イアーズ・ストーリー   作:水代

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十四話

 

 

 話には聞いていた。

 

 書物などでも読んだし、知識として知ってはいた。

 

 だが実際に見ると絶句するしかない。

 

「ほ……本当に、何も、見えないんだね」

「ああ。基本的にこの森の中で視界ってのはアテにするな」

 

 一歩、足を踏み入れた瞬間、ぞわり、と背筋に寒気が走る。

 まるで大勢の『何か』に囲まれているような錯覚すら覚えてしまうほどの視線に周囲を見渡しても漆黒の闇が視界を塗りつぶしてしまっていてそこには何も見ることはできない。

 

「み、見られて、ない、かな?」

「かもしれない……実際、時々恐ろしく感知範囲が広いやつもいるからな。とは言えそういうやつらはすぐには動かないから問題無い」

 

 曰く感知範囲の広い魔物はかなり遠くからこちらが弱るのを待って動き出すらしいので森に入ったばかりの自分たちは襲われない、らしい。

 逆に言えば道中で魔物と戦って消耗すればそいつらも動き出す、ということになるのだが。

 

「死にかけとかそんな状態じゃなければ来ないからそんなに怖がらなくも良いぞ」

 

 感知能力の高さは翻せば臆病さの裏返しでもある、らしい。

 リソースを感知に割り振っている分、純粋な強さでは他に劣る。それが故に確実に勝てる相手……それこそ瀕死の重傷でも負っていなければ見ているだけの存在、らしい。

 

「少なくとも俺が襲われたのは一度だけだ……まあ火をちらつかせたらすぐに逃げたけどな」

 

 どうにでもなる、と告げられてもやはり安心はできない。

 とは言えびくびくしていても仕方ないのも事実だ。

 ハイゼリーラ・ファウストは自らの意思でこの危険極まり無い場所に来ることを決めたのだから。

 ハイゼリーラには目的があるのだ、そのためにはこんな森の入口も入口で立ち止まっているわけにはいかない。

 とは言えあくまで素人の自分一人ではこの森から生きて出ることも不可能だろうことは分かっている。

 だからこそもう一人の同行者へと視線を向けるのだが。

 

「な、なに、してるの?」

「ん? ああ、ちょっとした細工だ」

 

 しゃがみこんで足元に何かしている少年の様子を見やり首を傾げる。

 暗く視界がほとんど機能しないこの闇の中でぼんやりとしか見えない少年が足元に何をしているのかは分からないが、多分何か意味があるのだろうと考える。

 少しの間何か作業をしていたようだったが、すぐ様立ち上がり。

 

「よし、じゃあ行くか」

「う、うん」

 

 一つ頷いて、黒闇の森の奥へと歩き出した。

 

 

 * * *

 

 

 『闇哭樹海』はこのイアーズ大陸において最も危険とされる場所の一つだ。

 

 それはこの樹海に災害種の一体が住み着いていることもそうだが、それ以上この樹海がこの大陸において最も魔力濃度の濃い場所だからだ。

 

 魔力自体はこの世界のどこにあっても存在している。

 

 だがその濃さというのは場所によって天と地ほども差がある。

 ダンジョンなどが分かりやすい例だろう。

 とは言えダンジョンはその内に溜め込んだ魔力をモンスターという形で発散させている。

 

 魔力とは『矛盾する理』だ。

 

 魔力が濃いということはそれだけ『物理的にあり得ないこと』が起こりやすい。

 その最たる存在が『魔物』だ。

 『魔物』とはその名の通り魔力を持った生物。

 そして。

 魔力が無ければ生きられない生物だ。

 

 一番分かりやすい例としては『サイズ』が挙げられる。

 

 そう例えば。

 

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 驚き、絶叫しそうになったハイゼリーラの口を咄嗟に塞ぐ。

 震え、もがもがと口を動かすハイゼリーラに落ち着けと耳元で囁きながらゆっくりと後退する。

 だがその囁きを聞き取ったのか、それとも後退る歩みが音となったのか、ぎょろり、とソレの目玉がこちらを向き、ハイゼリーラがまた悲鳴を上げそうになる。

 ぎゅっとその口元を塞ぎ、絶対に声を出さないようにするのと同時、空いたほうの手でそっとソレの横を指さし。

 

