イアーズ・ストーリー   作:水代

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十話

 

 

 時を遡ること半日ほど。

 

「こっちがねー、トウワ由来のカレサンスイだよ」

「かれさんすい……? 何か石がばら撒かれてるだけのような」

()()()()……だったかな? なんかトウワ文化ってこういうのが多いらしいねぇ」

 

 少女サクラによって屋敷の中の案内を一通りされたアルフリートはそのまま二人で庭にまで出てきていた。

 アルフリートは平民……というか外村出身の田舎民なのでこれまで貴族の館というものを見たことが無い。

 故に何が正しいかなんてこと分かるはずも無いのだが、それを差し引いてもこの家の庭が間違い過ぎているのは分かる。

 

 オクレール家の庭は一言でいうならば『混沌』だった。

 

 正面玄関は大陸文化洋式の通常の庭だ。

 シンプルながらも硬く大きな鉄門。煉瓦で固められた高い壁。内側は綺麗に整列した花壇とそこに植えられた色とりどりの季節の花の見事な園芸。

 そこだけ見れば一般に想像されるような立派な貴族の庭と言えるかもしれない。

 

 だが一度屋敷の側面に回り込むと途端にその景色は一片する。

 

 片やトウワ文化由来とされる『カレサンスイ』とかいう石をばら撒いて模様をつけたような不可思議な光景。最初に見た時は何かの儀式だと本気で勘違いしそうになった。

 片や同じくトウワ文化由来とされる品々の中でも屋敷の中に置いておけないような物が並べられた倉庫。

 陶器で作られたと思しき不細工なタヌキの像が何体もずらりと並んでいる横で玄関にもあった『コマイヌ』とかいうおどろおどろしい犬の置物、さらには何故かスカーフのような物を付けた狐の像などもあって、一体これらが何に使われているのか想像もできないようなものばかりがそこにあった。

 

「えぇ……」

 

 挙句の果てに屋敷の裏庭。

 確かにここに住人以外が来ることなど無いのかもしれないが。

 

「畑って……」

 

 ここ一応貴族の家だったよね、というアルフリートの感想は決して的外れな物では無いだろう。

 とは言え軽く話を聞いた限りでは貴族なのは館の主であり新しい自身の雇い主であるトワ・オクレールだけらしい。

 後は全員平民であるらしく、トワ自身こんな田舎町の領主ということもあってか鷹揚な気質らしく、感性的には自分たちと同じ平民寄りらしい。

 

「最後にねー、ここ!」

 

 そうして屋敷の外の紹介も一通り終え、最後にサクラが案内してくれたのは庭の片隅に生えた一本の木だった。

 残念ながらすでに葉が散っており、すっかり禿げてしまって物悲しさすら覚える有様ではあったが、それ以上にアルフリートの興味を惹いたのはその木の種類だった。

 

「オークじゃないよね、ケヤキ、じゃないし、パインも違う……スギでも無いし、何だろう」

 

 曲がりなりにもアルフリートは外村の出身だ。

 つまりほとんど自然の傍で暮らしてきた身だ。

 村の近くには森もあったし、そこで色々な種類の木々を見てきた。

 だが目の前に佇む木はアルフリートの記憶の中にあるそのいずれとも合致しなかった。

 少なくともこのノーヴェ王国でこんな種類の木が存在することをアルフリートは初めて知った。

 そんなアルフリートにサクラが少しだけ得意気になって。

 

「これはね……サクラだよ」

 

 そう言った。

 

「……サクラ?」

 思わず目の前の少女を見やる。

 そんなアルフリートの反応に少女『サクラ』がくすりと笑みを浮かべる。

 

「そう、サクラ……私と同じ名前の木で、私と同じ名前の花」

 

 そうして少女、サクラが『サクラ』の木に手を突いて。

 

「『桜火圏満(フラワーガーデン)』」

 

 呟いた直後。

 

 ―――世界が変貌した。

 

 

 * * *

 

 

 

 『■■■道(ラ■■コ■ル)

 

 

 

 

 荒い息を吐きながら我武者羅に走る。

 

 ―――オオオオオォォォォォォォォォォ!

