イアーズ・ストーリー   作:水代

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十二話

 

 

 

 朝の澄んだ空気は冷たく、吐く息が白い。

 とは言え生まれてからずっと住んでいた故郷だ、これくらいの寒さなら慣れたものではあるし、何なら王国北部はもっと寒いことを考えればこれでもまだ王国内でもマシなほうだった。

 

 屋敷から『スペシオザ』の街まで徒歩三十分といったところ。

 

 道は整備されているため比較的歩きやすく、片道通行になるが馬車なども通れなくはない横幅の道を進みながら朝の散歩を楽しむ。

 つい先ほどまで朝焼けが空に広がっていたのだが、いつの間にかそれも見えなくなり。

 燦々と輝く朝日が遥か遠くに見えてきていた。

 さらに視線を戻せば見えてくる街の東門。少し視線を落とせばその傍に多くの人がいた。

 

「賑わってるな」

 

 東門から先は基本的にオクレール家の屋敷しか無いため交通らしい交通は西門で行われる。

 にも関わらず東門にこれだけ人が多いのは正直言って珍しいと言えるだろう。

 

「これは今回は結構な量みたいだな」

 

 東門を守る自警団に挨拶をしながら門を潜ると、常では考えられないほどに賑わった街の景色が見えた。

 街のあちらこちらに屋台や露店が出ているし、それを覗きに街の人間のみならず恐らく村からやってきた人々もいた。

 町民と村民では服装が割と違うのでぱっと見ただけでも割と区別がつきやすい。

 

 中にはエノテラ領外から来たのだろう仕立ての良い服を着た人間も見かける。

 商人とはまた違った様子だが、はてさて一体どんな用事でこんなところまで来たのやら。

 そうして街の中央あたりまでやってきた時。

 

「ん?」

「あら」

 

 露店を眺めながら歩いていると前方からやってきた見覚えのやる女と視線をぶつかった。

 

「錬金術師殿か」

「ハイデリーラですわ、数日ぶりですわねルー・オルランドさん」

「こんな早くに何を?」

「散歩ですわ……だってこんなにも街が賑やかなんですもの」

 

 視線を周囲に移しながら怪しい笑みを浮かべるハイデリーラになるほどと一つ首肯を返す。

 まあ普段の『スペシオザ』は昼になったってここまで賑やかではない。

 突然こんな市が立っていれば気にもなるかと納得する。

 

「それにしても今日は何かのお祭り? 普段と比べても随分と人が多いようですけども」

「ああ、いやいや……今日は―――」

 

 ―――王都から商人がやってくる日なのだ。

 

 

* * *

 

 

 エノテラ領に王都から商人がやってくるのは一月に一度だ。

 

 『スペシオザ』から王都までの距離を考えればこれでもまだ良いほうであり、北のほうの街となるとさらにその数は減る。

 基本的に需要が領内で完結してしまいがちなエノテラ領だが、この時ばかりは領内の村々から多くの人が唯一の街へと集まって来る。

 何せエノテラ領は基本的にはド田舎領地だ。畑だけはたくさんあるが、工業などはほとんど無い。

 商店なども唯一の街『スペシオザ』に無いわけではないが、その仕入れは細々とした物である、基本的に常時品薄と言っても良い。

 

 だから王都から商人がやってきた時は王都由来のエノテラ領には無いような物が大量に並べられることになる。

 少しばかり割高だったりするが、何せ畑を耕す以外にやることがないような領地だ、取れた作物を輸出して金を蓄えてもこんな時しか使う場所が無い。

 

「だからまあみんなここぞとばかりに財布の紐も緩めてしまう」

「ふふ……なるほどね」

 

 なんとなしに一緒に歩きながら今日の賑わいについて説明する。

 そんな俺の話に苦笑しながらハイデリーラがふむ、と少し考え。

 

「よろしければもう少し案内してもらえないかしら?」

「案内って……どこを?」

「別にどこでも良いわ、どこに行っても良い散歩になるだろうし……ああ、後喋り方も普通で良いわ」

「いやそれは……ん……ああ、分った」

 

 少しばかり躊躇もあったが、結局ハイデリーラがそうしろと目で語っているので諦めた。

 

「ならまずはこっちの食べ物関係から見て行っても良いか? いくつか買う物もある」

「構わないわよ」

 

 告げて並んで歩く。

 何だか妙なことになった、そんなことを内心呟きながら。

 

 

 * * *

 

 

「凄い賑わいね」

「余りふらふらするな。この人込みでははぐれそうになる」

 

 流れる人をかき分けながら街中に乱立した市を歩いていく。

 別に珍しいものでも無いと思うのだがハイデリーラは先ほどからあっちの店を見てこっちの店を見てと忙しなく動き回っていた。

 

「錬金術師ってことは王都にいたんじゃないのか? そんな珍しい物でも無いだろ」

「まあ一時はね……基本的に私とリラは『流れ』なのよ、どこかに所属しているわけじゃないし、王都にいたのは実際には半年にも満たないわ」

「は? 前にファウスト錬金学会に所属してるって言ってただろ?」

「一口にファウスト錬金学会と言っても実際にはその中にも派閥があるわ。私とリラはその中の一つの派閥に入ってはいるけれど、この派閥自体が組織に縛られたくない自由な気風なのよ」

