イアーズ・ストーリー 作:水代
ソレが生まれたのは明るい洞穴の中だった。
生まれた時、すでにソレには意思があり、意識があった。
故に生まれてすぐに行動を始める。
目的はただ一つだけ、それを達するためだけにソレは生きる。生まれてすぐにソレの意識はそのためだけに動き出す。
食った。
食った。
ただ食い荒らした。
ソレはソレ以外の全てを食った。
食って、食って、食い続けて、どんどんと成長していく。
ソレは洞穴において明確な強者だった。
洞穴の中に沸く生命未満も何かは積極的にソレを襲ったが、けれどソレの硬い外殻に傷一つ付けることなく蹴散らされていった。
ソレは敵のいない世界ですくすくと育っていく。時折やってくる生命未満とは違う、確かな命を持った存在もいたが、けれどソレにとっては何ら敵ではない。ただの餌程度にしか認識していなかった。
そうして、ソレはその日も同じように命を貪り食らい。
初めての喪失にソレが悲鳴を上げた。
* * *
チーム【レックス】を中心とした討伐隊は選び抜かれた精鋭部隊だった。
とは言えそれは緊急招集がかけられた昨日の時点で、ノーヴェの周辺から一日内でやってこれる者の中から見ればという話ではある。
さすがにイアーズ大陸全土からかき集めればさらなる精鋭部隊も結成できるだろうが、そのためには最低二週間、下手をすれば一月以上の時間がかかる。
今のペンタスの街にそれだけの余裕はなく、そういう意味で【レックス】率いるクラン『レグヌム』が近場にいたことはペンタスの街にとって幸運だと言っても良かった。
限られた者の中から選んだのは確かだが、それでも『レグヌム』に参加しているチームは皆ダンジョン経験豊富なベテラン冒険者たちばかりだ。
実力も折り紙付きであり、精鋭を名乗れるだけの力はあるとノルベルト・ティーガは確信している。
だが、だ。
「……どうにも妙な胸騒ぎがする」
ぽつり、と思わず呟いた一言はけれど他の面々に聞かれることは無かったようだった。
討伐隊のリーダーである自身がそんな弱気な台詞を吐けば、隊の士気が下がる。
とは分かっているものの、胸の内に燻るもやもやとした物を消化できない。
経験から言って、こういう予感がある時は何かろくでもないことが起きる物だ。
とは言え、嫌な予感がするから帰ります、とは言えないのが雇われの辛いところ。
「っと、見えてきたな」
四階層の最奥、そこにある階段の前で立ち止まる。
ここまで隊を分けながら虱潰しに見回ってきたが、例の化け物の姿は影も形も見ていない。
恐らくさらに下の階層にいるのだろう。好戦的と聞いているのでこちらに気づいたならば必ずやってくるはずだ。
「目標と接触したという五階層に突入する。各員、注意を怠るな」
全隊に向けて指示を飛ばしつつ、斥候の役割を担う『シーカー』で構成した部隊を先に突入させ、その後を本隊がついていく。
念のために最後尾にも同じ『シーカー』の部隊を置いて、どちらから敵が来ても即座に感知できるように警戒を密にする。
階下から『シーカー』たちの手招きを受けて階段を降りる。
階下の広場に敵影はいないようなので足早に進み。
一歩、五階層へ足を踏み入れた瞬間。
ぞわり、と背筋に寒気が走った。
「……いるな」
果たしてそれが目標かどうかは分からない。
だが何かいる、本能が危機的状況にあると警告を発した。
もう一度全体に強く警戒するように声を挙げながら『シーカー』の報告を待つ。
そうして。
―――アアアアァァァァァァ
洞窟内を悲鳴が反響した。
* * *
薄明るい洞窟の中、一歩、一歩と歩みを進める。
男がこの水晶魔洞のダンジョンに来たのはこれが初めてではあるが、聞いた通り明りの必要のない不思議なダンジョンである。
洞窟型ダンジョンは常に光源を確保していないと一寸先の視界すら闇に覆われることが多いため、こういう明りのいらない洞窟ダンジョンは非常に珍しいと言える。
とは言えこれはこれで視界が悪い。
端的に言えば、明る過ぎるのだ。
視界がチカチカと眩しい。なまじ洞窟の全てが水晶で構成されているだけに、半透明な洞窟に光が乱反射して上から下から、右から左から、あらゆる角度から僅かながら光が差し込んでくる。
『シーカー』にとって目は非常に重要だ。視覚で得られる情報はその他五感を使った情報よりも圧倒的に情報量が多い故に。
