イアーズ・ストーリー   作:水代

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二章『闇哭樹海』
一話


 

 

 

 およそ150年ほど前。

 人魔大戦というイアーズ大陸史上最大規模の戦争が勃発した。

 地上に現れた魔族と人類の勢力圏を守らんとした人類との戦いは100年にも渡って続けられた。

 

 当時人類は大陸中央部に存在した『イアーズ帝国』という一国家が大陸統一を成し遂げており、それに従属する十二の国家が大陸の端で細々とあるだけだった。

 イアーズ大陸の名はこのイアーズ帝国に由来しており、人類史上初めて単一国家によって大陸統一を成し遂げた国としてその名を残している。

 とは言えそれも数百年以上前の話であり、長い時の流れの間にイアーズ大陸には皇帝の血族がそれぞれ従属国家として大陸の端で十二の国を興していた。

 つまり当時のイアーズ大陸には巨大な覇権国家とそれに従属する十二の小国の十三の国が存在していた、ということになる。

 

 だが全ては人魔大戦によって変わる。

 

 地上に突如出現した魔族の軍勢によって()()()()()()()()()()()()()()

 

 イアーズ帝国の首都『デュランタ』は大陸の中央部に位置する。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 人魔大戦が実に100年近く続く大規模な戦いとなったのは結局それこそが最大の理由だったのだろう。

 数百年もの間大陸に覇を唱え、栄華を極めた史上最大の帝国は大戦の始まりからたった数日のうちに崩壊してしまった。

 結果的に残った十二の小国が崩壊した帝国の領土を接収し、魔族との戦いを始めた。

 

 そしてそれが戦争を長引かせた次なる理由だった。

 

 十二の小国の指導者たちは全員帝国の頂点たる皇家の血族だ。

 つまり彼らには()()()()()()()()()()()()()()

 このイアーズ大陸に覇を唱えた最強の国家の後継。その座を巡って十二の国家の指導者たちは戦争の裏で暗躍を始める。

 この時代、国家間での謀略や暗躍が横行し、一日一人はどこかの国で政府関係者が暗殺されていた、なんて話もあったくらいに魔族と戦争しながら人間同士でも争っていたらしい。

 

 実に愚かな話ではあるが、そんな愚かな話には愚かな結末が待ち構えていた。

 

 大陸中央部、イアーズ帝国の元首都から魔族たちは大陸の各地へと戦火を広げていっていた。

 イアーズ大陸自体は円形に近い形をしているため、中央から進出する魔族とそれを囲み押しとどめる十二の国家、という形式が出来上がっていた。

 魔族の力は強大ではあったが、その数は人類と比べ少なく、数に勝る人類が四方を囲んでいる状況によって戦線は一進一退の膠着(こうちゃく)を見せていた。

 

 だが最南端の国家、『ジューン公国』が人類を裏切り魔族へと着くことを宣言。

 両端にある『メイ公国』や『ジュライ公国』へと兵を差し向けたことで南部の戦線が完全に崩壊。

 人類と魔族の戦力比が傾き始めた。

 

 この時『ジューン公国』が何故人類を裏切ったのかは未だに定かとなっていない。

 一説によれば皇帝の座を餌に魔族によって誑かされたのではないか、と言われているが、実際にその証拠となるような物は無く、さらにその結末まで考えると果たしてそれも事実かどうか怪しい物である。

 

 ただでさえ人類同士、謀略と暗躍の限りを尽くし、互いに疑心暗鬼になっていたところにまさかの人類からの裏切り、そして戦線の崩壊。

 

 かつての人類は恐慌し、その戦線は日に日に後退していったらしい。

 

 それから数年ほどでメイ公国とジュライ公国は魔族の軍勢によって滅ぼされる。

 さらに1年後、()()()()()()が攻め込んだ魔族の軍勢によって滅亡する。

 

 そもそも魔族の目的は『人類を根絶やしにすること』であり、領土を奪い合う人間同士の戦争と根本から違っていることに人類はようやく気付いた。

 

 そう、その時になってようやく気付いたのだ。

 

 戦争が始まってからすでに数十年経って、ようやく人類は気づいた。

 

 この戦争が人類と魔族との生存競争であることに。

 

 今から60年ほど前。

 

 戦争が90年目を迎えた時。

 

 すでに人類は崖っぷちだったと言っても良い。

 

 元々、個の強さは圧倒的に魔族のほうが上だったのだ。

 にも関わらず、人類の強みであった数と包囲を断たれた以上、少しずつ少しずつまるでいたぶるように、嬲るように人類は魔族に蹂躙されていった。

 

 魔族が人類圏に一歩踏み入れればそこはすでに生命の足音の途絶えた死地となる。

 

 人類の生存圏は大きく削られ、戦争以前の小国並にまでその領土を削られていた。

 

 このまま人類は魔族に攻め滅ぼされる。

 

 誰もがそんな悪夢(ゼツボウ)を見ていた、そんな時。

 

 

 ―――戦場に『英雄』が現れた。

 

