イアーズ・ストーリー 作:水代
ぱらり、ぱらり、と1ページ、また1ページとゆっくりと読み進めていく。
だがどれだけ読み進めようと、どれだけの書物を読み解こうとその膨大な掲載数に反して得られる情報というのはほとんと同じ、僅かな物でしか無かった。
梟歌衰月『オーデグラウ』
闇哭樹海に住み着いた災害種が一体。
外見的には巨大な梟のような姿をしている……らしい。
基本的に樹海の中から出てくることをしないが、この梟の鳴き声は不可思議な旋律となって森へやってきた人間を森の奥へと誘う一種の洗脳効果があるとされており、聞いた時点で抗えない衝動となって森の奥へ奥へと足を踏み入れさせる……らしい。
基本的に災害種というのは歩く災害としか呼べないような怪物ばかりではあるが、その実人類は災害種の実態というものを未だにほとんど理解できていなかったりする。
その中でも特に人類との関わりが深い『集虫砲禍』が例外的なくらいで、それ以外の六体。
天蓋粉毒『レヴナント』
亀樹廻界『ユグドラシル』
威飢幼鷹『バイスフォルク』
梟歌衰月『オーデグラウ』
餌生蛸沈『イミタシオン』
そして『いる』とされながら誰もその存在を知らないとされる最後の一体。
刻死無双『デッドライン』
最後の一体に至ってはその外見すらも判明しておらず、なら一体誰がその名を付けたのか、何故『いる』と言えるのか、それすらも分かっていない。
基本的に『アルカサル』以外の災害種というのは出会うこと自体が死なのだ。
まあ『ユグドラシル』は例外と言えるかもしれないが、『レヴナント』に遭遇することは死よりも悍ましい死生災害を引き起こすし、『バイスファルク』は突然襲来しては村一つ全て食らうし、『オーデグラウ』は被害者数こそ少ないが生き残りなんてほぼ居ないし、『イミタシオン』に至っては人類が大陸に閉じ込められている最大の原因である。
どれもこれも同じような内容ばかりが繰り返し書かれている上にそのどれもこれもが断言されない曖昧な言い回しで濁されている。
まあ所詮こんなものだろうと事前に分かっていて読んではいるがそれでもここまで予想通りだと溜め息だって吐きたくなるというものだ。
錬金術師とは即ち学者だ。
その本質は探究者であり、その本分は研究者である。
とは言え探究者である以上、机上の空論ばかり並べたてるのは錬金術師のやることでは無い。
実際に現場に出て、自らの目で、自らの耳で、自らの手で、自らの足で自らの理論が正しいか否かを試してみることも重要である。
この場合の現場というものの中にはダンジョンも当然含まれる。
何せ錬金術師の作り出す魔導具はダンジョン探索において大きなアドバンテージとなる。
深層へと潜ろうとすればするほど必須になってくるのが魔導具というものであるが、とは言えその検証を行うならば実際にダンジョンに潜ってみるのが一番手っ取り早く、そしてもっとも確実なのも事実。
だから錬金術師も全く戦えない……と言うわけでは無いのだ。
ただやはりその本領は学びである以上、錬金術師の強さとは『情報収集』と『対策』にこそある。
これから行く場所にいる敵の予備知識を学び、必要とされる対策を練り上げる。
逆に言えば情報不足のまま何ら対策すらできずにダンジョンに放り込まれればかなり高い確率で錬金術師は死ぬことになる。
まさに『情報』こそが自分たち錬金術師の命綱なのだ。
翻ってこれから向かう闇哭樹海、引いてはその主である『オーデグラウ』という存在についてどれだけの情報があるだろうか。
一体どんな『対策』が打てるだろうか。
それを考えれば
「せめて戦闘用ホムンクルスが居ればなあ」
矛盾するような話だが、どれだけ情報を集めようと、どれだけ対策を練ろうと、錬金術師は基本的に学問の徒であり、常に命のやり取りをしている冒険者と違い肉体的には脆弱なことが多い。当然戦闘面では予期せぬ遅れを取ることも十分にあり得るだろう。
であるが故に錬金術師たちは自らを守る『前衛』を作る。
錬金術師とは学徒であると同時に研究者であり、そして技術者なのだから。
自らが戦いに向いていないと分かっているならば『戦いに向いた存在』を作れば良い。
否、これは別に戦いに限った話ではない。
錬金術師は自らの未熟を恥じるし、それを克己せんと足りない物は補おうとするが、同時に酷く現実的な思考を持ってもいる。
つまり自らの努力で補える範囲に無いと判断した場合、すっぱりと『無理』と切り捨てるのだ。
だがその『無理』が必要とされるならばどうにかしてそれを手に入れる必要がある。
『
