イアーズ・ストーリー   作:水代

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十七話

 

 錬金術とは究極的に言えば『物質に宿った魔力』を加工する技法だ。

 生物の内の魔力と大気中の魔力を合わせて理を為す『魔法』との違いはそこにあると言える。

 

 そのための素材には一般的には大量の魔力が含まれているダンジョンから出土した物質が良いと思われている。否、それは正しいのだ、実際現状の錬金術師たちの大半がそうやってダンジョン産の物質を加工して魔導具を作っているのだからそれが最も一般的なのは事実だ。

 

 だが定義的に言えば『魔力』さえ宿っているならばダンジョン産の物質である必要は無い。

 

 例えば魔物の体の一部などでも良いのだ。

 

 かつてハイデリーラが自らの使い魔『リーラ』を生み出した時のように。

 

 あれだってここ『闇哭樹海』に住まう魔物の肉塊だった。

 そこに含まれた魔力の量はこの地上で最も濃いとも言える。

 だったら魔物の部位素材というのは一般的じゃないのか、と言われれば是と答える他無い。

 

 その最たる理由として現状、この地上において現れる魔物は『魔力濃度』の低い地に住み着いている。

 魔力によって体細胞が変異している以上確かにそれらは魔物と呼べる存在ではあったが、けれど通常の生物からそれほど大きく逸脱しているわけではない。

 

 例えば通常ではあり得ない頭部から角が突き出た兎、目が一つになっている蛇、足が六本ある馬など確かに普通に考えればそんな生物は居ない。

 だが居ない生物だからと言ってそれが通常の種と大きく違うか、と言われると別にそうでも無いのだ。

 角が突き出ていようと兎は兎、草食で小柄で臆病で、基本的に『捕食』される側。

 蛇だって目が一つで視界が狭くなっているが、根本的に熱で感知する器官で獲物を感知するため通常の種と何か変わりがあるかと言われるとそれほど、としか言い様が無い。

 馬だって六本も足があるから何が違うと言われても、多少脚が早い、それくらいの物である。

 

 極論を言えばそれは魔力によって多少の逸脱はあっても物理的存在の範囲内なのだ。

 もしかしたら将来的にその生物が進化、或いは異様な変異を起こしてそうなるかもしれない、くらいの存在。

 それを魔力を得ることで強制的に引き起こされてしまっただけの通常の生物の範囲。

 それはただの物理範囲の物質であって、魔法範囲の物質とはなり得ない。

 それで錬金術の素材にはなり得ないのだ。

 

 例えばハイデリーラがいつかの日見つけたミカゲが入手し、売ったという肉塊。

 黒ずみ滲んだ血でぬらぬらと光るその肉塊は商人が入手してから一週間以上の時間を間に挟んでも腐ることも乾く無く、ハイデリーラが魔力を与えることで活性化し『脈打ち』始めた。

 最早肉塊の本体だったはずの魔物が死に絶え、肉の一部を切り取り、一週間以上の時間が経ってもその肉塊は『生きていた』のだ。

 通常ならばあり得ない。死んだ生物の肉は時間と共に腐り、腐臭を放つのが当然。

 だがその通常ならばあり得ないことを引き起こすのが魔力であり、その魔力を多量に含んだ物質こそが錬金術にとって最高の材料なのだ。

 

 だから今現在この地上でその例外となり得るのは『闇哭樹海』内の存在くらいだろう。

 この地上において、ダンジョンを除いてそこまで魔力の濃い場所と言うとそこしかないから。

 だが過去の歴史を紐解けば全く無かった、というわけではないのだ。

 

 少し話は変わるが魔物というのは基本的に同じ個体が存在しない。

 同じ種の動植物が同じように魔力を宿したとしても何故かそこには個人差のような変異の差が生まれる。

 故に魔物には名前というものが存在しない。

 魔物は一括して魔物であって、それを種族別に分類しようとしても『分類不可』だらけになってしまうのが精々だ。

 

 例えば森の中で見た巨大な一つ目の蛇。

 ミカゲ曰くの『この森の一般生物』だったが、あれはまさにそうなのだ。

 あそこまで強力な魔物が生まれるのはこの闇哭樹海ならではと言えるが逆に言えばもっと小規模な変異や小型の魔物ならば世界中で発生しては人目の無いところで自然に淘汰され消えていく。

 故に魔物というのは分類できるような存在ではないし、分類しても次の日まで生きているかも不明、つまり分類する意味も無いのだ。

 

 だが。

 

 それでも。

 

 名前付き(ネームド)と呼ばれる魔物が存在する。

 