「いや、意味が分からんのだが」

 

 問うた言葉にハイデリーラは少し考え風に唇に指を当てて黙り込む。

 そうね、と零して。

 

「詳細に言っても分らないだろうから簡単に言うけれど、今のファウスト錬金学会は主に三つの派閥があるわ」

 

 指を三本立てて、突きつける。

 そこから二本折り。

 

「一つは最も知られていると思われる『魔導具メーカー』としての派閥。ここは元は研究費のための資金繰りのための部門だったのだけれど、いつの間にかこっちが主になっちゃってるのよね……」

 

 一本、指を立てる。

 

「一つは『ファウスト』の名を受け継ぐ錬金学会の『名誉』を重んじる派閥。錬金術師の本分も忘れて矜持(プライド)を拗らせてしまった愚か者たちね」

 

 中々な辛辣な物言いだが、不機嫌そうな表情からして相当に嫌いなんだな、と察せられた。

 そうして先ほどと同じように三本目の指が立てられ。

 

「一つが『錬金術師』の本分を忘れること無く今なお、真理を探究せんとする研究者たち」

 

 因みに私たちはここに属するわ、とはハイデリーラの言。

 

「最初に挙げた二つは実に俗物なやつらでね……金と名誉を重んじ、『ファウスト』の名を『ブランド』か何かと勘違いしている馬鹿たちだわ」

 

 嘆息一つ、やれやれと両手を広げながら。

 

「逆に最後。研究者たちはその真逆。まあ真逆過ぎてそれはそれで駄目なんだけど……『ファウスト』の名とかどうでもよくてただひたすらに研究に没頭していたい、っていう変人たちね」

 

 結局自分の派閥にまで辛辣なのか、顔を引きつらせながら話の続きを黙って聞く。

 

「まあ最初の二つは確かに貴方のイメージ通り、組織の所属だとか、どこの派閥だとかかなり厳しいところね。でも私の所属する派閥は……まあ理解してもらえたと思うけれど、とにかく研究できれば何でも良いっていう考えだから基本的に派閥でどうこうっていうのが無いのよ」

 

 だから私みたいなのも所属できるのよね、と呟きながらふと市場の一角に視線を留める。

 

「あら、美味しそう」

 

 果実を潰し動物の乳に加えた物らしい白っぽいどろっとしたソレを見てハイデリーラが硬貨を差し出しカップごと購入する。

 早速とばかりに一口飲み、笑みを浮かべる。

 

「うん、良いわねこれ」

 

 気に入ったと言わんばかりの笑みにそんなに美味しいのかと興味を惹かれ俺もまた購入してみる。

 そうして飲んでみたそれはなるほど確かに悪くない。

 二人してあっという間に飲み終え、カップを店主に返すとまた歩きだす。

 

「あー……もしかしてだけれど」

 

 歩き出してすぐに隣でハイデリーラがバツが悪そうにこちらを見る。

 困ったように頬をかきながら、苦い笑みを浮かべ恐る恐ると言った様子で口を開き。

 

「私たちがここに来ればファウスト錬金学会と繋がりができると期待させてしまったかしら?」

「は?」

「さっきも言ったけど、所属こそファウスト錬金学会だし、一応ファウストの名ももらったけれども実質的には疎遠なのよね……だからもし私たちがここに来たこと、ここに工房を構えようとすることで錬金学会との繋がりができると思わせてしまったのなら、ごめんなさい、それは無いと言っておくわ」

 

 唐突に何の話かと少しばかり考えるが、すぐに理解しいやいや、と手を振って否定する。

 

「そういうのは別に良いんだ……見ての通りド田舎でな。錬金術なんて便利な代物とは縁の無かった場所だ。だからそういう繋がりを抜きにしても、錬金術師がここに……この街に工房を構えてくれるっていうならこちらとしては願ったり叶ったりだ」

 

 そんなこちらの言葉にほっと安堵したようにハイデリーラが息を吐く。

 

「なら良かったわ……そうね、取り合えずちょっと品薄なとこもあるけれど、街にそれほど問題は無いわ。あとは先の件……それさえどうにかなるならここに工房を構えることを約束しておくわ」

「良いのか? 勝手に約束しちまって。もう一人のやつに聞かなくても」

「リラも同じ意見よ。それにこれ自体はリラと何度か話しあった末の結論だから、安心してちょうだい」

「そうか……」

 

 告げられた言葉に安心する、と同時に僅かな興奮もある。

 生まれてからずっとこの街に住んでいたのだ。この街には愛着があるし、良い場所だと思っている。

 だが同時に王都やペンタスなどを見ればこの街がいかに狭く、小さく、閉ざされているかも知っている。

 

 だからこそ、これはチャンスなのだ。

 

