イアーズ・ストーリー 作:水代
夕日が山の向こう側へと消える頃、ようやく『スペシオザ』へと辿り着いた。
ペンタスの街でもそうだったが、そう強くないとは言え魔物という明確な脅威があるこの世界において、街というのは防壁で囲まれており、街の外と内を往来するには門を通る必要がある。
「随分厳重じゃないですか?」
ただペンタスの街とは違い、『スペシオザ』の街へと入るには街を囲う二重の防壁と門を超える必要がある。
鄙びた地方都市に過ぎない『スペシオザ』の規模を考えるとアルが違和感を覚えるのも当然かもしれない。
だがそこにはれっきとした理由がある。
「外村出身のアルなら分からないか?」
「え? あ、あー……もしかして
自身のちょっとした問いに、アルが一瞬小首を傾け、けれどすぐにそれに気づく。
そう、こんな田舎街に二重の囲いがされているのには相応に理由がある。
実をいうとエノテラだけが例外ではないのだ。
即ち。
「もしかしてここ……『闇哭樹海』の傍ですか」
「そういうこと」
魔物は地上のどこにでも湧いて出てくるが、その大半は一般人でも追い払える程度の雑魚ばかりだ。
その最大の理由は地上の魔力濃度が薄いことが挙げられる。
あの化け物蜘蛛もそうだったが、魔物というのは魔力が無ければ生きることができない。
まあそのせいでダンジョンに『食われて』回収できなかったのだが、それはさておき。
魔力が空間に空気のように充満するものであり、生命というのは大なり小なりそれを取り込みながら生きているのだが、まるで呼吸のようにその魔力吸収量というのは空間における魔力の濃度に大きく左右される。
つまり魔力濃度の薄い地上において、魔物というのはそれほど大きな『逸脱』ができない。
元となった生物の在り方に大きく縛られるのだ。
逆にダンジョンなど魔力濃度の濃い場所において魔物は通常では考えられないような奇怪な成長を遂げたり変異をしたりと元の種から大きく『逸脱』する。
この『逸脱』の度合いが大きいほど魔物というのは強力になっていく性質がある。
方向性に違いこそあれど、あの化け物蜘蛛など分かりやすいのではないだろうか。
肉体全てが鉱物へと『置き換わった』無機物生命体。
そんな『あり得ない』存在が実際に生命として生きているのは『魔力』という物の性質だ。
故に魔物は地上よりダンジョンのほうが強力である……とされている。
否それだって間違いではないのだ。
地上の魔物の9割以上はダンジョンに生きる魔物より圧倒的に劣るのだから。
それは決して間違いではない。
問題は残った1割未満が未だに世界に残る戦争の『傷痕』である、という事実だった。
* * *
ルー・オルランドは平民の出身である。
当時の世界情勢を見れば分かるだろうが、日々を生きるだけで精一杯であり、貴族などの統治者……つまり生まれながらにして上に立つことを義務付けられた人間でも無い限り教育など受けることは無く、当時の平民とはつまり戦災から逃げ惑いながらその日その日の飢えを凌ぐような人間たちを指していた。
だからルー・オルランドには学が無かった。
若い頃はそれなりに苦労したらしい。いや、苦労なんて当時の全人類がしていただろうが。
どうして彼が剣を手に取り魔族と戦うようになったのか、その経緯は分からないが、魔族との戦争が終わった後、ルーはたった一つだけ、公家に要求した。
―――ただひたすらに強さを追い求めること。
それが彼のシンプルな理念であり、その環境を用意することを求めた。
その結果がオクレール家の支援であり、同時に当時の公家……後のノーヴェ王家から彼は一つの命令を受け取っていた。
血を残し、その火を灯し続けよ、と。
大戦の後、魔族は地上から姿を消した。だが魔族が滅んだのか、否か、それを確認した者はおらず。
故にいずれの未来、再び魔族が台頭するかもしれないその時。
先陣を切って戦い、希望を示すこと。
それが『オルランド』家の三代重ねて未だに残る盟約だった。
とは言え、すでに魔族の消えたこの地上で果たしてその盟約が果たされる時が来るのか、それがいつになるのかは分からないが。
オクレール家はその時が来るまでオルランド家を『管理』するための家系だった。
オルランド家が潰えることの無いように、守り、養い、時には修練の場を提供する。
とは言え、この地上において修練の場など限られてくる。
最も手っ取り早いのが『ダンジョン』である。
だが『ダンジョン』は資源の宝庫であり、『ダンジョン』を持つ貴族たちからすればそれを手放すなど絶対にあり得ない。となると他の手段を、となるのだが。
幸か不幸か……と言われれば間違いなく不幸なのだろうが。
地上に一つだけ、『ダンジョン』と同等、或いはそれ以上の強さを得ることができる場所があった。
―――その名を『闇哭樹海』と言う。
* * *
かつての人魔大戦の終結は酷く唐突だった。
人類は結局
だが魔族が生き残ったどうかも良く分からない。
