イアーズ・ストーリー   作:水代

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十九話

「なん……だ、今の」

 

 洞窟内を反響し続け、響き渡った咆哮が鼓膜震わせる。

 ぞくり、と背筋に寒気が走るのを感じながら音が聞こえてきた方へと視線を向ける。

 

「聞こえてきたの……こっち、だよな?」

「はい、多分ですが」

 

 音自体は反響しているとは言え、通路自体は一本道だ。前からか後ろからか、どちらから聞こえたか、それくらいなら分かる。

 前方だ。ただしばらく進むと分岐に出る。

 

「どこから……いや、こっちだな」

 

 三方向に分岐する通路の一本を指さし、歩き出せばその後をフィーアが追って来る。

 

「どうしてこっちに?」

「通路のサイズ……あの化け物蜘蛛が通るなら他二つは狭すぎると思った」

 

 人間サイズならともかく、あの化け物蜘蛛が通れる道というのはそれなりに限定される。

 いざとなったら壁を突き破る相手だけにそのセオリーがどこまで通用するかは知らないが、壁を破れば破ったで痕跡がはっきりと残るだろうし、そもそも敵や獲物を追っている時ならともかく、平素からわざわざ壁を破ったり、自分の体格より狭い道をわざわざ通ったりはしないだろう、という判断。

 そんな自身の根拠に納得したのか、なるほど、とフィーアが頷きながら地図を広げる。

 

「となるとこの道とこの道もダメですね……あとこっちのこれとこれと……」

 

 そう言いながら地図の上にバツ印をつけていくフィーアに目を丸くする。

 

「道順だけならともかく、道幅まで覚えてるのか?」

「え? あ、あっはい。そうですね……地図を見ればだいたい思い出せますので」

 

 相変わらずぶっ飛んで優秀な相方であると僅かに口元に笑みを浮かべる。

 そうして道中でまた数本、糸を切り払いながらも進んで行き。

 

「……こっちの道って」

 

 しばらく進んだ先の道に既視感を覚えた。

 さらに右に左にとグネグネと分岐する道を進んで行き。

 

「確かこの辺、だったよな」

「そうですね」

 

 ふと、立ち止まって呟く。

 ほとんど独り言のようなものだったが、後ろでフィーアが同意したことによりそれは確信に変わる。

 そう、確かちょうどこの辺りだった。

 数日前のこの辺りで、俺たちはアルたちの悲鳴を聞いたのだ。

 そうしてアルたちの救助のために走り去ったためここからは進んでいないが。

 

「これ、六階層への道、だよな?」

「そうですね……他にも道はありますが。ここから少し進むと六階層へたどり着けます」

 

 地図を確認しながらのフィーアの言葉に少し考え。

 

「一番奥、行ってみるか」

 

 別に必ずそうであると決まっているわけではないのだが、少なくともこの水晶魔洞というダンジョンは上層と下層を繋ぐ階段の手前は必ずそれなりの広さのある空間がある。

 あの化け物蜘蛛のサイズを考えると狭く細い通路よりも、そちらにいる可能性のほうが高いようにも思える。

 実際二人だけでこの五階層を調べ尽くすには時間が足りないのだから、ある程度絞って調べる必要はあった。

 

「フィーア、案内頼む」

「分かりました」

 

 そうして二人縦に並んでいくつもの分岐した道を進んで行く。

 はっきり言ってフィーアの案内が無ければ地図を見ながらでも迷いそうなほどに入り組んでいる道だったが、それでも距離自体はもうそれほど無かったらしく、少し歩いて進んだ先に。

 

「……これは」

「なんとも、ですね」

 

 目に見えるほどに太く紡がれた糸が広間のあちらこちらへと張り巡らされていた。

 天井から床まで十数メートルは優にあるだろうに上から下まで張り巡らされた糸は視界を大きく制限していた。

 

「これじゃあ奥が見えないな」

 

 下層へと続く階段があるはずなのだが、白く濁った半透明の糸が光を乱反射していてここからでは見ることができなかった。

 だが同時にこの光景を見て確信することもある。

 

「巣、だな、こりゃ」

「……の、ようですね」

 

 天井を見上げれば糸に絡まるように恐らく討伐隊だったのだろう冒険者の死骸が宙吊りになっている。

 他にも()()()()()()()()鎧や使い手のいなくなった剣や槍、槌など冒険者たちが使っていただろう武器や防具も同じように吊られている。

 

「餌を保管しているって感じか」

「と、なると」

 

 呟く俺の言葉にフィーアがそう続けた。

 そう、となると、だ。

 ここが巣だとするならば、そこに蜘蛛が居る様子が無いのならば。

 

「餌でも探しに行った、か?」

「可能性はあります」

 

 そんな会話をしながらゆっくりと奥へと進んで行く。

 探しているのは階段だ。

 六階層へと続く階段。

 あくまで可能性ではあるが、五階層と六階層を行き来しているかもしれない。

 何せ一度は落とし穴を使って六階層へと叩き落したのだ。

 六階層がどうなっているのか、五階層の現状を見るとやはり少しばかり気になってきている。

 周辺を探りながらの前進ではあるが、やはり蜘蛛の姿は見えない。

 

 本当に六階層に向かってしまったのか?

