イアーズ・ストーリー   作:水代

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一章『水晶魔洞』
一話


「……はあ」

 

 嘆息しながら酒場のカウンターの上でひっくり返したのは自前の皮の財布。

 ころん、ころんと中から転がり落ちてきた硬貨を摘まみ上げながら一枚、また一枚と並べていく。

 

 2000ゴールド。

 

 全て並べ、数えた結果がそれだった。

 本日の宿が一泊1500ゴールド。

 さらに本日の夕飯代で500ゴールド。

 

 つまり?

 

「……明日から、どうするんだこれ」

 

 差し引かれた残高を計算し、思わず項垂れる。

 最後の一杯にと残した果実水を一気に飲み干す。

 さっぱりとした甘みが喉を通り抜ける。

 

「あぁ……」

 

 飲み干すと共に息を吐き、勘定を払ってそのまま酒場を出る。

 かちゃりかちゃりと歩くたびに鎧が音を鳴らす。

 そろそろこれも修繕しないとな、と思いながらもそのための金も無い有様。

 

 夜半、人気のすっかり途絶えてしまった街中を歩きながら明日のことを考える。

 

「ギルド行かねえとな」

 

 数日冒険者ギルドで依頼を受けていなかったため久々に行かなければならないだろう。

 あの受付にまた何か言われるのかと思うと憂鬱になってくる。

 

「ギルド、行きたくないなあ」

 

 とは言えまだ()()ことができない以上この街で暮らすしかないわけで。

 

 ―――なんでこんなことになったんだろうな。

 

 そんな内心の思いを吐露しそうになり、けれど飲みこむ。

 多分自分が悪い……のだろうけど、何が悪かったのだろう。

 良く分からないから困る。何よりいつまでここにいればいいのか分からないのが余計に困る。

 

「大丈夫かなあ、お嬢様」

 

 何て心配したって自分をここに寄越したのは彼女自身であるのだが。

 

 

 * * *

 

 

 ノーヴェ王国の南部にあるペンタスの街では現在近年稀に見る好景気に沸いていた。

 ペンタスのさらに南、オクトー王国との国境付近にて新たにダンジョンが発見されたからだ。

 

 洞窟の全てが水晶(クリスタル)でできた神秘のダンジョン『水晶魔洞』は洞窟内部から発生魔物に至るまで全てが水晶という極めて不可思議な場所であり、そこで入手できる原石から精製される水晶全てが魔水晶*1であるという事実が判明するとノーヴェ王国のみならず、オクトー王国やディッセン皇国からも冒険者たちが集まり、閑散とした田舎町だったペンタスは今やノーヴェ王国の首都にも劣らないほどの人に溢れかえり、好景気に沸いた。

 

 小さかったペンタスの冒険者ギルドも、需要に合わせて急激に拡張されたが、それでも収まりきらないほどの人数の冒険者たちが連日ギルドに訪れていた。

 

「うへえ……」

 

 数日ぶりに訪れた冒険者ギルドの人の多さを見て辟易する。思わず帰りたくなるが、けれどここで帰っても結局無一文なのには変わりない。

 

「……腹減ったなあ」

 

 朝飯すら食ってないので、外で適当に何か狩らなければならないだろう。

 とは言えそれだけで暮らしていけるはずもなく、とにもかくにもクエストをこなして金を稼がなければならない。

 そうして長蛇の列に並ぶこと数十分。

 ようやく自分の番が来る。

 

「いらっしゃいませ~。冒険者ギルドへようこそ……ってアナタでしたかぁ」

 

 僅かに間伸びした声と眠たげな目の猫人(ウェアキャット)の受付嬢は自分を見るなり机の引き出しを開けて、紙束を取り出す。

 その中から一枚取り出してカウンター越しにこちらへと寄越す。

 

「どうせまた金欠ですよね~。それとかどうですぅ?」

 

 渡された紙に目を通せば、冒険者ギルド発行の依頼書だ。

 内容を見やり、頬を引きつらせる。

 

「いやいやいや、いくらなんでもこれは無いだろ」

 

 書かれている依頼は極めてシンプルだ。

 

 ―――ダンジョン『水晶魔洞』のゲートキーパーを倒せ。

 

