イアーズ・ストーリー   作:水代

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警告:グロ注意


三話

 

 昔から直感に優れるほうだと思っている。

 物心ついた時から『なんとなく』で行動することが多かったし、実際その『なんとなく』に何度となく助けられた。

 

 小さな田舎の村で育った自分たちにとって町へと赴くことは一種の憧れだった。

 だから村全体の食糧難のために街へと食料の調達に行くための役割をみんな率先して引き受けていた。

 そんな中で自分だけはその役目から降りた。

 

 理由?

 

 『なんとなく』だ。

 

 そうして街へと向かった大人と子供たちは道中に現れた大型の魔物に皆殺しにされた。

 小さな村だからみんな顔を知っていた、中には自分の友達だっていた。

 それなりに悲しんだし、泣きもしたが、それ以上に心中を埋め尽くしていたのは別の思考だった。

 

 もしあの場に自分も居れば……。

 

 そう考えれば恐ろしくて身震いした。

 とは言え食糧難のために街へと向かったのに、結局食料の調達も儘ならず村は深刻な飢えに陥った。

 そんな中で自分だけは『なんとなく』赴いた森で得た果実を食べて飢えを凌いだ。

 幸い、なんて言うには余りにも不謹慎だが、街へと向かった村人たちが皆殺しにされ住人が減った分だけ僅かにできた食糧の余裕が村に残っていた人々に回りその年の冬を越すことができた。

 

 それでも何人かは冬を越すことができずに死んだが。

 そうして次の年も、その次の年も、さらにその次の年も。

 ばたばたと死んでいく村人たちを後目(しりめ)に、自分一人だけは要領よく生きていた。

 

 それでも限界は来る。

 

 ある日、余りにも唐突に壮絶に嫌な予感がした。

 

 ここにいてはならない。この村にいては死ぬ、そんな予感……否、確信にも似た感覚があった。

 

 その時、人生で初めて直感の導きに迷った。

 

 さすがに村を捨てて生きていけるとは思えなかったのだ。

 自分がまだ幼い子供であり、村の庇護無く生きていけるほどこの世界は優しくはないと分かっていたから。

 

 だから一度だけ村長に対して忠告した。

 

 この村に何か良くないことが迫っていると。

 

 とは言えそんな子供の戯言、聞いてくれるはずも無く。不吉なことを言うなと逆に怒られた。

 まあそんなものだろうと思うと同時に、決心もつく。

 ここにいれば確実に死ぬ、その予感は未だに消えない。むしろどんどん焦燥感のようなものが膨らんできている。

 

 時間が無い、それが分かったからその日の内に荷物を纏めた。

 

 幸い、なんて口が裂けても言えないが両親ならとっくに死んでいる。

 それでも支えて助けてくれた村だからこそ情も恩もあったが。

 

 結局自分は自分のことが一番大切だった。

 

 それだけの話。

 

 その日の内に村を出る。

 チリチリと脳裏を焦がす焦燥感のような予感が完全に消え去るまで、子供の足ながらも街への道を歩き続けた。

 

 その翌日、村に『災害種』*1が襲来した。

 

 まあその時の自分は街への道の途中で疲れて眠っていたのだが。

 モンスターに襲われる危険性も考えたが、直感は大丈夫だと言っていたので熟睡して。

 起きた時にはすでに終わっていた。

 まあ自分はその時村に何が起きたのか知らなかったのだが。

 ただ自分をここまで突き動かした嫌な予感は綺麗さっぱり消えていたことからすでに村は全滅したのだろうと思っていたのも事実だ。

 

 だが捨てた村よりも問題はこれからの自分だ。

 

 親も居ない、身よりも無い、助けてくれる伝手も無い、そんな子供が生きていくにはこの世界は余りにも過酷で。

 

 それでも、実のところそんなに不安は無かった。

 

 大丈夫、なんとかなる。

 

 『なんとなく』そう思ったから。それは直感だったのだろうか、それともただの願望だったのだろうか。

 

 未だに自分には分からないけれど。

 

 直感を頼りに街へと歩き出した。

 

 そうして街へとたどり着いた自分がまず真っ先にやったのは働き口を探すこと。

 とは言っても孤児を雇ってくれる場所なんて早々無い。あるとすれば余程のお人好しか、物好き、或いは何か腹に一物抱えたやつだけだろう。

 そんな少数派を小さな街とはいえ子供の足で探すのは骨が折れたが直感頼りに『なんとなく』立ち寄ったとある飯屋で事情を話すと住み込みの下働きとして雇ってもらえることになった。

 お人好しな飯屋の店主夫妻に助けられながら数年ほど生活し、十二歳の時に冒険者として登録をした。

 