少なくとも大戦の終結から五十年、魔族は一度も表舞台に姿を現していなかった。
当時の人類の状況を考えれば魔族を逃す理由は無い、断じて無い。
にも関わらずどうして人類は魔族を滅しきれなかったのか。
それは大陸中央に
かつて帝都『デュランタ』があったその場所を中心として一つの国と同等の面積を有する巨大な樹海はある日突然出現した。
大陸中央は最初に魔族たちが出現した場所であり、当然ながら魔族との関連も疑われたが、そんなことは当時問題では無かった。
鬱蒼と茂る樹木は森を完全に覆い、日の光一つ刺さぬ完全なる闇に包まれた漆黒の森。
その魔力の濃度はダンジョンをも超えるほどの濃密な物であり、森の中には多くの異形の生物が蠢いていた。
敗走する魔族たちは次々樹海へと逃げ込み、その姿を隠した。
当然ながら人類とて追撃した。
森に火を放ち、逃げ込んだ魔族を次々と狩り取った。
だがそれもすぐさま終わりを迎える。
否、それを『勢力』などと呼ぶのは余りにもおかしい話だ。
何せそれは『個』だ、群れてすらいない。
けれどそれはただ単体で『勢力』だった。
それは最早生ける
―――梟歌衰月『オーデグラウ』
それはこのイアーズ大陸に存在する七体の『天災』が一体。
介入と言ってもそれに大それた意思は無い。
人類の邪魔をしようとしたわけでも無いし。
魔族を助けようとしたわけでも無い。
ただ都合が良かったのだ、魔力濃度の高いその森が。
ソレにとって森への侵入者はただの邪魔者であり、等しく排除すべき対象である。
そうして森へと突入した多くの強者たちが次々と帰らぬ人となった。
だが同時に逃げ込んだ魔族もまた森の中で屍を晒すこととなり。
人類はその森に手を出すことはできなくなる。
そうして戦争は終わった。
余りにも呆気なく。
何の決着も迎えることも無く。
人類が勝利したわけでも無く。
魔族の滅亡を確認できたわけでも無い。
ただ手の出しようが無くなった、それだけの理由で百年続いた戦争は終結した。
それ以降も人類は時折漆黒の森へと人を遣わしては森を探索しようと試みてきたが、その度に『災害』に襲われ誰も森から帰ってこなかった。
光刺さぬ闇の底から哭き声響く死せる樹海。
人々はそれに『闇哭樹海』と名を付けた。
* * *
「樹海から時折やばいのが出てくるのは知っての通りだ……ま、そのための備えってとこだな」
基本的に魔物というのは魔力濃度の高いところから移動したがらないのだが、魔物も結局野生の生物なのには変わりない。時折縄張り争いのようなことが起きて、森から追い出される魔物というのがいるのだ。
追い出されるのは結局弱かったからなのだろうが、森の中で弱かったからと言って人類からしたらとんでも無い怪物だ。十数年ほど前にもそれで別の国で地方一つが壊滅するほどの事態に陥ったこともある。
「だからこういう領地があるんだよ」
オクレール家もそうだが、『闇哭樹海』と接した領地を持つ貴族というのはある種『壁役』を期待されている。
樹海から溢れ出た魔物に真っ先に襲われることで『警告』するための一種の犠牲……言い方は悪いが『生贄』である。
非道のようにも思えるが、けれどそうしなければならないのが人類の現状だ。
例えこのイアーズ大陸の8割以上を支配下を治めていたとしても。
人類は『天災』が現れれば頭を低くて過ぎ去るのを待つだけだし、『魔物』が現れれば一部を犠牲にして対処しなければならない弱者だった。
「…………」
それが現実、とは言え誰もが納得できるはずも無い。
アルだってそうだ、難しい表情で押し黙っている。
その頭をぽん、と叩き。
「ま、少なくともこの領地に関しては大丈夫だ」
「えっ」
告げる言葉にアルが目を丸くし。
「昨日までは色々あって他所にいたが、俺は基本的にここにいるしな」
森から出てくる魔物と言えど所詮は魔物だ。
魔力を焼く白の炎はああいう類には極めて効果が高い。
何より森から出てきた魔物というのは魔力濃度の関係上、弱体化する。
察知もされず急襲されたのならばともかく、事前に察知して待ち構えていれば決して勝てない相手では無いのだ。
門を潜ると賑やかな街並みが見えてくる。
勿論ペンタスのような発展中の都市や王都のような大都市と比べれば雀の涙ほどに過ぎないが、エノテラ領唯一の街ということもあって、この領地の中では最も人が多い。
とは言えエノテラというのは基本的に『作る側』であって、それを輸出する側だ。
そのためこちらから大都市に赴くことはあっても、大都市の人々がこちらに赴くことはほぼ無い。
そのため人の入れ替わりというのがほとんど無い。
停留所で馬車から降りて街を歩けば声をかけてくる昔馴染みばかり、というこの状況。
少しばかりアルが居心地悪そうにしながらも俺の後ろをついてくる。
「アル、疲れてないか?」
振り返ってそう尋ねれば、周囲をきょろきょろ見回していたアルが一瞬遅れてこちらへと振り返る。