 最近になって発見されたというセーフゾーン*2奥に現れるという水晶を纏った巨大な爬虫類型のモンスターだ。

 ランク4の冒険者が六人でパーティを作って全滅したとかいう凶悪なやつで、基本的に一人で依頼をこなす自分のような冒険者に渡すべき依頼ではない。

 

「えーだって、でもこれくらいやらないとアナタの貧乏プレイはどうにもならないと思うんですけどぉ」

「貧乏プレイ言うな」

 

 こっちだって好きで貧乏やってるわけじゃない。というか元はそれなりに資産だってあるのだ。

 ただ今それを引き出せない状況というか、何というか。

 

「もっと普通のやつくれ……今ならいくらでも依頼あるだろ?」

「そーですねぇ……じゃあこれとかは?」

 

 そう言って代わりに差し出された依頼書を受け取る。

 内容は『水晶魔洞』に出現するモンスターから入手できる魔水晶を持ってくること。

 ただしサイズに規定があり、一定サイズ以上でなければならないとのことだ。

 

「このサイズ落とすモンスターってのはどのくらいのレベルになる?」

 

 モンスターは基本的に倒すと消滅する。

 基本的に肉体があるようで本質的には魔力の塊なのがモンスターだ。

 故に倒すと体を維持できず塵も残さず消える。

 だが時折残った魔力が物質となって残ることもある。

 それがドロップアイテムであり、冒険者の仕事の一つはこのドロップアイテムを集めることにある。

 そしてこのドロップアイテムの質とは素体となったモンスターの魔力に寄るため、質の良いアイテムを手に入れようとするならば強力なモンスターを倒す必要がある。

 

「そうですねぇ……ランク3冒険者でも十分可能なレベルのはずですよ~」

 

 ランクというのは冒険者の位分けである。

 登録したばかりのランク1から始まり、初心者卒業のランク2、一人前のランク3、ベテランのランク4、そして最上位のランク5に分類される。

 今の自分のランクは3。つまり難易度的には十分だろ。

 

「じゃあ、それで」

「はいは~い、じゃあこっちで処理しておきますね~」

 

 ぽん、とスタンプを突いて受領済みと赤字で半された依頼書を受け取り、カウンターを立ち去る。

 周囲を見やればパーティを組んでダンジョンへと行かんとする冒険者たちで溢れかえっているが。

 

「まあ、こっちは気楽にソロで頑張りますかね」

 

 とは言えポーター申請は必要だ。そちらの受付に言って適当に見繕ってもらう。

 ポーターは簡単に言えば『荷物持ち』だ。

 ダンジョンにおいて、多くの荷物を抱えて進むことなど自殺行為に等しい。

 いつ、どこから現れるか分からない敵に対して、装備だけでなく重い荷物まで抱えて進んでいてはいざという時動けず、致命的な隙となる。

 だからこそ、ポーターという職種がいる。

 

 ポーターは割と貴重な存在で、大前提としてポーターとしての能力が必要になる。

 例えば『軽量』の魔法だったり『空間拡張』の魔法なんてのを持っているやつもいた。

 単純に力持ちなやつもいたし、魔法が無くても魔導具で補っているやつもいる。

 とにもかくにもなるべく多くの荷物を持ってそれでいてダンジョンに一緒についていって生き残る生存能力が必須になる。

 もしポーターがいなければダンジョンに荷物を抱えて向かい、倒した敵のドロップアイテムも抱え、膨れ上がった荷物で探索を進めることになる。

 つまり生存率を上げるためにも、収益を上げるためにもポーターというのは冒険者には不可欠な存在なのだ。

 

 その辺りパーティを組んで人数を余らせているのならば代替することも不可能ではないが、俺のようにソロでダンジョンへと潜る冒険者にとってポーターは必須と言えた。

 

「チャーター料金はドロップアイテムの三割で問題ありませんか?」

 

 因みにそんな必須存在だからこそ、ポーターを雇うにはそれなりに金がかかる。

 事前に6000ゴールドを払うか、ダンジョンで入手したドロップを売却した額の三割のどちらかが報酬となるのだが、基本的にパーティなら前者、ソロなら後者が多い。

 単純に稼げる金額の違いもあるのだが、それ以上に人数割をした時の一人当たりの稼ぎというものがある。

 つまり毎回三割も持っていかれるとパーティ維持するほど稼げなくなるのだ。

 だがソロなら七割は保証されている。いくら稼ぐかにもよるがだいたいランク3の冒険者の一日辺りの稼ぎが6000~8000ゴールドほどなので三割持っていかれても宿代と飯代くらいは確保できるというわけだ。

