イアーズ・ストーリー   作:水代

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十二話

 

 

「もしもし?」

『あら、ようやくね』

「えっと、まあその、な?」

『まあ分からなくも無いけれど、余り長く連絡も無いとお嬢様が寂しがるわよ』

「そのお嬢様なんだが……」

『まだお冠……アナタ何言ったのよ』

「うーん、分からないから困ってるんだが」

『何時ものことね、まあ時々寂しそうにしているからもうすぐでしょ。帰り支度だけはしておきなさいな』

「分かった。ああそれと少しばかり金が入ったから振り込んでおいたから」

『余り無理しなくても良いのよ? 余裕がないのは事実だけど、今すぐどうこうという話でも無いのだし』

「まあ予想外の大金だったからな、こっちで生活するのに必要な分だけは避けてあるよ」

『予想外の大金って、アナタ無茶してないでしょうね?』

「無茶ってほどのことでも無いよ、心配しなくていいから」

『本当に、止めてよ? ただでさえ一人フラフラしてるのがいるんだから、これ以上心配させないで』

「あ、そうそう、その一人に会ったよ、というか今同じ宿に泊まってる」

『え? どういうこと?』

「いや、本当に偶然。ちょっとこっちのダンジョンで問題が起きたんでその解決のために呼ばれたらしい。通信するか? って聞いたけど、ジンクスは大事にしたいから止めておくって言ってた」

『はあ……あの馬鹿は。カッコつけなんだから』

 

 

 * * *

 

 

「待ってるってさ」

 

 翌朝、朝食を取りに宿から降りると酒場ではすでに昨夜のメンバーが朝から大騒ぎしていた。

 カウンター席に座って店主に注文をし、運ばれてくる大量の料理を平らげていく。冒険者は体が資本なので朝からがっつり食べるのだ。

 俺が来たことに気づいたノルがこちらへとやってきて挨拶してくるので、昨日『通信』*1で聞いた伝言をそのまま伝えてやる。

 

「……そうか」

 

 カップに入った水を一息に飲み干し、ノルが立ち上がる。

 昨日とは違い、しっかりと武装しており、その背には身の丈2メートル近い大剣と腰には数本の短剣を帯びていた。

 

「それでは、行くか」

 

 ぽつん、とした呟きだったが、けれど不思議と騒々しかったはずの酒場にその言葉は響いた。

 直後にぴたり、と騒音が止んで全員がそそくさと荷物を片付け始める。

 あっという間に準備を終えるとノルの元へ集まってきて。

 

「また今度」

「ああ、気をつけてな」

 

 それだけ告げてノルが店を出ていく。

 その背を見送りながら、カップに残った水を飲み干して。

 

「さて、俺も一休みしたら仕事探すか」

 

 フィーアに返すための金やら、渡したイヤリングの分の出費やらの分、どこかで稼がなければダンジョンが再び解放されるまでに路銀が尽きる。

 とは言え冒険者の主な収入源は基本的にダンジョンだ。

 別にダンジョン以外に金を稼ぐ方法が無いわけでは無いのだが、それでも9割以上の冒険者はダンジョンへ潜る。何故かは簡単でそれが一番儲けが良いからだ。

 逆に言えばダンジョン以外は儲けが出ない、と言うわけでは無いのだが大した金にならない依頼が多い。

 

 その中でもまだマシなものを探すのならば。

 

「適当に依頼見繕うしかねえかな」

 

 後でギルドに行ってみるか。

 そう考えて。

 

「あ、あの、すみません!」

 

 聞こえた声に振り返る。

 見やればそこにアルがいた。

 ノルたちの一団が出て行ったせいで、酒場は今俺以外に人がいないし、店主も奥に下がってしまっているため、その声の先は多分俺なのだろう。

 

「アル? 俺に用か?」

 

 正直用件が思いつかない。

 赤の他人というわけでも無い、先日など武器屋の紹介などで助けられたし縁はあると思っている。

 だが友人というわけでも無いし仲間というわけでも無い。精々が知人レベルの俺に、こんな朝から何の用があるのか。

 

「ルーさん、その……」

 

 言いだし辛そうに、けれどその眼差しは真剣そのもので。

 

「ふむ」

 

 ただちょっと所用があって、という感じでは無さそうだった。

 

 

 * * *

 

 

「あと三日でこの街が滅びる?」

 

 聞かされたのは荒唐無稽と言われても仕方ないの無い話だった。

 酒場で話すような用件でも無いと借りてる宿の部屋で話したのは今にすれば良い判断だったかもしれない。

 三日後にこの街が滅びる。あの化け物蜘蛛がダンジョンから出てくる。

 それは言ってみれば、討伐隊が敗北するということであり、街の人間が聞けば不謹慎なことを言うなと怒り出すだろう。

 

「で、その根拠がお前の見た夢……?」

 

