イアーズ・ストーリー   作:水代

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二十一話

 

 重力に捕らわれ地に落ちていく小さな体を見て。

 首から上が半分消失してしまったその光景を見て。

 溢れ出す血がまるで洪水のごとく降り注ぐのを見て。

 

 それが誰なのか、一瞬理解を拒否した。

 

 まるで現実感の無い光景に、夢でも見ているのかと思ったほどに。

 呆気なさ過ぎるほどにあっさりと。

 

 ―――フィーアが死んだ。

 

 

 * * *

 

 

 どん、と物言わぬ死体が地上に落下する。

 その衝撃で衣服のポケットからイヤリングが飛び出す。

 

 ちりんちりん、と床に転がったそれを見て。

 

 ぶちり、と頭の中で何かが()()()

 

「―――あ、ああああ」

 

 硬く握った拳に爪が深く食い込んで血が流れ出す。

 震える肩が歯を鳴らし。

 見開いた目はただ真っすぐに、眼前の化け物だけを見つめ。

 

「アアアアァァァ―――!!!」

 

 腰から抜いた木剣を両手に一本ずつ持り、絡め取る体の重さを()()()()()走り出す。

 

 ―――きちきちきちきちきちきち

 

 『咀嚼』を終えた蜘蛛が迫る自身へと視線を向けると、その両前脚を振り上げ迫る自身を目掛け振り下ろす。

 脚先の鋭い爪が上から降りそそぐ。掠るだけで致命傷は確実だろう重量と鋭さ。直撃は間違いなく即死。

 それでも一瞬も迷うことなく、前身し。

 

「焼き切れ……『燃焼(バーン)』!!!」

 

 燃え上がる両の木剣を蜘蛛の前脚へと叩きつける。

 紅蓮に染まった木剣が蜘蛛の両脚を焼き切り、その爪先を切り飛ばす。

 だが焼き切るという性質上、振り下ろされた前脚を押しのけるだけの力が足りない。

 慣性に従って飛来した爪先の一つが自身の左肩を切り裂く。

 ほんの僅か、先っぽが掠っただけにも関わらず肉が抉れるほどの衝撃に意識すら飛びそうになる。

 派手に血が噴き出し、左手の力が抜けそうになるが。

 

「『燃焼』!」

 

 再度発動した魔法で『傷口』を燃やして、無理矢理に血を止める。

 激痛に絶叫しそうになるが、これで傷を塞ぐことも痛みで意識を保つことは出来た。

 

 ()()()()()()()()

 

 些末事だと切り捨て、目と鼻の先まで迫った蜘蛛へと拳を突きだし。

 

「不燃―――」

 

 『燃えない炎』の魔法を放とうとした瞬間、()()()()()()

 

「っ?!」

 

 辛うじて視界の端に捕らえた影を追って視線を真上に移動させれば、天井に張り付いた蜘蛛がそこにいた。

 

 ―――あの一瞬で?!

 

 その余りの早さに驚愕すると同時に、少しだけ頭が冷えてくる。

 

「……っ糞!」

 

 さすがに天井に陣取られると攻撃が届かない。とは言えあちらも前脚二本斬り飛ばされたのだ、向こうとて慎重にならざるを得ない、ということだろう。

 こちらをじっと見つめ動かない蜘蛛へと視線を固定しながら、吐き捨てるように悪態を吐いてじりじりと後退する。

 そうして一瞬、フィーア()()()()の傍まで寄って一瞬だけ盗み見るようにその有様を見やる。

 

 即死だった。

 

 頭の上半分が砕けているのだ、血と脳漿が混じり合ってダンジョンの床を流れていた。

 砕けた骨の隙間から半分消失した脳が零れ落ちている。

 

 誰がどう見たって一目で分かる。

 

 死んでいる、どうしようも無いくらいに。

 

 やるせないような喪失感と、沸々と湧きおこる怒りがない交ぜになってどうしようも無いくらいに感情が抑えきれない。

 手が、足が、肩が、拳が、顔が、歯が、怒りに震える。

 

「ぐ……あぁ!」

 

 言葉にならない感情の渦を口から吐き出すように漏れ出した声。

 怒りで爛々と輝く瞳はただ天井の蜘蛛だけを見つめ。

 

 ―――脚がある?