 因みにこれがランク2以下になると一人辺りの平均が3000ゴールド前後にまで落ち込むのでそもそもポーターと雇うという選択肢自体が消失する。

 例え三割でも報酬から差し引かれると生活するだけの稼ぎが出ない、という事態に陥る。

 何よりランク2以下の冒険者たちが戦うようなモンスターのドロップというのはかさばるようなものが少ないので、ポーター自体をそれほど必要としないという面もある。

 もし必要な場合は同じランク2どうしでパーティを組んでやり繰りするのが普通である。

 

 まあそれはさておき。

 

「ポーターのフィーアです。よろしくお願いしますね」

 

 冒険者ギルドを出ると隣にあるポーター広場へと行く。

 簡単に言えばギルドから派遣されたポーターとの待ち合わせ場所だ。

 置かれたベンチに座って五分ほど冒険へと出発する冒険者たちを眺めていると、ふっと目の前に一人の少女がやってくる。

 歳の頃十五、六ほどだろうか。背中に追った大きな鞄が少女が何者なのか如実に示していて。

 そうして自らフィーアと名乗った少女はそう告げて手を伸ばす。

 

「ルーだ、よろしく」

 

 こちらも簡素に名乗り返し、その手を取る。

 冒険者にとって最も重要なものは何かと問われると、色々な答えがきっとあるだろう。

 だがその中で必ずあげられるものが一つ。

 

 信用である。

 

 ダンジョン探索は命がけである。

 奥へと進めば進むほど強力なモンスターが現れ、常に命の危険を感じながらヒリヒリと精神を焦げ付かせながら進むことになる。

 そんな中で一緒に歩く仲間が信用できないというのは極めて危険だ。

 人間は常に全方向を警戒することなどできないし、後ろの仲間に気を取られれば前からモンスターに襲われるのが冒険者の常である。

 だからこそ共にダンジョンに行く仲間を信用する。それが出来ないやつらはどこから野垂れ死にするのがオチだ。

 それはポーターとて例外ではない。

 というかポーターは基本的にそれほど戦闘能力を持たないので、冒険者以上に危険が付きまとう。

 冒険者の代わりとなって荷物を運ぶ以上、冒険者と違って身軽になることはできないし一緒に潜った冒険者が守ってくれなければ命の危険とて容易にあり得る。

 

 故に冒険者もポーターも信用と信頼が重要視される。

 

 少なくとも、後ろから刺してくるような冒険者やポーターは絶対にこの業界で生き残ることはできない。

 稀に野良冒険者や野良ポーターなんてのもいるが、あんなもの使う人間の気がしれない。

 少なくとも、目の前の少女……フィーアはその点に関して信用しても良さそうだった。

 こうして握手をする、その意味を分かっていて少女はやっている。

 

「よろしく頼む」

「こちらこそ」

 

 ダンジョンにおける信用と信頼の重要性を、理解しているということに他ならないのだから。

 

 

 * * *

 

 

 冒険者ギルドは冒険者をまとめ上げる組織であると一般に言われているが実際にはダンジョンを管理する組織である。

 大本が国家運営の『ダンジョン管理局』。そしてそのダンジョンを探索する『ダンジョンシーカー』を総括する機関だったのだが、かつては世界の神秘とされていたダンジョンも百年、二百年と経てば最奥まで攻略されるものも増え、ついには未踏破ダンジョンというものの数が数えるほどになった頃、多くの国はダンジョンシーカーを持て余していた。

 ダンジョンシーカーたちはダンジョンを探索する関係上、強力な戦力である。だがかつては多くあったダンジョンも踏破を終え消え去った物も多く、残ったダンジョンの数に反してダンジョンシーカーの数は供給過多。完全に持て余していた戦力をどうするか。

 

 そんな時、地上に魔族というものが現れた。

 

