イアーズ・ストーリー   作:水代

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十八話

 

 

 錬金術とは魔力を加工する技術だ。

 

 だが一言に加工とは言った物の、現実的に魔力を加工するというのは容易なことではない。

 

 魔力とは物理に属さないエネルギーであるが故に『第二法則』こと非物理法則を知らねばその変化は意図せぬものとなるだろうし、そもそも変化、変質させることすらできない。

 魔力というのは純粋なエネルギーではあるが、一度物質化してしまうと結束が強固になってしまう。

 そして一度そうして状態の固定化が行われると一切の変化を受け入れなくなってしまう。

 高熱で溶けた金属が冷えることで固まってしまうかのように、その形状を変化させることが非常に困難になってしまうのだ。

 

 だから錬金術で物質化した魔力を加工する時に必ず魔力を『融和』させる。

 

 冷えた金属をもう一度熱して槌で叩くかのように。

 固定化し、強固になってしまった物質魔力の結束を緩め、変化させやすくする。

 

 そのために必須の物がある。

 

 錬金術の基礎にして秘奥。

 

 それが『魔素溶液(エーテル・リキッド)』だ。

 

 

 『魔素溶液』の作成は錬金術の基本中の基本となる技術だ。

 

 単純に『液体』にひたすら魔力を注ぎ、融和させ、定着させていく。

 やること自体はこれだけのことであり、作り方自体はシンプルと言える。

 だが物質に魔力を定着させるというのは相当に繊細な魔力操作技術を要する。

 そのためこの『魔素溶液』の出来というのは錬金術師の腕前に大きく左右されることになる。

 

 加工対象となる魔力物質を浸す程度の『溶液』があれば量としては十分であり、それ以上の量を増やしても何ら効果が無い以上、重要なのは『溶液』の中にどれだけの魔力が定着しているか、である。

 

 例えば100の魔力を持つ物質があったとして。

 魔力濃度50%の『溶液』ならば50の魔力を加工できる。

 逆を言えば濃度50%では残り50の魔力を加工できない。

 加工されない魔力は『溶け切らず』変質しない元の性質を残したままとなる。

 

 当たり前だが50の魔力を加工した物質よりも、100の魔力を加工した物質のほうがより大きな効果をを引き出すことができる。

 残った50の魔力は溶けていないのだ。つまり定着し、固定化し、変質しない。

 固定化されてしまっているが故に変化しない、だから何の効果も引き出せない。

 

 融解、融和させた複数の魔力を掛け合わせて新しい効果を生み出すのも錬金術師の立派な技能だろう。

 

 だがこの『魔素溶液』の品質というのもまた錬金術師の技能を見るための目安と言われるほどに重要だった。

 『魔素溶液』にどれくらいの魔力が定着しているか、錬金術師は魔力に可視化できるが故に一目見ただけで凡そは分かる。

 先ほどの例で言うところの濃度50%とは錬金術師になるための国家試験で実際に行われる『魔素溶液』作成の一つのボーダーだ。

 たった50%と言うかもしれないが、魔力操作とはそれだけ難易度の高い行為である。

 何気なく魔法という形で人は魔力を操るが、それを意識的に、しかも意図的に操るというのは本当に難しいのだ。

 と言うより普段何気なく、感覚だけで行えてしまうが故に意識すると逆に難しい。

 

 だが、だからこそ濃度の高い『魔素溶液』と作れる錬金術師とは貴重な存在だった。

 

 

 * * *

 

 

 ハイデリーラ・ファウストは大陸でも有数の凄腕の錬金術師である。

 その若さからは考えられないような事ではあるが、けれどそれは確かな事実だった。

 そも『ホムンクルス』の作成とは錬金術師にとって一つの到達点である。

 そうでなければ『リーラ』というホムンクルスがホムンクルスであるという事実が誰にも知られることも無く、ハイゼリーラ・ファウストという偽名はあっさりとバレていただろう。

 

