イアーズ・ストーリー   作:水代

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十五話

 

 

 レベルを上げるというのは本来簡単なことでは無い。

 

 生命体としての存在の『格』を上げるというのは、ただ生きているだけで為せることでは無い。

 相応の『試練』を乗り越えてこそ『格』が上がる。

 とは言えこの世界には『ダンジョン』と言うものがある。

 まるでお手頃に調整されたかのような危機を巡ることでレベルというのは飛躍的に上昇させることができる。

 

 ある程度、までは。

 

 魔法の階梯に対してレベルが必要となるのは以前にも言ったが、第一、第二階梯魔法の使い手に対して、第三階梯魔法に至った人間というのは非常に限られている。

 ダンジョンの整備と管理、適切な開放によってレベルの高い冒険者というのは年々増加の傾向にあるが、それでも尚、第三階梯へと至った存在というのは余りにも少ない。

 

 目安として凡そレベル40。

 

 その辺りを境としてレベルは急激に上がりづらくなっていくからだ。

 正確には各地のダンジョンで上げることのできる目安のレベルが50前後なのだ。

 低難度ダンジョンなら35、超高難度ダンジョンならば45から50前後まで行けることもあるが、基本的には40が一つの目安と言われている。

 

 理由としては出てくるモンスターの質だ。

 

 格下の雑魚ばかり倒していても何ら経験にはならない。

 経験を得られなければいつまで経っても『格』が上がることも無い。

 

 だからこそ、ダンジョン最下層の所謂(いわゆる)『ボス』へと挑戦するわけだが。

 『ボス』というのは一度倒すと約一か月くらいは出てこなくなる。

 しかも『ダンジョンボス』の落とすドロップはその稀少性から極めて高値で取引されるため、多くのチームやクランが挑戦の時を今か今かを待ち構えているわけだ。

 

 『ダンジョンボス』はそう称されるだけあって、かなりの強さを誇る。

 そのため安全マージンを取って味方の数を増やし、数の利で殴るのが正当な攻略となっている現状で、良質な経験というのは得られるはずも無く、故に『ボス』へとたどり着いてしまった冒険者たちはそこが一つの『レベルキャップ』*1になってしまう。

 

 そうした話を踏まえると一つ分からないことがある。

 

 この世界で最も簡単にレベルを上げる方法は『ダンジョン』だ。

 だがダンジョンで上げることのできるレベルは実質的に『50』が上限だ。

 にも関わらずこの世界には第三階梯魔法へと至った、つまり『レベル70』前後へ到達した人間が複数いる。

 

 では彼ら、彼女らは一体どこでレベルを上げたのだろうという話である。

 

 その答えは―――。

 

 

 * * *

 

 

 水晶魔洞の入口へとたどり着いたのは太陽が真上を通り過ぎて少ししたくらいの時間だった。

 ダンジョン入口は空間が歪んでいる。最初恐らく岩の中央にぽっかり空いただけの穴だっただろう入口はギルドの手によって改修され、立派な門まで拵えられてはっきりとそれが入口であると分かるようにされている。

 

 いつもはギルドの用意した管理者が交代で立っているのだが、今見た限りではどこにもいないようだった。

 そうして入口へとやって来ると、フィーアが立ち止まって振り向く。

 

「入る前に確認です。目標は五階層。深入りしなかったため、まだ四階層への階段のほうに集まっているそうです。入口をしっかりと固めているため四層より上に蜘蛛が出てくることは無いと思います」

 

 事前にギルドから挙げられたらしい報告書を復唱しながら俺たちへと見せてくる。

 

「なのでまず四層まで突っ切ります。強行軍ですが……まあ大丈夫ですよね?」

「ああ、問題無い」

「こっちも大丈夫です」

 

 確認のためにこちらを見やるフィーアに頷くとアルも同じだと頷いた。

 

「あとアル、触り程度にしか教えられなかったが、行けそうか?」

「……うーん、ちょっと分からないですね」

 

 突入前にもう一度装備の点検をしながらアルに問いかけるが、渋い表情を作って首を振る。

 ペンタスの街からダンジョンまでは馬車でも数時間かかるのだが、その間にアルに軽く魔法の手ほどきをしておいた。

 まあそれですぐに魔法が発現するかどうかは割と人それぞれな部分があり、それほど期待しているわけでも無い。

 元より無いことを前提にしているので、できれば儲けものくらいの感覚だ。

 ただアルの魔法は俺の予想が正しければ今回の任務に使えるのではないか、と思っていたので少し落胆したのもまた事実だった。

 

「まあその分俺が働けば良いだけか」

 

 元よりアルは雇い主だ、そっちに期待するほうが間違いではある。

 それにフィーアとは大まかに打ち合わせはしてある。

 そこで決めた予定の中にアルの魔法は入っていないので、無くてもどうにかなるだろう。

 まあ希望的観測なのは否定しないが。

 

「フィーア、準備できたぞ」

「こっちも、行けます」

 