 余りにも特異な変異を起こしたり、大規模な変異によって()()()()()()()()()()なったりと理由は様々だが魔物という通常の生物から逸脱した例外存在をしてさらに別格とされるような怪物たち、人が『共通認識』するほどにその存在感を得た化け物たちだ。

 

 一番分かりやすいのは『災害種』だろう。

 

 あれだって分類するならば『魔物』なのだ。

 だがアレらをただの魔物と分類するには余りにも例外的過ぎて結果的に『災害種』という一つの枠ができてしまうほどの強烈で。

 あそこまで強烈でないにしてもやはりただの魔物、と定義するには逸脱し過ぎた存在というのはいて。

 

 封の森の王『ネキレウス』はかつてメイ王国の北西に位置する封の森と現地の人間に呼ばれる森に住まう魔物だった。

 見た目は体長60cmほどの黒い毛皮の子ヤギで、その後頭部には二本のジグザグな形をした角が生えている。

 だがその見た目に騙されてはならない、その小柄な見た目に騙された生物は一人の例外無くこの怪物に『取り込まれて』いったのだから。

 その最大の特徴は『圧縮』だ。ありとあらゆるものを『圧縮』し、喰らってしまう。

 小柄なその見た目は自らを『圧縮』した結果であり、か弱そうなその外見とは裏腹に重量は三十トンを優に超え、その物理的にあり得ないような密度の体組織はどんな名剣すらも弾き、魔剣の一撃にすら耐えうる堅牢無比な鎧である。

 自らの住処たる封の森を『喰らい』、森一つの質量を持つ動く災厄となりかけていたところを当時のメイ王国の兵士と冒険者が一丸となって戦い、これを撃ち果たした。

 その死亡時には圧縮され続けた『森一つ分』の体組織が一気に弾け、甚大な被害をもらたしたらしいが……まあこれは余談だろう。

 

 ネキレウスの死骸は解体され、幾つもの部位に分けられたが、どの部位も非常に強大な魔力が宿っており、錬金術の最高の素材になるのは間違い無い。

 特にその角はネキレウスの『圧縮』の能力を司っていたと言われ、その角の一片でも組み込んだ魔導具は凄まじい性能を持つ……とのことだ。

 ハイデリーラ自身見るのは初めてだがこのジグザグとした形の角、そして何よりそこに内包された絶大な魔力が尋常な代物ではないと物語っていた。

 

 これだけでもあり得ないような代物だが、その他にもかつて死者の泉に生息した化け物植物『モルガニ』の触手や『ゴルダバ山脈』の麓に広がる草原を征していたとされる魔獣一角一眼の剛毛、茫漠と広がる砂漠地帯『ネルの大砂漠』を泳いでいたとされる砂鮫の長『白杭鮫』の刃歯と刃鱗など過去に存在したとされる『名前付き』の素材がこの場所には多く保管されていた。

 

 どれもこれも錬金術師からすると垂涎物の一品ばかりであり、錬金術師の元締めたる『国』からすれば国宝と呼べるレベルの代物ばかりどうやって集めたのかかなり謎はあったが、それはさておき。

 

「これ……って。なんだか偏って、ない?」

「ほう、分かるかい?」

 

 並べられた素材を見て浮かんだその違和感を呟けば、母さんが笑みを浮かべる。

 錬金術とは『物質に宿った魔力を加工する技術』ではあるが、物質に宿った魔力に秘められた『要素』ごとに加工後の『結果』は変化する。

 そして複数の素材からなる複数の要素を組み合わせ、全く新しい結果を導き出すのが錬金術師の腕前というもので。

 

 『ネキレウスの角』は『圧縮』の要素を秘めた魔力を持つ。

 『モルガニの触手』は『封縛』で、『一角一眼の剛毛』は『遮断』、『白杭鮫の歯』は『削減』で『鱗』は『減衰』。

 そして『神の雫』は『充填』や『充満』。

 

 要素とは『性質』と言い換えても良い。

 これらを組み合わせて出来上がる物にはとある方向性が見えてくる。

 

「これって……何かを封じるための道具?」

 

 これら全てを組み合わせ出てくる答えなど必然的に限られてくる。

 その中でも一番『それらしい』答えを返せば……母さんが笑った。

 

「ふふ、さすがは私の娘だよ。そうさ、これは封印のための物」

 

 告げてその視線を部屋の入口……その向こう側を見据えるように移し。

 

「この樹海の最奥に『封じられたモノ』の封印を更新するためのものさ」

「樹海の奥に……?」

 

 寡聞にして聞いたことの無い話だった。

 否そもそもこの『闇哭樹海』に関する資料というものが余りにも少なすぎて世間一般で知られている以上のことなどそれこそこの樹海に住んでいる母さん以外誰も知らないのではないか、という予想すらあるのだが。

 