 

 絶望の叫びが森に響き渡り、その声に恐怖した怪物たちが次々と逃げ出すのに紛れながら必死になって走る。

 直後、ひゅん、と風を切るような音が聞こえ。

 咄嗟に振り向き様に剣を伸ばす。

 差し出した剣が投げつけられた巨木の破片にぶつかる。直後にばきん、と軋む音と共に剣が折れ、砕ける。

 刀身が砕け散り、柄だけになった剣を投げ捨て、腰に刺した木刀を一本抜く。

 

 一瞬遅れて上から降り注ぐ黒い影。

 

 『■■■■』

 

燃焼(バーン)!」

 

 呟きと共に燃え上がる木刀を上段に振り上げ、降ろす。

 タイミングはジャスト。影が伸ばした拳が木刀と激突し。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はっ」

 

 引き攣ったように、彼は苦笑いを浮かべ。

 

 ズドォォォォォォン

 

 拳が振り切られる。

 

 そうして。

 

 まるで最初からそこには何も無かったと言わんばかりに。

 

 ()()()()

 

 

 * * *

 

 

 がばっ、と布団を蹴飛ばすようにして飛び起きた。

 同時にそこが暗いながらも自室であることに気づき、呆然としながらも無意識に寝台を飛び出し、部屋の扉に手をかけて。

 

「……あれ」

 

 そこで立ち止まる。

 同時に疑問。

 

「私、何しようとしてたんだっけ」

 

 酷く焦燥感のようなものに駆られていたような気がするのだが、一体何をそんなにも焦っていたのか思い出せない。

 もどかしい気持ちだけが心の中でぐるぐると渦巻いて、けれど一向に答えは出ない。

 この感覚は覚えがあった。

 

「ああ、また、だ」

 

 過去にも何度か同じようなことがあった。

 その度に思い出せないもどかしさと焦燥感だけが胸を焦がして。

 

「これは……悪い夢だね」

 

 きっとまた()()を見たのだろう。

 自らの親友をペンタスに送り出した時のように。

 自分でも思い出せない何かのために、自分でもそうと気づかない内に親友を送り出すのだろう。

 

「吐き気がする」

 

 表情が歪んでいるのが自覚できるくらいに、心が掻き乱れていて。

 歪んだ表情を戻すことができないくらいには今最低な気分だった。

 振り返り、寝台を見やる。

 

「……はぁ」

 

 どうにも寝付けるような気分でも無かった、少し紅茶でも飲んで気分を落ち着かせようか、と考えたところでふと視線をずらす。

 時計を見やれば深夜二時と言ったところか、残念ながらもうみんな寝ている時間だ。

 

「うーん、残念」

 

 別に紅茶の一つも淹れられないわけじゃない。

 他所の貴族のお嬢様たちはともかく、オクレール家では自分のことはなるべく自分でやるのが当たり前だったから紅茶どころか炊事、洗濯、掃除だって一通りはできる。

 とは言えメイドであるアイリスの淹れてくれるお茶というのは別格だ。

 昔まだ小さい頃に行った王城で飲んだ紅茶よりも美味しいと思えるほどに。

 

「まあ、仕方ないね」

 

 あれで朝早くから起きて仕事をしてくれているのだ、わざわざ夜中に起こすのも可哀そうだ。

 自分で淹れるしかないか、と思いつつ部屋を出て階段を降りる。

 食堂の扉を開くと僅かに木が軋む音と共に闇が広がっていて。

 

「灯り……どこだっけ」

 

 多分部屋の隅にあるはずなのだが、暗くて良く見えない。

 廊下が月明りで明るいからと横着してカンテラを持ってこなかったのは失敗だっただろうか。

 

燃焼(バーン)

 

 パチン、と後ろで指が鳴る音がしたかと思うと、途端に部屋が少し明るくなる。

 驚き振り返ったそこに、親友の少年がいて、その姿を見た時無性に()()()()()自分がいることに疑問を抱く。

 

「ルーくん?」

「何やってんだ、こんな夜遅くに」

 