 こくり、と頷くアルに嘆息する。

 馬鹿に……しているわけではないのだろう。アルの表情は真剣そのもので嘘を言っているようには見えない。

 だが余りにも話が荒唐無稽が過ぎる、とても本当のこととは信じられないくらい。

 しかもその根拠が夢である。

 

「それを信じろってか?」

 

 問われるアルもそれが無茶であることは分かっているのだろう。

 だがそれでも、と言った様子でこちらを見つめ返してくる。

 

 実際のところは信じてやりたい。

 というかもしこの話事実だった場合の被害が余りにも大きすぎる。

 ただ根拠が薄すぎる、到底事実とは思えないし、事実じゃなければ……。

 

「とは言え三日か」

 

 そうたった三日の話。

 さらに言うなら特にやることがあるわけでも無し。

 

「アル、お前金持ってるか?」

「え? あ、はい」

 

 頷き、アルが懐から袋を取り出して。

 

 ひっくり返す。

 

 ジャララララララララララララ、と大量にゴールド硬貨が床に転がり落ちた。

 

「…………」

「全部お渡しします。だからどうか、お願いします。助けてください」

 

 ざっと見て20万ゴールドくらいはあるだろうか。

 どう見たってランク2冒険者が用意するには多すぎるが。

 アルの言う『直感』でこれだけ集めたのなら、相当な物だと思う。

 そして同時にそれを全て(なげう)つように差し出してきたという事実からアルの本気具合が見て取れる。

 

「……分かった」

 

 だから結局、頷くしか無かった。

 それが本当に事実かどうかは分からない。

 だが少なくともアルは本気でこれが事実だと思っているようだし、そのためにこれだけの大金を差し出してきた。冗談で出来ることじゃない。

 

「ただ一つだけ分からないんだが」

 

 そうだからこそ疑問なのだ。

 これだけの大金があれば高位の冒険者でも動いてくれる可能性はある。

 だからこその疑問。

 

「なんで俺なんだ?」

 

 俺より高位の冒険者はいくらでもいる。

 俺よりレベルの高いやつは少ないかもしれないが、それでも別に俺が一番強いなどと己惚れるほどの腕があるわけでも無い。

 さらに言うならもしあの化け物蜘蛛がダンジョン外に出てくるとして、あの討伐隊の面々を破った化け物蜘蛛を俺が単独で倒せる可能性は極めて低い。

 

 だからこそ、分からない。

 

 どうして俺なのか。

 

 問う俺の言葉に。

 

「それは」

 

 はっきりと、俺の目を見つめ。

 

「勘です」

 

 そう言ってのけるアルに、思わず苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 決めたのならば、戦うための備えが必要だった。

 まあもし夢が外れて無事討伐隊が化け物蜘蛛を倒して戻って来たとしてもあって無駄にはならない。

 真っ先に行ったのは先日フィーアと共に行った防具屋だ。

 注文しておいた鎧は一晩の間に仕立て直され、すでに受け取りが可能な状態となっていた。

 

 さらに武器屋に行く。

 ただし昨日行ったようなしっかりとした工房直営の店でなく、量販店だが。

 

「こんなところで何を買うんですか?」

 

 不思議そうな表情でアルが尋ねるが、まあ普通に考えればあの化け物蜘蛛に通用するような武器がこんな量販店にあるわけない。

 ただし『魔法』という理不尽はそういう不条理を覆す。

 

 店に入ってすぐに見つけたのは木剣だ。

 刃のある武器を持たせたくない大人が子供に与えるような、練習用の木剣。

 それを十本ほどまとめて買う。

 

「何に使うんですかそれ」

 

 問うアルに魔法用だと答えると。

 

「……魔法?」

 

 ピンと来ないと言った様子で生返事だった。

 そう言えばと今更ながらに思い出すが、魔法というのはある種特権的な物があることを忘れていた。

 アルは聞くところによると外村*2の出身らしいのでそういう知識が無いのかもしれない。

 

 魔法とは魔力を使って引き起こす超常現象のことだ。

 魔力自体は世界中のどこにでも存在しているため、後はそれに個々人の持つ資質を掛け合わせることで『法則』を生み出す。

 つまり理論的にはこの世界に生きる存在ならばどんな生命体だろうと使用できる技術ではある。

 だが現実に魔法を使う存在というのは非常に限られている。

 人間でも知識としては知っていても現実に使っているかどうかはまた別だろう。

 

 魔法には三つの階梯がある。

 

 第一法則に干渉する第一階梯。

 第二法則に干渉する第二階梯。

 そして第三法則を『生成』する第三階梯。

 

 当然ながら階梯が上がるごとに強力な魔法へと変貌を遂げていくわけだが、階梯を上げるためにはただ魔法を使えば良いというわけでは無い。

 絶対に必要なのは『レベル』である。

 これこそが『魔法』を使う人間が少ない大きな理由となる。

 

