イアーズ・ストーリー   作:水代

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二十三話

 

 人の波に賑わう朝の市場を歩きながら横目で並ぶ店々を物色する。

 ふと視界に入った屋台で適当な朝食を購入し、歩きながらささっと朝食を済ませると、少し足取りを早めて目的地へと急ぐ。

 

 そうしてたどり着いたのは冒険者ギルド。

 

 まだ朝早いからか、ほとんどの冒険者は夢の中だ。

 とは言え()()()()ダンジョンが解禁されるのでもう少しすれば一階もすぐに冒険者で埋まってしまうだろう。

 

 とは言え今日の俺の要件はそこではない。

 

「おはよう、アル」

「あ、おはようございます、ルーさん」

 

 入口前で俺を待っていたらしいアルに声をかければ、アルも微笑して挨拶を返す。

 そのまま二人でギルドの扉を潜り、室内へと入る。

 

「あー、いらっしゃいましたかー、お二人ともー」

 

 相変わらず間伸びした声と眠たげな目の猫人の受付嬢がカウンター前でこちらを待っていた。

 どうぞこちらへ、と言われ奥の部屋に案内される。

 基本的にギルド職員しか入ることの無い部屋なので俺が入ったのはこれが初めてではあるが、カウンターのほうから普通に奥が見えるので実際には何度も見た光景が広がっていた。

 

 簡単に言えば事務室だ。

 書類の散乱する机が並ぶ部屋を通り過ぎ、さらに奥の扉へと進む。

 こんこん、と受付嬢が扉をノックすれば中から入れの一言が。

 

「失礼します。ギルマス、例の依頼を受けた冒険者二名が来ました」

「通せ」

 

 その言葉で受付嬢が一歩横にずれて、こちらへと内側へと手招きする。

 それに従って中に入り……。

 

「よく来た」

 

 部屋の奥に置かれた大きなワークデスクとそこに積み上げられた大量の書類片手に顰め面をする男が椅子に座ってこちらへ視線を投げかけていた。

 実際のところ、俺も見るのは初めてだがこの部屋の主であるこの男が。

 

「ああ……本当に良く来てくれた。一応紹介しておくと俺がこのペンタスの冒険者ギルドのギルドマスターだ」

 

 ギルドマスター。つまりこの冒険者ギルドの長である。

 それは同時に。

 

「まあ知っての通り貴族階級にあるが、冒険者に礼儀なんて物求めてもいないんで気にしなくても良い。取り合えずソファーにでもかけて楽にしてくれ」

 

 この男がこの街……否、このペンタスの街を含む周辺の領地を治める貴族、領主の家系の人間であることを示していた。

 

 

 * * *

 

 

 冒険者ギルドとは以前にも行ったが『ダンジョン管理局』という国家機関が解体され、国家から委託される形で作れた組織である。

 そして国家機関である以上は当然ならその頂点は国家であり、ひいては『王族』である。

 その王族から委託されるのだから必然的にその委託先は『貴族』になる。

 

 とは言えこれには相応に理由がある。

 

 冒険者ギルドというのは結局のところ『ダンジョン』から産出した物を扱うための機関だ。

 ダンジョンや冒険者の管理というのも結局のところその一環でしかない。

 このペンタスの街の例を挙げても分かる通り、ダンジョンから産出する資源は国家にとって非常に有益であり、貴重な物でもある。

 ダンジョン一つ増えるだけで国家間のパワーバランスが揺れるほどにダンジョンというのは重要な国家の『資源』なのだ。

 それを管理、委託を任されるとなるとそういう上の立場からの視野が必要になる。

 ただ無計画に流せば良い物でも無いのだ、商業の流通ルートに乗せるということは最悪他国に流れる危険性だってあるのだから。

 

 故に冒険者ギルドのトップは大局的視点を持つ人物が必要になる。

 

 さらに言うならば国営だったダンジョン管理局が解体されたのは戦争によって維持するだけの費用や人材がいなくなってしまったからだ。

 

 だからそれを委託するならば財力もあり、人材や人脈を持ち、それでいて大きな視野で物事を見える人物となる。

 

 そんなもの、王族を除くならば貴族しかいるはずも無い。

 

 少なくともこの国……ノーヴェ王国ではそうだった。

 

 故に冒険者ギルドは王都にその本部を持ち、その本部で委託された貴族*1が集まって作った貴族の会合が会議の場を持って各地のダンジョンを管理するための人材、つまりギルドマスターを決定している。

 そして当然ながら自分の領地から出土する資源を他の家系の貴族に管理されるなんて真っ平御免だという話になるため、基本的にギルドマスターというのはそのダンジョンのある領地を治める貴族の家系の人間が選ばれるのだ。

