イアーズ・ストーリー 作:水代
ポーターの
故にポーターにとって先払いができる定額制はどれだけ働こうが一定額が保証され、それ以上にも以下にもならない。
つまり適度に手を抜いても全力で支援しても報酬は同じ3000ゴールドだ。
逆に後払いになる割合制は探索が不調ならその分報酬は減るし、逆に探索が順調ならばその分報酬は増える。
半分ギルドに取られるとは言え残り半分はポーターへと支払われる。つまり探索で得た報酬の15%はポーターの取り分となる。
故にポーターの大半が割合制の時のほうがよく働く傾向にある。
自分の働きが報酬に直結する以上それは仕方ないの無いことであり、働きぶりの違いを一々指摘したりしないのはある種暗黙の了解でもある。
とは言え、余り極端過ぎれば『信頼』を失ってしまう。
最悪定額払いのパーティには一切呼んでもらえない場合もある。
残念ながら定額払いをするパーティというのは非常に『安定』して探索を進める、つまり危険を冒す必要無く稼ぐことのできるパーティであるためポーターとしても報酬は安くとも安全な仕事なのだ。
逆に言えばそんなパーティから『信頼』を失うということは『信頼』に欠ける個人やパーティにばかり呼ばれるということであり、はっきり言ってそれはそれで命がいくつあっても足りないほどに危険性が高い。
故にポーターはどんな状況でも最低限の仕事はしなければならない。
そういう意味でフィーアという少女は非常に優秀であると言わざるを得ない。
「この先、坑道が分かれていますね。右は比較的モンスターが少ないようです」
「じゃ、そっち行こうか……今回の目的はあくまで六階層のモンスターだしな」
「分かりました」
ダンジョンに侵入してはや二時間。
基本的に先導は冒険者が行う、まあモンスターが出てくる危険性を考えれば当然だろう。
だがポーターはただ荷物持ちだけすれば良いというわけではない。
それは必要最低限の仕事であって、やろうと思えばいくらでもやれることはある。
特に冒険者たちを支援して良く働かせ稼ぎを増やすことはポーターたちにとっても重要なことだ。
割合制なら冒険者たちが良く稼げばそれだけ自分の稼ぎも増えるのだから。
故に地図を見ながらのナビゲーションや適度な休憩の提案。セーフティーゾーンの確認などやれることは多くあり。
フィーアという少女はその大半をそつなくこなす。
何より、こちらの目的に沿って提案を出してくれることが何よりも有難い。
稼ぐのは冒険者だ。モンスターを倒すのは冒険者である以上それは当然のことだ。
だからこそ、ポーターはもっと多く稼ごうと冒険者に無茶をさせようとする者も一定数いる。
わざとモンスターの多い方に誘導したり、酷い時はモンスタートレイン*1をするポーターまでいると聞く中で、六階層を目標にそれ以外の階層での戦闘を極力減らそうとするこちらの意思をくみ取って最短かつ消耗の少ないルートを選んでナビゲートしてくれているのが分かる。
「ナビゲートは助かるけど、余り前に出過ぎないようにしてくれよ?」
「大丈夫ですよ、その辺りは弁えていますから」
まだ死にたくないですしね、と茶化すように呟く水色の髪の少女にまあこの少女なら問題ないか、とどこか安心感のようなものを抱く。
現在ダンジョンの四階層半ば。
実際、ここまで問題らしき問題も無くやってこれたのは間違いなくフィーアというポーターのお陰であることは間違い無い。
『水晶魔洞』の一階層、つまりダンジョン入口は山の頂上部にある。
そこから五階層までが地上部分で、六階層からが地下層となる。
山の途中に実っていた適当な果実で空腹を満たしてから入ったは良いが、ダンジョンというのはとにかく広大である。外観と中の空間の広さは当然のように一致しない。
下手に迷えば一階層抜けるのに半日はかかるだろうほどの広さである。その中で僅か二時間足らずで四階層までやって来れたのはフィーアのナビゲートが非常に正確だったからだった。
「随分と慣れた様子だが……ここにはすでに?」
「そうですね、今のペンタスで一番の稼ぎ場所ですからね。すでに十や二十で数えきれない程度には来ていますよ」
呟きながら、周囲を見渡し、さらに地図へと視線を落とす。
そんなことをずっと繰り返しているのは恐らく記憶の中の景色と現在の景色から現在地を確認しているのだろう。
それにしても二十を超える数来ているとなると納得ではある。
「っと……あれは」
洞窟全てが水晶で出来たという幻想的な光景の中を進んで行き、足を止める。
「……どうしました?」
「敵だ、しかも回避できそうにない」
