イアーズ・ストーリー   作:水代

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二十四話

 

 

「……死にたい」

 

 目を覚ますと同時、朝から不謹慎な言葉が口から洩れる。

 窓から差し込む朝日が室内を照らし上げ、二度寝しようと閉じられた瞼越しに煌々と照らしてくる。

 ベッドの上にうつ伏せになったまま、もぞもぞと腕を伸ばし、傍にあるはずの机を探す。

 指先に当たる木の感覚にさらに指を伸ばし、そこにあるはずの水差しを探し。

 

「ぐ……ぐああ……」

 

 ズキズキと痛む頭を押さえながら水差しの取ってを掴むと、ゆっくりと上半身を起こす。

 水差しに直接口を付け、入っていた水を一息に飲み干していく。

 すっと喉の奥へと流れていくぬるくなった水がけれど今は心地よい。

 水差しを置いて、朝日の差し込む窓へと視線を向け。

 

 ぱたん、と窓を閉じる。

 

 そうして布団を被り直し。

 

「……寝るか」

 

 鈍痛に頭を抱えながら呟き、目を閉じる。

 

 見事な二日酔いだった。

 

 

 * * *

 

 

 頭痛と戦いながら二度寝を始めた物の、すぐに目を覚ました。

 理由は簡単である、腹の中に溜まった物が込み上げてきて寝てる場合じゃなくなったから。

 

「……ふう」

 

 それから数分後、空っぽになった胃に妙な清々しさを覚えながらトイレを出る。

 一つ伸びをし、部屋を出るとそのまま階下へと降りる。

 未だに収まらない頭痛に頭を押さえながら酒場へと出ると漂ってくる酒の臭いに思わず顔を顰める。

 カウンター席に着くと店主に適当な注文をする。

 

 さすがに酒場の店主だけあって、二日酔いの相手も知った物らしい。

 通しで出てきた塩で揉まれた胡瓜をぽりぽりと齧れば口の中に広がる青臭さと強いくらいの塩気だったが、一緒に水を飲めば苦にはならない。というかむしろ今の状態ではさっぱりとして少しだけ気分も良くなった。

 

 さらに続けて出されたのは中心の芯を抉るようにカットされた白い果物。

 リンゴのようにも見えたが、ついている皮が黄色なので梨だろうか。

 寒冷な気候のノーヴェ王国では余り見ない品ではあったが、食べてみればしゃりしゃりとした不思議な触感でするりと喉を滑っていった。

 

 そして最後に出てきたのは野菜の煮込みスープ。

 付け合わせのパンは保存用に乾燥されているので浸して食べるのが基本だ。

 

 そうして軽い朝食を食べ終え、まだ気怠さと頭痛と気持ちの悪さの残る体を引きずって部屋に戻る。

 

 ベッドの上にごろんと寝転がり、もうひと眠りするか、と目を閉じた。

 

 直後。

 

 キィーン、と耳鳴りのような音が響いた。

 

「……うぐ」

 

 普段なら何ともないその音も、二日酔いの今にはきつい。

 呻き声をあげながら音の元凶……『通信』へと手を伸ばす。

 荷物の中でピカピカと発光し、自己主張する水晶玉を手に取り魔力を流して起動させる。

 

「もしも―――」

『おはよう、元気してる?』

 

 受信が繋がった直後、もしもしと言うよりも早く声が聞こえてくる。

 

「何だよ、こんな朝っぱらから」

『そっち何か事件があったそうじゃない。昨日ようやく情報が届いてお嬢様も心配してたわよ』

「ん? 今頃か。えらく遅かったな」

 

 『通信』に似た情報伝達系の魔導具は割と多いし、普及もしているので同じノーヴェ王国内ならば一日あれば情報なんて伝わる物だと思っていたのだが、三日四日してようやく、というのは少し遅い気がした。

 

『こっちもちょっと問題が起こっててね。それでアナタ、こっちに帰ってきなさい』

「お嬢様は?」

『とっくに機嫌も直ったわよ。アナタが事件に巻き込まれたって聞いて昨日からずっと落ち着かないみたいだから、早く顔出してあげなさいな』

「そうか……分かった、すぐに帰る」

『そうして頂戴。今ちょっと面倒なことになってるから、出来るだけ急いでね』

「了解」

 

