イアーズ・ストーリー   作:水代

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十話

「ここは……」

「見ての通りの露店通りだよ」

 

 商業区は文字通り商業に携わる施設や店舗が集中しているが、根本的にはここは『交易』のための街だ。そのため中心部に行くほど一般利用の店でなく、交易品を扱う店や輸出のための店が増えていく。

 要するに『政治色』が強くなるのだ。故に一般利用の店となると『外来区』寄り、つまり街の中心よりやや南東側のほうになる。

 

 飲食店や衣料品店、装飾店、数は少ないが武器、防具屋など数々の店が並ぶ通りはそのまま『行政区』と『外来門』を繋いでおり、緊急時など馬車の往来があることから道路幅が非常に大きく取られている。

 とは言え平素はそんなことは関係無く、スペースの無駄遣いは許されないと言わんばかりに屋台がずらりと並ぶ屋台市が出来上がっていた。

 

「ギルドから割と近いんだが、こっちのほうには来たこと無かったか?」

「はい……食事ならギルドのほうでも取れますし」

 

 人の賑わう屋台市が珍しいのかきょろきょろと周囲を見渡すフィーアの姿に良かったと内心で安堵の息を零す。

 

 それにしても中々無理難題を引き受けてしまったものだと思う。

 休みの日の過ごし方が分からないというフィーアに、では適当に街をぶらつこうと提案したのは確かに自分ではあるが。

 

 ―――私、デートというのがしてみたいです。

 

 それが依頼主のオーダーだった。

 

 生憎ながら俺はデートというものをしたことが無いので具体的にどうすれば、というのは分からないがまあ往々にしてこんなもの、というイメージはあるのでとにもかくにも商業区にやってきたのだが、さてここからどうしたものかと悩む。

 

「取り合えず、良い時間だし昼飯でもどうだ?」

「そうですね、私も少しお腹空きましたし問題ありません」

 

 並ぶ屋台市では飲食物が多く売られているので適当に買う。

 食べながら歩いても良いのだがこうも人が多いと忙しなく感じてしまうもので。

 商業区を抜けて、少し歩くと行政区の端にたどり着く。

 適当に見渡せば中央に噴水のある広場があり、ベンチなどもあったのでそこに並んで腰かける。

 

「ふう……人ごみに酔うかと思った。大丈夫か?」

「ええ、はい」

 

 自身より大分小柄なフィーアだけに、先ほどまでの商業区での雑踏は厳しかったらしい、まだ少し目を回しているようだった。

 魔導具で冷やされたらしい果実のジュースを渡すと、フィーアが受け取って一口含む。

 

「ふう……ありがとうございます、少し落ち着きました」

「飯買ってきたが、食べれるか?」

「問題ありません」

 

 頷くフィーアに、先ほど借りた鞄を広げ中から買ってきた物を取り出す。

 

「フリートですか」

「名産だしな」

 

 小麦粉の生地の薄焼きの上に生野菜や肉を甘辛く炒めたものをのせてヨーグルトソースなどをかけたペンタスの名産品である。

 元々ペンタス、というかノーヴェという国自体が小麦の生産量が多いので、小麦を使った料理を名産としている街はけっこう多い。

 その中でもペンタスの街はダンジョンが発見される前は酪農と農業が主な産業だったため、こういう料理が生まれた経緯がある。

 正確に言えばペンタスの名産というか、ペンタスを含むこの地域一帯の名産といったところか。

 ペンタスはダンジョンによって一躍交易都市として発展したが、未だにペンタス以外の周辺の村や町などは酪農と農業を主産業としている。

 

 ペンタスでも良く販売されており、特に片手間に食べれるため屋台などでは必ず売られている一品である。

 

「買ってきておいて今更だけど好き嫌いとかあったか?」

「いえ、特には」

 

 そうかと言いつつ手元のフリートにかぶりつく。

 周辺に農村があるからこそできるのだろう新鮮なシャキシャキの野菜の触感としっかりと味のついた肉脂の下たる牛肉、溢れ出た肉汁はそれを包む生地が吸って旨味を逃すことが無い。