 

 そのことに気づく。

 フィーアが先ほど切断したはずの後ろ脚がある。

 自身が以前に前脚を焼き切ったのは数日前なのでその間に回復していてもおかしくは無いとしても。

 この短時間でフィーアが切ったはずの欠損までもう戻っている、というのはいくらなんでもおかしい。

 

 そうしてさらに注意深く見ていると、ふと気づく。

 蜘蛛の後ろ側から伸びた糸。臀部の辺りから伸びた糸が天井に張り付いて蜘蛛と天井を繋げていた。

 あれだ、とすぐに察した。

 あれが先程の移動の正体だ、と。

 なんてことは無い。天井に繋いだ糸を引っ張って戻っていただけなのだろう。

 だがまさかあの超巨体を支えるなど、凄まじい強靭さである。

 そしてその糸を一瞬で引き戻して天井まで移動できるとなると、厄介な話だ。

 

 この糸塗れの光景を見れば分かるが、あの糸はいくらでも出てくるし、どこにでも張り付く。

 

 そして直接出した糸を辿っている限り蜘蛛はあの巨体からは想像もできない程の恐ろしい速度で移動できる。いくら直線移動しかできないとは言え、あの巨体が一瞬で視界から消えるほどの速度で移動するというのは厄介過ぎる。

 

 いや、それ以前の話だ。

 

 待て、と言いたくなる。

 

 そうだ、余りの衝撃に忘れていたが。

 視線の先の蜘蛛が俺たちの知っている化け物蜘蛛ならば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 視線を外すことに僅かな躊躇を覚えるが、けれどもしあの蜘蛛が『複数』存在するなんて話になると不味いなんてレベルの話ではない。

 

 じりじりと後退を続ける。蜘蛛は動かない。さらに後退する。蜘蛛は動かない。

 

 天井の蜘蛛と大分距離を離す。少なくとも天井から降りてすぐにでも潰せる距離ではない。

 間合いと取り、それから先ほど自身が戦っていたはずの燃える蜘蛛がいた場所へと視線を移し。

 

 ―――そこにあったのは抜け殻だった。

 

 フィーアが切断した後ろ脚が欠けた蜘蛛。

 確かに先ほどまで戦っていたはずの蜘蛛だ。

 だがよく見れば()()()()()

 背中の辺りに割れ目があり、中が空洞だった。

 

 まさか、とその意味に思い当たり、顔を強張らせる。

 ハッとなって再び視線を天井の蜘蛛へと向ければ。

 

 まるで衣服を脱ぐかのようにその背が割れ、中身が溢れ出していた。

 

 ぬるり、と体中に液体のような粘液のような何かを付着させながら。

 ふっと、天井から『ソレ』が降って来た。

 

「う、そ……だろ」

 

 さすがに驚かずにはいられない。

 轟音を立て、床を破壊しながら降って来たそれは。

 

 

 ()()()()()()()化け物蜘蛛だった。

 

 

 * * *

 

 

 魔物とは『魔力が無ければ存在し得ない生物』である。

 

 例えば全身が水晶で出来た蜘蛛、なんて本来存在できるはずがない。

 無機物に生命は宿らない。モンスターのように外見的には生命体に見えてもその実は生命ではない存在であることが大半だ。

 だが魔力とは『物理に矛盾する力』だ。

 故に無機物の体を持ち無機物を食らって生きる生命という極めておかしな存在を生み出す。

 

 だが、だ。

 

 魔物とは本来『存在しない』生物だ。

 例え目の前で『実在』しようと種としては『存在』しない。

 何故ならば魔物とは魔力を得て『変異』した生物だからだ。

 故に魔物は大半本来元となった生物が存在する。

 

 で、あるならば。

 

 蜘蛛の形をした魔物が蜘蛛と同じ生態を持っていることに何ら不思議は無い。

 

 蜘蛛と同じように八本脚で歩き回り。

 蜘蛛と同じように糸を吐いて巣を作り。

 蜘蛛と同じように巣で獲物が罠にかかるのを待つ。

 

 ならば、ならば、ならば。

 

 蜘蛛と同じように脱皮することだってあっても不思議ではない。

 そもそも蜘蛛とは脱皮しなければ『成長』できない生物なのだ。

 故に大量の食物(ニンゲン)を食らい、栄養(ホネ)をため込んだならば『成長』するために脱皮することは不思議ではないし。

 

 脱皮に際して体を新しく作る以上、負った傷なども全て元通りになる。

 

 それだけの話ではあるが―――。

 

 

 * * *

 

 

 ―――きちきちきち

 

 化け物蜘蛛が軋るような声をあげる。

 まるでこちらの驚愕を見通し、嘲笑うかのようであり。

 

「ふ……ざ、けんなよ」

 

 肩の抉られるほどの代償を払って焼き切った前脚も、フィーアが切り払ってくれた後ろ脚も、全て一瞬で元通りとなってしまった事実に、歯噛みする。

 

 どうすれば良い?