五階層へと続く階段の手前の広場に体の一部が結晶化した
単純に広場を占拠しているだけならともかく、あそこには五階層へと続く階段がある。
「これは……どうにもなりませんね」
さすがにこの状況で戦闘を避けるのは無理だとフィーアも悟ったらしい、そう呟いてこちらを見やる。
「分かってる、ちょっと待っててくれ」
ポーターは基本的に戦わない。
絶対に戦えない、というわけでも無いし、中には並の冒険者より強いポーターというのもいなくはないが、ポーターの最優先は荷物を守ることであり、モンスターを倒すのは冒険者の役割だ。
故に周囲を一度見渡し、他に敵がいないことを確認する。
万一、自分があの広場に行っている間にこちら側でフィーアが襲われでもしたら。
そういう状況を作らないことが重要であり、こういう小さな確認を怠ったパーティはいつか必ずどこかで破綻する。
とは言えここに来るまでに完全に戦闘を避けられたわけでなく、すでに数度の戦闘を行っている。
その際にフィーアがこちらを邪魔しない位置取りで周囲を警戒している様子は見ているので、よっぽど自身が手古摺るようなことが無ければ問題にならないだろう。
その程度にはフィーアを信頼しているから。
* * *
「やりますね」
一般的なロングソード片手に広場へと躍り出るルーを見やりながらフィーアは呟く。
水晶魔洞のモンスターは基本的に全身のいたる箇所を水晶に覆われており、剣などの武器は弾かれやすいのだが、見事に結晶化した部分だけを避けて切り裂いている。
それは一見容易いことのようだが、モンスターとて棒立ちになっているわけではない。
むしろずる賢く獲物を狩ってやろうと知恵を働かせながら立ち回っているのだ。
だがそんなこと知ったことかと言わんばかりに次々とモンスターを屠るルーは確実に手練れだと言えるだろう。
「レベル60と言ったところですかね」
当然ながらいくら的確に攻撃できても、レベルで劣っていてはまともなダメージなど期待できるはずもない。
レベルとはつまり『存在としての格』そのものである以上、格が勝る者が格が劣る者に絶対的に有利を得るのは当たり前の話。
とは言え有利である、というだけで確実に勝てるのとはまた違うのも事実。
数の利、地の利、それらはモンスターの側にあり、けれどそれをものともしない強さで敵を屠る。
ルー。
それが眼前で戦っている少年を示す名である。
冒険者として登録する際、登録名を記載するがこれに関して必ずしも本名で登録する必要はない。
つまるところ、冒険者として区別できれば何でも良いので偽名登録している人間というのは少なからずいる。
別に身分証を作っているわけではないので冒険者ギルドもそれに関してとやかく言うつもりはない。
例え前歴持ちだろうと、そうでなかろうと。
ダンジョン探索に必要無いならギルドとしては些細な話である。
そう、だからそれはフィーア個人としての興味。
大よそレベル60。それがここまで数度ルーの戦う様子を見てきたフィーアが出した結論である。
とは言ってもそれは簡単なことではない。
ランク4の冒険者ですらにレベル30前後が精いっぱいなのに、ましてその倍以上となれば……。
ランク5の冒険者は上から下まで本当にピンキリではあるが、まず間違い無くルーはピンのほうに分類されるだけの実力がある。
なのにランク3。しかもそれだけの強さがあって、つい最近まで聞いたことすら無かったのだ。
がちゃがちゃと金属鎧を鳴らしながら戦う少年の姿に、フィーアは首を傾げざるを得なかった。
一体彼はどこから来たのだろうか、と。
* * *
剣を振り下ろす。
その一撃で最後の一体となった蜥蜴人の全身が霧散し、後には水晶で出来た剣だけが残った。
先ほどの蜥蜴人たちが持っていた武器だが、どうやらそのままドロップ品として残ったらしい。
拾いあげて見れば頑丈で中々悪くないが、ほとんどただの水晶の塊なので切れ味は無さそうだ。
持って帰って研いだりすれば武器として使用できるだろうかとも思ったが、硬いが脆そうなのでそれも無理だと分かる。
まあ見た目は美しいので芸術品くらいにはなるかもしれないなと思いつつ、戦闘が終わったのを察知してこちらへやってきたフィーアにそれを渡す。
「お疲れ様です」
「ああ……回収頼む」
「はい」
一つ頷きながらフィーアがそれほど多くもないドロップ品をひょいひょいと拾い上げてはリュックの中へと詰め込んでいく。
周囲を見渡すが、どうやら新手の気配はないようだった。
「次の階層に行く」
「分かりました、では案内しますね」
こちらの意思を伝えればフィーアがまた頷いて手の中の地図を広げた。