 

 そんな疑問を抱いた直後。

 

「ルー」

 

 同じように探索をしていたフィーアに呼ばれ立ち止まる。

 振り返った先に、壁の一部を見やるフィーアの姿があった。

 

「ここ、見てください」

「……ただの壁に見えるが? まあ糸張られてるけど」

 

 壁に沿って糸が張り巡らされているように見える。

 しかも通路の時より糸自体がかなり太いこともあって、壁の一部が完全に糸で埋め尽くされてしまっていた。

 剣先で触れてみるが返って来るのは強い弾力とまるで切れる気のしない硬い手応え。

 硬いのに柔軟というまるで俺の来ている鎧の素材のような……否、それをもっと硬く強靭にしたような手応えがあった。

 

「色が濁っていて見えづらいですけど、ここ……良く見てみてください」

 

 フィーアが壁の一部を指さし、ぐるっと円を描く。

 だいたいこの辺り、という意味なのだろうその部分を目を凝らしてみてみれば。

 

「……ん?」

「気づきましたか」

 

 僅かだが糸の向こう側が透けて見える。

 水晶が材質の糸だからなのだろう、透けて見えた糸の向こう側は巨大な空洞だった。

 つまり、これは。

 

「階層を繋ぐ階段か、これ」

「そうです……それも完全に埋まってますよ、これ」

 

 言いつつフィーアが短剣を片手に握る。

 握った短剣を振り上げて。

 

「『切断(カット)』」

 

 素早く振り切られた短剣が壁に張られた糸を縦一直線にすっぱりと切り裂く。

 そうして斬られた糸がばさりと広がり……その奥にもまた同じように糸があった。

 

「まるで樹脂みたいな糸で階段が埋められていますね」

「切って進む……は現実的じゃねえな」

 

 実質的に六階層への行き来は不可能と言える。

 今日という日が終われば恐らくダンジョンが『リセット』されるのでこの糸も消えてなくなるだろうが、少なくとも今日中にこの糸をどうにかする、というのは現実的ではない。

 

「戻るか」

「そうですね」

 

 本来なら冒険者たちを救出……いやもう死んでいるだろうから遺品だけでも持って帰ってやるべきなのかもしれないが、あの化け物蜘蛛が居るかもしれない場所でそんな悠長なことしていられない。

 正直こんな巣の中であの化け物蜘蛛を迎え撃つというのは勘弁して欲しいところである。

 あちらこちらに糸を吐きかけられ、壁と床、天井が幾本もの糸で繋がれたこの広間はあの化け物蜘蛛のテリトリーと化してしまっている。

 通路で戦うのとどっちがマシか、と言われると悩むが最上を言うならば四階層へと続く階段前の広場。

 あの場所が一番良いだろう、とは言えあの場所に蜘蛛がまたやってくるかと言われれば分からないとしか言いようがないが。

 

「にしても、さっきの魔法か?」

「そうですね」

 

 糸の強靭さはかなりの物だ。

 正直、俺の持っている鉄剣でも上手く刃筋を立てねば切れる気がしない。

 それを短剣一本で軽々と切り裂いたのだ、フィーアの技量もあるかもしれないが、それ以上に先に聞いておいたフィーアの『魔法』だろうことは簡単に予想できた。

 

「余り日常生活で使えるような魔法ではありませんが……まあ戦闘にはそれなりに役立っていますよ」

 

 そう言って短剣を収めるフィーアを横目に見ながら、余りフィーアという少女に似つかわしくない物騒な魔法だと思った。

 とは言え、俺がフィーアについてどれほど知っているのだという話であるが故にそんなこと口に出して言えはしないが。

 

「しかしここにもいないとなると宛てが無くなったな」

 

 正直しらみつぶしは勘弁して欲しい。

 こちらは二人しかいないのだから、人海戦術のような真似はできない。

 すでにダンジョンに潜って結構な時間が経っている。

 敵と出会う『かもしれない』状況は直接相対している時ほどではないにしろ少しずつ少しずつ精神を蝕む。

 

「もう少し探してダメだったら、一度四階層に戻ったほうがいいかもしれないな」

「確かに。集中もいつまでもは続きません」

 

 フィーアの同意も取れたし、一度四階層前の広場まで戻るか、と内心で考えて。

 

「……ん?」

 

 ふと視界の中に違和感を覚えた。

 立ち止まった俺に、フィーアが不思議そうな様子だったが、それに答えることも無く、ただ目前を見やる。

 

 視界に映るのは糸に張り巡らされた広間だ。

 

 特におかしい物は無い、いや可笑しいものだらけではあるが、入って来た時との差異は感じられない。

 何がおかしい? 何かがおかしい。

 視線を右に左にと往復させながら、その違和感の正体を確かめようとして。

 