 

 余りにも理不尽過ぎる化け物蜘蛛の怪物ぶりに、沸騰していた頭に冷や水をかけられたように熱が引いていく。

 先ほどまで怒りで我を忘れていたからか『恐怖(フィアー)』の影響もすでに抜けて体は軽い。

 だがすでに熱は引いてしまっている。怒りを忘れたわけでは無いが、目の前に迫る死の脅威によって強制的に頭を冷やされてしまった。

 

 つまりもう一度魔法を使われればほぼ詰みだ。

 

 大してこちらは攻め手に欠けている。

 『不燃炎』を浴びせ続ければ倒せる、魔物である以上それは絶対だ。

 だが脱皮することで逃げ出すことができる以上、それは必殺の一撃と成りえない。

 

 向こうはこちらを一撃で殺せるのに、こちらにはそれを防ぐ手も無ければ先に致命傷を与える手も無い。

 

 状況的には限りなく詰んでいると言っても良い。

 畜生と内心で悪態を吐く、と同時に。

 

 ―――きちきちきちきち

 

 化け物蜘蛛が動き出す。

 八本の脚で凄まじい速度で近づいてい来る。

 

 どうする、どうする、どうする。

 

 鉄剣は一本折れて残り一本。

 木剣も二本焼き切ってあと二本。

 

 それと―――。

 

「そうだ……」

 

 ソレを思い出すと同時に迫りくる蜘蛛を見やり。

 

「こいつがあったな」

 

 背中に下げた鉄槌を握る。

 

 ―――例え逃げられても良い、何度だって魔法をぶちこんでやる。

 

 握った鉄塊を見つめ、そう決意を固めると、一つ息を吸いそれから吐く。

 一度深呼吸をして僅かに平静を取り戻す。

 そうすると焦って見えなかった物も見えるようになってくる。

 

 ―――大丈夫、行ける。

 

 自らの心を安堵させるように何度もそう呟いて、視線を上げる。

 蜘蛛が目前へと迫って来ていた。

 

 

 化け物蜘蛛の糸は非常に強靭だ。

 何せ超巨大な化け物蜘蛛が天井にぶら下がって落ちないのだから。

 そして同時に非常に不可思議な性質を持っており、先端部は多量の粘球が付着し極めて強力な粘着性を持って壁や床、天井に張り付くのだが先端部以外の部分に関しては全く粘着性が無い。

 通常の蜘蛛の『縦糸』と『横糸』両方の性質を一本の糸で再現しているのだ。

 つまり、床から天井や壁に伸びたこの糸は()()()()()()足場になる。

 

 ―――きちきちきちきちきちきち

 

 迫り来る蜘蛛を前に、傍にあった太い糸を足場にして跳躍する。

 二度の脱皮によってさらに巨大化した蜘蛛は高さだけで五メートルは越す。

 さすがにその距離を普通に跳躍して飛び上がることは難しいが、こうして糸を足場にすればまるでロープのようにしなった糸の反発によって一気に飛び上がり、蜘蛛の頭上を越す。

 

 さすがにそれは予想していなかったのか、蜘蛛が咄嗟に前脚を伸ばすが手にした鉄槌で弾く。

 当然ながら片手で持てる程度の鉄槌(ハンマー)で巨大な蜘蛛の脚を押しのけるなんて無理な話だが。

 空中にいる状態で超質量に向かって鉄槌を打ったのだ、反動だけで一歩か二歩分距離が開ける。

 直後、無理な態勢で脚を伸ばした反動で蜘蛛が床へと倒れ込む。

 すでに全長二十メートルを超す巨体が助走をつけて飛び込んだのだ。進路上にある糸を跳ね飛ばし、慣性に従って数メートル引きずられたところでようやく勢いが止まる。

 