 告げて、向こう側からのそれじゃあ、という言葉と共に通信の接続が切れる。

 何の反応も居なくなった水晶玉を荷物の中に戻すと、一つ息を吐く。

 

「ようやく帰れるな」

 

 別にこの街が嫌なわけでは無い。

 良い出会いもあった、悲しい別れもあったが、それでも来て良かったとは思う。

 とは言え、俺には俺の帰る場所がある。

 

「まあそもそもこの街に来たの自体、お嬢様の命令なんだがな」

 

 呟きつつ、嘆息した。

 

 

 * * *

 

 

 アルフリート・リュートは嘆息する。

 そうしてがやがやと騒がしいギルドの中、広間の半分ほどを陣取る売店の隅のテーブルに座り先ほど注文したばかりの果実水(ジュース)をちびりちびりと飲みながら受付の前に並んだ冒険者たちへとぼんやりと見ていた。

 

「どうしようかなあ」

 

 呟きつつ、コップを傾ける。

 そうして中身のなくなったコップを机の上に置くと、財布をひっくり返す。

 ころん、ころんと中から転がり落ちてきた硬貨を摘まみ上げ、勘定分を差し引いてまた財布に戻す。

 今まで散々ため込んできた貯蓄はルーに払った。

 一週間分くらいの生活費は残してあるが、いずれにしろまたダンジョンに潜って稼ぐ必要があるだろう。

 

「……それだけなら、まあ簡単なんだろうけど」

 

 以前までのアルならばもう少し困っていたかもしれないが、()()()()ならばそう難しい話でも無い。

 

「なんか横から掻っ攫ったみたいで気が咎めるけど」

 

 あの化け物蜘蛛を倒した瞬間、あの場にいたせいか、それともルーを助けたお陰か。

 アルのレベルは以前より飛躍的に上昇していた。

 気づけば12だったレベルは20を超えており、単純なレベルだけならランク3冒険者の域に達していた。

 

 レベルの上昇判定というのは実際のところ良く分かっていない。

 

 基本的に戦闘をこなすことで上昇するとは言うが、今回の例のように直接的に戦闘に関わっていなくても上昇したりもする。

 特に10レベル近い上昇値は正直異常としか言いようがないが、あの化け物蜘蛛が相手だったと考えればそれも不思議では無いのだろうか。

 きっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

 まあ気が咎めるからと言って返すこともできないのだから、幸運だったと割り切るしか無いのだが。

 

 それにあの瞬間あの場所に居たのは、あの時ルーを助けることができたのは決して偶然ではない。

 

 ―――『予見(フォアサイト)

 

 それがルーの教えによって生み出されたアルフリートの魔法である。

 アルがいつも感じ取っている『直感』は恐らく、アル自身の『属性』が影響しているのだろう、というのがルーの言である。

 基本的にアルの直感はアルの任意で能動的に使えるような類の物ではなく、思考を巡らせた時や逆に何も考えていない時にふっと閃くように浮かび上がってくる。

 だがそれを『魔法』として成り立たせることで、ある程度能動的に、アルの指定した事柄に対して、魔法の起動を条件として直感を発動できるようになった。

 

 つまりアルがあの時、ルーを助けることができたのは『ルーの危機』を事前に知っていたからだ。

 

 とは言え実際に魔法が発動したのは洞窟を出た後だったのだが。

 怪我を負ったノルベルトを来る時に乗ってきた馬車に預けて急いで戻って来たのもこのままでは全員死ぬと魔法が教えてくれたからだ。

 事実あの時ルーを助けられなかったら、あの化け物蜘蛛は生き残り、ダンジョンで力を蓄えいつかの夢の通りに街にやってきていただろう。

 

「……でももっと早く使えてれば」

 

 否、それは無理だった。

 『ルーが死ぬこと』はつまりあの化け物蜘蛛が生き残ることだった、それはつまり将来的なアル自身の危険を意味する。

 だからこそ、あの瞬間『ルーの危機』を『予見』できたのだ。

 逆に言えばもしあの時、ルーとフィーアが死ぬ順番が逆だったら、自分はルーが死んだ後にフィーアを助けていたのだろう。

 

 未だにまともに使いこなせているとは言い難い魔法。

 

 けれど、もしあの時使いこなせていればフィーアの危険も察せていたのではないだろか。

 

「……はぁ」

 

 嘆息。堂々巡りの考えがここ数日ずっと止まらない。

 

 結局その結論は一つになるのだ。

 

