「藤丸君」
懐かしい声が聞こえる。
それはもうこの世から喪われた者の声だ。
藤丸 立香が永遠に
「藤丸君」
己の名を呼ぶその声に、立香は混みあげてくる涙を堪えることが出来なかった。
――人は、声から人を忘れていくという。
だからだろうか。久しぶりに聞いた
「久しぶりだね」
――ああ、本当に久しぶりだね。
「元気だった?」
――どうだろう。いろんなことがあったけど……うん。それなりに元気かな。
「私のこと。覚えてる?」
――忘れるはずがない。だって君は――
◇
藤丸 立香は普通の高校生――というには少々非凡に過ぎた。
眉目秀麗成績優秀スポーツ万能……まるで、少女漫画に登場する主人公の相手役じみた完璧さ。
特にコミュニケーション能力に優れ、学年問わず友人が多い。
こんな人間を『普通』とはそれこそ普通、言わないだろう。しかし、あくまで彼の価値観は一般人の基準を大きく逸脱しないし、その内面は実に
だから、人並みに
繰り返すことになるが、立香の容姿は優れている。はっきりとした目鼻立ちは近代的美形であるし、日本人には珍しい青色の瞳も神秘的で美しい。
であれば当然、同年代の女性には魅力的な異性として映る。是非彼氏になって欲しいと、乙女たちは様々なアプローチを尽くした。下駄箱ラブレター等といったベタなものから公開告白といったレアなものまで。
結果として立香が誰かと交際に至ることはなかったものの、立香本人が己の容姿に自信を持つのは必然的流れだった。そして彼は己惚れた。バリバリ調子に乗った。俺が本気になれば笑いかけるだけで女は落ちるぜ!、と(完全に黒歴史である。マシュには到底言えない)。
立香が美形であるのも異性にモテるのも客観的事実ではあったが、誰もがその容姿に惹かれるわけではないと、この時の立香は失念していた。
「気持ち悪い」
だからこそ――ここに
「鬱陶しいから話しかけないで。私、顔だけ良い男って嫌いなの」
ピノキオのごとく伸び切った鼻っ面に、バルムンクとグラムを纏めて浴びせかけられたかの如き強烈な口撃を受けた立香は人生最高に格好を付けたキメ顔での告白を強烈にお断りされたのだった。
◇
「ご愁傷様(笑)」
「慰めてくれたっていいだろぉお!?」
放課後、告白をすげなく断られ呆然と立ちすくんでいた立香は友人に誘われるがまま学校近くのカラオケに入店し、事情を吐かされた挙句に嘲笑された。まだかさぶたにもなっていない真新しい心の傷をえぐられた立香は思わず悲鳴を上げてにらみつけるも、目前の友人は態度を改めることなく、メロンソーダの残りをストローで啜った。
「お前、最近調子こいてたもんな~」
「うっ」
所謂『モテ期』と言えるのだろう。ここのところ、立香はモテの絶頂にいた。
中学までは「瞳の色が気持ち悪い」と陰口を叩かれることもあったが、高校にもなると周囲はそれも魅力と認識する。
子供と大人の境界にある高校生という微妙な年齢。男女ともにある種外見の美しさはここで一つの完成を迎えることになるが特に生来より容姿に優れた者たちの、この時代における輝きは顕著だ。そして立香もその例に漏れない。
もし立香が女性であれば同性間での妬みからより陰口や嫌がらせが過熱した可能性もあったが幸運なことに彼は男性であり、また持前のコミュニケーション能力が高校進学以降さらに向上した為、現状そういった状況には陥っていなかった。
余談ではあるが男性社会において優秀な他者をひがむ言動、陰口は口や態度にした時点で“ダサイ”とされるケースが多く、それらを“恥じ”だとする文化が強い為、年齢が上がれば自然と少なくなる傾向にある(なお、足の引っ張り合いやイジメが無くなるとは言ってない)。
――閑話休題。
下手に順風満帆とした生活(モテ期)に慣れた故の失敗が先程の告白ともいえた。
とはいえ、立香は特別痛々しい告白をしたわけではない。文章にすればいたってシンプルで「君が好きです。どうか俺と付き合ってくれませんか」といった凡庸なものだ。しかし観る者が観れば「これで決まったな」という自惚れがその顔にありありと浮かんでいたのが分かっただろう。
つまりはそういうことだ。
「『
「……なんちゃってってなんだよ……」
「内面が伴わないクソニヤケ面のこと」
「ぐうの音も出ない……」
二条 香――立香が告白した相手であり、学年でも屈指の美少女と呼ばれる存在だ。
背中の中ほどまで届く艶やかな黒髪。日本人的な白い肌。絶妙なバランスで形成された美しい
その知名度は同学年に収まらず、男子は『藤丸 立香』女子は『二条 香』とそれぞれの性別を代表した美形として校内において周知されていた。ちなみに、この事実を立香は知らない。――変なところで彼は鈍感だった。
「でも確かに、俺は調子に乗っていたと思う」