 腰には先日買ったばかりの剣を、背には数本木剣を負って、片手には今朝木剣と共に買った鉄槌。

 昨日の今日だったがすでに出来上がっていた鎧は受け取って装着済みだし、細々とした道具類は先ほど全てあるのを確認した。

 そうして準備を終えてフィーアに声をかけたのと同じタイミングでアルも準備を終える。

 フィーアはフィーアで、まるで一昨日と代わりの無いすっぽりと顔を覆うフード付きの白いローブを被っていた。そうして持っているのも同じ大きな背負い鞄。

 

「その鞄いるのか? 『シーカー』として呼ばれたんだろ?」

「救援物資です。すでにかなり深刻な状況にあると予想されますので、ギルドが持って行くようにと」

「なるほどね」

 

 フィーアの言に納得しながら、視線をダンジョンの入口に向ける。

 

「じゃ、行くか?」

「そうですね」

 

 今回のリーダーはフィーアだ。

 何せこれはフィーアの受けた依頼であり、俺たち二人をそれに同行している形だからだ。

 故にフィーアに確認を取れば小さくこくり、と頷き。

 

「行きましょう」

 

 その掛け声と共に一歩、歩みを進めた。

 

 

 * * *

 

 

 一層から四層まで昨日も辿った道ではあるが、ダンジョンというのは一日たちとて同じ姿を見せない。

 地図がある以上、道が急に変化する……などということは()()()無いが、それでもモンスターなどは常に同じ場所にい続けるわけでは無い。

 分布など範囲はあって、だいたい同じ範囲内にいるが広大なダンジョンの一部範囲のどこにいるかまではその日次第であり、それを読み切って戦闘を回避したり、または接敵しに行ったりと敵の居場所を把握することができるかは地図を読む人間の腕が試されると言っても過言ではない。

 

 フィーアはそういう意味で文句なく一流だった。

 

 一層を難なく突破し、二層へと辿りつく。

 まだ一層とは言え一度も戦闘が無かったのは運が良かったというよりはフィーアのナビゲートが良かったのだろう。

 とは言え普段よりもスローペースに進んでおり、時間がかかっているのも事実。

 

「急がなくて良いんですか? 一刻を争うような事態だと思うんですけど」

 

 心配そうにそう尋ねるアルの言は正しい、正しいが。

 

「気が急いているからこそ、足は遅くするんだよ」

 

 そんな俺の返事に意味が分からないとアルが怪訝そうな表情をする。

 と、そこでフィーアが補足するように言葉を付け足す。

 

「急いでいる時というのは慌てていて普段よりも注意力が落ちます。普段なら避けれるような事態も避けれなかったりするんです。だから普段よりゆっくり歩いて注意深く進むんですよ。余計なトラブルに逢うほうがよっぽど時間取られたりしますし、最悪たどり着く前に誰か怪我でもしたら本末転倒ですから」

 

 それと、時間をかけて歩くことで目的地までに少しでも冷静になるためでもある。

 焦りは思慮を奪う。ただでさえ自分たちより強大なモンスターたちに力任せに戦っても人間が敵うはずがないのだから。

 焦っても仕方ない、そういう思考を身につけられないやつほど咄嗟の事態で死んでいくのだ。

 そんな俺たちの言葉に納得したのかアルが頷くが、けれどそれでも焦りが抜けないのかその表情は硬かった。

 

 そうして二層、三層を無事突破する。

 

 道中何度かアルがフィーアのナビゲートとは別の進路を指し示すことがあったが、そのことごとくで敵と出会うことも無く進めた。

 一度だけアルの直感とは別の進路を取ったが、そうすると不思議とモンスターが(たむろ)していた。

 アルの直感の精度をさすがにフィーアも信じたのか、それ以降特に何か言うことも無く、アルの言に従って歩く。

 

 そうして四層の最奥へとたどり着き。

 

「確か階段降りたところで固まって守っているって話だったよな?」

「そのはずです」

「……でも」

 

 そう、でも、だ。

 

 ダンジョンの層と層を繋ぐ階段はそう長いわけじゃない。

 精々十メートルほどの高さを降りる程度であって、一番上から一番下は角度的には無理だが、声をかければ届く程度には近い。

 

 にも関わらず。

 

「音が無いな」

 

 呟いた言葉に二人が頷く。

 そう、音が無い。二十人弱の人間が僅か数十メートル先にいるはずなのに何の音も聞こえない。

 外なら、まだ分かる。風の音や鳥の声などが小さな音などを消し去ってしまうから。

 けれどここはダンジョンだ、洞窟の内部だ。

 シンと静まり返った洞窟内では僅かな音でさえも過敏なほどに聞き取れてしまう。

 まして二十人やそこらの人間がいて、音が聞こえないなどあるはずも無い。

 視線を向ければフィーアもまたこちらへを見ていて、互いの視線がぶつかり合う。

 

「「…………」」

 

