イアーズ・ストーリー   作:水代

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十一話

 夢を見た。

 

 滅びの夢。

 

 暗い暗い漆黒に包まれた街。

 

 蔓延る赤は撒き散らされた鮮血と肉片。

 

 普段なら眠ることの無い街は、けれどどこを見渡せど明りの一つも無く。

 

 ―――ああ、そうだ。

 

 そうして気づく。

 

 そうだ、そうだ、そうだ。

 

 この街はもう。

 

 もう。

 

 ―――滅びたのだ。

 

 

 * * *

 

 

 がばり、と被っていた薄布を蹴り飛ばして跳ね起きる。

 暗い寝室、音は無い。そのことに恐怖しながらもドアを蹴り飛ばすような勢いで開き。

 ()()()()()()()()()()()に立ち止まった。

 

「……ゆ、夢?」

 

 全身を濡らす汗に心地悪さを感じながらも部屋に戻り、ベッドに座り込む。

 そうして先ほどまで見ていたのだろう夢を思い出して。

 

「ダメだ……このままじゃ」

 

 独り言ちる。

 

「このままじゃ、この街は」

 

 あの夢の通りになる、その予感があった。

 アルフリートは昔から直感に優れていた。その直感こそがこれまで幾度となく自身の命を救ったと思っている。

 そしてその直感が警告を発している、このままではあの夢の通りになると。

 

 明り一つ残らない闇黒の街。

 

 撒き散らされ、街を彩る鮮血。

 

 惨殺され、骨の一本すら残らない無残な死体が街の至る所に転がっていた。

 

 アレは夢だ。

 

 だがいずれ現実になる。

 

 そういう予感があった。

 

「不味い……不味い」

 

 思考を巡らせる。

 考えなければならない。そうしなければ生き残れないから。

 

 まず大前提だ。

 

 原因は?

 

「間違いなくあの蜘蛛、だね」

 

 現状このペンタスの街近辺に存在する危険存在と言えば真っ先にあの蜘蛛が出てくるだろう。

 何より()()()()()()()()()()()()というのがその証拠だ。あの化け物蜘蛛は人間の骨を食っていた。

 原因は間違いなく化け物蜘蛛で決まりだろう。

 

 では次だ。

 

 いつ?

 

 ヒントは闇黒に包まれた街だ。

 そう、闇黒、暗闇……つまり。

 

 ()()()()()()()

 

「次の新月は……」

 

 日付的に言えば恐らく三日後。

 三日、それが制限時間。恐らく三日後にあの化け物蜘蛛が()()()()()()()()()()()ということになる。

 

「それってつまり」

 

 ギルドで組まれた討伐隊が出発するのが明日だ。

 実際にダンジョンに突入するかは分からないが、それでも遅くとも明日、明後日中には戦闘が始まるだろう。

 なのにこの夢が現実の通りになるとするならば。

 

「討伐隊は全滅する……」

 

 そして蜘蛛はさらに成長を続け、ダンジョンから出てくる。

 ダメだ、そんなの。そんなものもうただの魔物とは呼べない。

 ダンジョンから出て、地上の魔力濃度の中で当然のように街一つ食い散らかす化け物、そんなもの。

 

「災害種じゃないか」

 

 それ以外に呼びようがない。

 第二の『アルカサル』の誕生である。

 

「ど、どうする、何ができる?」

 

 その恐ろしい事実に気づき、震える声で呟く。

 だが考えるほどにどうしようもない。

 だって誰も信用してくれるはずがない。

 何せ根拠が夢だ、そんなもの信用してくれというほうがおかしい。

 

 また逃げ出すか?

 

 そう考え、けれど直感がノーを突きつける。

 ()()()()()()()とそう言っている。

 今は逃げられるかもしれない、が一時凌ぎにしかならないと。

 実際のところ、『アルカサル』レベルの存在が積極的に人間を襲いだすならばとっくに人類は滅亡していると言って良い。

 どうしようもないほどの理不尽で、災害としか言いようのない不条理ではあるが、身を縮こまらせて耐え凌げばいつか通過する、だからまだ災害程度でしかないのだ。

 あの化け物蜘蛛は人間を積極的に捕食する。正確には人間の骨を食う。

 その味を覚え、気に入り、積極的に地上で人間を食いだした時、その被害は計り知れないだろう。

 

 今はまだそれほど大きくも無いあの化け物蜘蛛が、本当に親と同じサイズにまで成長し、それでも尚人間を食うことを止めないならば。

 

 それはこの大陸における人類の滅亡と同義だろう。

 

「くそっ! どうする、どうすれば……」

 

 その予兆を今自分だけが感じ取っている、そのことに深く懊悩する。

 何か、何か無いのか、考える、考える、考える。

 

 そうして。

 

