イアーズ・ストーリー   作:水代

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六話

 モンスターは人間を襲うと言われているが、正確には『ダンジョン内にいるダンジョン産の生命以外を襲う』というのが正しい。

 ダンジョンによって生み出された生命は、ダンジョンへと侵入してきた生命をダンジョンへと返すために積極的に襲いかかってくる。

 

 とは言っても基本的にダンジョンへ侵入する存在など人間しかいない。

 

 だからモンスターは人を襲う、というのは間違った表現ではないのだが。

 

 ―――ここに一つ例外がある。

 

 例えば産み付けられた卵が孵化し、ダンジョン内で成長した化け物蜘蛛、とか。

 

「思わぬ臨時収入だったな」

「そうですね」

 

 化け物蜘蛛から逃げる際中全くモンスターに遭遇しないと思っていたのだが、どうやら五階層のモンスターの大半はあの化け物蜘蛛が殲滅してしまっていたらしい。

 走っている時には気づかなかったが、通路のあちこちにドロップ品が散乱しており、俺があの化け物蜘蛛を引き付けて走っている間に、フィーアがせっせと拾っていたらしく、先ほど確認した限りではかなりの量になるようだった。

 

 さらに言うなら。

 

「あれもあるしな」

 

 ちらり、と向けた視線の先にあったのは、鋭い鉤爪状に変形した魔水晶。

 

「……良く斬れましたね」

 

 見やり、さすがに驚いたと目を丸くするフィーア。

 まあそうもなるだろう……何せその水晶は、あの化け物蜘蛛の『脚』の一部だ。

 持っただけで分かるが通常の水晶とはまるで()()が違う。両手で抱えるほどの大きさがあるのだから重いのは当然だが『それにしたって』である。

 数倍、或いは十倍近い密度の魔水晶、一体何をどうすればこんな物質が生まれるのかと思うほどに硬すぎるそれは完全にこちらの理解を超える産物であった。

 密度が高いということはそれだけ重いということであるが、まさかフィーアのバッグに入らないほどとは思わなかった。

 結局自分で担いで運ぶハメになったし、そのせいで現在馬車の中で体力切れでぶっ倒れている最中である。とは言え捨ててくるという選択肢は()()()()()

 

「ま……奥の手ってやつだよ」

 

 そのせいで木剣一本が()()()()()が、まあ代わりに手に入れた脚一本で木剣の百本や二百本余裕で買える程度の値段になるだろう。

 

「いくらになるか、値の予想ができませんよ……『災厄の子』の脚なんて」

 

 ギルドに提出すると仲介料が抜かれるのでやや買い叩かれる部分もあるが、それでも相当な額になるだろうことは予想できる。

 正直現状無一文だし、何より目的だった六階層に行けず、依頼を達成できなかった以上少しでも現金収入があるのはありがたい話である。

 苦労に見合うだけの物ではある。フィーアが拾ったドロップと合わせればしばらく冒険に行く必要もないかもしれない。

 

 まあ、最も。

 

「封鎖されるだろうな、あのダンジョン」

「されますかね?」

 

 がたごとと揺れる馬車の幌から流れる景色を見つめながらぽつりと呟いた言葉に、隣で座る少女が返事をする。

 がさごそがさごそと先ほどから鞄の中を漁っているのはドロップ品やそれ以外の荷物の整理をしているのだろう。適当に手を抜いたポーターはこういう面倒な部分をギルドで全部ひっくり返してから余計な時間をかけさせるのだが、やはりこういう細かいところで手を抜かないマメな仕事ぶり、それにダンジョン内での活躍を見ても心底優秀なポーターだと思う。

 

「少なくともランク3以下は許可されないだろ……自殺行為だしな」

「あんなのを相手にランク4がいたところで、どうなるという話ですがね」

 

 アナタが居たほうが余程良いでしょう、なんて臆面もなく告げる少女の表情はフードと前髪に隠れて見えない。

 そんなフィーアの言葉少し気恥ずかしさを覚えながらも嘆息する。

 

「ランク4で偵察して、ランク5集めて総力戦……てのは真っ当な流れだろうな」

 

 少なくとも、放置はあり得ない。放置するには『水晶魔洞』は利を出し過ぎた。

 最早ペンタスの街の主要な輸出品と呼んで差し支えないほどに。一時封鎖することはあっても、閉鎖は絶対にあり得ない。

 そして封鎖されている間街の主要な産業が完全に停止してしまう以上、一刻も早く事態の解決を望むはずである。

 それはペンタスの街を含むこの辺り一帯を治める領主もそうだし、ペンタスの街の冒険者ギルドも同じだ。

 