 少し感じた脂っぽさはヨーグルトソースの酸味が上手く打ち消していていくらでも食べられそうだった。

 

「うん、美味い」

 

 ボリュームもあって、値段も手頃。

 味も良いとあって、名産品と呼ばれるだけはあると思う。

 それなりの大きさがあったはずなのだが、気づけばぺろりと一つあっさり平らげてしまっていた。

 買ってきた果実ジュースを流し込む。

 それからふと、隣で未だにフリートをちびちびと食べている少女のことを思いだし視線を向けて。

 

「……もしかして口に合わなかったか?」

「いえ、そんなことは無いですが」

 

 特に表情もリアクションも無く、淡々とフリートを齧る少女の姿に思わずそんな疑問が口をついて出るが、当の少女本人はそれを否定する。

 

「じゃあ美味いか?」

「……さあ?」

 

 続けて問うたその言葉に、フィーアは一瞬悩んだ様子を見せたが、返ってきたのはそんな言葉だった。

 ぱくり、とフリートを齧り、咀嚼し、嚥下する。

 そうして、首を傾げる。

 

「これは、美味しいんですか?」

「お前はそう思わないのか?」

「よく、分かりません」

 

 まただった。

 

 また少し困惑したように、戸惑ったように、困ったような表情をする。

 違和感。

 ずっと感じていた違和感。

 でもそれを訊くことはできない、してはならないと自制する。

 

「……そうか」

 

 だからそれだけ呟いて、顔を背ける。

 逃げるように……否、きっと逃げている。

 直視しないように、目に入れてしまわないように。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「お前さ……物食べて美味しいって思ったことあるのか?」

 

 だからそんな言葉が代わりに出る。

 けれど自身のそんな問いにさえ、フィーアは少し惑った様子で。

 

「覚えている限りでは、無いと思います」

 

 そんな答えに、正直頭を抱えたくなった。

 わなわなと震える唇が言葉を紡ごうとして、けれど理性がそれを必死に抑える。

 口を閉ざすと途端に会話が途切れ、気まずい沈黙だけが続いた。

 

 

 * * *

 

 

 商業区に戻って来る。

 屋台市を二人で冷やかしながら、抜けてさらに中心部のほうへ。

 ここまで一緒にいて、隣を歩く少女について何となく分かったことがある。

 

 ―――フィーアは必要だけで生きている。

 

 働くことは、金を稼ぐことは生きるために必要だから働いている。そこに目的や目標は無く、必要だけでやっているから『生きるだけ』の金があればそれで十分なのだ。だからあの化け物蜘蛛の足の代金をあっさり譲った、残った報酬分だけで十分だからだ。

 

 食べることが生きるために必要だから食べる。そこに味は関係無いのだ。食べなければ体が動かない、だから食べているだけであって、美味しい物を食べたいだとか、不味い物は嫌だとか、そういう考えが見えない。ただ生きるためだけに食べるから美食だとか贅沢だとかいう概念が無い。

 

 きっとあの防具屋のことを知っていたのも『それが必要だったから』だけの話で、知的好奇心で知ったわけでは無いのだろう。もしかしたら働く上での接点かもしれない、きっとフィーアが自発的に求めた物では無いのだろう。

 

 だから必要なことに関する知識は豊富だ。

 例えばダンジョン関連の質問をすればギルドで聞ける範囲のことならだいたい出てくるのだろう。実際ダンジョン内でも準備の良さとその知識には助けられた。

 

 だがそれ以外に関して。

 

 先ほどの屋台市などギルドから歩いて十五分ほどの場所にも関わらずフィーアは知らなかったらしい。

 一体普段どうしているのかと聞かれればダンジョンに潜るか、ギルドにいるか、ギルドでご飯を食べているか、宿屋で寝ているか。後は偶の仕事の合間に荷物の補給をしたり、それだけらしい。

 