 魔族は人類種族に対して敵対的な存在であり、全ての人類国家と魔族の間で百年続く戦争が起こった。

 最終的にどういう決着がついたのか、それは誰も知らないことではあるが、結果的に魔族たちは地上から姿を消した。

 だが代わりに地上にはダンジョンにしか生息していなかったはずの魔物が増え、あちこちに出没するようになった。

 これによってかつてダンジョンのみを探索していたダンジョンシーカーたちは地上の魔物にも対応するようになり、これが現在の冒険者の大本である。

 

 最初は国営だったダンジョン管理局も戦争の影響で維持することができなくなり、解体。

 代わりに国家から委託される形で作られたのが現在の『冒険者ギルド』である。

 と言ってもやること自体はかつてのダンジョン管理局時代からそう大きな変更はない。

 

 基本的に地上の魔物というのはそう強いものは多くない。

 低ランクの冒険者、どころか民間人でも武装さえすれば追い払う程度のことはできる存在であり、強力な魔物や魅力的な資源というのは常にダンジョンから産出された。

 故に冒険者ギルドの役割は依然としてダンジョンを管理することだ。

 

 そしてダンジョンさえ管理すれば必然的にそれに向かう旧シーカー、現在の冒険者たちを管理することにも繋がる。

 実際、冒険者登録を開始し、登録された冒険者のみがダンジョンに立ち入ることが許可されるようになったのはここ十年前後のことであり、それ以前は誰だろうとダンジョンに入ることができた。

 

 登録もせずにダンジョンへと向かう野良冒険者や野良ポーターというのが生まれたのも結局は登録制度を作ったからである。

 

 とは言えこの登録制度で実力ごとにランク区分を行うことによって依頼の達成度を飛躍的に高めることができた。

 冒険者たちは身の丈に合わない無茶をする必要は無くなったし、依頼する側からしても依頼にある程度の確実性を求めることができるようになった。

 

 さらに新人冒険者に対してギルド側からの新人研修や講義などもあり、現状比較的上手く回っている、という印象だった。

 

 

 * * *

 

 

 ダンジョンを管理すると一口に言っても、ダンジョン内部はダンジョンコアによって常に状態が『更新』されている。

 ダンジョンコアは文字通りダンジョンの核であり、これを破壊することでダンジョンは消滅する。

 その代わり、ダンジョンコアを破壊しない限り、最奥に待ち構える『ボスモンスター』もボスへの通路を塞ぐ『ゲートキーパー』もダンジョン内をうろつく雑魚モンスターも何度でも復活する。

 また時々だがダンジョン内部では不自然な宝箱が設定されており、開けるとゴールド通貨や不可思議な力を宿した武器や防具、アイテムなどが見つかる。

 というか現在流通している『ゴールド通貨』とは全てこのダンジョンで産出されたものである。

 

 この宝箱もまたダンジョンコアが生み出しているとされており、一説によると宝箱を餌に冒険者たちをおびき寄せ『食らう』ためではないかと言われている。

 

「水晶魔洞は現在地下十二階層まで確認されています」

 

 内部の大まかな地図を示しながらフィーアが告げる。

 道中はダンジョン行きの無料馬車がある。これも冒険者ギルドに登録した際のサービスの一貫と言える。

 

「十二階層にてゲートキーパーが確認されているので注意ですね。一応尋ねますが目的は?」

「魔水晶、何だけどな……サイズまで要求されてるから、少し奥までは潜るかもしれない」

 

 自身の言葉にフィーアが頷く。

 

「とは言え十二階層に存在するのはゲートキーパーのみ、ということなので問題は無いでしょう。魔水晶ならほぼ全階層で取れますが、特にサイズ的に大きいとされているのは六階層と十階層ですね」

 

 さらに地図を広げながら地形を見せ、さらにどんなモンスターが生息しているのか、その階層で注意すべきことなど口頭で告げるフィーアに頷く。

 

「優秀なポーターで助かるよ」

「こちらこそ、優秀な冒険者と聞いています、報酬も割合制ですし、期待していますよ」

 

 告げるこちらの言葉にそう言って笑みを返すフィーアに思わず苦笑した。

 

 

*1
魔力の伝導率が高く、魔力を多く蓄積できるため魔法触媒として極めて有用性が高い。

*2
ダンジョン内におけるモンスターの発生しない地域。


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