だから真っ暗なのも困るが、ここまで明るいのも目が痛くなる。
これは慣れが必要だな、と内心で思いつつも、慎重に気配を探る。
見える範囲で視界内に不審な物は無い。
音も……聞こえない。
だがどこかざわついた空気を肌に感じる。
とは言え触感で感じているわけではない。
強いて言うならば第六感とでも言うべきか。
男とてこれまで幾度もダンジョンに潜り、死線を潜り抜けてきたベテランの『シーカー』だ。
その男の経験則が何ら異常の見えないダンジョンの異質さを感じ取っていた。
「…………」
口元に手を当てる。
そうして呼吸音すら隠し、耳を研ぎ澄ます。
目を細め、視界の範囲を絞ることで焦点を定める。
ゆっくり、ゆっくりと視点を移動させながらダンジョンを見やる。
…………。
……………………。
…………………………………………。
音は無い。
「……おかしい」
そう、おかしい、それはおかしい、明らかに、あからさまにおかしい。
だってここはダンジョンだ。モンスターの巣窟だ。
そんな場所で
異常だ。
そうだ、すでに異常はあったのだ。
五階層に入ってからそれなりの距離を歩いたはずなのに、男は一度もモンスターを目撃していない。
つまりあり得ざる事態がすでに起きているという何よりの証左であり。
事態を認識すると同時に背を向けて走り出す。
散開した『シーカー』部隊の集合地点。そこまで行けば部隊長がいる。
たどり着き、部隊長にこの異常を伝えれば一度集合がかけられる。
そうすれば広場で待機している本体と連携しながら動くことができる。
だから、そこまでたどり着ければ良いのだ。
そこまで、そう……大した距離じゃない。
その、はずなのに。
どうして、何で?
先ほどから
動いていたはずなのに、確かに走っていたはずなのに。
徐々に地面が近づいてくる。
咄嗟に手を前に出そうとして。
否。
手どころか、足も無かった。
いつ失くしてしまったのか、そんなことすら分からないまま。
胴が倒れ、顔面を強打する。
直後に喪失した手足の痛みが男を襲い。
「あ、ああ……あああああああ」
一瞬意識が飛び、けれど痛みで強制的に戻される。
直後、ふっと、男に影が差す。
すでに手足も無く、唯一動かせる首を、顔を上げ。
―――きち、きちきちきち
男を見つめる化け物蜘蛛がそこにいた。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
振り下ろされる巨大な脚を前に、男が最後に出来たことはただ絶叫することだけだった。
ぐじゅり、とまるで果実が潰れるような音と共に鮮血と脳が混じった物が飛び散り。
後には物言わぬ屍だけが残った。
* * *
「しっかし、どうしたもんかね」
武器を調達した帰り道、アルと共にギルドに向かって歩きながら独りごちる。
ギルドとはダンジョン管理局が前身となっている。
つまり冒険者ギルドの役割とは『ダンジョンの管理と保全』であり、そのために冒険者を登録制にして管理している。
勝手にダンジョンに入られたら困るからだ。
ダンジョンの入口はそうやってギルドの手で封鎖されている。
俺もアルも正式に手続きをして登録しているので平素なら入ることは出来たのだが、今は化け物蜘蛛の登場で水晶魔洞は閉鎖されている。
討伐隊の手によって化け物蜘蛛の討伐が完了、確認されるまではこの閉鎖は解除されないだろう。
だから今からダンジョンに行って化け物蜘蛛を倒す、というのは現実的じゃない。
「その辺何か考えてるのか?」
アルに尋ねてみてもふるふると首を振られる。
まあ勘が良いらしいが、所詮はランク2の冒険者だ。その影響力というものはたかが知れている。
となると方針としては三つ。
一つはダンジョンの外に化け物蜘蛛が出てくるのを待つこと。
三日後の夜にはこの街で暴れ回っているならそれ以前にダンジョンから出てくるということ。
そこを叩けば良い、という考え。
ただしこれはかなりリスキーだ。
接敵から討伐まで一度でこなさなければならない。
もし戦ってみて勝てそうに無かったり、何らかの理由で素通りされたりするとそのまま街へ一直線。
一度のチャンスを確実に掴み、一度で確実に終わらせなければならない。
正直勝算があるかと言われればかなり微妙なラインなので出来ればこれは最終手段としておきたい。
