イアーズ・ストーリー 作:水代
錬金術とは大昔にあったとされる科学とオカルトの融合した学問である。
その始まりはかのイアーズ帝国より以前とされており、大戦によって多くの記録が喪失してしまったため残された少ない資料からの学者たちの推測になるが、当時の錬金術の大半はいわゆる『詐欺』のような物だったらしい。
それらしい物に、それらしい曰くをつけて、それらしい
そこには何の根拠も無く、そして何の効果も無い。
ただそれを信じた人間から大金を巻き上げるための『詐欺』の道具。
それが一般市民たちの認識だったらしい。
自称錬金術師たちがそうして詐欺を行い続けたせいで、錬金術は世間から批判を集め続け廃れていったが、それでも懲りずに錬金術師を名乗る連中の中には『本物』もいた。
ギュンター・ファウスト。
当時唯一国に認められていた錬金術師の名である。
ギュンターは当時まだ今ほど詳細が分かっていなかった『魔力』についての研究を行っていた。
『魔法』という明確な現象のみが認められ、その大本となる『魔力』を存在しない物とされていた時代に『魔法』の元となる物が存在すると学説を発表した人物であり、そこに一定の成果が認められながらも全体的には否定的だった当時の学会に、生涯をかけて『魔力』の存在を認めさせた現代における偉人とされている。
そしてギュンター・ファウストが生涯を通じて『魔力』という物を調べ尽くした後、その弟子が研究を継いだ。
そうして研究を継いだ弟子はやがて『魔力』という物の性質を利用することを思いつき。
そうして出来たのが現代にまで残る『魔導具』である。
現在において錬金術師とはつまり『魔導具』を作る人間の総称であり、れっきとした職として認められている。
だがその開祖となったギュンター・ファウストの弟子の名は現代には伝わっていない。
紛れも無く偉人である。
だが同時に罪人でもあった。
弟子は自らが作った『魔導具』と『ギュンターの弟子』という肩書を使って各地で『詐欺』を働いた。
あのギュンターの弟子なのだから本物である、という人々の心の隙を突くように各地で多くの詐偽を行い、莫大な金を巻き上げた。
そうして最後には『王室』に対する詐欺行為によって捕まり、処刑された。
故に弟子の本名は残っていない。
忌むべき名として歴史から抹消された。
故に弟子の名はたった一つ。
詐欺としての名だけが残った。
―――錬金術師カリオストロ。
それが今に残る弟子のたった一つの呼び名であった。
* * *
そもそも錬金術とはかなり敷居の高い学問であり、技術である。
何せそれを語るならば大前提として『魔導具』とは何か、という部分から触れていかねばならない。
そして『魔導具』について語るならば『魔力』についての知識は必須となるし、さらに言うならば『ダンジョン』及びそこで起こる物質の『変異現象』についてもまた知る必要がある。
錬金術と一口に言ってみても、その実は複数の学問をより集めた総合科学技術とでも呼べる物なのだ。
それ故に錬金術師は非常に貴重な存在でもある。
しかもただでさえ数の少ない錬金術師は大戦によってその数を大きく減らしており、その稀少性を言えば一国家において十人いるかどうかと言えるレベルである。
正確には錬金術師『見習い』ならもっと数は多いし、国に認められていない『闇』錬金術師ならばいるのだが。
錬金術は使い方次第では非常に危険な代物も作れてしまう。
そのため錬金術師は国家試験を受けて『免許』を得る必要がある。
これは十二国条約によって決まっているので、どこの国でも同じだ。
『免許』を得ず魔導具を製造、販売することは違法行為であり、国に見つかれば最悪処刑されることすらある。
本来ならば王都などの大都会で囲われて、こんな田舎領地にやってくることなどまずあり得ないのだが。
「なるほど、ね」
トワから聞かされた経緯に、思わずため息を吐く。
ある種納得の理由でもあり、確かに問題と言えば問題である。
俺もそこまで詳しいわけでも無いが、錬金術において必須となるものがある。
錬金素材と呼ばれるものである。
読んで字の通り、錬金術の素材でありこれが中々に難しい。
まず第一に『魔力』が大量に宿った代物でなければならない。
