イアーズ・ストーリー   作:水代

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十三話

 

「生誕祭の招待状だね」

「……ああ、そう言えばもうそんな時期でしたね」

 

 王城から届けられた手紙を開き中身を一瞥したトワが漏らした一言にアイ姉が納得したように頷いた。

 まあそっち関連の話で俺にできることは無いので引き続き椅子にもたれかかるようにしながら目の前に置かれた手紙を仕分けていく。

 

 ルー・オルランドは英雄だ。

 

 その功績によってオルランド家はこの国に守られて生きている。

 

 とは言え、オルランド家に何か政治的権威があるのかと言われればそんなことも無い。

 多少の箔付けくらいにはなるかもしれないが、それで何か変わるかと言われれば別にそんなことも無い。

 

 先ほども言ったがルー・オルランドは英雄だ。

 

 魔族との戦争で活躍した英雄だ。

 

 だから魔族がすでに消え去った今の時代において過去の実績で遇されることはあっても、必要とされることはまあまず無い。

 それでもまだ大戦からたった五十年。オルランドの名はまだ人々の頭の残っているが故にその影響力は決して零ではない。

 だから俺たちは平民としての立場を崩すつもりは無い。

 政治の世界に関わるつもりも無いし、余計な火種になるつもりも無い。

 

 まあ……また魔族が世界に溢れでもすれば、話は変わるのかもしれないが。

 

「無い……とは言えんが」

 

 あの樹海の奥深くで生き残っている可能性がゼロとは言わないが、確率は限りなく低いだろうことも事実だった。

 そんなことを考えながら招待状の内容について相談しているトワたちから視線を移せば、向かいの席ではサクラとアルが何やら楽しそうに何話していた。

 

 サクラと年代が近いから仲良くなってくれることを多少期待して連れて帰った部分もあるのだが、見ている限りではサクラのほうから寄っているように見えるのが意外だった。

 

 普段から他者と積極的に交流しようとしない内気な性格だったし、人見知りなところもあるのも知っている。

 何より身内以外に対して排他的な部分があることを知っているので慣れないながらも何かとアルに構っているように見える現状に驚きすら覚えた。

 

「まあ仲が良さそうなのは良いことだ」

 

 将来的にどうなるかまでは知らないが、まあ良い友達でいてくれれば良いなと思う。

 いい加減、アイツも兄離れすべきだろう。

 

 

 ―――いつまでも俺が一緒にいてやれるわけじゃないのだから。

 

 

* * *

 

 

 ノーヴェ王国はその名の通り王制国家だ。

 当然ながら国家の長として国王が居り、その親族たる王族と呼ばれる血族が居る。

 イアーズ帝国皇家の血を引く十二の公国が長たちが一人、ノーヴェス王が起こしたのがノーヴェ王国の始まりだ。

 

 最早帝国の崩壊から百五十年以上経つにも関わらず未だに帝国時代の影響は大きい。

 イアーズ帝国皇家の血族というだけでその血筋に正統性が生まれるのだ。

 

 故に現在このイアーズ大陸においてジューン公国以外の十一の国家の元首は王、または皇帝などを名乗っている。

 

 まあそれは置いておいて。

 

 未だに王制の強いこの国において国家元首たる王の誕生日ともなればそれだけで祝いの口実となる。

 王都では誕生日を前後して大きな祭りが開かれ、ノーヴェ王国中から人が集まり、賑わうこととなる。

 特に誕生日当日は騎士団によるパレードも行われ、王族も参加することから多くの見物人が人目見んと集まるし、それに先駆けて一週間近い前日祭りが催され、期間中に王城で行われるパーティーへと国中の貴族が集まって来る。

 

 トワもまた『領地貴族』の一人として、オクレール家の当主としてこれに招待されている。

 

「去年まではお父さんとお母さんのことがあったから不参加だったんだけどね」

 

 トワの両親が存命だった頃はトワの父親……つまり先代オクレール家当主がこれに参加していたのだが、トワの両親は三年以上前に亡くなっている。

 急な継承もあり領内の混乱を抑えるため、と口実をつけてこれまでは断っていたのだが、さすがに三年それで押し通しているためそろそろこの理由も使えなくなってしまっているだろう。

 これ以上領地にかまけて中央に顔を出せないなどと言っていると統治能力に疑義を持たれて最悪統治権を剥奪されかねない。

 

 以前も言ったが貴族の大半は領地を持たない身分だけの貴族というのが大多数だ。

 