 互いに無言のまま一つ頷き合う。

 振り返って、アルに口を押えるようジェスチャーを出す。

 静かに、その意図を察したアルが口を押え頷く。

 鉄槌を片手に一歩、前に出る。

 

 もう一度振り返りフィーアを見つめれば、フィーアが頷く。

 

 道中何度か話し合ったが、あの化け物蜘蛛相手の場合、フィーアより俺のほうが相性が良い。

 フィーアのほうがレベルが高いのは事実だが、レベルが高いから強い、という単純な話でもない。

 大よその推測ではあるが、フィーアは()()()()の可能性がある。

 高いレベルと強大な魔法である程度以上にモンスターとの戦闘も熟せるのだろうが、正直言って水晶魔洞の敵とは相性がかなり悪い。

 

 あの化け物蜘蛛との相性に至ってはほぼ最悪だ。

 

 俺もそれほど相性が良いわけではないが、フィーアほどではない。

 それにフィーアと違って鎧を着ているので最悪一撃食らっても生き延びれる確率は俺のほうが高いだろう。

 とは言え食らわないに越したことは無いのだ、慎重に警戒を怠らないようにゆっくり階段を下りていく。

 

 あの化け物蜘蛛、あの重量と巨体で天井に張り付いていることもあるので警戒しなければならない範囲が広く厄介ではある。

 だが階段ならばその範囲が途端に狭まるので俺程度の索敵能力でも奇襲を受けないことは可能だろう。

 

 ……とは言え、階段を降りて広間に出たらさすがにフィーアと交代になるだろうが。

 

 しかしフィーアの能力は知れば知るほどに疑問が出て仕方ない。

 

 極めて高い探索能力と索敵能力、そして殺傷能力の非常に高い魔法。

 

 それにそれ以外の色々も含め。

 

 あれでは冒険者ではなく、まるで―――。

 

 ぶんぶん、と頭を振って余計な思考を追い出す。

 今はそんなこと関係無いのだ。

 命賭けの場面だ、集中をかき乱すな。

 何度となく自ら念じ、警戒を厳にしながら階段を降りる。

 もう少しで階下だ。やはり階段の辺りに討伐隊の姿は無い。

 ゆっくり、ゆっくり、歩みを進める。

 

 そうして。

 

「……どういうことだ、これ」

 

 広間に出る。

 

 そこに。

 

 

 ―――無数の冒険者たちの屍があった。

 

 

 * * *

 

 

 息を吐き出す。

 震える手足に力を込めようとして、けれど失敗する。

 動かなければならない、その意識はある。

 なのに、手は動かない、足も動かない。

 動かなければならない、そうしなければ死が迫って来る。

 なのに体は震え、歯がかちかちと鳴らされる。

 

 ただ恐ろしい、ひたすらに恐ろしい。

 

 恐怖という名の感情だけがどろり、と泥のように心の奥底に溜まって全身を支配していた。

 

 みんな散ってしまった。

 散り散りになってしまった。

 四散させられてしまった。

 

 討伐隊という自分たちに与えられた名が滑稽なほどに、今の自分たちは明確に()()()()側の弱者に過ぎなかった。

 

 ―――おかしい。

 

 恐怖に支配された思考の裏で、そんなことを思う。

 

 ―――絶対におかしい。

 

 上手く回らない思考がもどかしい。

 それでも少しずつ少しずつ恐怖は薄れていく。

 まだ手足は動かない、体は強張ってしまって表情すら変えられない。

 流れだす涙は止まらないし、口から零れ落ちる涎を拭うことすらできない。

 

 それでも少しだけ、思考は回っている。

 少ししか思考は回らない。

 だから一つだけを考える。

 

 一つのことしか考えられない。

 

 おかしい、その言葉だけが胸中を埋めていく。

 

 確かに思い出すだけで震えあがるほどあの化け物蜘蛛は怪物的だった。

 けれど討伐隊の面々とて歴戦の冒険者たちなのだ。

 純粋な実力で言えばもっと上位の怪物たちを狩ったこともある。

 けれどどうして自分たちはあの化け物蜘蛛にやられたのか。

 

 負けたのか。

 

 敗走したのか。

 

 負けて、散ってしまったのか。

 

 その理由を考え、一つの可能性に思い当たる。

 

「ま……さ、か」

 

 未だに舌を硬直させる恐怖は心の奥底にへばりついて拭うことはできない。

 そしてそれこそが答えなのだと気づく。

 

 そう、つまりこれは―――。

 

 

 

 

 

 キチッ

 

 

 

 

 

 聞こえた()()()の鳴き声に。

 

 何ら反応する間すら無く。

 

 ぶちぃ、と何かを引きちぎるような音。

 

 直後。

 

 ぶしゃああ、と噴水のように鮮血が噴き出す。

 

 後には首の無い冒険者の死体だけが残った。

 

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ………………………………。

 

 

 

*1
レベルの上限。実際には上限はついていないのだが、大半の冒険者はそこから上げることができない以上は、実質的にはそこが上限であると言える。


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