この時点で地上に存在する物質の大半が弾かれる。
そして第二に何等かの『性質』を帯びていなければならない。
単純に物質に魔力を込めるだけならば人工的に不可能では無いのだが、そこに『性質』を付け足すとなると現在の人類に可能な技ではない。
もっともっと簡単に言えば、ダンジョンから産出する物質。
これが錬金素材として用いられる。
例えば先に潜った『水晶魔洞』で採掘される魔水晶。
これなどは主に魔力バッテリーや、この屋敷にも取り付けられている照明などに使われる。
それは魔力の伝導率が高く、魔力を多く蓄積できるという魔水晶の『性質』や、取り込んだ光を乱反射し続けるというダンジョンの『性質』を水晶が持っているからだ。
そしてそこに宿った『魔力を加工』することで、物質の持つ『性質を引き出す』。
それが錬金術である。
だがそれ故に錬金術には必ず錬金素材が必要となる。
そして錬金素材とは錬金術のみに用いられるわけでは無い。
以前にも言ったが、ダンジョン素材で作られた武具は特別な力を宿す。
そのためダンジョンから出土する品というのは常に需要が多く、正直その需要が追いついているとは言い難い。
ただこの地上において、未だ手つかずの錬金素材があるとすれば、どうだろう。
既存のダンジョンから出土する錬金素材を使った魔導具ならば最早大半公表されている。
故にもし手付かずの素材、そんなものがあるならば未だ誰も見たことの無い全く新しい魔導具が作られることになる。
先も言ったが地上の大半の物質は錬金素材の条件から弾かれる。
何故ならば地上の魔力濃度はダンジョンに比べて薄いからだ。
宿った魔力を加工し、性質を引き出す以上そこに宿る魔力の過多は魔導具の効力に直結する。
地上の物質では宿る魔力が少なすぎて大した物ができないのだ。
逆に言えば魔力濃度さえ濃ければ地上の物質でも何ら問題が無いと言える。
そしてこの地上において唯一、そんな場所がある。
『闇哭樹海』
ダンジョンよりも魔力濃度の濃い、大陸最大の危険地帯。
災害種が住まう黒の森。
だが同時に、濃い魔力濃度によって物質が変容し、異質と化したそこは、錬金素材の宝庫とも言える。
錬金術師垂涎の場所だろう。
その危険性を考慮しなければ。
* * *
「結局のところ、その錬金術師が工房を構える条件が」
「そう、『闇哭樹海』を探索させること」
当たり前の話だが『闇哭樹海』は立ち入り禁止である。
正確にはその領地の主の許可なく立ち入ることを禁止している。
勝手に樹海へと入れば法によって裁かれる。まあそもそも勝手に立ち入って生きて帰って来れること自体がほぼ無いのだが。
実のところ、数年に一回くらいあるのだ。
樹海の魔物の素材や樹海に満ちる素材を求めた
当然普通に入れてくれと言われても危険だからダメだ、としか言えるはずも無い。
故に勝手に踏み込むのだ。立ち入り禁止と言っても別に封鎖されているわけでは無い。
そもそも森の近くなんて恐ろしいところ誰も住みたがらないし、そこで作業なんてやりたがらない。地元住民からすれば近寄ることすら忌避される禁忌である。
それ故に入ろうと思えば誰だろうと勝手に入れる。
それで帰ってきた人間など俺は知らないが。
「自殺志願者か?」
「だよねえ……」
長年樹海の傍で暮らしてきたから俺もトワもその危険性を良く理解している。
というか俺に関しては
「その錬金術師ってどんなやつなんだ?」
「えっとね、けっこう可愛い感じの人だったよ」
「……ん?」
一体どんな死にたがりだ、そんなことを考えながら問いかけに返ってきたのは妙な言葉だった。
「可愛い感じの……? 女か?」
「そうそう、私と同じか、少し上くらいかな? 錬金術師だっていうから私てっきりお爺さんみたいな人だと思ってたら、すっごい若いの」
「てことは二十からそこらくらいか?」
トワが俺より一つ上で十八だから、それより少し上となると多分それくらいだろうか。
「一応聞くけど、正真正銘錬金術師……だったんだよな?」
錬金術師の試験は国家資格の中で最難関と言われるほどの狭き門だ。