 こんな貧乏領地でも欲しがる貴族はごまんといるし、ただでさえ若年で女であるトワを侮る声が多い中でさらに隙を晒せば『そら見たことか』とハイエナのように寄って集ってトワを引きずり降ろそうとするだろう。

 或いは体の良い理由……若く経験の少ないトワの補佐を、とでもうそぶいて婚姻に寄る乗っ取りを目論むかもしれない。

 

 そんなこと許せるはずがない。

 

 まあ俺が許すどうこう以前に、トワのことを大切に思っているアイ姉が絶対に許すはずも無いのだが。

 

「参加は絶対……でしょうね」

「問題は時期だよね」

 

 誕生祭は一月後だ。

 

 招待状が届いたパーティーはその数日前にあって。

 この街から王都までの道のりが三日ほどかかる。

 さらに言うならパーティーの当日にいきなり行くのではなく、二週間以上前から到着して方々に挨拶周りなども必要になる。

 ついでに言えばパーティーに参加するための衣装などの準備も必要であって……。

 

「来週の探索……無理そうですわね」

 

 要するに王都へ行かなければならない時期と樹海探索へ行く時期がばっちり被ってしまっているのだ。

 トワは確実に王都へ行かなければならない。そうなればたった一人の従者であるアイ姉もそれに同行しなければならず。

 

「ま、俺一人でもどうにかするよ」

 

 いきなり最高戦力が抜けてしまうことに不安が無いわけでも無いが、駄々を捏ねたところで予定が空くわけでも無い。

 どうせ行かなければならないならばトワを不安がらせるようなことは無いとなんて事の無いように告げた。

 

「…………」

 

 一瞬こちらを不安そうにこちらを見つめ、何か言おうとするがけれど言葉にならないままにトワが目を瞑り。

 

「うん、分った、じゃあ」

 

 そうして開く。

 

「ルーくん。後ははお願いします」

「ああ、任せとけ」

 

 そこに込められた信頼の意に、どん、と胸を叩いて答えた。

 

 

 * * *

 

 

「どうしたもんかな」

 

 任せとけ、なんて言ったものの実際のところ、行き先があの樹海というだけでそんな自信など微塵も無いのだが。

 毎日の日課となっている剣の素振りをしながら考える。

 

 俺が実際に闇哭樹海に潜ったのはたった三回だけだ。

 

 たった、とは言ってもあの樹海に一度でも入って戻ってきた人間というのは極々稀なので三度入って戻って来れるという時点で最早『たった』ではないのだが。

 恐らくこの大陸でおいて三度以上樹海に潜った人間というのが『歴史上』でも稀だろう。

 

 樹海の恐ろしさを語る上で誰もが『オーデグラウ』を挙げるが、実際のところ『オーデグラウ』の被害というのは人々が思っている以上に少ない。

 何せ『オーデグラウ』が住み着いているのは樹海の中でも奥深くだ。

 そこに引き寄せられる前に『それ以外』が当たり前のように殺しに来る。

 稀に浅いところにやってくることもあるが『オーデグラウ』が移動するとそこにいた魔物たちが一斉に他所に逃げ出すため逃げ出した魔物と鉢合わせして……というパターンのほうが圧倒的に多い。

 

 そう、樹海において最も恐ろしいのは『オーデグラウ』ではない。

 

 『オーデグラウ』が居らずとも、あそこは大陸一魔力濃度の濃い場所であり、そこには凶悪極まりない数多くの魔物の生息地なのだ。

 『オーデグラウ』に出会う確率などほとんど事故のようなものだ。

 よっぽど樹海を端から端まで探索しなければ滅多に出会うものでは無い。

 そんなものよりもそこに生息する魔物たちのほうがもっと身近でもっと直接的な危険だ。

 

 考えてもみて欲しい。

 

 一寸の光すら刺さない樹海の中で延々と息を潜め、獲物を待つ怪物たちが跋扈する森を。

 完全なる闇の中、視界はゼロ。

 あそこの魔物たちは何よりも音を立てることを嫌うため普段はシンと静まり返っている。

 馬鹿な人間の足音一つに反応して気づけば周囲を囲まれ逃げ道すら無い。

 

 あそこの魔物たちに共通する『弱点』が無ければ俺だってとっくに樹海に転がる屍の一つになっていただろう。

 

 そう、弱点があるのだ。

 

 あいつらには。

 

 正確には個々で別々の弱点があるのだが、俺の『魔法』はその全てに対応できると言ったほうが正しいだろうか。

 

 簡単に言えば、『火』が嫌いなのだ。

 

 