 少し早いのではないか、と夫婦は言ったが、さすがに何年も何年も世話になるわけにはいかない。

 

 それでも直感が大丈夫と太鼓判を押してくれるまで二年も待った。

 ようやく行けると確信が持てたその日の内に長く世話になった夫妻に感謝と別れを告げて冒険者となったのだった。

 

 

 * * *

 

 

 一年もしない内に自分の名はそれなりに売れた。

 

 幸運者(ラッキーボーイ)

 

 ダンジョン内で何度となく『なんとなく』で隠れたモンスターやお宝を発見している内に付いた仇名ではあるが、この仇名のお陰でパーティ探索に何度となく呼ばれることになる。

 未だに成長しきっていない体のため戦力として見るとやや微妙な部分もあるが、索敵役としての能力は高かったため、パーティを組むに不自由しなかったのは運が良かったのだろう。

 

 そうしてさらに一年、冒険者として二年も経てばランク2冒険者として日々食うに困らないだけの生活ができるようになった。

 さらに自分の場合、時々ダンジョン内で宝箱を引き当てるので他のランク2冒険者……否、ランク3冒険者よりも稼ぎが良く経済的にも余裕ができていた。

 

 この直感がある限り自身は食うに困ることは無い。

 

 そんな慢心にも似た気持ちがあったのは仕方ないことだろう。

 

 近年新しく発見されたダンジョン『水晶魔洞』。

 その探索パーティの一員としてランク2ながら、ランク3冒険者と共にダンジョンへと突入して。

 

 途端に予感に襲われる。

 

 この先に進むな、引き返せ。

 

 直感が脳裏でそう警告を発する。

 

 だが他のパーティメンバーに嫌な予感がするので帰ろうと提案しても当然ながら一蹴された。

 まだダンジョンに入ったばかりなのに、帰れるはずがない。

 分かっている、そんな当たり前のこと自分だって分かっている……。

 

 だが直感からの警告は徐々に大きくなっていく。

 

 やばい、やばい、ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 

 脳裏を占めていく予感に背筋が震えた。

 だが『シーカー』としての役割の性質上、自身は一番先頭に立って歩かなければならない。

 逃げたい、逃げ出したい、その思いだけが脳裏を過るが、けれどここで逃げ出せばここまで冒険者として築きあげてきたものが崩れ落ちる。もしもそうなれば自分は二度と冒険者としての『信用』を得ることはできなくなるだろう。

 

 だから進む。進むしか無かった。

 

 例えこの先に死の恐怖が待ち構えていようと。

 

 同時に決意する。

 

 例えパーティが全滅しようと。

 

 自分だけは生き残る、その決意を決めた。

 

 

 * * *

 

 

 『水晶魔洞』の五階層は地上と地下の境目にある。

 とは言えダンジョン内部は空間が歪んでおり、外から見た広さと中の広さというのはまるで一致しないのでこれが事実かどうかは分からないが、五階層までと六階層以降で出てくるモンスターの質が一段階違うため冒険者たちにとっては区切りとなる層である。

 

 ここまで順調に探索は進んだ。

 

 パーティの仲間たちもそれなりの稼ぎを手に入れ、今ならまだ引き返せると直感も言ってくれている。

 

 だが順調が過ぎた。

 

 まるで幸運に見舞われたかのように順調に探索が進みすぎたせいで、一部「さすがは幸運者(ラッキーボーイ)だな」なんて茶化してくるやつもいて。

 つまるところ、全員に欲が出た。

 これだけ行けたんだから、ここまで行けたんだから、これまで順調だったんだから、もっと行ける、まだ行ける、さらに行ける。

 

 そんな思考がパーティメンバーたちに芽生えていた。

 

 元より自分はランク2、他の全員がランク3の冒険者だ。

 野良パーティ*2における発言権というのは基本的には強さによって決定される以上、自分の発言権というのは最も低い。

 

 だからこそ、地獄へと足を踏み入れる結果となった。

 

 直感は万能に見えて、自分自身に関わることにしか答えをくれない。

 

 故に分かるはずも無かった、予想できるはずが無かった。

 

 分厚い水晶で出来た壁をぶち破って突如モンスターが現れるなど。

 

 予想できるはずも無かったのだ。

 

 

 ズドォォォォォォォォォォォン

 

 

 轟音が洞窟中に反響し、響き渡る。

 余りにも突然過ぎた事態に、誰もが反応できなかった。

 直後に現れたソレにパーティメンバーの一人が捕まり。

 

 ばり、ばり、ぼき、ぐちゅ、ぶしゃ

 

 ()()()()()()、頭蓋が折れ、脳が弾けて鮮血と共に飛び散った。

 

 ぼた、ぼた、と落ちた肉片と血液が透明な水晶の床を汚す。

 