 『燃焼(バーン)

 

 声にもならない声で呟き、同時に木々の一部に僅かな火が灯る。

 ぱち、ぱちと小さいながらも確かに爆ぜる音がし初め。

 少しずつ、少しずつその勢いは増していく、同時に継続的に音はなり続けて……。

 

 ぶん、とソレの丸太のように太い尾が燃える木々へと振るわれ、直径一メートルはありそうな太い木々をあっさりと圧し折る。

 べぎり、と半ばから折られ倒壊した木々が地面に激突し、大きな音を立てる。

 折れ、倒れた木々へソレが大きな口を開けて食らいつき……吐き出す。

 どうやらそれがただの木であることに今更ながらに気づいたらしい。

 シューシューと空気を吐き出すような不思議な音を立てながらソレが……全長二十メートルはありそうな巨大な蛇の怪物はその顔の真ん中にどんと見開いた大きな一つ目をぎょろぎょろと動かしながら去っていった。

 

 そうして怪物が消え去り、シンと再び静まり返った森。

 

「……はぁ」

 

 息を吐く。

 同時に手の中で硬直しているハイゼリーラの肩を叩く。

 

「静かに……良いな?」

 

 こくこくとハイゼリーラが慌てたように頷くのを確認してからゆっくりとその口元から手を離す。

 幸いにも再び騒ぎ出すようなことも無く、大きく二度、三度と深呼吸し心を静め。

 

「あああ、あれ、あれあれ、あれ、あれ……な、なに?」

「この森の一般生物」

 

 告げる言葉にハイゼリーラの表情が引き攣る。

 まだ心臓の鼓動が激しいのか無意識的に胸を抑えているのが見えた。

 まあ暗い森のせいで数メートル先すら良く見えないのだ、そこでいきなり目の前にあんな化け物蛇が現れればそうなるのも分かるが。

 

「運が良かったな」

「え? え? え?」

 

 先ほどの蛇を思い出し、無意識的に呟いた一言に過敏なほどに反応するハイゼリーラ。

 だが実際運が良かったとしか言いようが無い。

 

「あれ、目で物を見てないやつだ……」

 

 もし視力があるなら今見つかっていてもおかしくは無かった。

 じゃああの目玉は一体何なんだと言われれば。

 

「多分『目』で『音』を聴くタイプだな」

「……えっと?」

 

 視線に射抜かれた時、即座に襲われなかったことから目で見ていないかもしれないと火で音を出したのだがずばりだったらしい。

 あの大きな目はじゃあ何なんだと言われればきっと『視力』ではなく『聴力』をもたらしているのだろうと予想する。

 

「な……なにそれ。ああ、あり得ない、よ。目で、音を聴くって……ぜ、絶対におかしい」

「魔物だぜ? 常識が通用するかよ」

 

 俺の予想を聞いてあり得ないと断ずるハイゼリーラだが、魔物というのは『普通じゃないし普通には生きられない』から魔物なのだ。

 

「それにしても、お、大きかった、ね」

「この森の魔力濃度は尋常じゃないからな……普通あり得ないだろうってサイズでも平然と成長しやがる」

 

 その種の生物がそんなサイズで普通生きられるわけないだろ、と言えるような異常すらも魔力という反理法則が全て解決してしまう。

 ダンジョンもそうだが、この森も一種の異世界なのだ。『普通』なんて常識が通用するわけがない。

 

「次は……無さそうだな、行くか」

 

 耳に神経を集中させ、周囲が無音なことを確認する。

 僅かな音すら聞き逃さないようにしなければこの森では生きられないが、もし耳を澄ませて『歌声』が聞こえて来ればそれはそれで生きられない。

 やっぱここ真っ当な生き物が来る場所じゃないよな、とは思うがそれでも来なければならない事情があるのだから仕方ない。

 