「……待った、ちょっと待った?!」

 

 それに気づいた瞬間、声を荒げた。

 

「ルー?」

 

 声の様子から何かがおかしいことに気づいたフィーアがこちらへと視線を向けて。

 

「入って来たの……()()()()()()?!」

 

 来た道を逆戻りしているだけだったから、糸のせいで視界が悪かったから。

 だからそれまで気づかなかった。奥の壁が見えてきてもそこかしこに糸が張り巡らされており、この広間のどこを見ても糸だらけ、だからこそ今の今まで気づかなかった。

 

 広間への入口が消えてきた。

 

 正確にはあの壁のどこかにあるのだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、つまり。

 

 とどのつまり、それは、それは、それは。

 

 

 ―――きちっ

 

 

「来るぞ! フィーア!!!」

 

 ほとんど絶叫染みた警告の直後。

 

 ふっと、足元が暗くなる。

 

 見上げたそこに。

 

 

 ―――きちきちきちきちきちきちきち

 

 

 化け物蜘蛛が降ってきた。

 

 

 * * *

 

 

 咄嗟に足元を蹴る。

 ふわり、と一瞬の浮遊感と共に体を大きく後退し。

 

 

 ズドォォ――――ン

 

 

 直後、床の水晶を粉々に砕きながら蜘蛛の巨体が降り注ぐ。

 フィーアもまた素早く後退し、難を逃れたようだったが。

 

 ―――分断された。

 

 蜘蛛を挟んで前と後ろで、俺とフィーアが分断されていた。

 これではいざという時にカバーもできないし、サポートもできない。連携も取れないまま個別にこの化け物蜘蛛と戦うのは無謀というものだろう。

 

 ならば。

 

「今しかねえ!」

 

 真正面から蜘蛛へと向かって突っ込む。

 着地の衝撃で一瞬体を硬直させた蜘蛛だったが、接近する俺の姿を認めその爪を振り下ろし。

 

「その態勢で、当たるか!」

 

 床に半分体が埋没した態勢のため、腕しか動いていない。

 単純に振り降ろされただけの一撃は確かに脅威的な威力を持つが同時に一直線でしかない。

 弾けるように体を横にスライドさせてさらに加速する。

 もう一方の爪も同じように飛んでくるが同じことだ。

 そうして前足の爪二本を振り下ろしたその態勢は、両手を伸ばして跪くような形になる。

 

 つまり、頭が下がる。

 

「そら……よっと!」

 

 高さ1メートルほどにまで落ちた頭を跳躍と共に踏み抜いてさらに高く飛ぶ。

 そうして真上という死角に位置取った俺への攻撃を一瞬戸惑った蜘蛛の隙を突いてそのままその背中を駆けて後方へと飛ぶ。

 

「っと」

 

 着地、と同時にくるりと体を反転させる。

 そうして、さらに数歩後退すれば。

 

「よし、合流だ」

「無茶しますね」

 

 すでに短剣を構えて臨戦態勢を取っていたフィーアと合流を果たす。

 そうこうしている内に蜘蛛が陥没した穴から体を出し、こちらを向いて。

 

「……なんかでかくなってねえか?」

「気のせいでなく、明らかに前に見た時より大きくなっています」

 

 すでに全長二十メートル近いのではないかと思うほどに巨大に成長してしまっている化け物蜘蛛を見やり、頬に一筋冷や汗が流れた。

 もし初撃、降って来る蜘蛛を避けきれなかったら……それだけでミンチと化してしまっていただろうことは明白だった。

 ただでさえ化け物地味たサイズだった蜘蛛が、さらに怪物染みた成長を遂げている。

 そのことに戦慄を覚えざる得なかった。

 

 

 ―――きちきちきちきちきち

 

 軋るような鳴き声を発する蜘蛛がどこが目かもわからないような視線でこちらを見つめ。

 

 

 ギィィィィィィィィィィィィィィ

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが戦闘開始の狼煙となった

 

 

 




魔法名:切断(カット)
階梯:第一階梯/第一法則
使用者:フィーア

切断とは文字通り『切り断つ』ことであり、同時にそれは『切り離す』ことである。
つまり究極的には『切断』とは『1を2にする』ことであり、極論を言えば『分離』こそが本質であると言える。
第一階梯における効果は『物質への切断効果の付与』であり、敵に直接付与すれば付与した部位が『切断』されるし、自らの肉体に付与すれば『肉体を刃物と化す』ことができる。
ただしこの第一階梯魔法における効果の大きさは『自身の持つ武器』に依存する。
つまり彼女自身の持っている短剣で切れない物はこの魔法単体では『切断』できない。
だが短剣にこの魔法を付与することで切れ味を飛躍的に上昇させることは可能になる。
ただしその場合、当てることや近づくことには本人の技能が必要となる。
この微妙な使い勝手の悪さが『モンスター相手には使いづらい』とされる理由である(大半が短剣より硬い)。

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