 レベルは生命の存在としての格ではあるが、普通に生きているだけで上がるような代物ではない。

 高位の存在と戦ったり、命を懸けて自らの格を上げるような戦いをした時にだけ上昇する。

 

 戦わない人間のレベルは基本的に1だ。1のまま生涯を終える人間だって多くいる。

 

 だが第一階梯の魔法を『編成』するのに必要なレベルが10と言われている。

 第二階梯ならばレベル30以上無ければ発展しないと言われ。

 第三階梯に至ってはレベル70が目安だと言われている。

 

 だが第三階梯魔法の暴威というものは一種凄まじい物がある。

 文字通り(たが)が一つ外れた効力を持つため、第三階梯に至っているか否かで戦力に大きな隔たりがあると言っても良い。

 まあそこまで至っているのは人類でも数少ない強者だけなのだが、それは置いておいて。

 

 第一階梯ですらレベル10が必要とされる。

 

 レベル10というのはダンジョンの一階層目を単独で踏破できる程度のレベルの目安と言える。

 

 つまり冒険者ならざる身では中々に難しい。

 だから冒険者が良くやってくる街の住人ならともかく、冒険者などほとんど見たことの無い村の人間、それも外村の出身となると『魔法』というものに対する理解が足りなくても仕方がないのかもしれない。

 

 因みにだが地上でレベルを上げることは可能だ。

 

 ただし地上とダンジョンで文字通り魔力の『濃度』が違う。

 ダンジョン内では大よそ地上の数倍近い濃密な魔力が漂っている。

 逆に言えば地上というのは魔力濃度が薄いのだ。

 だからこそ地上では魔物というのは余り活発には行動できない。

 

 魔物は物理的に存在しえないような生命が『魔力』という物理に矛盾する力によって存在し得る範囲に納まっている生命である。

 故にその力が強大になればなるほど生きるために必要な『魔力』というものも増大する。

 そうすると必然的に強大な力を持った魔物は地上から姿を消し、ダンジョンへと生息域を移すようになるのだ。

 

 当然ながら魔物にも『レベル』というものがある。

 

 これに関して計ることができた人間がいないので、具体的には誰も知らないが、学者たちの推論としては生命の格たるレベルはこの世界に存在する全ての生命体に適応されるとのことである。

 さらに言えば実際に戦った冒険者たちからすれば『レベル』の違いから来る手応えの違いを確かに感じることがあり、故に魔物には『レベル』があるというのはほとんど事実とされている。

 

 故にこそ、ダンジョンへ生息域を移した魔物は途端に『レベル』を上昇させる。

 地上のように『強さ』を制限する必要が無くなるためダンジョン内のモンスターを戦闘を繰り返し、どんどんレベルを上げるのだ、冒険者たちのように。

 

 逆に言えば地上に残った魔物はそれほどの強さを発揮できない。

 とは言え魔物は魔物である。

 肉体的には人間よりも強い場合が多いので、それを討伐することによってレベルを上昇させることは可能だ。

 

 可能ではあるのだが、ダンジョンに潜ればもっと簡単にもっと早くレベルが上がる。

 だからこそ冒険者はダンジョンに潜るのだ。

 そしてダンジョンに潜らない冒険者以外はレベルが上がりづらい。

 第一階梯に到達するための10レベルすら地上では中々上がらないもので。

 

 故に『冒険者』にとって魔力の運用方法と言えば『魔法』になるのだが。

 それ以外の『地上の人間』にとっての魔力の運用方法は『魔導具』を使うためのものになるのだ。

 

 

 * * *

 

 

「アルもランク2ならレベル10くらいは行ってるのか?」

「えっと……そうですね、今レベル12ってところです」

 

 本来レベルを尋ねるのはマナー違反ではある。

 冒険者にとって『底が知られる』というのは怖いことだから。

 その理由は……まあ今は良いとして。

 

「なら第一階梯魔法くらいなら覚えれそうだな……後で教えてやるよ」

 

 ただし『魔法編成』には個人差があるのですぐに使えるようになるかどうかは不明だが。

 

「えっと、なら……お願いします」

 

 それでも、今は少しでも戦力を増やすべきだろう。

 

 それがどの程度の意味を持つかは別としても。

 

 

 

*1
情報複写伝達魔導通信結晶。魔力の波長によって同じ波長を持つ魔力に対して情報を複写する魔法がかけられた水晶球。簡単に言ってしまえばこの水晶玉に向かって発した声や言葉は同じ周波数の水晶玉で同じ声と言葉で再生される。略称が『通信』。

*2
人類圏と圏外の境目に作られた村。安全が保障されないため領主たちの領地外として税収などは取られないが代わりにいつ魔物に滅ぼされてもおかしくない危険地帯。


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