 ―――自分が弱かった。

 

 それに尽きるのだ。

 

 アルがもっと強ければ一緒に戦えた。

 もっと魔法を使いこなせればフィーアも助けられた。

 もっともっと力があれば……そうすれば。

 

「強くなりたいなあ」

 

 ぽつり、と呟いたそれはけれどギルドの雑踏に紛れて消えていく。

 

「強くなりたいか?」

 

 ―――はずだった。

 

 

 * * *

 

 

「ルーさん?」

 聞こえた声に振り返れば、そこに昨日別れたばかりの少年がいた。

「よっ、ちょっとばかし話があるんだが、良いか?」

 今しがた売店で買ってきたのだろう果実水の入ったコップを片手に、自身の返事を待たずに隣に座る。

 話とは一体何だろうと思いつつ視線をやり。

「お、このジュース美味いな……」

 コップを呷りながら呟くルーは、けれど中々話を切り出そうとはしない。

 

「あの、話って?」

 

 じれったくなって、こちらから切り出せばルーの視線が一瞬こちらを向き。

 

「ああ、まあ……ちょっとな」

 

 言葉を濁すような言い方に、一体何を言うつもりなのだろうと僅かに身構える。

 そうして。

 

「アルは……冒険者であることに拘りみたいなの、あるか?」

「……はい?」

 

 口を開いたルーから問われた言葉に思わず首を傾げる。

 とは言えルーの視線は真剣そのもので、冗談や茶化しではないようで。

 

「いえまあ、前に少し話したと思いますけど、手ぶらで故郷飛び出してきたようなものなので、そんな状況で稼げる手段って限られてるじゃないですか。それに俺みたいなガキが一人で生きていくならやっぱ冒険者くらいしか無いと思いますし」

 

 この国における成人は十五歳だ。

 現在十三、もうすぐ十四にはなるが、それでもまだ成人には一年以上の時がかかる。

 基本この国では成人にならねば職業に就くことができない。

 その辺り、冒険者は厳密に言えば職業ではないので余程幼くなければ何か言われることも無い。現に十二歳の時に冒険者登録が出来たほどだ。

 

 正直このまま冒険者稼業を続けていくかどうか、少し悩んでいるのも事実だった。

 

 何せ冒険者とは常に命懸けだ。

 今回だってルーやフィーアが居なかったら自分は一週間以上前に化け物蜘蛛に食われて死んでいただろう。

 来年、もしくは来年以降。

 成人し、自活できるだけの金を溜めたらどこか安全な職に就くのも良いのではないか。

 そんな風に思ったりもしている。

 

「そうか」

 

 そんな自身の思いをつらつらと語ってみれば、ルーが一つ頷き。

 

「それならアル、お前……うちに来ないか?」

「うち? と言うのは、チームを組むってことですか?」

 

 自分の知る限り、ルーはノルベルトなど有名な冒険者とも知りあいのようだったが、それでもチームを組んでいる様子は無かったので少し意外に思っていると、ルーが首を振ってそれを否定する。

 

「違う、そうじゃない。というかそうだな、前提からして間違えてたな」

 

 間違えたな、とルーが頭をがしがしと掻き、えーえー、と少しだけ考えるような素ぶりを見せ。

 

「大前提として、まず俺は冒険者が本業じゃないんだ」

 

 あっさりと、そんなことを言ってのけた。

 

 

 * * *

 

 

 俺が今名乗っているルーというのは別に偽名……というわけではない。

 ただ長ったらしい本名の一部であるのだが、単純にそれだけ名乗ると酷く偽名っぽいのは事実だ。

 正確に言うなら俺の『実家を継ぐ』ことを意味する名前が『ルー』というミドルネームになる。

 だから俺のファーストネームやセカンドネームというのはまた別にあるわけだが、それはまたその内のこととして。

 

 やや長ったらしく、それでいて大雑把な説明だったが、それでもアルはなんとか理解したらしく、最終的にはこちらの誘いに乗った。

 

 ―――別に冒険者で居続けたいわけでも無いですから。安定した職がもらえるならそちらのほうが良いに決まってます。

 

 という打算的な思惑だったが、俺とアルの間に打算を抜きにできるほどの友情や信頼があるわけでも無い以上それは当然だろう。

 と言うか、俺だって打算的にアルを勧誘した以上、人のことを言えた義理ではない。

 