洞窟の中にも関わらず明らかに人工的な階段を下って行けば五階層へとたどり着く。
「ここから先はモンスターの強さが一段階上がります。まあ、アナタならそれほど問題も無いでしょうが」
告げながらもう一度地図を確認し、周囲を見やる。
階下は少し大きな広場になっている。その先を進めば右、左、正面と三方向に道が分かれていた。
立ち止まりフィーアへと視線を移せば地図へと視線を落としていたフィーアが顔を上げて右の道を指さしたので、一つ頷きその指さす方向へと歩いて行く。
「因みにだが」
しばらくは分かれ道も無い一本道を黙々と歩いていたが、少し気になったことがあったので口を開く。
「フィーアは何階層まで行ったことあるんだ?」
五階層を超えて未だに案内ができる、ということは恐らくここまで来たことがある、ということなのだろうと予想する。
「私ですか……」
相変わらず地図に視線を落としたままだが、少し思案するように黙し。
「十二層ですね」
そう答える。
十二層、それはつまり現在確認されている最奥である。
その意味を理解し、少しだけ驚いて見やる。
「そういうそちらは?」
けれどそんな自身の視線に構う様子も無く、フィーアが問いかけを返し。
「悪いが五階層、ここまでだ」
ここまでは潜ったことがある。と言っても一度だけだが。
基本的に自分は冒険をするためにここにいるわけではないのだ。だからそれで良いと思ってはいるが。
「この先は完全に未見何でな……頼らせてもらうぞ?」
「問題ありません」
自身の言葉に何の躊躇いもなく肯定を返す少女に、これじゃ逆だな、と頼もしさを感じながらも苦笑した。
そうしてしばらく何事も無く一本道を進んで行き。
「ここから先、また分かれ道です」
抜けた先はフィーアの言葉通り、二つに分かれていた。
「今度は左へ」
「分かった」
とは言えフィーアの案内に従って進んで行くため迷うことは無い。
フィーアが道を間違えなければ、ではあるが少女が優秀なポーターであることはここまでで明らかである。だからその案内もまた信頼している。
「しかし、目に悪いダンジョンだ」
視界に移る水晶の迷宮に辟易とした言葉を漏らす。
明り一つ刺さない暗い洞窟はけれど明りを灯せば光が乱反射してたちまち眩い世界を魅せる。
この光のせいで影から出てくるモンスターに気付かなかったり、知らず知らずの内に間違った道を歩いていたりと厄介なのだが、じゃあ明りを消せばいいのかと言われればまた視界が真っ暗になるだけの話だ。
布を被せるなどして光量を極力押さえたランプを使うか、それとも暗闇に目を鳴らすか、基本的に対処法はこの二つくらいであり、モンスターは明るかろうが暗かろうが平然と襲ってくるため大半の冒険者は明りを押さえたランプで対処していた。
透明感のある水晶は、けれど何度も何度も光を屈折させ、正しい像を映さない。
見えた像はもしかすればまだ遠くの光景かもしれないし、もしかすると今まさに背後から襲いかからんとするモンスターの姿かもしれない。
遠くに見えるモンスターの姿はもしかすると鏡のようにピカピカの水晶が映した虚像かもしれないし、もしかすれば何も無いように見えるそこには水晶が光を反射してしまって見えないだけでモンスターが隠れているのかもしれない。
天井も床も壁も全てが水晶で出来上がったこの洞窟は遠近感や平行感覚、さらに距離感が曖昧になってしまう。
そのせいで居もしない物を見ることもあるし、居るはずのものが見えなかったり、とにかく目に悪いダンジョンである。
「偶にモンスターが隠れていても見えないことがあるので耳で聞くのをおススメしますよ」
「……耳か」
言われ、耳を澄ましてみる。
だが聞こえるのは洞窟の中を歩く自分たち二人分の足音だけ……。
きちっ
「…………」
「…………」
その瞬間、確かに
恐らく同じ音を聞いたのだろうフィーアが無言になる。
「…………」
「…………」
互いに顔を突き合わせ、一つ頷く。
もう一度耳を澄ませ。
きち、きちっ
それも先ほどより近い。
「フィーア」
「はい……回り道しますか?」
「相手の情報は?」
「
返って来た言葉に思わず顔を押さえる。
すでに何度も来ているだろうフィーアが、十二層まで到達しただろうフィーアが知らない
「
「可能性はありますね……どうしますか?」
二度目の問いかけ。
「じゃあ……」
それに問いかけるより早く。
ズドォォォォォォォォォォォン
轟音が洞窟中に反響し、響き渡る。
「うわああああああああ!」
直後に聞こえてくる誰かの悲鳴。
一瞬思考し。
「行く」
「分かりました」
自身の言葉にフィーアが即応した。