 信じられないような話ではあるが、錬金術師とは天才と呼ばれる人間たちが二十年、三十年と勉学、研究、実験に励み、その腕を磨き続けた上でそこまでやってようやくその中の上澄みだけがなれる超が付くほどのエリート職なのだ。

 実際、錬金術師になるためには国家試験に合格し、錬金術師としての免許が必要になるのだが、この試験がまた難問であり、何度も何度も落ちては受験し、苦節の果てにようやく合格できると言った類のものであり。

 そんな難問の試験を二十にもならない少女が一発で合格し、四十、五十と年月を重ねた熟練の錬金術師たちと同等の地位を築いているという時点で少女の人外染みた天賦の才が分かるというものだった。

 

 だがそんなハイデリーラが作る『魔素溶液(エーテル・リキッド)』ですらその濃度は80%を下回る。

 自らの助手たるホムンクルス『リーラ』に補助をさせてようやく80%に至るか否かと言ったところか。

 つまり天才の中の天才たるハイデリーラですらどうやったって20%は融和しきれない領域があるのだ。

 だがそれはハイデリーラが未熟なのではない。むしろ『魔素溶液』を専門とする錬金術師ですら75%を超えた『魔素溶液』を作れることは稀と言えるレベルなのだ。

 ハイデリーラの作る『魔素溶液』は大陸トップレベルと言っても良い。

 

 それは言い換えればハイデリーラ・ファウストの錬金術師としての魔力操作技術が大陸でも最上位に位置するものであり、ハイデリーラ自身もまた自らの腕前が確かなものであると、周囲を比べて劣るような物では無い……むしろ勝っているのだと思っていた。

 

 そう。

 

 ()()()()()

 

 

 

「なに……これ」

 

 呆然としながら呟くその視線の先には薬棚が一つ。

 棚にずらりと並べられている瓶の中には透明な無色の液体が並々と入っている。

 大半の人間は何かの液体が入っているとしか思わないだろうが、錬金術師の目で見ればそこに内包された桁違いの魔力量に驚くだろう。

 そしてさらに『腕の良い』錬金術師の目で見ればそれが常識を超えた代物であることが分かるはずだ。

 少なくともハイデリーラの持っていた常識はたった今粉々に破壊された。

 

 それは()()()()()()()()『魔素溶液』だ。

 

 液体……恐らく元はただの水だろうそれに桁外れの魔力を込め、定着させた物。

 だから定義的にはそれは『魔素溶液』だった。

 

 ただ一つ。

 

 定着させた魔力が桁外れ過ぎて『魔力浸蝕』を起こしていることを除けば。

 

 超高濃度の魔力に晒され過ぎて物質が『矛盾』を引き起こし、『魔力』そのものへと変換されている。

 そんな『魔素溶液』なんてハイデリーラは今まで見たこと無かったし、そもそもそれを『魔素溶液』であると認識することすらできなかった。

 

 それは南のほうにあった今はもう無きとあるダンジョンで採取された魔力物質に極めて酷似していた。

 桁外れの魔力量により無理矢理浸蝕を引き起こされ、浸蝕指数が世界最大値と言われるその物質の名は。

 

 『神の雫』。

 

 だがそれはダンジョンで作られた物では無いことをハイデリーラは知っている。

 それは人工的に作られた物だ。何せ作った本人がそう言ったのだから。

 魔力濃度、なんて言葉で溶液の質を表していたこと自体がまるで未熟の証拠であると言われたような気がした。

 魔力浸蝕を起こしたその溶液を分かりやすく言うならば『魔力濃度200%』と言ったところか。

 

 そもそも魔力濃度50%とは何を基準にして50%としていたのか、100%とはどこを指して言うのかと言えば、その物質に込めることのできる魔力の限界量だ。

 人の身に宿る魔力量に限界値があるように、あらゆる物質には宿せる魔力の限界がある。

 その魔力の限界まで定着した状態を100%とした時を基準として錬金術師たちは濃度を測っていた。

 

 だからこんなのは予想外も良いところだ。

 