 

 * * *

 

 

 ルー・オルランド。

 

 それが英雄の名であった。

 たった一人、戦場にて鬼神のごとくに暴れ回り、魔族の軍勢を薙ぎ倒す。

 強さという意味で、恐らく人類史上最も強かったのだろう男は自らよりも格上の魔族という怪物を相手に真っ向から立ち向かい、次々と討ち果たしていった。

 

 だがそれだけならば『個』の強さだ。

 

 正直言ってただそれだけならば『英雄』などと呼ばれない。

 『個』が戦況に与えられる影響なんてものはちっぽけな物だ。

 さらに言うならばどれだけ強かろうと数が違い過ぎる。

 数で劣る故に力で人類を捻じ伏せた魔族ではあったが、それでもルー・オルランド個人と比較すれば圧倒的に数で勝るに決まっている。

 

 故にそれは敗北の確定した戦いであった。

 戦場で大暴れした男は、多くの魔族の『個』を討ち取った男は、魔族の『軍勢』に敗れて死ぬ。

 それが定めのはずだった。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 それこそが彼が『英雄』と呼ばれる最大の理由。

 

 ―――『我らが心に火を灯せ』。

 

 かつて男が言った言葉である。

 かつて戦場で男が戦う姿を見た者たちが、かつて戦場で男に助けられた者たちが、かつて戦場で男と共に戦った者たちが。

 

 その言葉と共に立ち上がる。

 絶望の沼より抜け出し、再び自らの足で立ち上がる。

 悪夢の内より這い出し、再びその手に武器を取る。

 

 そうして叫ぶのだ。

 

 ―――『我らが心に火を灯せ』。

 

 その言葉が、男の背中が、確かに彼らの心に火を灯した。

 火はやがて人類全体へと燃え広がって行く。

 心折れた人類はけれど、再びその手に武器を取り、魔族と戦った。

 

 不思議な物で、圧倒的劣勢の中にあって再び立ち上がった人類は()()()()()

 

 90年間敗北し続けたはずの戦争は、10年間積み上げ続けた勝利によって全てが覆された。

 

 人類は大陸の支配圏を取り戻し、全ての魔族が地上から消えた。

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

  * * *

 

 

「で、そのルー・オルランドってのが俺の曾爺さんなわけだ」

 

 揺れる馬車の中、退屈凌ぎにアルに俺の実家やその周辺についての説明をする。

 詳細に説明をすると大陸史から始めることになるので、大戦の辺りからざっくりと、ではあるが。

 

「ま、簡単に言えば『英雄』の末裔ってわけだ。つって、魔族が地上から消え、戦禍の爪痕のせいで互いに争う余力すら失くした今の人類からすればそんなもんいたって何だって話なんだがな」

 

 俺の名乗っていた『ルー』とはオルランド家を『継承』する人間に与えられる名であるが、大本を辿れば初代様の名でもある。

 

「それってあれですか? おとぎ話に聞く英雄様の」

「あー、うんそれ、それが曾爺さん」

 

 人魔大戦に関しては終戦から五十年ほどしか経っていないのだが、正直当時の人類が喪失した物が多すぎて伝承と言う形でしか残せていない。

 はっきりとした資料があるのなんて、恐らく南側三家を除く十二家*1だけだろう。

 

 民間にはおとぎ話として伝わっている。

 

 正確には当時を知る老人世代が子供に昔話として伝え、それを聞いて育った子供世代が孫世代に一種の伝承、昔語りのようにして伝えたというのが正しいのだろうが。

 

「ま、それはさて置いて」

 

 ルー・オルランドの功績は文字通り、人類を救ったと言っても過言ではない。

 間違いなく、彼が居なければ人類は滅んでいたとされており、故にその功績に報いようと、彼の出身国であった『ノーヴェ公国』は彼に望む物は何でも用意するとすら言ったらしい。

 

 だがルー・オルランドは望む物はない、ときっぱりと返した。

 

 ならば領地を貴族の位を、と言った公国に対して。

 

 そんな面倒な物いらない、と他の貴族たちが唖然とするようなこと言い放った。

 なお、実際にはただの平民かつ脳筋だったルー・オルランドにとって政治や統治などと言った物はただ煩わしかっただけの話なのだが。

 

 まあそんな夢の無い話はさておいて。

 

「それで公家は、最終的にはルー・オルランドとその血縁たちが永劫生きるに困らないようにと取り計らった」

「お金とかですか?」

 

 良い線を突いているアルの言だったが、少し違うとそれを否定した。

 

「とある貴族にオルランド家を未来永劫養うように命じたんだ」

 

 名を『オクレール』家と言い。

 

「見えてきたぞ……あれが俺たちの主様。オクレール家の統治する領地」

 

 

 ―――『エノテラ』、それがその地の名である。

 

 

 * * *

 

 

 『エノテラ』は人口1万ちょっとの小さな領地だ。

 