 

 因みにこのイアーズ大陸における12の国家の中には統治者が王権を持たない国家もあるが、そういう国家だろうと王国だろうと皇国だろうと『十二国条約』によってダンジョンなどの管理方法、管理規定、管理条例の一括化がされている。

 つまりどの国のどんな冒険者ギルドに行こうと基本的には同じ運営の仕方がされている。

 なので冒険者の側も自由に他国に行って他の国のギルドの世話になったり、好きにダンジョンに潜ったりできる。

 

 

 * * *

 

 

 そもそもの話。

 俺たちがダンジョンに潜って化け物蜘蛛と戦ったのはアルからの依頼ではあるが。

 封鎖されていたダンジョンに潜ることができたのはフィーアがそういう依頼を受けたからだ。

 

 そのフィーアは死んだ。

 

 残念ながらそれは事実だ。

 とは言え俺たちはそのパーティメンバーとして選ばれ、そして戻って来た。

 である以上、その報告というものが必要になる。

 だが依頼を直接受けたのはフィーアである。そのフィーアは居ない。

 少しばかりややこしい話ではあるが、俺たちがフィーアと一緒にダンジョンに潜ったということを証明できなければ、俺たちが報告する『権利』が無い。

 じゃあもう無視すれば良いのかと言われればそんなことして良いわけも無い。

 少なくともフィーアの受けた依頼のパーティメンバーとして同行した以上それは『義務』なのだ。

 

 報告する『義務』があるのに、報告する『権利』が無いというのは酷くおかしな話ではあるのだが、ギルドの制度上報告には『正当性』と『正確さ』が必要となってしまうので仕方がない話ではある。

 

 あの化け物蜘蛛を討伐してからすでに三日以上の時間が経っている。

 

 街に戻ったノルベルト・ティーガからの報告により一時は騒然となった冒険者ギルドだが、その後戻った俺たちの報告で今度は別の方向で大騒ぎとなった。

 その時に軽く報告はしたのだが、実際問題俺もあの化け物蜘蛛との戦いで大怪我を負ったし、肉体的にも精神的にも、そして魔力的にも限界だった。

 ギルドとしても実際に倒された化け物蜘蛛の確認に向かわなければならなかったし、確認が取れれば今度は封鎖を解くための準備も必要もあって、両者ともに時間が必要だったのだ。

 

 結果的に三日後の今日、報告のためにギルドを訪れるように昨日通達があった。

 

 すでに俺たちがフィーアと一緒にいたという証明はノルがしてくれているらしい。その辺は大丈夫だと言われたのでダンジョン内部で何があったのか、それを淡々と『事実のみ』を報告していく。

 フィーアが死んだ、その話をした時はさすがにギルマスも思うところがあったのか眉間に皺を寄せていたが最終的には。

 

「―――そうか。報告確かに受け取った、もう良いぞ」

 

 それだけ告げると俺たちに退出を促した。

 出る間際、目を瞑り、深く息を吐き出すその姿は、少し疲れて見えた。

 

 

 ギルドを出るとすでに朝日が高く昇っていた。

 街は働きに出る人たちで溢れかえり、ダンジョン解禁の報を聞いてギルドに続々と冒険者がやってくる。

 そんな彼ら、或いは彼女たちを見送りながらギルドを背にして歩きながら、うーん、と一つ背伸びする。

 ソファーは中々座り心地は良かったが、どうにも座った時の沈み込むような感覚に慣れず、肩が凝ってしまっていたのだ。

 

「さて、それじゃあこれで全部お終いだな」

「……はい」

 

 アルからの依頼はあの化け物蜘蛛を倒した時点で終わった。

 フィーアの受けた依頼はたった今、報告を終えたことで終わった。

 今回の件に関してはこれで終了ということになる。

 

 とは言えだ。

 

「折角だ、一緒に酒場でも行くか」

「え……?」

 

 一仕事終えた後に飲んで騒ぐのは冒険者の常だ。

 そう思い、アルに声をかければ少し驚いたように俺を見た。

 

「でも、そんな……」

 

 少し戸惑うように、どこかやるせなさそうに。

 言葉を濁すアルに首を傾げ。

 ふとアルが()()冒険者だったことを思い出す。

 

「もしかして、不謹慎だとか思ってるのか?」

「え……いや」

 

 半分当たりってところか?