「必滅の黒竜。破壊の権化。荒れ狂う暴威。かつて色々と言われていたけれど……まあシンプルにこう呼んだほうが良いかもしれない」

 

 ―――死ヲ刻ムモノ。

 

 ―――(ナラ)ビ立ツ者無シ。

 

 即ち。

 

 

 刻死無双(デッドライン)

 

 

 最強最悪の大災害だ。

 

 

 * * *

 

 

 災害種の最大の特徴はその『被害規模』にある。

 

 気まぐれに都市一つ丸ごと喰らい尽くす『集虫砲禍』。

 街一つを一夜にして()()で満たす『天蓋粉毒』。

 各地を転々とし自然の中にに根を張り土地を枯らし尽くす『亀樹廻界』。

 頻繁に村々に現れては大勢の人々を襲い、喰らう『威飢幼鷹』。

 大陸の中央の広大な樹林を住処とし、人類の生存圏を大きく削る『梟歌衰月』。

 海の全てに根を伸ばし、人類を大陸へと封じ込めた『餌生蛸沈』。

 

 正確に言えばオーデグラウに関しては仲間外れとしか言い様が無いのだが、人類の災害種の定義は余りにも曖昧であるが故にこの中に名を連ねてしまっているというべきか。

 人類は山といる魔物の中でも別格の存在を『名前付き』として定義した。

 だがその名前付きたちの中でもさらに別格。

 

 文字通り『災害』としか言い様の無いような存在をして『災害種』と定義した。

 

 では『刻死無双』とは一体どんな『災害』なのか。

 少なくとも今現在人類でその名こそ一部で知られていても具体的な情報は一切無い。

 それは遥か昔に失われてしまったはずの情報だから。

 

 だからそう、それを知っているのは。

 

 まだこの大災害が暴れ回っていた頃を知る存在だけだった。

 

 

 

 ―――当時、それは地竜の一種だと言われていた。

 

 少なくともソレに翼は無い。翼竜種(ワイバーン)のような翼も無ければ、真龍種(ドラゴン)のような羽翼も無い。

 少なくともソレに飛ぶための機能は無かったし、蛇竜種(ワーム)というよりは蜥蜴種(リザード)系列の体躯だった。とは言え蜥蜴種というには余りにも四肢が発達していたし、ならば地竜種系列の存在だろうと思われていた。

 事実、ソレには特異な能力というのはほとんどない。

 ただひたすらに頑丈で、ただすたすらに強靭で、ただひたすらに強大だった。

 

 ただどうしようも無いほどに強く、強く、強すぎた。

 

 災害種という時点でどれもこれも規格外過ぎてどんな尺度で測っても測り切れる物では無いだろうが、それでも、だ。

 災害種同士が争えばまず間違いなく、確実に、絶対に、勝つだろう、生き残るだろう存在はソレだった。

 

 寧ろ災害種と言う言葉がソレを指し示すためだけに生まれたと言っても過言ではない。

 

 かつて人類は……イアーズ帝国という統一国家の元に纏まっていた。

 大陸に荒れ狂う災害種と言う名の脅威を前に、団結せざるを得なかったのだ。

 否、正確に言えばソレ以外の災害種に関しては当時のイアーズ帝国ならば討伐……は無理としても撃退くらいならやり様があった。そのくらい人類に力があった、歴史上における人類の最盛期だったのだ。

 

 だがソレだけはどうやっても無理だった。

 

 どうやっても討ち果たすどころか、撃退することすら敵わずソレは地上で暴れ狂った。

 

 刻死無双。

 

 その名の由来はシンプルだ。

 

 世に双つと無く、死を刻む存在。

 

 死を告げる者、必滅の黒竜、破壊の権化、双つと無き死、荒れ狂う暴威、死の神、世界最強、絶対無敵。

 

 文字通り。

 

 世界を滅ぼす存在だった。

 世界を滅ぼせるだけの力を持った竜だった。

 生まれてきた時点でどうしようも無く手遅れだった。

 

 故に当時の人類はそれを封じた。

 封じることでしか対処できなかった。

 結果的に当時のイアーズ帝国の国土が半壊しようと、それを封じることが出来なければその時点でイアーズ帝国の名は地上から消え去っていただろうことは間違いない話だった。

 

 そうしてソレは封ぜられた。

 

 ソレを封じたその場所に帝国は首都を作り直した。

 決してソレが出てくることの無いように、幾重にも幾重にも封をし、そして。

 

 帝国は滅びた。

 

 人魔大戦によって首都『デュランタ』は滅び、そして封印を管理する者が居なくなった。

 

 そう、だから。

 

 

 だからハイゼリーラ・G・ファウストは『闇哭樹海』を()()()

 

 




今回台詞少なすぎたな(
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