 ふっと、昨日助けてもらった二人のことを思い出した。

 

 まるで導かれたかのように、脳裏に浮かんだその光景。

 

「……そういう、ことなのか?」

 

 呆然としながら呟きつつ。

 

 けれど確かに得た生への手応えに、ぐっと拳を握りしめた。

 

 

 * * *

 

 

 空腹感に背を押されてやってきた夜の酒場は賑わっていた。

 

「適当に飯、それと……飲むもん、酒以外で」

 

 カウンターに腰かけて店主に注文を告げる。

 すでに何度も通っているが相変わらず酒場で酒を飲まないことに不満そうな店主に早くと手を振ってやると、渋々ながら厨房のほうへ注文を渡しに行く。

 

「今日は一段と賑わってるな」

 

 通しに出された塩ゆでされた豆を摘まみながら複数のテーブルを囲んではしゃいでいるやつらの顔を見やる。

 多分、というかほぼ間違いなく冒険者だ。それも結構な手練れ。

 さすがに酒飲みに来るのに武装はしていないので絶対とは言えないが、身のこなしや身体つきを見れば何となく分かる。

 

 ただ見ない顔ではある。

 

 この街に来てからずっとこの酒場で飯を食っているが一度も見たことが無い。

 ということは、恐らく。

 

「他所の街から呼ばれた討伐隊のやつらか」

 

 多分そんなところだろうと当たりを付ける。

 まあ別にそんなことは構わないのだが。

 

「誰でも構わんけどな、あの化け物蜘蛛倒してくれるなら」

 

 呟きつつぽりぽりと豆を食べる。仄かな甘みと塩気が舌の上で混ざり合い、いくら食べても飽きの来ない味ではある。

 これだけで意外と腹が膨れる物で、先ほどまで感じていた空腹感は収まっていた。

 そうこうしている内に奥から店員が料理を運んでくる。

 

「ほほう」

 

 シンプルなトマトソースのパスタにサラダ、それからスープにパン。

 中々の量である。昼飯がフリート一つだったので少し物足りなかったところだ。

 さらに置かれた木製のジョッキに入っていたのは。

 

「おーい、これ酒だろ?」

「度数は低い、今あるのはそれだけだ」

「酒はちょっとなあ」

「文句言うな、ここは酒場だぞ」

 

 鼻を鳴らす店主に、これ以外に無いと言われ嘆息する。

 いや、別に嫌いというわけでは無いのだ。飲めるし、それなりに強いという自負はある。

 だが酒が入ると真っすぐに剣を振るのが難しくなる。

 街中だから安全などという保障は無い、だから実家以外で酒を入れるのは嫌なのだ。

 

「まあ度数低いなら」

 

 とは言え、余り神経質になり過ぎても、だ。

 別に一杯飲んだら即座に出来上がるほど酒に弱いわけでは無いし、度数の低い物ならば問題も無いかと一人納得してジョッキを手に取り。

 

「うらああああああああああああああ」

 

 背後から聞こえた声に、咄嗟に一番手前にあった皿一つ掴んで跳ねた。

 直後に吹き飛んできた誰かがカウンターに激突し、当然ながら並べられていた料理も台無しである。

 

「あ、くそ、これだけかよ」

 

 咄嗟に掴んだ皿に入っていたのはスープ。

 もう片方の手にはジョッキ。

 見事に水分ばかりである。

 

「ふっざけんなよ、おい、こらぁ!」

 

 振り返って視線を向ければ酔った勢いで乱闘騒ぎ、完全に巻き込まれたと自覚しつつもそれはそれとして腹が立つので手に持ったスープ皿を恐らくこちらに向かって男を投げただろうやつに投げつつ、さらに近寄って集団のリーダーらしき黒髪の男の頭に思いきりジョッキを傾ける。

 

 ジョバジョバと酒が男の頭から流れ落ち、その体を濡らしていく。

 

「「「…………」」」

 

 全員の視線がこちらに集まる。

 ほんの一瞬にして場が沈黙で満たされて。

 

「……あ?」

 

 滴り落ちる雫が自らの頭の上から落ちてきた物だとその時ようやく気付いたらしい男がこちらを向いて。

 

「……カゲ?」

「……ノル?」

 

 振り返ったその男が()()()()()()()()ことに今更ながらに気づいた。

 

 

 * * *

 

 

 【レックス】というチームは現在いくつかの他チームを纏める代表的な存在だ。

 

 『チーム』という制度がパーティメンバーの固定化にあるとするならば、そのパーティをいくつも寄せ集めて作られるのが『クラン』だ。

 ただここまで来ると『傭兵』と余り違い存在と見られるため実際にクランを組んでいるチームは少ない。

 その数少ないクランの一つが【レックス】を代表すると複数のチームによって作られたクラン『レグヌム』である。

 と言ってもこちらは余り知られていない。

 基本的に【レックス】として行動することのほうが多いため、チームが実はクランを組んでいるという事実はマイナーな事実だった。

 

