イアーズ・ストーリー   作:水代

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十九話

 

 

 『魔素溶液』に素材を浸けて手をかざせばそれで完成……なんてお手軽に魔力加工ができるならば錬金術師なんて職業が生まれるはずも無い。

 魔力操作自体は非常にマイナーかつ使いどころの少ない技術ではあるが、けれど得意不得意の差を考えなければ究極的には魔力があるならば誰にだってできることなのだ。

 

 『魔素溶液』に浸けた素材はじわじわと魔力が解けていく。

 だが魔力浸蝕された物質の魔力を解かし過ぎればそのまま魔力が溶けてしまって消えてしまう。

 かと言って早すぎればそれは碌な加工もできない状態のままで二度目の固定化が始まる。

 二度状態固定された素材を再度溶かすことは容易なことで無い以上、魔力の解け具合を良く見て最適なタイミングで素材の加工を始める『眼』こそが錬金術師の命と言える。

 

 そう、目だ。

 

 『眼』こそが錬金術師にとって最も大切なものだ。

 

 錬金術師が錬金術師という一つの職として確立されているのは全てこの『眼』があるからだ。

 

 魔力を見る『眼』こそ錬金術師が錬金術師である証であり……。

 

 そういう意味では、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 単一素材を『溶液』で解かして加工することはそれほど難しいことではない。

 何だったら駆け出しの錬金術師でもできる程度のことである。

 だがその程度の品が一体何に使えるのか。

 単一素材を解かして加工したところで単一の効果しか持たない以上、幅というものが限られてくる。

 

 二つ以上の素材を加工する時、二つの性質を『合成』することで新しい性質を生み出すことができる。

 これこそが錬金術にとって最も重要な要素であり、逆に言えばこれが無ければ錬金術はとっくの昔に廃れてしまっていただろう。、

 

 例えば『A』という素材と『B』という素材を組み合わせ全く新しい『C』という効果を生み出すとする。

 この時この『A』と『B』二つの素材を使って作れる魔導具の効果は『A』と『B』が元々持っていた性質とその二つを掛け合わせた『C』と言う効果の()()()できることになる。

 さらにこの三つの効果を掛け合わせることで新しい使い方が生まれるとする余地だってある。

 

 となればこの素材の数を増やせば増やすほどに生み出される『性質』や『効果』の数は急激に増していくこととなる。

 さらにその莫大な数の性質の中から任意の物を選び出し、組み合わせ、一つの魔導具を作っていくからこそ魔導具というのは職人の技術の結晶なのだ。

 

 だが複数の素材を組み合わせる、と言葉にするのは簡単ではあるがそれが実際には恐ろしく難しい技術であることは余り知られていない。

 先ほどの例で言えば二つの素材を解かした時点でそこには『A』という素材の魔力と『B』という素材の魔力、さらにそこに自らの魔力の三種類が混ぜ合わされた状態になる。

 魔力の加工とはこの複数種類の魔力を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

 だがそこにあるのはバラバラの性質を宿した魔力だ。

 

 バラバラの性質の魔力を画一的な動かし方でどうこうするというのは不可能だ。

 で、ある以上『A』には『A』の、『B』には『B』の魔力の動かし方というのがあって、けれど実際に動かしているのは自らの魔力だけなのだ。

 それは右手と左手に筆を持って両手で別々の絵を描くような難解な作業である。

 たった二種類ですらこの有様なのだ。まして三種類、四種類……それ以上の数ともなれば気が狂いそうなほどの精密かつ緻密な魔力操作が要求されることとなる。

 

 だから通常魔導具が作られる時は『一種素材(ソロ)』や『二種合成(デュオ)』か多くて『三種合成(トリオ)』で複数の加工品を作りそれを道具の中にセットすることで組み上げている。

 

 さて、ここで母が素材として用意した数々の品を思い出してみよう。

 

 『ネキレウスの角』

 『モルガニの触手』

 『一角一眼の剛毛』

 『白杭鮫の歯』

 『白杭鮫の鱗』

 『神の雫』

 

「……六種合成(セクステット)って」

 

 はっきり言って出来たら神業である。

 

「せめてリーラがいたら……」

 

 ホムンクルスの魔力は制作者の魔力と極めて同質の性質を持つ。

 つまりハイデリーラの魔力をリーラは一緒になって操作できるのだ。

 先の二種合成の例を言えばハイデリーラが『A』の素材を間接操作している間にリーラが『B』の素材を間接操作することで二種合成程度ならば容易に作成可能だ。

 だからこそホムンクルスは錬金術師にとって極めて重要な物ではあるのだが……。

 