「え、あ、はい。馬車に乗ってただけなので、それは全然」
とは言え馬車の上も結構揺られるので、長時間だと乗っているだけでもかなり疲れるのだが、まあ仮にも冒険者であるアルはその辺り本当に平然としていた。
「なら良い。このまま中央通り突っ切って、東門から街を出るぞ」
「え? ここが目的地じゃないんですか?」
驚いたように目を丸くして呟くアルに苦笑する。
「ま、そう思うわな」
まあ普通はそう思うだろう。
まさか領主の館が街の外にあるなんて思いも寄らないだろう。
多分ほとんどの領主はそんなことしていない。
というかオクレール家が余りにも例外過ぎるだけだろう。
何せ。
「この領地、私兵すらいねえからな」
「……は?」
ほとんど独り言染みた呟きだったが、聞こえたらしいアルが呆然と声を漏らした。
直後にぶんぶんと周囲を見渡し。
「あれ、居ない?! え、でもさっきの」
「門のとこの人たちか? あれ私兵じゃなくてこの街の町長の雇った警備員だな」
兵士でなく警備員なので基本的に門の前から動くことは無い。
ついでに言えば魔物が出ても戦うのではなく避難誘導や門を閉めたりが主な仕事になる。
「え、でもこの領地って」
危険と隣合わせである。
まあそれに関してはどうにもならない理由があるのだ。
「ぶっちゃけた話、うちの領地って」
正直少し言い辛い。
だが直視したくない事実であろうとそれが現実であり、目を背けたところで変わるはずも無い。
「貧乏なんだよ」
人を雇う金も無いほどに。
「余りにも貧乏過ぎて一昨年くらいに、屋敷で雇ってた使用人全員に暇を出してな」
と言ってもそれにもどうにもならない事情があったのだが。
人の良いうちの主様は全員に出来得る限りの額の退職金を出したため貴族の家系にも関わらずその日の食事にも喘ぐほどの金欠に陥った。
「今から行く領主の館なんて、使用人俺含めて二人だしな」
「えぇ……」
「ま、まあいざとなったら徴兵することもできるんだが」
実際問題、ただの村人や町人を集めてどれだけの戦力になるか、と言われると悩ましい話である。
「と言うわけでアル、お前すらこの領地なら即戦力だぞ」
「この状況で言われても嬉しくも何ともないですね」
なんて話をしながら大通りを抜けていく。
基本的に門から門までの間は大きな道が敷かれているので道なりに進めば迷うことも無い。
そうして次の門が見えてくる。
「まああの化け物蜘蛛の脚が良い値段になったから、多少の余裕は出たんじゃないかと思うが」
「え……あ、ああ。あの時のお金どこに消えたのかと思ったら、そういうことだったんですか」
と言っても領地経営には莫大な金が必要になる。
正直個人が一生暮らせるような金額でも領地全体で見れば一日で消費される程度の物に過ぎないほどに。
だがまあその一日分の額すら無いからこそ領主ですらその日の食事にも困っていたわけであり、預けた金はこの領地の状態を考えれば十分過ぎる物なのだろうが。
「ま、その辺はお嬢様たちが考えることだ」
俺はあくまで平民である。そういう政治的なことは学んでいない。
『オルランド』が政治に関わるのは余りよろしくないことであるのも事実だからだ。
故に俺はお嬢様に言われたままのことを熟すだけであり。
「っと、見えてきたな」
門を抜けて街の外へと出る。ちょうど入ってきた方向とは真反対になる。
街の外を出れば遠くのほうに見えてくるのは大きな館。
「あれが領主の館」
オクレール家である。
梟歌衰月『オーデグラウ』 危険度:A 脅威度:C
闇哭樹海の奥深くに居るとされている全長5メートルの巨大な梟。
基本的に樹海の中から出てくることをしないが、この梟の鳴き声は不可思議な旋律となって森へやってきた人間を森の奥へと誘う。一種の洗脳効果があるとされており、聞いた時点で抗えない衝動となって森の奥へ奥へと足を踏み入れさせる。
毎年のように被災地が異なっているため、樹海の中にいくつか点在した住処があるとされている。
ただし先も言ったように森から出てくることは無いため、森に近寄らなければ無害ではある。まあそんなことは無理ではあるが。
剣と魔法の異世界!
でも人間が社会を形成している以上、一番重要なのは『金』なのだ。
世知辛いね!
というわけでダンジョンでレベル50まで上げた人たちがさらに上げようとするなら『闇哭樹海』で樹海ブートキャンプだ!
ただし浅いところだけにしとけよ? 深く入ると災害種に殺されるからな!
だいたいレベル70くらいまではここで上げられますね。
時々浅いところでも災害種出現するので、運が悪いと理由も無く死ぬ。
因みに森に近づかなければいいので脅威度は(災害種の中では)低め。
でも森に入らないと人類はレベル50カンストするので段々人類の最高レベルが落ちて行って他の災害種に滅ぼされるかな?
ぶっちゃけ『英雄』的な飛び抜けた力を持った個人で守られてるのが現在の人類だからね!