 錬金術師というのは少し大きな街になればだいたい一人や二人は居てもおかしくは無い存在だが、このエノテラ領に至っては未だに零だ。

 つまり『少し大きな』という条件すら満たせないほどに『スペシオザ』は小さな町で、そんな小さな町がこのエノテラ領の『唯一』の町なのだ。

 

 錬金術師が工房を構えれば『錬金術』によって生み出された製品がこの街にも流通することになる。

 それはこの街だけに留まらず、少しずつ少しずつやがてエノテラ領全土に行き渡るだろう。

 それは確実な変化だ。それも大きな。

 

 エノテラという領地は余りにも閉鎖的で、けれど単体で完結できていない。

 エノテラ領内部だけでは需要を賄いきれないし、雇用を与え切れない。

 年々年若い領民たちが王都などへ出稼ぎに出ているし、そのせいで領内の年齢層は段々と高くなっていく。

 いつか破綻することは目に見えていて、だからこそ変わらなければならない。

 

 それ自体は領主であるトワの仕事だ。

 

 俺はそれを手伝うだけではあるが。

 

 けれど俺だって少しずつ少しずつ衰え、朽ちていく故郷を見て何も思わないわけではないのだ。

 年々衰退していく領内をどうにか盛り返そうと昼も夜も必死になる親友を見て何も思わないわけではないのだ。

 この街に錬金工房が生まれる、それは確実な変化だ。

 故郷が生まれ変わろうとしている。

 親友の努力が実ろうとしている。

 

 そのことに喜びを覚えないわけがないし、興奮しないわけではない。

 

 そして同時。

 

 だからこそ、失敗は許されない。

 

 喜ぶのも、興奮するのもまだ早いのだから。

 

 まだ一度、二度出会っただけのこの錬金術師たちだが決して悪いやつらではない、とは思う。

 少なくともこの街に工房を構えてくれる気になっているだけでも御の字だ。

 けれど同時に『樹海探索』が為されなければあっさりと街を出て行ってしまうだろう。

 彼女たちはあくまで『樹海』の素材を得るためにここにいるのだから。

 

 

 * * *

 

 

「それじゃ、付き合ってくれて感謝するわ」

 

 軽く手を上げ、ハイデリーラが宿へと戻っていくのを見ながら、俺もまた背を向けて歩き出す。

 少しばかり遅くなったが、まだ少しばかりやることが残っている。

 幸いにして目的地はこの宿の近くなのでそれほど時間もかからずたどり着く。

 

「おーおー、こっちは大した賑わいだ」

 

 街の西門へとたどり着くと大勢の人々がそこかしこで露店で売買をしていた。

 この街へと外から来ようとすると真っ先にこの西門へ着く、ある意味ここは街の玄関なのだ。

 だからきっとここが一番賑わっているだろうと予想していたが、これは想像以上だ。

 本当にスペシオザの街なのかと思ってしまうほどに雑多な人の数だがそれでもペンタスと比べるとまだ大人しいと言えるのはさすがに街としての規模の違いだろう、悲しい話だが。

 

 とは言え今回は物を買いに来たわけではない。

 

 そのまま市を抜け、西門の真下までやってくるとさらに門の脇に備えつけられた扉へ。

 自警団の人間に軽く挨拶しながら扉を開くと中へと足を踏み入れる。

 

「おはよう……オッサン、お屋敷宛てに何か来てるか?」

 

 薄暗い部屋だった。部屋の中央に吊り下げられたランプがゆらゆらと不規則に揺れ、小さな光源揺れるたびに部屋の中の影が蠢く。

 こじんまりとした部屋の中央にはどんと広い机が広げられており、そこには何十通という手紙が整理して置いてあった。

 机の前の椅子に座っていた男が俺の声に振り向き、ん、と机の端に寄せてあった三通ほどの手紙を握るとそのままこちらへと渡してくる。

 

「領主様宛の荷はそれだけだ」

 

 渡された手紙を受け取り、改めて見ると。

 

「オッサン……髭くらい剃れよ」

 

 ぼさぼさのよれよれの髭が伸び放題になって酷い有様である。

 顔の半分が髭で隠れて見えないのはさすがにやばいだろと思うのだが男は放っておけと手振りで、しっしっ、と追い払おうとする。

 

「へいへい……全く」

 

 取り付く島も無いと嘆息しながら部屋から出ると再び外だ。

 早速受け取ったばかりの手紙に目を通して。

 

「……あん?」

 

 金の装丁の封緘が押された封書を見やり、思わず声が漏れた。

 バツの字にも似た『十番目』を意味するこの字を印とした封書。

 それはこの国において一つのことを意味する。

 

 金の十字『Ⅹ』。

 

 それはこの国、ノーヴェ王国の『帝印』だ。

 

 そしてそれを使って文書を発行できる機関はたった一つしかない。

 

 王都の中央、この国の頂点が座すその場所。

 

 つまり。

 

 ―――王城からの封書だった。

 

 




オッサンはいつかまた出す、かもしれない(需要があれば

というわけでリーラちゃんとお散歩デートしながらもうすぐ森へキャンプだ着火用意!
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