 いつも自分の前で見せる執事服ではない。時間から考えても先ほどまで寝ていたのだろう、着古した様子のあるくたびれた黒いシャツに青いズボンは彼の寝間着だった。

 彼の出してくれた炎の明りを頼りに食堂の壁にある魔導照明のスイッチを入れると部屋全体が明るくなる。

 

「ちょっと夢見が悪くてね……変な時間に目が覚めちゃったから何か飲もうかなって思っただけだよ」

「ん、そうか、なら良い」

 

 そう言いつつも食堂の椅子を引いて腰かける様子を見ると、部屋に戻るつもりも無いらしい。

 

「そういうルーくんこそ、どうしたの、こんな時間に」

「こんな夜中に誰か廊下を歩いてるからな、気配で目が覚めた」

 

 気配で目が覚めるってどういう感覚なのだろう、と自分には理解できない領域の話ながらそういうものだと流してしまう。

 

「ルーくんも飲む?」

「俺が淹れようか?」

「良いよ……気分転換に私がやるから、座ってて」

 

 一瞬腰を浮かした彼を制止しながら食堂の奥の厨房へと足を踏み入れる。

 基本的にはアイリスの城である厨房ではあるが、几帳面な彼女なので誰が使っても使いやすいように厨房は常に片づけられており、大して手間取ることも無くティーポットとカップ、それと茶葉を見つける。

 ついでにお茶請けのクッキーもあったが、時間が時間なので今回は止めておくことにする。

 

 魔導具のケトルでお湯を沸かしながらその間に茶葉をポットに取り分け、お湯が沸くとポットにお湯注ぐ。

 ふわふわと舞い踊るような茶葉を見て笑みを浮かべながらもその間にカップのほうも温めておく。

 そうしてポットを蒸らす間にソーサを用意して全てをトレーに乗せて食堂へと運ぶ。

 

「お待たせ」

 

 ルーにトレーを渡すと、いつもの自分の席から椅子を引っ張ってきて、そのままルーの隣に座る。

 そうして二人並んで座ると、そろそろ蒸らし終わったのだろうポットから良い香りが漂ってくる。

 二人分のカップを並べて、ポットを傾けて二人分のお茶を注ぐ。

 

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 

 ソーサごとカップをルーに渡すと、受け取ったそのままカップを口へと持って行き。

 一口、口をつけてカップを戻す。

 

「どう?」

 

 ちゃんと淹れたはずだが、と恐る恐る尋ねてみれば。

 

「ああ、美味しいよ」

 

 そんな彼の言葉にほっと一安心。

 自分の分のカップを手に取って一口。

 

「……ふう」

 

 口の中で広がる香りに、ほっと安堵の息を漏れる。

 淹れ方は間違っていなかったらしい、口に入れ、嚥下する瞬間に香りが喉から鼻へと抜けていくようなこの感覚が溜まらない。

 

「うーん、でもやっぱりアイちゃんみたいにはならないなあ」

 

 苦笑しながらもう一口。

 うん、美味しい。素直にそう思うが、けれど同時に物足りなさも覚えてしまう。

 アイリスの淹れてくれた紅茶ならもっと美味しい。

 これで十分ではあるが、もっと上がある、それが分かっているからこそ惜しいとも思うのだ。

 

「十分だろ……アイ姉はプロだしな」

 

 机に肘を置きながらカップを傾け苦笑するルー。

 行儀が良いとは言えないが、ルーがこうして態度を崩すのは自分と二人の時だけだと知っているので何も言わない。

 むしろそれは彼が心を許している証拠だと思えば嬉しくもなるというものだ。

 

「…………」

「…………」

 

 そうして一杯目を飲み終えた時、自然と言葉が少なくなっていた。

 こうして二人でゆっくりとするなんて実に一月振りくらいだろうか。

 そう考えるとこの時間が何だか勿体ないと思えてしまう。

 

 ―――あとどれくらい、二人でこうして過ごせるのだろう。

 

 そんなことを考えてしまうのだ。

 悪い癖だ。

 自己嫌悪に陥りながらも、嘆息一つで誤魔化し。

 