 静まり返った森に取り合えず大丈夫そうだ、と判断する。

 

 それからハイゼリーラに声をかけてさあ行くかと思い……。

 

「あ、あの目……欲しいな」

「何?」

 

 ぽつり、と後ろで突然呟くハイゼリーラの言葉に振る。

 だがそこにいたのは先ほどまでのおどおどとした少女ではない、目を細め、深く集中した様子でこちらのことなど全く眼中に入っていない。ただひたすらに自分の思考に没頭していた。

 

「音、目で……要素を取り出せれば……」

 

 ぶつぶつと呟きながら思考を纏めているのだろう口元に手を当てながら所在なさげに視線だけが右へ左へと彷徨っている。

 

「魔力の高まり……結晶化したら……最終的にはどんな形……? 目、目……目に……それなら……いやでもそれだと加工に……この場で必要になるなら……それとも次回……でもここなら、魔力濃度は高い……でもその場合錯視してしまう? 見えない、見える、見えない、見える……音、音、音? 象徴化する? それとも具象化してしまうべき? 物理ではあり得ざる瞳、とすれば浸蝕指数はかなり高そうだし、だとするなら……」

 

 独り言なのだろう、恐らくハイゼリーラの脳内では目まぐるしい思考が回っているのだろうが傍から聞いていると何を言っているのかさっぱりである。

 俺は他を知らないが錬金術師とはもしかしてみんなこうなのだろうか、とよからぬことを想像した。

 完全に思考に没頭してしまっていて、こちらの呼びかけに反応しないハイゼリーラを見やり、嘆息する。

 

 できれば早く奥へと進みたいのだが、俺の仕事はこの少女を守ることであり、少女がここから動かない以上、俺も留まるしかないのが辛いところだ。

 

「しかし……独りなんだな」

 

 先のスペシオザの宿で会った時にいたもう一人の女、ハイデリーラはどうしたのだろうと首を傾げる。

 いや、非戦闘員が二人も居ては俺一人では守りきれないので単独で来てくれたのは助かるのだが。

 ただどうしてこちらが来たのだろうという疑問はある。

 見た限り引っ込み思案というか人見知りというか、そんなハイゼリーラよりハイデリーラのほうが『向いている』とは思うのだが。

 いや、俺が勝手に思っているだけと言われればその通りではあるのだが。

 

 しかしまあ、改めて見ると幼い少女だ。

 

 聞いたところによると正式な資格を取った錬金術師は目の前の少女、ハイゼリーラのほうらしい。

 つまりこの見た目ならば十二、三と言っても良いような幼く見える少女は実のところ二十近く、少なくとも俺よりも年上らしいという事実に眩暈すらしそうだった。

 

 とは言え。

 

 錬金術師という職について俺は世間一般で知られている以上のことは知らないが、少なくとも二十にもならない子共がなれるような職ではないということは分かる。

 つまり目の前の少女は幼く見えても『あり得ない』ような天才であることは間違い無いのだろう。

 

「事象を優位にするなら……魔力係数を下げてあえて効果を落とす? 触媒を使えば聴力からの変更は……いやでもそれは本質を違える結果にならない? やっぱり現物が無いとそこは……できるならより……例え無理だとしても……聴力を視覚化することは……でもそれは構築式のセンテンスが……確か昔そんなのがあったはず……構造体理解が足りないなら魔力媒体で補って……」

 

 ぶつぶつと独り言を繰り返すだけの思考は見ている限りまだまだ終わりそうも無く。

 

「これいつまでかかるんだろうな」

 

 その間に厄介なのが来ないと良いんだがな、と思った瞬間。

 

 ぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎちぎち

 

 ()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 食物連鎖という言葉がある。

 

 生態系における循環を示した三角形の構図。

 肉食は草食を食らう、草食は草を食み、肉食や草食の死骸や排泄が草木を育てる。

 肉食が増えすぎれば草食が減るが故に、肉食は食うに困って数を減らす、草食が増えればやがて草食を食らう肉食が増えてその数を減らす。

 生態系というのは案外よくできているもので、一時そのバランスが崩れたとしてもまた天秤は元に戻るようにできている。

 