 無欲、と言えるのかどうか分からないところではあるが、ワーカーホリックなのは事実らしい。

 

 ()()()()()()()()といった風にも見えるが。

 

 そう考えると不思議な話ではある。

 

 フィーアは言った。

 

 ―――私、デートというのがしてみたいです。

 

 確かにそう言った。

 それは自身が知る限り初めて聞く『彼女の希望』であった。

 必要だけで生きているようにしか見えないはずの彼女の唯一の『ブレ』がそこにあった。

 

「……どうかしましたか?」

「へ……? うおっ?!」

 

 そんな風に頭を悩ませていたせいか、こちらの様子に気づいたフィーアが覗き込むように顔をずいっと近づける。

 ともすれば触れ合いそうなほど近づいた顔と顔に思わず仰け反ってしまう。

 数歩たたらを踏み、何とか踏みとどまる。危うく転がるところだったと息を吐いた。

 

「その反応は失礼では?」

「すまん、考え事してたらいきなり目の前にいたから……というか近い近い」

 

 身内が女ばかりなので異性に対してそこまで初心なわけでも無いと自負しているが、さすがにこう無防備に近づいてこられるとこちらも戸惑ってしまう。

 一歩踏み込まれれば思わず一歩引いてしまう、ただそれが不満だったのフィーアが少しだけむすっとした表情をする。

 

「私、デートがしたいと言ったはずですが……デートというのはこういうのなのですか」

「いや、そうは言ってもだな」

「…………」

 

 一瞬、フィーアが黙し。ふと何か思いついたと言わんばかりに顔を輝かせ。

 

「手、繋ぎましょう」

「……は?」

「だから、手を繋ぎましょう。前に読んだ物語ではデートの時そうしていました」

 

 どこから得た知識なのかと思ったが、物語からだったのかと思うと同時に薄っすらと笑みを浮かべながら手を差し出してくる少女を思わず見つめてしまう。

 ん、と手をさらに伸ばすフィーア。どうするか一瞬悩み、硬直する自身に痺れを切らしたフィーアがさらに手を伸ばし。

 

「これで良し、です」

 

 自身の手を掴んだ。

 雪のように白い肌が目の前に伸びてきていた。触れたその手は滑かで、細く、少し力を入れただけで折れてしまいそうな繊細さがあった。

 

 ―――ずっと一緒にいて、■■■。私の傍に、ずっと。

 

「…………」

「どうしました?」

「……あ、いや、なんでもないよ」

 

 少しだけ開いた記憶の蓋をもう一度閉め直して、向き直る。

 (こうべ)を振ってフィーアと二人、気を取り直して商業区の店舗を回って行く。

 とは言え、俺は俺で特に必要のない物は買わないし、フィーアもまた特に欲しい物も無いというので本当に冷やかしているだけだ。

 

「こっちのほうにも武器や防具の店があるんですね」

「そうだな、こっちはまあどちらかと言えば商人の護身用とかが主だな、冒険者の使うような実用的なやつじゃなく威嚇とかに使えるようなやつが多い」

 

 やたらサイズの大きい割に軽い大剣や長すぎて先がしなっている槍が置かれた武具店を見たり。

 

「魔導具屋がこんなところに……」

「有名な魔導具店の系列ですね。ギルドでも使っている魔導具の修理などで来たことがあります」

 

 俺でも聞き覚えのあるような巨大な魔導具制作販売会社の系列店を見たり。

 

「服ですか?」

「デートだと定番らしいぞ」

 

 衣料店に行ったり。

 

「こういうのって何の意味があるんでしょうね?」

「いや、アクセサリーだからお洒落に使うに決まってるだろ……あ、店員さん、これくれ」

 

 装飾品店に行ったり。

 そうして街中を気の向くままに歩き回り。

 

「……もう夕方か」

「そうですね」

 

 気づけば西の空に夕日が差し込む時間となっていた。

 フィーアが特に何か買っていたという様子は無いが冷やかしながらも並べられた商品を見て、フィーアと二人あれやこれやと話しているのが何だかんだで楽しかったので本当に『気付けば』と言った感じだった。