 その間に空中で近場の糸を掴み、ぶらりとぶら下がる。

 掴んだ勢いのまま体の動きで反動をつけ、さらに跳ぶ。

 二回、三回と繰り返せば蜘蛛の真上までたどり着き。

 

「ぶち砕け!」

 

 真上からの強襲、ようやく体を起こした蜘蛛がそれを知覚するが最早遅い。

 鉄槌が蜘蛛の頭(らしき部位)へと叩きつけられる。

 果たしてこの蜘蛛に脳なんて部位があるのか謎ではあるが、斬撃には無類に強いこの蜘蛛も打撃は痛いらしい。

 

 一瞬びくり、と全身が痙攣して動きが止まる。

 

 だが直後には再度動き出そうとして。

 

「もう遅いんだよ……『不燃炎』!」

 

 白の炎が再び蜘蛛を包み込んだ。

 

 

 * * *

 

 

 全身を包む炎にソレは悲鳴を上げる。

 

 ソレの全身は水晶であり、決して『燃えない』物質ではあったが、少しずつ少しずつではあったが自身にとって最も重要な物が削れていくのが確かに実感できた。

 

 先ほども食らった白い炎。

 

 先は体を『創り直す』ことで難を逃れたが、すでに蓄えた物も吐き出し切ってしまった後である。

 もう一度『創り直す』ためにはまた自らの体を構成する物を蓄える必要があるが、そんな悠長なことをしている内に自らの命が消えていくのは明白だった。

 

 魔物にとって『魔力』とは最も重要な物だ。

 

 魔物の定義が『魔力が無ければ存在し得ない生物』である以上、その魔力を喪失することは自らの死と同義である。

 ソレ自身にそんな知識があるわけでは無いが、自らの命の危機をソレは本能的に察して狂乱していた。

 

 死。

 

 迫り来る命の終わりに本能的な恐怖が沸き立つ。

 

 嫌だ、死にたくない。

 

 魔物とは言え生物は生物なのだ。

 死を忌避する当然の生存本能があった。

 

 だがどうすれば良いのかが分からなかった。

 ただ自分の最も大切な何かが削れていく感覚はあれど、この白い炎がその原因だと分かれど、どうすればこの炎が消えるのかが分からない。

 

 ただ捕食の本能が、削れる命を補強しようと視界内の『餌』を求める。

 

 半狂乱となって爪と振るい、突進をしかけ、糸を吐き出すがけれど『餌』はひらりひらりとソレの攻撃を躱し、捕まることは無い。

 

 そうこうしている内にさらに炎が沸き立ち、命が燃えていく。

 

 押し迫る死の恐怖が徐々に、徐々に、ソレの心を埋め尽くしていき。

 

 

 

 ギィィィィィィィィィィィィィィ

 

 

 

 ―――『恐叫喚(テラー)

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 




魔法名:不燃炎(ノットブレイズ)
階梯:第二階梯/第二法則
使用者:■■■・ルー・■■■■■

『燃えない』物を『燃やす』ための『燃えない』炎。
『燃焼』とは物質の急激な酸化現象ではあるが、全ての物質が簡単に酸素と結合できるわけでは無い。つまり『燃えない』物質というのは存在するのだ。
第二階梯魔法とは第二法則に則った魔法である以上、第一法則に『矛盾』結果を引き起こす。
『燃えない』物質を『燃やす』ための『燃えない』炎は『不燃』の物質のみを対象とし、酸化現象を引き起こさない代わりにひたすらに膨大な熱を増幅し続ける陽炎のごとき白く半透明の炎となる。
この魔法が発現する時、初期状態では使用者の『魔力』によって炎は発生するが、最初に込められた魔力が尽きた時、次は対象の魔力を使用して炎を持続しようする。よって対象が魔力を持たない物質の場合、この魔法は最初に込めた魔力を使用しきった時点で終了するが、対象が魔力を持つならば対象の持つ魔力を全て使用し切るか、使用者本人が消去するまで炎は持続する。



因みに災害種……というか親のほうにこれを使うと、魔力消費量より供給量のほうが多いので火だるまになった全長300メートルオーバーの化け物蜘蛛が狂乱しながら地上で暴れ回ることになります(大惨事
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