 農業がもっぱら盛んであり、特に西側の穀倉地帯では収穫期が近づくと一面が金色に染まるほどの麦畑を見ることができる。

 

 反面、人の出入りの少ない領地である。

 というのも地理的にはノーヴェ王国の東端のほうにあり、大陸中央部に接している。

 小麦の輸出以外に見るべき特産品があるわけでも無いので定期的に街のほうへと来る商人が居る以外は人の往来もほとんど無く、例えばペンタスの街一つの税収と比較しても負けるだろうほどの田舎である。

 

「……長閑ですね」

「素直に言って良いぞ、何にも無い田舎だってな」

 

 それでも一応ノーヴェ王国領であり、街があるので別の領地の街まで行くのに乗合馬車は通っている……一日1便だけではあるが。

 ペンタスの街から出ている乗合馬車が一日あたり12~13と考えればどれだけ田舎町かというのが良く分かるものだ。

 

「んで、今乗ってる便で……二、三時間くらいかな、したら目的地だ」

 

 一番最寄りの街から寄合馬車で数時間揺られながらたどり着く場所。

 それがエノテラ領『唯一』の街である『スペシオザ』である。

 

「ま、つって何も無いけどな」

 

 ペンタスの街を見た時に王都(デイジー)に並ぶほどの人並だと錯覚を起こしたが、あれを見た後に故郷の街を見比べると悲しくなるほどに人が少なく、規模も小さい。

 そもそもの人口からして3万人を超えるだろうペンタスの街と比べ、5000を超えるかどうかと言ったレベルだ。

 南にあるペンタスと違い、冬になれば雪も積もるし、夏になっても温度が上がりきらず年中肌寒い。

 まあそれでも王国最北の領地(ガランサス)よりはマシだろうが。

 

「つって、今はお嬢様……あー、俺の主様とかが少しでも改善しようと思って色々やってるんだけどな」

 

 ぶっちゃけノーヴェ王国で最も貧している疑惑すらあるエノテラ領である。

 領地の税収がイコールで財源となるオクレール家もそれに違わぬ貧乏貴族である。

 

「ま、これからに期待ってところだな」

 

 その努力が実を結ぶかどうかは分からないが。

 それならそれで、何とかするのがそれに仕える俺たちの役割だろう。

 

 

 * * *

 

 

 とん、とインク壺に浸したペン先のインクを少し振り落とし。

 かりかり、とペンを紙の上へと走らせる、

 紙の目が粗いので何度も引っかかりそうになるが、貴重な紙である破くわけにも行かないと慎重にペンを動かし。

 

「これで終わり、かな?」

 

 仕上げた最後の一枚を机の端に積み上げた紙束の上に載せるとペン立てにペンを戻すとぐっと伸びをする。

 朝からずっと書類仕事ですっかり硬くなってしまった体を解しながらふと窓の外を見やる。

 日が落ちつつある景色を見つめながら、目を細める。

 

「もう街に着いたかな」

 

 呟き、見つめる視線の先にあるのは小さな小さなこの領地唯一の街。

 それから視線を机の方へと戻し。

 

「…………」

 

 机の引き出しを開け、そこに置かれた水晶玉を手に取る。

 

「…………」

 

 どうしよう、なんて考えてみても、意味なんて無いのだが。

 

「…………」

 

 大体何を聞くのだ、もう今日か明日には着くのに。

 

「…………」

 

 それに『通信』するなら彼女に頼めば良いでは無いか、いつも彼女がやっているのだから。

 

「…………」

 

 とは言えもう街についたかどうかくらいは聞いても良いのではないだろうか?

 

「…………」

 

 久々に帰って来るのだし、出迎えくらい……。

 

「…………」

 

 いやいや、何を考えて……そもそもあの街に行くことになったのは自分のせいで。

 

「…………」

 

 でもでもやっぱり久々に声を聴くくらい。それに今日の分の仕事はもう終わったんだし。

 

「…………」

 

 うん、そうだ。何時頃になるか、そのくらいなら良いだろう。

 

「…………」

 

 そうだ、彼女に準備してもらう必要だってあるのだし、だったら私が聞いたって問題があるわけない、無いったらない。

 

「…………」

 

 それにあの子だってきっと心配しているだろう、いつ帰るのか、教えてあげたならきっと喜ぶだろうし、これは決して自分だけの個人的な感情というわけではないはずだ。

 

「そうだよね、問題無いよね」

「何がですか?」

 

 一つ頷き、自らを納得させたところで、聞こえた声にふと視線を上げて。

 

「あの子に通信するのですか?」

 

 そこに居た少女の姿を見つめ。

 

「わ、わあああああああああああああ?!」

 

 思わず手の中の水晶玉を放り投げた。

 

 

*1
当時の十二の公国の指導者の一族。




開幕から3000字以上使っての歴史説明……。

因みにルーくんの曾爺ちゃんはガチで人類最強クラス。
ぶっちゃけ化け物蜘蛛と真正面から殴り合って勝てるレベルのちょっと人類かどうか怪しいくらいの怪物である。

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