「そう言えば……ペンタスはどうだった?」

「え……あ、ああ。賑やかな街だったよ」

 

 何か話すことでも無いか考えて、出てきてたのはそんな言葉だった。

 とは言え彼も彼で話題を探していたらしい、こちらの振った話題に一瞬戸惑ったようだったが、すぐに乗ってきた。

 

「やっぱダンジョン一つできるだけであそこまで変わるんだなって思った。賑やかで活気があって、街のどこを歩いても人、人、人、だ」

「へー、そっか。やっぱりダンジョン効果凄いね」

「まああそこはそれでもダンジョンに偏り過ぎな気もするがな……街の主要産業がダンジョンに依存してて、商業もダンジョン依存、冒険者もダンジョンに依存してるからダンジョンを閉鎖すると街の活気が一気に無くなってたな」

 

 例えそうだとしてもその経済効果はとてつもなく大きい。

 うちの領地にもダンジョンできないだろうか、なんてことを思ってしまうくらいには。

 エノテラ領にはとにかく外貨を稼ぐ手段が乏しい。

 そのため食料品ばかりダブついて、経済が滞っているのが現状だ。

 そのために『彼』が冒険者として外貨を稼いでくれているのも分かっているが、ルーと合わせても焼け石に水だ。

 もっと抜本的な対策が必要とされているのだが……。

 まあ、今はそれは良いだろう。

 

「誰か知りあいとか出来た?」

「そうだな……まあ一番の収穫はアルだろうな」

「ああ、そう言えばあっちで拾ってきたんだっけ」

 

 アルフリート・リュート。

 外村出身の少年。ルーが彼を気に入って拾ってきたので屋敷に入れたが、これからに期待したい新人である。少なくとも性格的な面では問題は無さそうなのでこれからこの屋敷に馴染んで行ってくれたらと思う。

 

「あとそれから……」

 

 話をしていて舌が回るようになっていたのか、ルーが調子良く口を開いて。

 

「……いや、何でも無い」

「…………」

 

 突然閉ざされた口に、目を細める。

 紅茶を飲む振りをしながらカップで口元を隠すと、そっと横目で彼の様子を見やる。

 

「…………」

 

 少しだけ遠い目で、呆とした少年の姿がそこにはあって。

 

「何かあった?」

 

 一歩、その心に踏み込もうとして。

 

「…………」

 

 かちゃん、と彼がカップをソーサーへと戻し。

 

「いや、何でも無いわ」

 

 ごちそうさま、と告げて立ち上がり、そのままおやすみと言って去っていく。

 

「……はぁ」

 

 ため息を吐く。

 何かが彼の心に入り込んでしまっていることに気づく。

 

「ずるいなあ」

 

 何となくそれが女だと思った。

 だから思わず呟いてしまう。

 

「ずるいなあ」

 

 二度繰り返した言葉は、紛れもなく彼女の本心だ。

 

 トワ・オクレールはずっとずっと昔からミカゲ・オルランドのことが大好きで。

 

 それでも彼女がオクレールで、彼がルーである以上、決してその気持ちを口出してはならない。

 

 それが彼女の義務であり、彼の定めだから。

 

 だから時々無性に羨ましいのだ。

 何の気無しに彼に本心を伝えれる他の人間たちが。

 何の気無しに彼の心に入り込むことができるほかの人間たちが。

 

「ああ……ずるいなあ」

 

 三度呟いた言葉はけれどそれを呟いた当人以外に聞かれることも無く、虚空へと消えて行った。

 

 

 




フィーアちゃんは確かに可愛かった。予定にも無いまま突如生えてきたヒロインだった。
だが俺の推しはトワしゃまなのだ……。

まあでもオクレール家の人間はオルランド家を『管理』するために領地持ちとなった貴族家系なのでオクレール家の人間がルー・オルランドを身内に加えようとするのは言うなれば『横領』行為であり、ノーヴェ王家への反乱疑われます。
というかぶっちゃけ現状がすでにグレーゾーンです。トワしゃま、ルーくんのことバリバリに使ってるからね。
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