大抵の錬金術師は四十を過ぎてようやく合格できるほどであり、数年前に三十半ばで試験に通った錬金術師が世間に異例の速さで資格を得た天才錬金術師と持てはやされた……と言えばそれがどれほど難しいことが、分るだろうか。
というか二十なんて若さで試験を突破できるなんて明らかにおかしいし、そんな錬金術師の話なんて聞いたことも無い。
「正直それ、詐欺か何かじゃないのか?」
もしくは自称錬金術師の闇錬金術師か。
そんな疑惑に満ちた視線に、けれどトワは首を横に振った。
「錬金術の正式な免許も見たよ……確かにあれは本物だった。何より帝印*1があったからね」
帝印があったとなるとまず間違いなく本物だろう。
あれは現存する魔導具の中で決して複製できない遺物の一つだ。どこで作られたのか、何を元に作られたのか、恐らくそれは十二家しか知らないのだろう。
魔導具は元となる素材さえ分からなければ複製は不可能に近い。
さらに言うならば帝印を複製すること……というかしようとすること自体が重罪であり、発見されれば死罪は免れない。
そしてそこまでして複製しようとしても非常に困難であり、万一作れたとしてもそこまで意味があるか……と言われると正直無い。
何せ帝印は『家系』ごとに別々の形をしている。故に仮にどこか一家の物を複製できたとしてもそれが使えるのがその家系が納める国の中だけだ。
さらにそれが使用できるのはその国の長……ノーヴェ王国ならば国王のみであり、国王が直接印字を押すような物など複数の人間の目が通る故に偽装などすれば発覚する可能性は大きい。
つまり不可能とさえ言われるような複製の難易度に対して、得られるメリットが余りにも少ない。
逆に言えば帝印が押してあるということは国からの保証が付いているということでもある。
この国の貴族であるトワからすればそれを疑うということ自体が不敬であると言われても仕方ないレベルだろう。
「となると……本物か?」
「だからさっきからそう言ってるよ」
と、言われても。
「どうにもなあ……」
「若すぎるって言うなら私だってそうだよ……年齢はこの際良いんじゃないかな」
「……お嬢様」
そう告げるトワの表情に僅かな自虐があるのを見て、嘆息する。
これ以上この話題を引っ張りたくない、そう思った。
「分かった、一度会ってみるか」
「ルーくんが?」
「ああ、樹海についてどれだけ知ってるのか、どういう風に探索するつもりなのか。何より」
『魔の歌声』をどうするつもりなのか。
「実際のところ、樹海が立ち入り禁止なのは『危険だから』に尽きる。実際に会って話してみないと分からないだろうが、もし立ち入って無事に帰って来れるようならならこの領地にとってはひたすらに得な話だし、ダメそうなら……」
何とか妥協してもらうようトワと交渉してもらう、それでもダメならば縁が無かったと思って諦めるしかないだろう。
何よりも、立ち入りを許可しておきながら貴重な錬金術師をむざむざ死なせてしまった……なんて悪評が立ってしまうことは絶対に避けたい。
「……うん、分った。先方には『通信』で話を通しておくから、今から向かってくれる?」
少し悩んだ様子のトワだったが、やがて頷いて、
どうやら『スペシオザ』の街にいるらしい。この館から歩いてすぐだ。
了解の意を伝え、そのままの足で屋敷を出る。
「……まあ妥協案も無くはないしな」
かなり面倒だがさらなる面倒は呼び込まない案が一つ。
面倒は少ないができればやりたくはない案が一つ。
凄まじく面倒であり絶対にやりたくない案が一つ。
「素直に諦めてくれるのが一番何だがな」
それか自力で帰って来れるか。
少なくとも二十なんて若さで錬金術師を名乗っているのだ。
天才なんて生易しいものでもあるまいし。
「ちっとは期待できれば良いんだがな」
呟きながら門を潜り。
遠くに見える街を見つめ、歩きだした。
自分で書いてて思うが設定多いよなあって。
説明ばっかで中々進まないけど、この辺の説明すっ飛ばしていくとまるで意味の分からん話になるし。
その辺上手く本文に溶け込ませるのが今後の課題だろうか。
ところで、アンケート協力ありがとうございます。
この話の投稿を持ってアンケート終了ということで。
因みに参考にはするけど、アンケートに従うとは言ってない。