――鈍感ではあるが、眼前に突き付けられた己の失敗に気づけないほど愚鈍でもなく。また、それを反省できないほど無能でもない。
藤丸 立香の性根は善性である。悪党の才能がないとは誰が言ったか、彼は己を顧みて正しい選択をできる人間だ。
だからこそ、失敗をすればすぐに後悔し、自省して改める。今できる最善を常に模索して実行する。その強さと純朴な誠実さが彼の持つ魅力の源泉とも言えた。
「……つってもまあ、今すぐなにか出来る、てわけじゃあないけどな」
「うっ」
「別に明確な悪事を働いたわけでもないから謝りに行くのもおかしいし、もう一度告るにしても間が短すぎるしで」
「……」
「結局現状、お前はお前の為に反省するだけ反省するしかやれることがないわけで……それは二条さんには関係ない、と」
真理だった。
立香は己の慢心を悟り、反省したわけだがそれで二条 香との仲が進展するわけではない。
未だ持って彼女に恋心を抱いている立香としては内心「再アタックしたい!」という思いもあるわけだがそんなことは彼女には関係がない上に、印象マイナスのスタートから間もおかず関わりに行ったところで、より嫌悪されるのが関の山である。
つまり結局のところ――
「告白してフラれたんだから潔く諦めなさいってことだな」
友人が放った
◇
「綺麗だね」
緋色に染めあげられた教室。立香と二人しか存在しないその場所で彼女はそう呟いた。
同意を求めてはいないのか、立香にその視線を寄こすことはない。彼女は自分の席だった机の上に座って、開かれた窓から夕陽を眺めていた。
「ああ、そう言えば――」
風に揺れる髪を耳にかけながら言葉を続ける、その彼女の横顔に、立香は胸をかきむしりたくなる程の強烈な哀愁を掻き立てられた。
――ああ、そうだ。あの日も
「
そう言ってはじめて彼女――二条 香は立香に振り返り、視線を合わせる。
久しぶりに目にした香の顔に「やっぱり二条さんは綺麗だな」などと――あまりに場違いな感想を抱きながら、立香は思考を巡らせることが出来ないでいた。
今の状況はなにもかもが可笑しい。
何故カルデアにいた筈の自分がここにいるのか。何故誰にも通信がつながらないのか。そもそもここは何処で今は
そして何故――
「藤丸君」
立香は人類最後のマスターとして、人類史を取り戻すために戦ってきた。いや、戦っている。だから本来、ここで呆けている暇はない筈なのだ。今すぐにこの空間から脱出する方法を探り出さねばならない。言葉を交わせるのが目の前の
でも、だけど――
「久しぶりだね」
――ああ、本当に久しぶりだね。
どうして彼女の声を無視できようか。どうしてこの今を手放せようか。
「元気だった?」
――どうだろう。いろんなことがあったけど……うん。それなりに元気かな。
本当に、本当に大変だったから、君に話を聞いてほしい。その欲求に、抗えない。
「私のこと。覚えてる?」
――忘れるはずがない。だって君は――
人物設定とか・・・・・・
『藤丸 立香』
成績優秀容姿端麗スポーツ万能な天才系少年。
非凡な存在であることは確かだがその心根はあくまでも凡人。
親の育て方が良かったのだろうし周囲の人間にも恵まれた。
前述のとおり、能力値は高いがあくまで普通の人間の範囲でのこと。
魔術的才能はほぼ皆無であり、その手の才能には恵まれていない。当然家系に変なものが混じっていたりもしない。
公式におけるビジュアルイメージが男体化した『遠坂凛』ということなので同二次創作では中身(能力)もそれに近づけた。でも魔術とかそういうのは一切なし。
原作ゲームにおいては度々「普通」だとか「平均的」という点が指摘されているが正直本当に普通の平均的人間があの物語を踏破することは難しいだろという事で、素のスペックは高く設定している。でも普通の人間が踏破してこそ意味があるのがFGOという物語なのであくまで一般の範疇に収まる範囲でスペックが高く、でも精神性が特異なわけでもない「普通の人間」と設定している。
『二条 香』
背の中ほどまで届く艶やかな黒髪に白い肌を持つ美少女であり、「藤丸 立香が好きだった女の子」である。
立香と同じく素のスペックが(普通の人間の中で)高い。
一見すると深窓の令嬢といった風情だがモテ期に浮かれた立香を手ひどくフルなど苛烈な一面も。
学校の屋上から身を投げて既に死亡している。彼女の自殺は立香が人理修復に向かう以前の出来事。つまり、今後どうしたって彼女が戻ってくることはない、筈だった。
『立香の友人』
今後名前が出るかも怪しい数多くいる立香の友人の一人。フラれた直後の立香をカラオケに連行した。
たぶん陽キャ。でもいい奴。多分なんでもない誰かを助ける為に体張って自分が死んじゃうくらいにはいい人。それだけ。