 そもそもホムンクルスを作るのに四種合成(カルテット)を複数回熟す必要があるという矛盾がある。

 

 だからこそホムンクルスを持つことは錬金術師の極致の一つなのだ。

 普通四種合成ができるなら錬金術師としては超一流と称して差し支えないのだから。

 

 というか、四種合成以上の配合で作る物というのが余り無い。

 

 正確に言えば三種合成までで大半のものが作れるので四種合成まで使わなければならないほどの品というのはほぼほぼ無いというべきか。

 ホムンクルスが到達点とされるのはそういう一面もある。

 

 正直言って四種の素材を掛け合わせて作る時点で『性質』の組み合わせの選択肢は膨大なものとなる。

 だが大半の場合、その膨大な組み合わせの中から二つ、三つだけ選んで組み合わせれば必要な物は大概作れてしまう、となれば最初から二種合成、三種合成を複数回行うだけで済んでしまう。

 わざわざ四種合成のような難易度の高いことをやる必要性も無いということだ。

 

 錬金術師として大成していると自負しているハイデリーラをして、六種合成などという常軌を逸しているとしか思えないような品は初めて見た。

 

 一体これで何を作るというのだろう。

 

 一体これで何が作れるのだろう。

 

 余りにも高い難易度に震える。

 

 けれど同時にその先に生まれる物を思い……別の意味で震えた。

 

 

 * * *

 

 

 静まり返った黒闇の森の中、その中央部に位置する廃都市群。

 そして都市の中央に座する廃城の敷地に突き刺さるようにしてあるのは巨大な水晶塊。

 

 その水晶の中に見えるのは。

 

「でか……いや、小さい?」

 

 一匹の巨大な黒い竜。

 全長二十メートルあるかどうか、と言ったところ。

 巨大だ……だが同時に小さい。

 生物としてはかなりの巨体であることは間違い無い、だが『竜種(ドラゴニア)』としては小さめと言ったところ。

 

 竜とは幻想種だ。

 

 通常の生物とはあらゆる意味で『規格』が違う。

 魔物のようで魔物では無く、モンスターのようでモンスターではない。

 生きるために魔力が必須という意味では定義的には魔物なのかもしれない。

 だがその体は肉体が魔力に浸蝕されているわけではない。肉では無く、魔力によって構成されているという意味では定義的にはモンスターが近いかもしれない。

 だが意思と感情を持ち、本能すら持ち合わせているという点ではそれはモンスターではない。

 

 生きた魔力の塊、としか表現することのできない存在。

 

 それが幻想種であり。

 

 その最強と呼ばれるのが『竜』だ。

 

 故に竜は物理的な束縛というものが無い。

 明らかに体のサイズに不釣り合いな翼で平然と空を飛ぶし、発炎器官も無いのに炎を吐く。

 肉も食らわず、魔力を得るだけで永遠の時を生きるし、どれだけ体が大きくなろうとも肉体の動きに支障が出ることは無い。

 

 だが同時にその身は常に大量の魔力を必要としている。

 

 故に『竜』は基本的に魔力の強い地を自らの領域とし、(ねぐら)から出てくることはほぼ無い。

 ただ自らの領域に侵入した存在は確実に消し去るその強さから強大な存在の象徴とされており、同時に金銀財宝などの『強い思念』の宿った物を集める性質から富の象徴ともされている。

 遥か昔より悠久の時を生き永らえながら滅びていないことから一定以上の年月を重ねた竜のその強さは『災害種』と同等とされており、基本的に規格外としか言い様の無い存在である。

 

 ただ『竜』というのは基本的にフェブラ王国とマーチ国の国境東端に連なる『大竜山脈(ドラグマウント)』にその大半が根を差し巨大なコミュニティーを形成しているはずであり、極稀にそのコミュニティーから外れたはぐれ竜(レッサードラゴン)が各地で見られる程度だ。

 少なくともこの『闇哭樹海』に竜がいるなどという話は聞いたことが無い。

 

 ―――そもそも闇哭樹海についての情報が少なすぎて、誰も知らなかっただけなのだろうが。

 

 こうして封印されている以上、それを知るにはこうして樹海の深奥までやってくるしかない。

 この樹海の、深奥まで、だ。

 無理に決まっている。俺だって師匠という存在が居なければ絶対に無理だ。

 

「そもそもどうしてこいつは封印されている?」

 

 封印した、と師匠自身が言っていた。

 どうしてこいつだけ? 他の災害種は全て地上で、或いは海で好き勝手しているのに。

 