 ダンジョンで高濃度の魔力に晒され続けた物質が魔力浸蝕によって物質が魔力へと置換されているのは錬金術師なら誰でも知っているが、それを個人の手で起こすことができるなどとは長年誰も考えなかった、考えられていなかった。

 

 だがそれができるというならば話はまるで変って来るのだ。

 

 物質に魔力を限界まで宿す濃度100%の状態。

 そこからさらに物質を魔力へ変換することができるなら100%は容易く超える。

 そしてその全ての物質的部分を魔力へと変換しきった極致とも言えるのが目の前にある溶液だろう。

 それはかつて『神の雫』と呼ばれ、今でも錬金学会の秘蔵の品として保管された素材と全く同一の性質を持っている。

 

 それが意味するとことはつまり。

 

 今まで世界最高峰の素材だと思われていた物が実は個人で作れる程度の物でしかないということ。

 もしかすれば他の唯一と思われていた素材もまた……。

 つまりそれだけ隔絶した差があるということだ。

 

 ハイデリーラたち大陸の錬金術師と。

 

 この溶液を作った人物……ハイゼリーラ(母親)との間に。

 

 一体自分の母親は何者なのだろう。

 

 その時、ハイデリーラは初めてその疑問を抱いた。

 

 

 * * *

 

 

 暗い森の中を静かに歩みを進める。

 『闇哭樹海』の深奥はたった一匹の怪物の縄張りであるが故に周囲に他の生物の気配は無い。

 とは言え時折迷い込んでくる魔物もいるらしいので油断はならないが。

 

 妙な気分だった。

 

 一言でいえば心臓に悪い。

 

 この『闇哭樹海』の主とされる梟は大陸なら誰もが知る脅威だ。

 人類の生存圏を大きく侵すこの森がけれどいつまで経っても不可侵領域である理由が結局のところその梟にあるのだから。

 

 これまでこの森に何度か入ってその度に梟の存在に怯えてきた。

 

 出会えば死だ。

 

 それを知っていたからこそ俺は梟を避け、時に忍び、その目を掻い潜ってきた。

 見つかった時、死んだかと思った。絶対に死ぬかと思った。

 『死』という圧倒的な事実の前に心が竦みあがった。

 『水晶魔洞』であの化け物蜘蛛と戦っていなかったら恐怖で動けなかったかもしれないほどに。

 

 つまり俺にとって災害種『オーデグラウ』とは死と恐怖の象徴なのだ。

 

 ずっと昔からエノテラ領で……この『闇哭樹海』の傍で暮らし、何度もこの『闇哭樹海』に立ち入ったからこそ余計にその恐怖を知っている。

 

 そして。

 

 だからこそ、妙な気分になる。

 

 オーデグラウを引き連れて『闇哭樹海』を歩くという今の構図が。

 

 ―――まるで首に刃を突きつけられたような気分だ。

 

 ぼやくように心中で呟く、代わりに息を吐く。

 

 そんな些細な『音』にも反応して、ばさ、と羽音が立てられる。

 すぐさま振り返って何でもないと首を振ると音が消えた。

 

 これだ。これである。

 

 オーデグラウの羽が極めて消音性が高いため基本的に羽ばたく音は出ない。

 それがあんな風に音を立てるのは何かあったのかとこちらを注視しているためだ。

 考えてみて欲しい。

 身の丈5メートルを超える巨大な梟に常に上空から見張られているような様を。

 しかも今は大人しくしているとは言え人を襲う獰猛さを持ち、それに対していざと言う時抗う術が無い人間の気持ちを。

 

 そもそもの話、どうして災害種が『師匠』に従っているのか。

 

 その理由すらも分らないからいつあの梟がこちらを襲いに来るのか、本当にあの梟は襲ってこないのか、それすら分からず冷や冷やする。

 

 ―――師匠も師匠で謎が多い人である。

 

 どうしてこんな森の中にいるのか、とか。

 この森で何をしているのか、とか。

 一体何者なのか、とか。

 

 分からないことは多く、謎もたくさんあって。

 それでも分かることは一つ。

 