 ぶちぃっ、と嫌な音がして。

 

 直後、捕まった仲間の首が千切れ、胴体が崩れ落ちる。

 誰がどう見たって即死したはずの仲間の指先が痙攣するようにびく、びくと僅かに震え。

 

「あ……」

 

 呼吸すら止まったかのような情景の中で、誰かの声が漏れた。

 

 そして。

 

 

「うわああああああああ!」

 

 

 堰き止められた感情が決壊したかのような絶叫が洞窟に響き渡った。

 

 

 * * *

 

 

 走る、走る、走る。

 

 轟音と悲鳴が響き渡ってから即座に走り出したが、未だに悲鳴の主は見えない。

 そもそも声が聞こえたから同じ五階層だろうと予想はできれど、一言に五階層と言っても非常に広い。

 地図があるからこそ最短距離を通って進めているだけで地図を埋めるように進めば丸一日歩きっぱなしになるほどの広大な空間が広がっているのだ。

 

「フィーア! 場所の特定はできないか?!」

「大よその方向くらいは分かりますが、それも反響のせいで正確性に欠けます。とにかく走るしかありません」

 

 頼りになるポーターの冷静な言に歯噛みしながらとにかく走る。

 そうして走りながら気づく。

 

「モンスターに会わないな……」

「そう言えば……この辺りは溜まり場の一つのはずですが」

 

 咄嗟に手に持った地図に目を落としながら呟いたフィーアの言葉に、走りながら思考する。

 

「過去にこういったことが起きたことは無いのか?」

「少なくとも私が聞いた限りでは……」

 

 ダンジョンなのにこれだけ走ってモンスターが出ない、というのは明らかな異常事態である。

 この異常を先ほどの轟音や悲鳴を無関係とするには余りにも苦しいだろうことは明白で。

 どういうことかさっぱり分からない、だが分からないなりに行動するしかないとさらに速度を上げようとして。

 

「……まさか」

 

 フィーアがぽつり、と呟いた。

 

「どうした?!」

「……いえ、まさか。でも……」

 

 戸惑うようにフィーアが独り呟く。

 まるでそれが信じがたい事実である、と言わんばかりに。

 さらに数秒考えこんだ様子のフィーアがこちらへと視線を向けて。

 

 

「『災害種』の仕業かもしれません」

 

 

 告げられた言葉に、思考が止まった。

 

 

 * * *

 

 

 一言で表すならば、それは『蜘蛛』だった。

 全長10メートル近く、そして全身が水晶でできたそれを蜘蛛と呼ぶならば、だが。

 

「……っ」

 

 震える手で短剣(ダガー)を握る。

 こんなもの目の前の怪物に対して何の意味も無いと分かっているが、けれど丸腰よりは幾分かマシ、といったところだろうか。

 すでに自分以外のパーティメンバーは全て目の前の怪物に『食われ』ていた。

 ほんの数分でその場が流れ出した大量の血液と飛散した肉片と五人分の『死体だった肉塊』で満たされた。

 

 ぎちぎち、ぎちぎち

 

 その鋭い牙を鳴らしながら、蜘蛛が『肉塊』から何かを抜いた。

 血に塗れたそれは赤く染まった棒状の何かで。

 

 人間の『骨』であると気づいたのは直後だった。

 

 がり、ばき、ぼき、ばり、ばり、ばり

 

 硬い骨が蜘蛛の口内で『咀嚼』される音が響く。

 すでに他四人の死体は文字通り『骨抜き』にされていた。

 五人目の死体を悠長に食べている蜘蛛を前にして、けれど自身は動かない……動けなかった。

 

「…………」

 

 最早言葉も出ないほどの恐怖と絶望が心を染め上げ、震えた体は立ち上がることすら儘ならない。

 短剣を手に取ったのがせめてもの抵抗だったが、けれどそんなものに一体何の意味があるのか。

 それでも何とか逃げようと足掻くが、歩幅一歩分すら後退することもできない。

 直感が何かを叫んでいるが、凍り付いた思考をその意味を理解することすらできず。

 

 ぎち、ぎちぎち

 

 不快な音を鳴らしながら蜘蛛が食事を終える。

 後にはただ食い荒された肉の塊だけがそこにあって。

 それが数分後の自身の姿なのだと想像して、かちかちと歯を震わせる。

 

 そうして、そうして、そうして。

 

 

 

 

 ―――蜘蛛がこちらを見た。

 

 

 

 

 きちっ、きち、ぎち、きち、ぎち

 

 

*1
世界に七体存在する天災に等しき存在。

*2
固定パーティに入っていないフリーの冒険者たちで組んだ即席のパーティ。




王道ライトファンタジーを目指して書いていたはずなんだけどなあ……。

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