 そもそもを言えば、この街で人を勧誘などするつもりも無かったのだ。

 だがそんな俺の気を変えてしまうほどにアルの魔法は有用だった。

 それに本人に強くなる気があるのも良い。

 

 間違いなく、アルはこのまま成長を続ければ強い戦士になれる。

 

 或いは良い冒険者、だろうか。

 

 非常に有用な魔法を持ち、戦う才能も持ち合わせている。

 未だ未熟ではあるが、将来性があり、それでいてまだ誰もその価値に気づかず、本人もまた俺とくらいしか『縁』が無い。

 

 これほど優良な物件があるだろうか。

 

 何よりアルには『しがらみ』が無い。

 俺の周りにはそういう面倒な『しがらみ』が多いので厄介亊を抱えていたりするとこれ以上は、と勧誘を止めていたところだったが、アルにはそういう余計な『しがらみ』が無い。

 

 それは目に見える物でも無いし、即効性がある物でも無い。

 

 だがそういう小さな縁の結びつきが良い結果にも悪い結果にもなり得ることを俺は知っている。

 

 だから色々な意味で、アルは良い人材だった。

 

「ま、事後承諾になるけど……ダメならうちで雇えば良いしな」

 

 流れていく景色を見やりながら呟く言葉は風と共に流れていく。

 自身の後ろでは初めて乗る乗合馬車*1が珍しいのか目を丸くするアルがいたが、どうやら聞こえなかったらしい。

 

「到着までもう二、三回乗り換えないとダメかな」

 

 目的地である俺の故郷エノテラは同じノーヴェ王国内にあってもそれなりに距離がある。

 ペンタスの街がノーヴェ王国とオクトー王国の国境近くにあったのに対して、エノテラはディッセン皇国側にある。

 そのため同じ国内でも移動に数日かかるのだ。

 

「……ま、のんびり行くか」

 

 急いで帰る、なんて通信じゃ言ったが、急いだところで馬車が急に早くなるわけでも無し。

 

「……ふ、あ」

 

 ゆったりと進む馬車に揺られ、思わず欠伸を一つ。

 遠ざかって行くペンタスの街を見やり。

 

「ま、悪くなかったかな」

 

 呟き、指先を摘まんだ()()()()()()()()を目の前にかざす。

 

「じゃあな、フィーア」

 

 そうして今はもう居ない『友人』にそう呟いて、目を閉じた。

 

 

 * * *

 

 

 薄っすらと目を開く。

 そうして見えたのは薄暗い中に浮かぶ、ぼんやりとした淡い光。

 ごぽり、と口から漏れ出した泡が浮かび上がっては消えていく。

 うっすらと開かれた視界に移るのは、半透明なガラス状の何か。

 そこから向こう側の景色が見えるかとぼんやりと見つめるがけれどただ見ているだけで何かが変わるはずも無かった。

 

 ―――。

 

 何か、あったような気がした。

 何か、大切なことがあったような、そんな気がした。

 けれどぼんやりとした頭ではその内容までは浮かんでは来ない。

 

 ―――。

 

 ごぽり、と口を開くと泡が漏れ出した。

 全身が液体に包まれていることにようやく気付くがけれど息苦しさは感じない。

 

 否。

 

 そもそも呼吸などしていないのだから、感じるはずも無かった。

 

 ―――。

 

 けれどそんなことにも気づかない。

 呆けた思考で空回りし続けて。

 

 こつん、と足音が響いた。

 

 こつん、こつん、と足音がこちらへと近づいてきて。

 

 そして半透明なガラス状の何かの向こう側に影が映る。

 

 ―――。

 

 それを見た瞬間、脳裏に何かが浮かび上がりそうになって。

 

「『傀儡操(コントロール)』」

 

 影が何かを呟くと同時に全身に電流が走ったように、びりっとした感覚。

 直後、暗転する意識。

 

 ―――。

 

 ―――。

 

 ―――。

 

 そうして何ら思い出すこともできないままに。

 

 『ソレ』の意識はあっさりと堕ちた。

 

 

 

*1
街と街を繋ぐ街道を往復する大型馬車。だいたい10~15人程度の人間が一度に乗れる。




用語集とか欲しいです?
実は全部アドリブで書いててそんなもの一切作ってないので、必要なら作るけど。

それはそれとして、次回から二章になります。

目指せ、ジャングル大帝ルーくん。
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