「世界を滅ぼす竜、ね」

 

 師匠はそう言った。

 その意味はまだ分からない。

 少なくとも俺はこの竜が動いている様を見たことが無いから。

 ただ()()()()がこれだけ手を尽くしている時点でそれがヤバイことなのは分かる。

 

 だから、だから、だから。

 

「……マジかよ、これ」

 

 近づいていく。

 歩いていく。

 街の中央、城へと少しずつ、少しずつ。

 そうしてやがて見えてくる。

 はっきりと、その様が見えてくる。

 

 水晶があった。

 

 水晶の中に竜があった。

 

 その竜の。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 * * *

 

 

 かつて大戦があった。

 人類と魔族の全てを賭けた大戦。

 

 結果、魔族は負けた。

 

 ()()()()()()()()()()とした彼らは負け、そして彼女だけが残った。

 

 ハイゼリーラ・G・ファウストは魔族である。

 だが根本的な話。

 魔族とは一体、何なのかと言われればそれはこう答える。

 

 ―――本来あるべき肉体を失った精神生物。

 

 故に魔族は『人』が居なければ生きられない。

 ()()()()()()()()()()()存在に憑りつくことでしか生きることができない。

 

 だが、だ。

 

 元よりそうだったわけではない。

 元よりそんなおかしな生命だったわけではない。

 彼らは、彼女らは元を正せばただの人でしか無かった。

 ただの人でしか無かった彼ら、彼女らはけれどだからこそ『裏返って』人で無くなった。

 肉体に依存する人だったからこそ、裏返れば肉体の無い、精神だけの存在になった。

 

 彼らは好きでそうなったわけじゃない。

 彼女らは好んでそんな存在になったわけじゃない。

 そうされた、そうなるように強制された。

 だから彼らは人を恨む、だから彼女らは人を恨む。

 

 本来あるべき自分たちの居場所を奪ったやつらを憎んでいる。

 本来あるべき自分たちの居場所を取り戻したいと思っている。

 それと同時に自分たちをそんな体にした相手を殺したいと思っている。

 

 でもだからと言って方法というものがあるだろう、と彼女は思った。

 

 人への憎しみがこびり付いた魔族たちの中で、彼女は……『ファウスト』は異端だった。

 自分たちの居場所を取り戻したいと思っているのは彼女も同じ、けれど今自分たちの居場所に居座っている『人』が自ら望んでその場所にいるわけではないということも分っていた。

 

 故に『ファウスト』は『人』を滅ぼすつもりは無かった。

 

 そもそもこの世界を滅ぼすつもりも無かった。

 

 魔族と一口に言っても様々だ。

 共通しているのは誰もが自分たちをこんな体にした相手への殺意を抱いていること。

 そして大なり小なり人を恨んでいること。

 居場所を取り戻したいと思っていること。

 

 けれどその比重は個体ごとに異なる。

 

 故に。

 

 殺意だけが極端に先走った魔族たちがいた。

 

 ただひたすらに、自分たちをこんな体にした存在を殺すことだけを考え続けた彼らは。

 

 

 ―――決して作ってはならない物を作った。

 

 

 災害種。

 

 今現在人類でそう呼ばれている存在の『大半』は実は自然と生まれてきた存在だ。

 かつての魔族はその存在を、その存在が生まれる過程を解明し、そして何故それが生まれるのかを知った。

 今となっては最早世界に数えるほどしか存在しないその怪物たちは自然淘汰の中で生まれた奇跡のような存在だ。

 

 そしてその力は圧倒的の一言に尽きる。

 

 何より自然に生まれた存在故に……この世界の理で生まれた存在であるが故にこの世界に適応している。

 世界は異物を排除しようとする。運命的に、必然的に、ありとあらゆる手段を持ってして異物を消し去ろうとする。

 だがこの世界で生まれ、この世界に適応した存在は例えこの世界を破壊し尽くす存在だろうと異物ではない。

 

 そこに目を付けた魔族たちがいた。

 最強の存在たる『竜』を意図的に『災害種』と同じ体質へと変化させる。

 そうして生まれたのが一匹の黒い地竜。

 

 結果だけを言えばそれは成功し、失敗した。

 

 黒い地竜は他を圧倒する力を持ち、成長し続ければ世界をも破壊するほどの強大な力を持つだろうと思われた。

 だが同時にそれは決して誰にも手綱をつけることのできない本物の『災害』になってしまった。

 

 

 刻死無双(デッドライン)という名を世界に刻むこととなった。

 

 

 

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