由だから望月にも、今でも言えないけどさ。

 

「あれ?なんか嫌な思い出だった?」

スピーカーからトーンの変わった望月の声が聞こえてくる。

「まぁ、司令官との記憶はなかった事にしたい物が多いから」

「そっか。ごめんね」

「良いよ。ともかくまぁそんな事があったよって話」

僅かな沈黙の後、望月は口を開いた。

「・・・加古、ちょっと変わったよね」

「どういう意味で?」

「昔を昔と思えるようになってきた、そんな感じ」

「えっ」

「前に連絡くれた時はさ、まだ前線で戦ってる時そのままって感じだった」

「・・」

「最終戦争から何年経っても、加古は鎮守府の加古のままだった」

「・・」

「あたしじゃどうしようもなかったし、一部の理由は解るからさ」

「・・」

「私だって如月姉ぇを轟沈させた日の事は忘れられない」

「・・」

「崩壊液をぶちまけた大陸のバカガキ共がとことん憎かった」

「・・」

 

そう。

崩壊液汚染は、まず海洋に広がった。

大陸では北蘭島事件と呼ばれているらしい。

深海棲艦、あるいは艦娘は、一定濃度以上の崩壊液に触れると気が狂ってしまう。

目は赤く光り、誰彼構わず襲うようになる。

大本営は治療は不可能だと結論付け、汚染者と呼び、直ちに雷撃処分しろと命じた。

そして多くの場合、身近に居る者達が執行を担う事になる。

それは如月が汚染された時の望月であり、古鷹が汚染された時の加古であった。

二人は同じ気持ちで姉を雷撃処分したと知り、強く抱き合った。

そして泣いた。

規律違反として営倉入りさせられてからも、ひしと抱き合ったまま泣き続けた。

だから二人は、戦争が終わってもこうして連絡を取り合っている。

 

「ごめん。なんか今夜は加古の触っちゃいけない話ばかり向かっちゃうね」

「ううん。もし昔を昔と思う振る舞いが出来てるならさ」

「うん」

「それはマスターのおかげだから」

「そっか。ケッコンカッコカリはしたの?」

「した」

「うわマジか。あー、旦那だって言ってたもんな」

「うん」

「じゃあ今度ご祝儀持ってくよ。何が良い?」

「高級ステーキ肉」

「ないわー・・・もうちょっと残るものにしようぜぇ」

「素敵な思い出が頭に残るよ!」

「えぇ・・しょーがねーなぁ」

「A5和牛が良い」

「買えねーよ」

「ご祝儀なのにぃ」

「ご祝儀だからって何でも許されると思うなよぉ?」

「えー」

「・・もういいや。適当に見繕ってくから」

「適当」

「良い言葉だろぉ?2つの意味があるからな」

「望月はどっちの意味で言ってるのかなー?」

「怖ぇよ。ちゃんと考えて適切と思われるものを持ってくよ」

「A5和牛」

「どんだけ肉好きなんだよ。買わねーよ」

「適切」

「それを判断するのはあたしだから」

「ちっ」

「まー楽しみにしてろよー?」

「はいはーい。じゃあ寝るわー」

「おーまたなー」

 

通信を終えると、加古は苦笑した。

「どうせロクなもん寄こさないからなあ・・」

だが、通信でさえ解るほど、自分は変わったのか。

だったら私は、もっとマスターと一緒に居る。

轟沈する瞬間まで。

 

「・・おやすみなさい」

 

加古は目を瞑った。

今日はマスターといっぱい触れ合えたから、きっと朝まで眠れるはず・・・

 





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