 

「フィーアのこと、気にしてる?」

「っ! それは……」

 

 こっちは大当たりって感じ。

 

「なるほど、ね」

「逆に……ルーさんは、どうなんですか?」

 

 問われ、少しだけ目を丸くする。

 フィーアのことを気にしてないかどうかと言われれば。

 

「当たり前だけど、全く気にしてない、とは言わないな」

 

 付き合いこそ短かったが、優秀でどことなく目を離せないやつだった。

 何だかんだ俺は結構好きだったし、生きていればまたパーティを組みたい、素直にそう思えるやつだった。

 

 とは言え。

 

「冒険者稼業はいつだって命賭けだ。比較的な安全はあっても、絶対の安全は無い」

 

 言い換えれば、いつだって大なり小なり死の危険は付き纏っているのだ。

 

「だから冒険者ってのは自分の命に自分自身で責任を持たなきゃならない」

 

 だがそんなものは冒険者に限った話じゃない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そしてだからこそ、自分の命の『使い道』は自らで決めなければならない。

 

「フィーアは自分で選んであの場所に向かったんだ」

 

 例え切欠はアルの依頼だったとしてもそれを受け入れたのはフィーア自身。

 

「だから死んだことは残念に思う。居なくなったことは悲しいし、寂しい。あいつを殺したあの化け物蜘蛛には怒りだって沸いた」

 

 けれど。

 

「だからってそれをいつまでも引きずりはしない。冒険者ってのはそういう生き方をしてるんだよ」

 

 昨日まで隣で酒をかっ食らっていた仲間が次の日の冒険で居なくなるなんてことザラで。

 さっきまで今晩の飯と酒を語り合っていたはずのやつが次の瞬間には死ぬなんてこと当然のようにある話であり。

 

「理不尽だよ、不条理だよ、でもそんな世界に身を置いてるのは俺たち自身の『選択』なんだよ」

 

 嫌なら逃げれば良い。誰も強制なんてしない。

 冒険者は決して楽な職業じゃない。命も賭けるし、痛い思いもする。辛いこともあるし、苦しいことだっていくつもある。

 それでいて決して儲かるわけじゃない。誰もが最初はランク1からのスタートだが、ランク1の冒険者の日々の稼ぎではその日暮らしが精いっぱい。下手に怪我でもすれば大赤字で生活にすら困窮する。

 実際そうやって冒険者の『成り損ない』というのは毎年のように増えている。

 

「生も死も全部飲みこんで俺たちは生きてる。だから俺たちは冒険から帰ってきたら騒ぐんだよ」

 

 ―――ああ、今回も生きて帰れた。

 

 そうやって生の悦びを堪能し。

 

 ―――死んだあいつの分まで。

 

 そうやって死の悲しみを払拭する。

 

 冒険者とはそういう生き物なのだから。

 

 

 * * *

 

 

「……はぁ」

 

 アルフリート・リュートは嘆息し、手の中のジョッキを一気に傾けた。

 ごく、ごく、と冷えたエールを飲み干し、バンッとジョッキを叩きつけるように机に置く。

 そうして机の上に置かれた皿の一つに手を伸ばし、先ほど焼かれたばかりの鳥の肉にフォークを突き立てると一気にそれにかぶりつく。

 

「…………」

 

 もぐもぐと咀嚼し、飲み込む。

 そうしていつの間にか中身の注ぎ足されていたジョッキを手に取りまた傾ける。

 

「……ぷはぁ!」

 

 腹の中に抱えていたもやもやとした感情を吐き出すように大きな息を吐くと、なるほど確かに言われた通り少しだけ軽くなった気がする。

 

 そうしてふと視線を上に向け。

 

「不味い! もう一杯だ」

「か……ルー。お前飲み過ぎじゃないのか」

「良いんだよ、普段飲まねえんだから今日だけは。お前も飲めよノル」

「十分飲んでるよ……そもそも俺は騒がしいのは嫌いだ」

「堅いなあお前」

「今のお前が珍しすぎるだけだろう」

 

 男二人並んでジョッキ……どころかタルで酒を飲み干している姿を見やる。

 普段は酒の一滴すら飲まないとか言ってたはずのルーが浴びるように酒をかっ食らっている、そんな姿は隣にいる男曰く珍しいようだった。

 

「……はぁ」

 

 今日何度目になるのか分からないため息。

 アレを真似て無理してみてもやはり心は晴れない。

 フィーアの死という事実が、アルの心に消えない傷を刻んでいた。

 

 そもそもこれが初めてだったのだ、自分の直感に人を『巻き込んだ』のだ。

 

 そうしなければならない事態だった、というのが実際のところではあるが、今までのアルは危険があっても『避けて』きた。

 その道中で周りに危険が及ぶならばそれを『報せ』てきた。

 ほとんどの人間はそれを戯言として受け取り死んでいった。

 あの村の人間たちだってそうだし、ルーたちと出会う切欠でもあった冒険者たちもそうだ。

 