それは三百年ほど前の錬金術師ラケル・パラディウスによって作り出された技術とされている。
物質に『魂』を宿すこと、それは錬金術で『命題』の一つとされていながらも千年近く実現できなかったことであり、最もそれに近いとされたのは『
故にこそ『
何せそれは『生命』を人造し、『魂』すらをも創造してしまうのだ。
生み出されるそれは『ホムンクルス』という一つの種族として共通する個の『生命体』なのだ。
『ホムンクルス』の外見や性能は全て元となった素材と作り上げた錬金術師の力に依存する。
つまり同じ『ホムンクルス』であっても千差万別であり、同じ個など存在しない。
だが『フラスコの中の小人』法で生み出された存在は必ず『ホムンクルス』という種族になる。
これに関しては種族を確認できる魔導具を使って確認済みだ。
錬金術師たちが定義するより先にこの世界は『ホムンクルス』を定義していた。
まるで最初からそういう存在が生まれると分かっていたかのように。
そもそも今に至るまで錬金術師たちは一体この『フラスコの中の小人』法がいかなる理屈を持って『魂』を宿した『生命』を生み出すのか、実のところ自分たちでも分かっていなかったりする。
まるで突如天啓でも与えられたかのようにラケル・パラディウスは『フラスコの中の小人』法を思いつき、不自然なほどに急速にその手法は錬金術師の間に広まり、定着した。
この一連を総称したのが錬金術師たちの歴史に言われる『神の指先』事件である。
―――世界の真理を解き明かさんとする錬金術師たちを嘲笑うかのように、真理の果てに至る神がその指先で我々を突いたのだ。
神が我々に教えたのだ、だからこそ錬金術師は『魂』を作り出す術を突如としても手に入れたのだ。
そんなことを本気で言った錬金術師が当時は多くいた。
そのせいかラケル・パラディウスは『ホムンクルス』を生み出した人物と言うより『ホムンクルス』を生み出す技術を仲介した人物、という見方が強い。
『ギュンター・ファウスト』のような錬金術師にとっての偉人、というような見方を余りされない人物でもある。
まあそれはさておき、だ。
ホムンクルスとはあらゆる面において錬金術師の『不足』を補うための存在である。
『戦闘』に不安があるのならば戦うことを得意するホムンクルスを。
『研究』に不安があるのならば共に思考し、探究してくれるホムンクルスを。
他にも多くの需要に合わせてホムンクルスは生み出されてきた。
基本的に創造主に従順であり、自らの良いようにその性能をカスタマイズして誕生させることのできる、そんななんとも都合の良い助手が作れるならば研究者ならば喉から手が出るほど欲しいと思うのは当然のことであり。
ハイデリーラ・ファウストが『リーラ』を作ったのも当然のことであると言えた。
自らの血肉を生命因子として与えたためか自らに非常に良く似た存在が生まれたがハイデリーラが『リーラ』に求めたのは『研究』と『交流』である。
偶然見つけた闇哭樹海産の素材を使ったため人間ではあり得ないレベルの飛び抜けた魔力量を持ちながら魔力に浸食されない……魔物にならない存在。
錬金術の研究に魔力とは外付けで代用できるので無くても困りはしないが、あればあるほど便利なのも事実だ。ただし魔力の下限と上限は種族ごとに大よそ決まっており、そのブレ幅は総合的に見ると『誤差』にしかならない。
ハイデリーラ・ファウストは人間としては飛び抜けた魔力量を持ってはいるが、それはあくまで『人間としては』であり、魔物と呼ばれる存在や
そんな魔物やモンスターと比較しても遜色の無い魔力量を持ちながら自身に従順な助手をハイデリーラは確かに欲し、作り上げた。
ただやはりホムンクルスという種族の枠に収めるには魔力量が高すぎたか、いまいち従順とは呼べなかったがそれでも結果的には悪くなかったと思う。
従順では無いからこそ、他人は『リーラ』がホムンクルスであると分からなかったのだから。
事情あって顔は知られずとも名前は知られてしまっているハイデリーラにとって自身に極めて良く似たホムンクルスには見えないホムンクルスというのは非常に都合が良かった。
何せ自分とリーラを比べれば誰だってリーラを錬金術師であると思う、思い込む。
人と交流することが苦手、というよりは他人を信じられないハイデリーラにとって自らの代わりに表に立って人目を集めてくれるリーラという存在は非常に便利だった。
そうしてハイデリーラはハイゼリーラと名を変え、ただのリーラだったホムンクルスはハイゼリーラの代わりにハイデリーラを名乗った。
リーラはリラの代わりに『交流』、つまり人付き合いを担った。