 とは言え一日中街中を歩いていたのだ、さすがに少し歩き疲れたので途中で見つけた公園のベンチに二人で座る。

 

「こんなとこあったんだな」

「私も初めて知りました」

 

 商業区には不釣り合いなほど静けさに満ちた公園だった。

 雑踏で賑わう中を歩いてきただけに、この静けさが今は心地よかった。

 ベンチに座ったままぼんやりと空を見上げる。夕焼けに彩られた空を見ていると、何となく寂しさを覚えた。

 そうしてしばらく二人でその静けさを満喫していると。

 

 ぼーん、と遠くで鐘が鳴った。

 

 行政区にある『時計鐘(とけいしょう)*1の音だった。

 

「ルー」

 

 もうそんな時間か、と心の中で呟いた時、ふと隣でフィーアが自身を呼んだ。

 すく、と立ち上がりこちらへ向いたまま数歩後退する。

 

「今日はありがとうございました」

 

 ぺこり、と一礼。

 

「無茶を言ったと思いますが、それでも付き合ってもらって、嬉しかったです」

 

 そう言って微笑む少女に、少し気恥ずかしさを覚えて頬をかく。

 

「金貸してもらった、からな」

「報酬ですので、差しあげても構いませんよ?」

「そういうのはいらねえよ」

 

 さすがに出会って一日と少々の少女に防具代の一部を負担させるなど自身の矜持が許さない。

 それでも無い袖は振れないため借りるだけは借りた……が必ず後日返す、それは絶対だ。

 

「それに」

 

 確かに中々に無茶振りだったとは思う、けれど、それでも。

 

「割と楽しかったよ……だから気にしなくていい」

 

 最後のほうは自分だって楽しんでいた、だからお相子なのだ。

 そう告げればフィーアが嬉しそうにする。そんなフィーアの反応が照れ臭かった。

 

「そろそろ帰りますね」

 

 告げるフィーアに、ああ、と頷こうとして。

 

「あーその前に、一ついいか?」

「はい?」

 

 呼び止める、何事かと目を丸くするフィーアに、少し言葉を溜めて。

 

「今日、楽しかったか?」

 

 尋ねた言葉に、フィーアが黙す。

 少し考えたように視線を泳がせ。

 やがてこちらへと視線を戻し、ぱぁ、と花の咲いたような笑みを浮かべ。

 

「はい、楽しかったですよ、本当に……ありがとうございます」

 

 そう告げた。

 

「そっか……」

 

 安堵の息を漏らす。結局大したことはできていなかった気はするが、それでも彼女が楽しめたのなら良かったと思う。

 

 だから。

 

「フィーア、ちょっとこっち」

 

 呼び寄せる。

 

「はい?」

 

 不思議そうにこちらへやってくる少女に。

 

「手出して……これ、やるわ」

 

 ポケットから出したイヤリングをその手に落とした。

 

「…………」

 

 手のひらの上の銀製のイヤリングを見つめ硬直するフィーアの頭の上にぽん、と手を置き。

 

「こっちも楽しかった、ありがとうな……それじゃ」

 

 告げて早々に立ち去る。

 

 歩き去り、そのまま振り向かなかった。

 

 そうやって、柄にもないことをした、と照れくさくて赤くなっているだろう頬を隠した。

 

 

 

*1
午前八時、正午、午後四時に鳴る街全体に響く鐘。それぞれ行政区における『始業時間』『休憩時間』『終業時間』を示している。




フリートは創作料理です。
簡単に言うとケバブとブリートの合作料理みたいなやつ。というか半ばケバブ?
因みに作者食べたことない……一度は食べてみたいんだけどな、売ってるのみたことないんだ、田舎者だからね。

次回はフィーアちゃん視点の話になりそう。

いやあ……可愛いわ、フィーアちゃん。無知で無垢な人形のような少女を貶めて穢して人間にしたい欲望。
真面目にヒロイン候補しても良いかなあ。

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