 その【レックス】のリーダーにしてクラン『レグヌム』の頂点に立つのが【冒険王】と呼ばれた男であり。

 

 本名を『ノルベルト・ティーガ』と言う。

 

 

「いや、なんかその……悪いな」

「いや、こちらこそ、食事の邪魔したみたいだな」

 

 あっさりと場を収め、酒に濡れた服を着替えてきた男、ノルベルトが彼の借りている部屋の椅子に座る。

 随分とがっしりとした体格の良い男で、身長など自分よりも一回りか二回りほど大きい。

 正直自分の借りている部屋より一回りは大きいサイズの部屋のはずなのに、彼が佇んでいるだけで狭く見えるような錯覚すらある。

 数カ月ぶりに出会ったが、その巨体ぶりは相変わらずのようだった。

 

「来てたんだな、こっちに」

「ああ、まあな」

「お前があの屋敷から出てくるとは思わなかった」

「まあちょっと、な?」

 

 口を濁す俺に、不思議そうに首を傾げる。

 

「それにしても……そうか。【レックス】はお前のとこのチームだったのか」

「ああ」

「それにお前が『ティーガ』だったなんてな」

 

 冒険王の名は当然ながら聞いたことはある。

 だが正直俺はこの男の名を『ノルベルト』としか認識していなかったので『ティーガ』という苗字を聞いてもピンと来なかった。

 

「ティーガは父親のほうの姓だ。あそこにいたころは母親のほうの姓を名乗っていたからな」

「なるほどな」

 

 道理で聞きなれないと思ったがそういう理由だったのかと納得する。

 

「それにしてもまさかこんなところで会うとはな」

「それはこちらの台詞だ。本当に何があった? カゲ、お前があの屋敷から出てくるなんて本当に驚きだが」

「あー、すまん、今こっちじゃルーって名乗ってる」

「ルーか、なるほど、了解した」

 

 頷くノルに安堵の息を漏らす。

 この男は自分の本名を知っている。フルネームでだ。

 うちの名前はそこそこ有名であり、皆が皆知っているわけでは無いだろうが、知っているやつは知っている。だから普段はミドルネームの『ルー』とだけ名乗っているのだが、それを伝えていないと不意にぽろっと本名を零しかねないので先に釘をさせておいて良かった。

 

「それで、何があったんだ? ついにお嬢と喧嘩でもしたか?」

「ぐ……い、いや、喧嘩というかな」

 

 何気無く、と言った様子でかなり核心を突いてくる男である。

 

「別に言い争ったとかそういうわけじゃないんだが」

 

 言葉を濁した自身に、ノルがああ、なるほどと何か納得したように頷き。

 

「どうせまた無神経なこと言ってお嬢を怒らせたな」

「ぐっ!」

「お前は本当にそういうところがダメなやつだな」

「ぐあっ?!」

「同じこと何度繰り返せば気が済むんだ」

「ぐはああ!!?」

 

 吐血しそうな気分だった。

 

「ぐう、分かってんだけどなあ」

「まあお嬢もお嬢で迂遠に言ったって伝わらんの分かってるだろうに」

 

 全くお前ら二人は、と嘆息するノル。

 だが待って欲しい。

 

「それを言うならノルはどうなんだよ」

「何?」

「年に一回帰るかどうかの生活で、何時になったら結婚すんだよ」

「…………」

 

 反論すると途端に黙り込む。

 実際のところ、ノルが惚れている女を俺は知っている。というか非常に良く知っている。

 知り合いなんてレベルじゃないくらいに知っている。

 だからこそ、ノルのそのことに関しては本当に他人事にはなれない。

 

「お前、もし冒険中に何かあったりしたら……間違いなく悲しませるぞ」

「……分かっている」

「その時は俺も怒るからな。死んでてももう一度殺すくらいには」

「……ああ」

 

 まあ実際、外野がどうこういう話でも無いのだろう。

 これに関しては完全にノルと彼女の問題であるから。

 時々こうして呟くくらいはするけれど、根本的には彼女が良いとしているならば何も言うまいと思っている。

 ただ同時に思うのだ。

 

 彼女には幸せになって欲しいと。

 

 心底、そう思うのだ。

 

 

 * * *

 

 

「ところで今日はちょっと報告あるから『通信』するけどお前も話すか?」

「……いや、辞めておこう。仕事の前だからな。ジンクスは大事にするほうだ」

「そうかい」

 

 嘆息一つ。

 

「お前も大概不器用だよな」

「お前に言われたくないさ、カゲ……いや、ルー」

 

 

 

 




ご飯をくいっぱぐれることに定評のあるルーくん。

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