今まではそれで良かったのだ。
リーラはリラに必要な能力を持っていた。その能力でリーラはリラを補ってきた。
今まではそれで上手く行っていたのだ。
だが残念ながらここから先はそうは行かない、それだけの話ではあるのだが。
「うぅ……戦闘用ホムンクルスなんて作ってないよぉ」
何より行き先が闇哭樹海である。
なまじ『リーラ』の性能を知ってしまっているがためにその素材元となる魔物の力も察してしまえる。
はっきり言って半端な素材で作っても鎧袖一触に蹴散らされてお終いだろう。
盾代わりにしても盾ごと一撃で薙ぎ倒されそうな気がする。
闇哭樹海でも戦え、生き残れるだけの戦闘用ホムンクルスを作ろうとするならばきっと『リーラ』の元となった素材と同格の物を用意する必要がある。
つまりそれは闇哭樹海産の素材が必要だ、ということになるわけだが。
「む……矛盾だなぁ」
「矛盾ね」
闇哭樹海に行く準備に、闇哭樹海産の素材がいる……。
それができれば苦労しないだろう、という話だ。
「それ以前に『オーデグラウ』の対策はできているの?」
「ぼ、ボクの『
『鏡心』の魔法の基本的な効果は『精神状態のコピー』だ。
以前のように他人が今『どんな感情を抱いているか』を知るためにも使えるし。
「お……『オーデグラウ』の能力は、た、多分音による精神操作、だから」
同行者となる『彼』が『オーデグラウ』への対策をしているだろうから、その『彼』の『精神状態』を反映し続ければ行ける……と、思う。
「他人任せね」
「だ、だってそんな簡単にた、対策、できたら……災害種なんて、よ、呼ばれない、よ?」
「……ま、それもそうよね」
そもそも根本的情報が少なすぎるのである。
音で人の精神を支配するとは一体どんな理屈なのか。
それは魔法なのか、それとも『オーデグラウ』の持つ純粋な能力なのか。
それすらも分からないのにどうやって対策しろというのだ。
「頼むから死なないでよ? マイスター」
「わわ、分かってる、よ、そんなの」
「そもそも無理について行くのを止めれば良いのに」
「だ、ダメ! それは!」
自分でも珍しいくらいに大きな声が出たと思った。
リーラも同じことを思ったのか、目を丸くして硬直した。
「だ、ダメ、なんだよ、それは」
ぱたん、と手の中の書物を閉じ、棚に戻す。
そうして机の引き出しを開き、そこにあった一冊のノートを手に取る。
「確かに、危ない、かもしれない……命の危険だって、あるよ」
表紙をそっと指先でなぞりながら、1ページ目を開く。
「それでも、会いたいんだ……会ってみたいんだ」
2ページ、3ページと読み進めていく。
それは書物ではない。
それは知識を得るための物では無い。
「どうしても」
それはただ日々のことをつらつらと書いているだけのノートだ。
それはただの日記だ。
「どうしても」
相当に長く使われているのかあちこちがぼろぼろになって変色してしまっている。
それでもそこに書かれた文字は確かに読むことができていて。
「ボクは……どうしても、会いたいんだ」
ぱたん、と閉じたその裏表紙には。
「
ハイゼリーラ・ファウストと、書かれていた。
災害種全鑑
①集虫砲禍アルカサル
全長300m強の鋼鉄の蜘蛛。背中に城塞を背負っている。
②天蓋粉毒レブナント
全長50mくらいのめっちゃでかい蝶。大陸で引き起こされる死生災害の元凶。
③亀樹廻界ユグドラシル
背中の甲羅に超でかい樹木が生えた全長200mくらいの陸亀。こいつが通過した場所は森一つ枯れ果てる自然破壊の権化。
④威飢幼鷹バイスフォルク
全長30mくらいの魔鷹の『雛』。最初に確認された時点で10mくらいだったのに恐ろしいことに未だに成長し続けている。人里離れた村とかが突然全滅してたりするのはだいたいこいつのせい。ぶっちゃけアル君の元の村を殺ったのはこいつ。
⑤梟歌衰月オーデグラウ
全長5mくらいの梟。声で生命を操る力があるゾ。樹海に引きこもってるせいでいまいちマイナー。
でも実はこいつ■■■■■■■■たりする。
⑥餌生蛸沈イミタシオン
人類が大陸から外に出れない最大の要因。全長■■■mの軟体生物。
その特異性によって大陸のどこから船出しても必ずこいつに捕まって海底に引きずり込まれる。
⑦刻死無双デッドライン
取り合えずこの世界における既存生命の中でぶっちぎりに最強で最凶で最悪の存在。
作ってみたは良いけど、これどうやって倒せば良いんだと作者自身が首傾げてる。
⑧■■■■■■■■
■■■■■■が実は■■■■■■■■たりするので■■の■■目の■■■。