 だが何事にも例外というものがあるもので。

 

 この森……闇哭樹海において食物連鎖の図式は極めて異様を呈している。

 

 頂点に立つのは災害種、梟歌衰月『オーデグラウ』。

 それだけは間違いなく。

 そしてそれ以外の全てが横並びだ。

 

 森には多くの魔物が住み着いてるが。強さの差はあっても食物連鎖の観点から見るとその全てが横並びとしか言いようが無い。

 

 頂点捕食者たる『オーデグラウ』を除けばその全てが食う物であり、食われる物なのだ。

 

 そう例え先ほど見かけた二十メートルを超す巨大な怪物蛇ですら。

 

 たった十センチほどの『蜘蛛』の群れに食われることがある。

 

 それがこの森の恐ろしさだった。

 

 

 * * *

 

 

「わ、わぷっ、な、なな、なに?!」

 

 ぎちぎちと聞こえてくる音に壮絶に嫌な予感を覚え、咄嗟にハイゼリーラを抱えて木々の上まで駆け上がる。抱えたハイゼリーラが腕の中で何か言っていたがそれどころではないと無視する。

 直後、眼下を通り過ぎていくのは千や二千は軽く超えているのではないかと思えるほどの小さな『蜘蛛』の群れだった。

 

 蜘蛛……嫌な物を思い出すがさすがに全身が水晶でできているなんて非常識な存在ではないようだ。

 

 暗くてよく見えないが多分普通の蜘蛛だ……いや、数千匹の群れを為して森を爆走する蜘蛛を普通と呼んで良いのかは知らないが。

 そうして通り過ぎていく蜘蛛の群れを見送りながら音に釣られて次が来ないかとしっかりと警戒し、次が来ないのをしっかりと確認してからようやく安全を確保したと降りていく。

 

 そうして思い出すのは先ほど蜘蛛の向かった先。

 

「あの蛇と同じ方向かあ」

 

 先ほど蛇が派手に木々を圧し折ったが、あの音に惹かれてどこからかやってきたのだろうか。

 どれだけ時間が経っているのだと言いたくなるが。この森の場合10キロや20キロくらいの遠方からでも平然と音を聴きつけてやってくることがあるから要注意だ。

 

 好機到来である。

 

 行くにしろ、逃げるにしろ、基本的にこの森ではまともに戦闘してはならない。

 化け物の相手は化け物に『なすりつける』ことが重要なのだ。

 そして両者が争い、疲弊した両者を後ろから刺して漁夫の利を得る。

 

 ただし漁夫の利が欲しいのは周辺にいるほぼ全ての魔物がそうだ。

 

 その中で利が得られると判断した魔物たちが殺到するので迂闊に近づくと漁夫の利狙いの魔物たちがさらに火種となって地獄の乱戦が開始される。

 

 行けるのか、行けないのか、いつ行くのか、その判断こそが生死を分けると言っても過言ではない。

 

 ただ逃げるだけなら別方向へ行けば良いだけだ。

 どうせ周辺の目はこれから始まる争いごとに集中するのだから。

 先ほどまでよりもさらに安全に奥へと行くことができる。

 

「どうする?」

 

 とはいえ先ほどあの蛇の目が欲しいと言っていたハイゼリーラには一応伺いを立ててみる。

 

「で、できるなら、欲しい、かな」

 

 まあ答えは決まっていたのだが。

 

「なら急ぐぞ」

 

 余計な乱入者がやってくる前に、行かなければならない。

 

 そう、考えて。

 

 

 ―――。

 

 ―――――――。

 

 ――――――――――――。

 

 

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読んでると「結局これ見えるの? 見えないの?」と思うかもしれないが、視界1~2メートルくらいまではなんとなく見える。
人間は夜の闇に眼が慣れればある程度は見える生き物なので、目の前に何かあれば輪郭くらいは見える。
そしてレベルが高いとちょっとくらいは人間離れできるので五感全部を使って視覚情報を補うことでなんとなく見える、くらいにはなる。
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