二つ目は別の入口を見つけること。
ダンジョンの入口は一つしかないように見えてその実複数あることがある。
冒険者ギルドが管理しているのは『一番大きな入口』であり、それ以外は封鎖してしまっている場合が多い。
つまり封鎖を解いてしまえば、誰でもダンジョンに潜ることができるわけである。
冒険者が登録性になり、管理されるようになったにも関わらず野良冒険者や野良ポーターというものが絶えないのはそのせいだ。
とは言えこれは容易なことではない。
もし別の入口があったとしても、当然だがギルドだって簡単には入れないように封鎖し、隠蔽してある。
そして野良冒険者がいたとして飯の種を、しかも違法行為の証拠を他人にひけらかしたりはしないし、そもそも本当にそんなやつがいるのかどうか、居たとしてどこにいるのかなんて分かるはずも無い。
つまり入口か知っているやつかを自力で見つけるしかないのだ。
正直あと三日以内に可能か否かと言われると……口をつぐんでしまわざるを得ない。
そして三つ目はダンジョンに入る『用事』を探すこと。
例えば討伐隊に被害が出たので一部を連れ帰る。討伐隊に物資を届ける。
この辺りがギルドからの依頼として張り出される……ことがある。
そうなれば正面から堂々とダンジョンに入ることも可能になる。
正直可能ならばこれが最も簡単で確実だ。
ただしそんな依頼があれば、の話だが。
「正直どれも運に頼る部分が大きいよなあ」
何とも言えない。
どれが良いとも、どれが悪いとも。
とは言え優先順位はつけることができる。
「できればあって欲しいんだがな」
呟きつつ、遠くに見えてきた冒険者ギルドを見つめ、嘆息した。
* * *
「……は?」
告げられた言葉に少しだけぽかんとした。
どうも昨日から情動が安定しない気がする。驚くことはあっても、呆けることなんて今まで無かったから。
とは言えローブを被っていれば表情は見えないので相手から気づかれることは無いのだろうけれど。
「すみません、確か私の記憶違いでなければ、それは必要無いと言われていたはずですが?」
柔らかいソファーの座り心地に慣れず、何度も身じろぎする。
大体何で私がこんなところに座っているのだろうか。本来ただのポーターであるはずのフィーアにとってそんな疑問が浮かんでくるのは当然の話ではあるが。
「討伐隊からの要請だ。高位の『シーカー』、それも動けるやつが必要になった、と」
だがそんな疑問は、正面で豪奢な椅子に座り書類で埋まった大きな机に肘をつく男の存在が答えていた。
ペンタスの街の冒険者ギルドの長たる男によって。
「本来ポーターを出すなどあり得ない話ではある、が」
お前は別だ、と言わんばかりの視線、どう考えても面倒ごとではある。思わずため息が出そうになる。
そもそもフィーアはその幼さの残る外見とは裏腹に戦えるポーターである。
本当に外見だけ見れば触れれば折れそうなほどに細くとも、並の冒険者など歯牙にもかけない強さを秘めている、そのことを男は知っている。
だがそれでもポーターなのだ。
本来矢面に立って戦うのは冒険者の仕事であり、ポーターたるフィーアがそれに付き合う理由などありはしない。
本来ならば、だ。
「すでに討伐隊の『シーカー』部隊が半壊しているとの『通信』が入っている。『シーカー』とはつまり『目』だ。それが半壊しているとはつまり半ば目隠しして戦うようなものだ」
それがどれだけ無理のある話か、分かるだろう。そう問いかける男に、こくりと頷く。
あの化け物蜘蛛を直に見ただけにその思いは余計にある。あるのだが。
そもそもフィーアが討伐隊のために何かをしてやる理由も無いのも事実なのだ。
『必要』ではない。
『必要』でないならばそれをする理由も無い。
それがフィーアだったから。
だから。
「……はぁ」
嘆息一つ。
結局それは過去形なのだ。
今のフィーアは昨日までのフィーアと少しだけ違っていて。
だから、だから。
だから。
「分かりました、行ってきます」
そう告げた。
ルーくんに情感揺さぶられたせいで少し安定しないフィーアちゃんが可愛い。
ホントフィーアちゃん書いてて可愛い。
こう、最初は人形みたいだった子が少しずつ人間らしく変化していく。その理由が異性って……素敵じゃない???