今日も地球の片隅で。   作:銀匙

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第7話

加古の視線を受け止めつつ、MP40はゆっくりと話し始めた。

「私、追い回し始めた時はそれほど怒ってなくて、本当にいつも通りでした」

「・・」

「でも私、加古に甘えたくなったんです」

「えっ?」

「私が以前所属していた部隊では、所定を完了したらどんな精神状態だろうと鎮めなきゃいけなかった」

「・・」

「必要以上の発砲は1発でも禁止。指示外の行動は禁止。ミッション中の事を別の班に話すことも禁止」

「・・」

「訓練と実践に明け暮れた私は、身に着けた力をいつしか全て出しきる機会がなくなってました」

「・・」

「一方で、グリフィンの戦術人形はもともと民生品の流用だから、様々な思惑に晒されました」

「・・」

「私もMP40サブマシンガンは偉大な武器なのに、なぜお前のような小娘が担当なんだって怒鳴られたり」

「・・は?」

「訓練教官や救出対象の人間に辱められたことも1度や2度じゃなかったです」

「・・」

MP40は目をつぶり、大きく息を吸い込むと、声の震えを押さえながら続けた。

「そして私は、ある時耐えきれなくなって、私の胸を鷲掴みした政府高官の手を振り払いました」

加古がぎりっと歯軋りをする音がリビングに響いた。

MP40は俯きながら言葉をつづけた。

「翌日、緊急招集がかかって、私を含めた数体の戦術人形がヘリに乗せられました」

「・・」

「そして鉄血人形が何重にも包囲網を敷く只中に降ろされた後、無線でこう言われました」

「・・」

「君達は人類に危害を加えたと報告があった」

「・・」

「だから鉄血側に今月の被検体として売却した。不良品同士せいぜい頑張ってくれたまえ、ってね」

加古は目を見開いた。

「それじゃ・・包囲された市街戦って・・」

MP40は頷いた。

「降ろされた場所は確かに市街地でしたけど、私達の処分場のようなものでした」

「他の・・子は?」

「半数はその無線を聞いてその場に座り込み、そのまま撃たれました」

「・・」

「燃え盛る市街地でガレキを武器に戦い続け、何度か夜を超えたら敵も味方も反応がなくなっていました」

「・・」

「それが、私が最後に全力を出した記憶だったんです」

「・・」

「全力を・・頑張って訓練した自分の全力を出し切った記憶が、そんな事しか思い出せない」

 

加古は両手をぎゅっと握りしめたまま俯いていた。

MP40は机の木目をぼんやりと見ながら続けた。

 

「でも、昨晩の加古は、いつも通り手加減していては全然追いつけなかった」

「・・」

「もう少しだけ、もう少しだけと、いつのまにか私は全力を出していた」

「・・」

「そして、とても興奮したんです」

「・・興奮?」

「はい。全力を出してなお届くか届かないかという勝負で、おぞましい記憶が上書きされていくことと」

「・・」

「そんな強い相手が私の知る範囲に居たんだという喜びが支配していった」

「・・」

「加減なんて一切出来なかった。だから、届いたことに興奮を抑えられなかった」

「・・」

「謝れなかったのは、あなたに刃が届いたことがあまりにも嬉しかったから」

「・・」

「でも、マスター様と話してるあなたを見て、興奮は一気に冷めて、大変な過ちを犯したことに気が付いた」

「・・」

「結局謝れないまま、今もマスター様にこんなに助けてもらわないと言えなかったんです」

「・・」

「ごめんね、加古。私はあなたとの戦いに救いを求めてしまったんです」

 

MP40が口を閉じると、リビングに再び静寂が訪れた。

少し間を置いて、加古はゆっくりと顔を上げ、口を開いた。

 

「・・あのさ」

「はい」

「それで、クソッタレな記憶は一切合切割り切れたの?」

MP40は悲しげに唇を歪ませた。

「・・そんな簡単には。でも、少しは薄らいだかもしれません」

「あとさ、ナイフ持ってないと本気出せないかな?」

「えっ?」

「毎回スパスパ切られるのは願い下げだけど、本気で追いかけっこするくらい構わないよ?」

「加古・・」

「1回じゃダメでもさ、何度も何度も、あたしと全力で追いかけっこしたらさ」

「・・」

「そのうち忘れられるんじゃないかな」

「・・加古は、私のわがままに付き合ってくれるんですか?」

「構わないよ。だって」

「・・だって?」

「あたしは友達だと思ってるんだけど?」

「加古・・加古ぉぉぉお」

どちらともなく立ち上がり、そっと二人は抱き合った。

MP40はぼろぼろと涙をこぼし、すすり上げている。

「全くもう、変なところで遠慮するから悪いんだよ、MP40はさ」

「うん・・・ごっ・・・ごめん・・なさい」

「でもマジでナイフ持ってラリった目で追ってくるのは止めてください」

「ごめんなさい・・痛かったよね」

「痛いというかちょっとトラウマです」

「うん。もう・・しません」

 

マスターはそっと寸動鍋からシチューを取り分け始めた。

「さぁ、仲直りしたところで朝ごはんにしよう。十分味は染みてるはずだ」

加古はそっとMP40から離れると、マスターに向き直った。

「一晩寝かせたカレーってのは聞くけど、シチューでもアリなの?」

マスターは肩をすくめ、シチューの入った器を加古に手渡した。

「さぁな。だが使ってる野菜は似たようなもんだ。食べて確かめればいい」

「うん」

次の器を手に取りながら、マスターはMP40に声をかけた。

「私は加古のように本気で追う君から逃れられる術は持たないが・・」

「?」

真っ赤な目でしゃくりあげるMP40に、マスターは頷いた。

「これから、嬉しかった事、頑張った事、美味しかった事、そんな思い出をここで作っていこう」

「マスター様・・」

「そういう思い出で、君のメモリーを一杯にしてしまえばいい。私も手を貸すよ」

「・・・結構、記憶容量ありますけど」

「構わないよ。私も不老長寿化措置を受けているから人間ほど短命じゃないしね」

「・・あはっ」

「うん。MP40の可愛い顔には笑顔が似合うよ」

「かわっ!?」

「まずは腹ごしらえだ。そら」

マスターが手渡したシチューの器を、MP40は真っ赤な顔のまま両手でそっと受け取った。

じんわり伝わってくるシチューの暖かさを、MP40は目をつぶって感じ取った。

そこで横からの視線に気づいたマスターは、加古の方を見てのけぞった。

「なっ、なんだ加古?どうした?」

「・・・ずるい」

「えっ?」

「可愛いのはMP40だけなの?」

マスターは自分の分のシチューを取り分けた後、ぐいっと加古の頭を自分の胸元に引き寄せた。

「ふえっ!?」

「加古は可愛いよ。MP40とは違う、加古だけの可愛さだ」

「・・・ならいいや」

しばらく蕩けた表情の加古の頭を撫でた後、改めて前を見るとMP40が指を咥えていた。

マスターはデジャビューを覚えつつ、首を傾げた。

「ええと、どうして欲しいかな?」

MP40はそっと、マスターに抱き着いた。

「・・・ぎゅっと、して欲しいです」

マスターはそっと、加古と反対に座ったMP40の背中に腕を回した。

MP40はジト目の加古と目が合った。

「お触り禁止って言ったのにさ」

「加古が言ったんですよ、私は変な遠慮しちゃいけないって」

「意味違うし」

「それに、これからこういう嬉しい記憶を沢山増やさないといけないんで」

「うー」

加古は唸りながら思った。今だけは許してやるか、と。

 

 

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