 そういった人間たちに関してアルが思い悩むことは無い。

 

 ―――自業自得だ。

 

 少なくともアルは忠告してやったのにそれを無視したのは彼らなのでその時点で彼らはアルから『切り捨て』られているのだ。

 だから彼らが死んだことには大して感慨も無い。どうでも良いやつらだったから。

 だがフィーアは逆だ。フィーアと、そしてルーの二人はアルが自分の意思で『巻き込んだ』のだ。

 

 今までずっと『被害者』だったアルは、この一件で初めて『加害者』になったのだ。

 

 それだって別にアルが悪いわけじゃないとは自分でも分かっている。

 放っておけば街が滅びた……最悪世界規模の災害となっていた可能性を考えればアルのやったことは極めて正しい、褒められて然るべき行為だっただろう。

 

 ()()()()()()()フィーアの犠牲を許容できるかと言われればそれはまた別の話だった。

 

 ―――理不尽だよ、不条理だよ、でもそんな世界に身を置いてるのは俺たち自身の『選択』なんだよ。

 

 先ほど言われたルーの言葉が思い起こされる。

 本当にこの世界は『理不尽』で『不条理』で、突然のように人から大切な物を奪い去って行く。

 それは冒険者だけに限った話ではなく、ただの村人だったアルがこうして村を捨てて街にいること自体もその理不尽の結果だと言える。

 

 だが、だ。

 

 だからと言って。

 

 『仕方なかった』なんて言葉で許容できるはずがない。

 だってアルが一緒に戦えたなら、アルにその力があったなら。

 フィーアの死という理不尽は回避できたかもしれないのに。

 

「……はぁ」

 

 嘆息一つ。

 

 結局ソレなのだ。

 

 命を賭けた世界において。

 

 弱い、とはただそれだけで罪だった。

 

「……はぁ」

 

 何度嘆息したって、きっとこの想いを許容できることは無いのだろう。

 

 だからアルフリート・リュートは今日もまたため息を吐き……ジョッキを一息に呷った。

 

 

 

*1
基本的に領地内にダンジョンを持つ貴族が選ばれている。ただし一部管理能力が不足していたりで別の貴族が選ばれていたりもする。




というわけで次回エピローグっぽいもの書いたら二章突入。
二章はダンジョン探索から離れるかな?
ルーくんの『お嬢様』とか『通信』のお相手とか出で来る予定。




それとは別に適当に作ってみたやっつけ感溢れるボスデータ。



【概要】

名 前:アルカサル・ファミリア
種 族:魔物
レベル:70
魔法名:『恐怖』
全 長:28メートル
総重量:75トン
危険度:C
(怪物級。ダンジョンボスとほぼ同格、或いはそれ以上の存在であるが現状ダンジョンの外に出ると弱体化するため危険度という意味では中の上程度)
脅威度:A
(人類に対して極めて好戦的であり、ダンジョンから出てきた場合、災害種に匹敵する脅威と成り得る)


【行動】

引っ掻く:脚部の爪を使っての攻撃。圧縮された硬水晶を非常に尖らせたその爪は非常に鋭利であり、水晶の壁や床を削り、堀り進めるほど。当然人間など一撃で即死である。

噛みつく:体の前面にある口の牙を使っての攻撃。爪と同じく鋭利である。獲物を『食い千切る』ための犬歯のような物と、鉱物を『磨り潰す』ための臼歯のような物がある。

体当たり:二十メートル近い巨体と60トンの重量が激突するだけで大半の生物が即死する。これに対して耐えられるのは『肉体の格』が余程上回っている時だけであり、レベル差すらも無意味と化してしまうほどに、純粋な重量こそが『必殺』と化す。

移動:その鋭利な爪を『食い込ませる』ことによって壁や天井などを縦横無尽に移動可能。また多脚型の生物のため移動も相応に素早く、曲がる、止まるも自在。

繰糸:捕食した生物の骨や食らった鉱物などを体内で粉砕し、内臓器官の一つで分泌される体液と混ぜることで非常に細く、硬く、頑丈な鉱物性の糸を生成する。これを使って天井からぶら下がったり、獲物の動きを止めたり、罠を仕掛けたりと多彩な使い方ができる。

恐怖:魔法。対象の心理に『恐怖心』を植え付ける。恐怖に駆られた存在は正常な行動ができなくなる。




蜘蛛さんは基本的にシンプルに作ってあります。
肉体スペックだけでシンプルに凶悪だからね。
親のほうになるともっと行動が多い。

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