 ―――樹海における魔物は大雑把に三種類に分かれている。

 

 

 それは魔物ごとの『探知方法』と言っても過言じゃない。

 

 一つは『耳』で探知している種。

 この類の種は聴覚が異常なほどに発達しているため『炎が弾ける音』にすら強烈に反応する。

 故に火を振りまくとあちらこちらで音が乱立してしまってどれに反応すれば良いのか混乱してしまうのだ。

 

 一つは『目』で探知している種。

 樹海の中は真っ暗闇ではあるがそれでも『目』で見て探知する種がいる。『魔物』なのだ、物理的に見えないという状況すら魔力はそれを覆す。反理法則は『見えない』を『見える』ようにする矛盾が故に。

 そしてだからこそそういう種は火を……正確には『光』に過剰なほどに反応する。

 『見えない』を『見える』にしているが故に『見える』ようになると何も『見えなく』なるのだ。

 

 一つは『熱』で探知している種。

 蛇や蜥蜴のような爬虫類系の種はだいたいこれだ。音でも光でも無く『熱』を感じ取って他の生命を察知している存在。

 この手の種は往々にして環境に合わせて体温が変化する。そして光の刺さない樹海というのは基本的に空気が冷え切っている。夏場でも平然と零度を下回るほどに……にも関わらず一切凍結する様子も無いのは相変わらず異常な場所であるがまあそれはさておき。

 この手の種はそんな場所に住んでいるからこそ熱に極めて弱い。

 『樹海』の冷気に合わせて体を馴染ませているため『寒さ』には強くても『熱さ』には弱いのだ。

 

 故に派手に火を炊くとこいつらは火から避けていく。

 

 唯一『耳』で探知している種は近づいてくるが火の弾ける音と人間の出す音の区別がつかないため良い囮になる。

 

 そして樹海に住む魔物たちのもう一つの共通の弱点。

 

 否、どこに住んでいようと『魔物』に定義される以上、決して逃れられない致命的な弱点がある。

 

 即ち魔力切れだ。

 

 魔物とは生きるために魔力を必要とする。

 逆に言えば魔力が無くなると生きていけない存在だ。

 であるが故に俺の『燃えない白い炎』は魔物に対して致命的な一撃となる。

 

 俺の切れる手札はこの二つだ。

 

 樹海内では濃密な魔力が空間に渦巻いているが、その魔力は魔物だけではない、人間だって恩恵を(あずか)ることができる。

 ダンジョン内と同じだ。あそこではいつもより強い魔法が使える。

 

 だから俺一人ならば相性は悪くないのだ。

 

 俺一人、ならば。

 

 

 * * *

 

 

 王都へと向かうとなり、屋敷の中が忙しなくなる。

 当然のことだが、計三週間近く領地を留守にするのだ、その間滞り無いように領地を回すために事前に備えておかなければならないし、王都へ行くための準備も必要となる。

 さらに言うなら今回王都に行くのはトワたちだけではない。

 アイ姉が屋敷から居なくなった時点で家事が回るわけがないのでサクラとアルの二人も同行することになっている。

 

 そうしてあっという間に一週間が過ぎて。

 

「準備はばっちりか?」

「うん……できたよ、おにーちゃん」

 

 まだ日が昇るかどうかの朝早い時間帯。

 眠い目を擦るサクラに頭をぽんぽんと撫でながら用意された馬車へと荷物を運ぶ。

 アルも手伝おうと荷物を運んでいるが、まだ小柄なアルでは中々に重いのだろう、えっちらおっちらと危なっかしく運ぶ様子は見ているこちらがハラハラする。

 

「ルーくん、じゃあ後のこと、任せるね」

「ああ……行ってこい。樹海の件が終わったら俺もそっちに行くから」

「うん、待ってるよ」

 

 トワと二、三言別れ際の挨拶を交わし、トワが馬車に入って扉を閉めるのを見ると御者台に座るアイ姉が馬に鞭打つ。

 

「それじゃあ、ミカゲ……気を付けなさいよ」

「ああ、アイ姉も。トワのことよろしくな」

「ふっ、当たり前よ」

 

 当然だ、と鼻で笑いながらアイ姉が馬車を走らせ始める。

 そのまま徐々に消えていく背を見やりながら。

 

「さーてと……じゃあ、俺も行くか」

 

 傍らに置いていた剣を掴み、歩を進める。

 

「どうなることやら」

 

 呟きながら視線を向けた先に。

 

 

 

 ―――黒に染まる深い深い樹海の姿があった。

 

 




次回、樹海探索開始。
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