 俺があの人に助けられたということ。

 

 ああ、そうだ。

 

 助けられたのだ、俺は。

 

 他でも無い、ルー・オルランドの孫が。

 

 

 ―――仇敵であるはずの魔族に。

 

 

 そもそも魔族とは一体何なのか。

 

 現在は地上から姿を消したが、ほんの五十年、六十年前までは魔族との戦争は続いていた。

 にも関わらず、魔族に関して分かっていることは余りにも少ない。

 凡そ百五十年ほど前に突如地上に現れ、当時のイアーズ帝国首都を壊滅させ、人類に対して宣戦布告した存在。

 戦いは百年にも渡って続いたが、やがて英雄の登場によって徐々に人類は魔族を押し込み、そして。

 

 この『闇哭樹海』の中に消えて行った。

 

 それ以来魔族は表舞台には出てこないまま、生きているのか、死んでいるのかさえ分からない状態が続いていた。

 その魔族が生きていた、となればそれは大事である。

 しかもその魔族がこの樹海の主を従えているともなれば……。

 

 だが師匠は俺を助けた。

 

 ルー・オルランドの血族たる俺を助け、俺を導き、結果的に俺は『ルー・オルランド』になった。

 

 その上、その気になれば樹海から出ることもできるだろうに樹海の中に長年引きこもり樹海の外へ手を出す様子も無い。それも()()()近くもだ。

 

 そう、五十年。

 

 人が一人、生まれ、死ぬくらいの時間を得て尚あの少女の姿をした魔族はあの場所から一歩たりとも動いていない。

 何故それが分かるかと言えば初代オルランドこと『ルー・オルランド』もまた彼女に会っているからだ。

 

 『ルー・オルランド』は英雄と言われているが身近な血縁だった俺たちからすると『脳筋』と言う言葉がとても良く似合う存在だった。

 何せ統治や義務などが面倒で『貴族』と言う地位を蹴っ飛ばした男である。

 大戦が終結し、国々が復興のために心血を注ぐ中、自らの拠点の目の前にある大陸屈指の危険地帯に修行と称して飛び込んだのはある意味当然と言えば当然の結果だった。

 

 その中でルー・オルランドは彼女と出会った。

 

 俺が師匠と呼ぶ少女の姿をした魔族に。

 

 彼女を指して『森の魔女』と呼んだルー・オルランドだったがけれど彼女と争うことも無く、彼女を排斥することも無く、森を出た。

 

 ―――困ったことがあったなら『森の魔女』に会って見ると良い。

 

 そんな言葉を息子や孫に残して。

 

 その五十年近く後に、孫である俺がその言葉に縋るように『樹海』に踏み入れたのは……まさに運命とでも呼ぶべき行いだったのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら足を進めて行った先に。

 

 やがてそれは見えてくる。

 

 

「……嘘、だろ?」

 

 

 この森の中で声を発する、その危険性を知りながらも声が抑えられなかった。

 ほとんど無意識の中でぽろっと出てきたその言葉は、だからこそ掛け値なしの俺の本音であり。

 

 ―――そこにあったのは都市だった。

 

 長年放置され草木に覆われた石造りの建物。

 すっかり腐食が進み、最早原型すら留めていないような建物もいくつかあった。

 

 この常闇の森の中で、けれど確かにそれは視界に映った。

 

 広がる都市の中央。

 

 奥行きすら見えないはずの広大な都市で、けれどそこが中央なのだと理解できる。

 

 何故ならばそこにあったのは巨大な城だ。

 

 明らかに森の樹々よりも背の高いはずの城は森の樹々に隠されるようにして佇んでいて。

 

 空間が歪み、物理的な距離感すら狂う中でその城の一部を半壊させながらそれは大地に突き刺さっていた。

 

 水晶だ。

 

 透明な……光を放つ水晶がこの闇の森を照らしていて。

 

 

「刻、死……無双?」

 

 

 水晶の中央に眠る巨大な漆黒の竜がそこにはあった。

 

 

 

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