今日も地球の片隅で。   作:銀匙

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第6話

緑のランプを点滅させながら、鋼鉄のケースがゆっくりと開いた。

「うっ・・・」

中で起き上がったのは1体のアンドロイド。だが、すぐに右手で額を押さえた。

「おかしい・・引継情報が・・ない」

ケースとアクセスを開始し、処置ログを開いた。

 

 自己診断プログラム開始・・完了。

  義体ダメージ無し

  エネルギー残量99%

 基礎情報を記憶ユニットに保存・・正常終了

 歴史情報を記憶ユニットに保存・・正常終了

 ヨルハ計画を記憶ユニットに保存・・正常終了

 バンカー管理サーバから前任者引継情報をダウンロード

 ・・接続失敗。リトライ。

 ・・リトライが1000回に達したのでダウンロード処理を中断

 ダウンロード処理が中断されたので記憶ユニットへの保存を中断

 コマンダーモデル「3C」起動

 

アンドロイドは眉をひそめた。

「どういうことだ・・バンカーの管理サーバにアクセス出来ないだと?」

真っ暗な室内を暗視モードで見まわすと、ゲートが2か所あった。

1ヶ所は様々な物が邪魔していたが、残る1ヶ所は行けそうだった。

基本情報によれば、それはバンカーの格納庫に通じるゲートだった。

彼女は開けるためにゲートに手をかざしたが、反応はなかった。

そもそも部屋の照明を含め、室内に電気の気配が無い。

「バンカーの主電源が切れることはありえない・・倉庫だけ停電という事か」

しかし、僅かな間を置いて、彼女は目を見開いた。

「バンカーの全システムが応答しない・・だと?」

彼女は必死に状況を推測する。

衛星軌道上を進むバンカーのシステムが完全に停止したとして、現状に不審な点はあるか。

「・・重力が正常?」

そう。

バンカーは自転することで重力を作り出している。

自転にもエネルギーと制御が必要で、機能停止したのに正常な重力など作れるはずがない。

無重力、あるいは方向に乱れがあってもおかしくない。

しかし彼女の重力センサーは1Gを示しているし、重力方向にも乱れはない。

「ふむ、司令室に通じるゲートにたどり着くしかないな。片付けは苦手だが、そうも言ってられん・・」

彼女は肩をすくめると、室内に散乱する機材を退け始めた。

 

 

-----

 

 

「・・・」

「・・・」

マスターはとろ火にかけた寸動鍋で、ゆっくりとシチューを温め直していた。

かき混ぜながらちらりとリビングを見れば、加古とMP40が押し黙ったまま俯いて座っている。

 

ピピッピピッ・・ピピッピピッ・・ピーッ!

 

マスターがかけていたタイマーが鳴ると、二人がびくりと同時に肩を震わせたのが見えた。

マスターはタイマーを止め、オーブンからパンを取り出す。

綺麗なキツネ色に焼きあがったパンに包丁を当て、サクサクと切り分ける。

用意していたバスケットに切り分けたパンを詰めていく。

ふつふつと煮立つシチューに頷いて火を止めたマスターは、両手に手袋をはめた。

ちらりと二人を確認する。

もうそろそろ料理の匂いがリビングにも届いているはずだ。

 

くう~っ

 

加古は顔を真っ赤にしながら腹を押さえた。

修復機は綺麗にケガを直してくれたのは良いのだが、代償に体のエネルギーをかなり奪う。

つまり腹ペコになるのである。

ただでさえ昨夜は夕食を食べ損ねてしまったから余計である。

そこに絶妙なタイミングでキッチンからシチューとパンの良い香りが漂ってくる。

いつもの朝食のようにMP40と笑って、軽口を叩きあってご飯を食べたい。

でも、どこから何を言えば良いんだろう・・

 

 

きゅるるく~

 

MP40は無駄だと知りながらも息を止め、腹に力を入れた。

恥ずかしい。

お腹を鳴らすなんて何年もしていなかった。

一人であればレーションを1つ2つ齧ってしまえばいい。

だが、マスター様が食事を用意しているのにそんな無礼は許されない。

食事の前に言わなければいけないことは解っている。

自分に勘違いさせたことだけは加古が悪い。

でも傷つけたのはやりすぎだ。

追いかけてるうちに本気を出すことが目的になってしまい、加減を誤ったのも私の落ち度だ。

それは記憶にこびりつく嫌な思い出を上書きしたかったというわがままだ。

要約すればこうなるが言わなきゃいけないと思うほど口が開かない。

加古と気まずいままここを発ちたくないのに、私は何を恐れているのだろう・・

 

 

ゴトリ。

 

ハッとした二人が顔を上げると、二人の真ん中に置かれていたのはシチューの入った寸動鍋だった。

そのまま視線を動かせば、呆れた様子で自らの腰に両手をやるマスターが目に入った。

マスターの視線に耐えられず、再び俯く二人。

 

マスターは再びキッチンへと取って返すと、パンの入ったバスケットを手に取った。

昨晩のお膳立てでは足りなかったか。時間が開いたし仕方ない。

 

ガタッ。

 

マスターは自分の席に着くと、パンの入ったバスケットを寸動鍋の横に置いた。

テーブルの上で両手を組み、二人にそれぞれ視線を送る。

少し待ってみたが、時が止まったかのようだ。

咳ばらいをし、おもむろに口を開ける。

 

「・・MP40」

呼ばれたMP40はびくりと肩を震わせた。

「・・はい」

「昨日の行動で行き過ぎた点があったとは思うかい?」

「・・はい」

「それはどこかな?」

「・・加古を必要以上に追い回してケガさせてしまったこと、それを謝っていないことです」

「うん。じゃあ加古」

加古は無言のまま、そっとマスターを見た。

「加古はそもそも喧嘩になってしまった事に、思い当たる節はあるかい?」

「・・だ、抱き枕のマスターを、本物のマスターみたいに説明したこと、それに」

「それに?」

「あ、あたしとMP40の間で結んでる協定を反故にしたような言い回しをしたこと」

マスターは首を傾げた。

「協定って何だ?」

MP40が両手をふわりと持ち上げながら口を開いた。

「だっダメですよ加古!それは内緒だって言ったじゃないですか!」

「あっ!いっけね!」

「もう!恥ずかしい・・・」

「ごめん・・」

「・・・」

 

少しの沈黙の後。

マスターの隣で、加古は肩を震わせ始めた。

 

「ごめん・・ほんと、色々ごめん。言い過ぎてごめん。余計な事言っちゃってごめん。ごめんなさい」

MP40が顔を上げると、加古の頬を伝う涙の雫が見えた。

「加古・・」

「ごめん・・でもあたし、MP40と、マスターと、一緒にご飯食べたい」

「・・」

「いつもみたいに笑って、喋りながら、美味しくご飯食べたいよ」

「・・」

「でも、いつもは許されてた軽口であんなことになっちゃって、どうしていいか解んないよ・・」

「・・」

MP40は唇を噛んだ。

マスター様は私が昨晩忘れて欲しいと言ったことを加古に言わなくても済むように話を運んでくれた。

でも、同時にマスター様が懸念していた事を、加古が案の定悩んでいたことも解ってしまった。

それは私が起こしたことで、忘れて欲しいとお願いしたことを言わないと説明がつかない。

ううん、マスター様に言ったことじゃ、まだ足りない。

・・・私にとって今大事なのは、自分の古傷を隠すことじゃない。

すうっと一呼吸したMP40は、加古をまっすぐ見ながら口を開いた。

「ごめんなさい、加古」

「・・」

加古がそっと、少しだけMP40の方を向いた。

 

 

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