 ランク4以上の冒険者は非常事態に際してギルドから強制招集に従う『義務』が発生する。

 

 俺がランク3で昇格を辞めたのも実のところこれが大きい。

 とは言え『義務』がある分、『権利』はランク3以下よりも大きく、特にランク5ともなれば相当な物である。

 何よりも街における『信用度』が格段に違う。ランク5もピンからキリまでだが、本当に一部の冒険者はまるで英雄のような扱いを受けたりもする。

 

 とは言え、だ。

 

「この街のランク5冒険者は少ないですから、少し時間がかかりそうですね」

 

 基本的にランク5の冒険者には縄張りというものがある。

 別に明確にそう決まっているわけではないのだが、冒険者というのは各地を転々とするより一つのダンジョンを延々と周回したほうが儲けは多い。何せ同じダンジョンなら必要となる対策は同じ物になるからだ。

 潜るダンジョンを何度も変えればその度に必要となる物が変わって来る。中での立ち回りも変わって来るし、マップも新しく作り直すか買い直すか、調達の手間がかかる。

 だからランク5になるほど熟練の冒険者ならば基本的にどこか一つのダンジョンを専門にして潜っている場合が多い。

 

 水晶魔洞は近年発見されたばかりの新しいダンジョンだ。

 景気の良さから人は多く集まれど、冒険者の質的に見れば手軽な儲けを求めて集まって来たのは低ランクの冒険者ばかりで、地元ダンジョンで十二分に稼げる高ランク冒険者たちがわざわざやってくる、というのは余り無い話だった。

 

 勿論例外はあるし全員が全員、というわけではないのだが、実際ペンタスの街のギルドに登録しているランク4以上の冒険者というのは他の街と比べて少ないのは事実だ。

 

「ま、俺たちには関係の無い話だけどな」

 

 所詮自分たちはランク3冒険者とポーターの組み合わせである。

 この情報を持ち込むだけ持ち込んだらそれでお役目御免と言ったところだろう。

 

「ルーは……討伐隊には?」

「するつもりはない。そもそもランク3だしな、呼ばれないと思うぞ」

 

 答える俺に、フィーアが一瞬バッグを漁る手を止め。

 

「……はぁ、そうですか」

 

 少しだけ呆れたように息を吐いた。

 

 

 * * *

 

 

 魔法とは何も無制限に、無尽蔵に使用できる便利な力というわけでは無い。

 戦闘で体を運動させることに体力を消費するように、魔法を繰り出すことにも相応に代償が求められる。

 

 一つが魔力である。

 

 生物の大半が持っているエネルギーではあるが、その総量は個体ごとに揺らぎがある。

 とは言え種族単位で見ればその揺らぎとて誤差レベルである。正確には『上限値』とでも呼ぶべきものだが。

 魔力は鍛えなければ上昇しない。逆を言えば鍛えればある程度までは上昇する。

 魔力の総量は魔法の行使回数や干渉力にも関わって来るため、魔法を使って戦う者たちにとって魔力を鍛えることは必須事項と言える。

 

 だが魔力だけあったところで魔法は使えない。

 魔力自体には性質こそあれ色は無い。

 つまり指向性が無いのだ。魔法として打ち出そうにもただの魔力の塊にしかならない。

 

 魔法を使うためにはもう一つ求められるものがある。

 

 つまり色、属性。

 

 名を『媒体』と呼ぶ。

 

 ルーの魔法『燃焼(バーン)』は文字通り『燃やす』魔法だ。

 燃やすとはつまり、燃焼する、炎を発生させることであり、炎そのものを生み出すわけでは無い。この辺りが『火炎(ファイヤー)』や『陽焔(フレア)』との違いと言える。

 

 燃焼とはつまり引火点を超える温度によって物体が急激に酸化する現象ではある。

 

 そこに必要なのは『可燃物』と『酸素』、そして『温度』の三種になる。

 

 酸素自体はこの星のどこであろうと存在する。それこそ密閉空間でも作らなければ。

 まあそんなことをすれば圧力の変化で普通に死ぬだろうから例外として、基本的にはこれは問題無い。

 ダンジョンの中は生命が存続できるよう環境が整えられているので洞窟内で炎を使って酸欠などということには基本ならない。

 

 そして可燃物は基本的に魔法の対象の問題である。

 

 つまり普通に魔法を撃っても石は燃えないし、水が炎上することはない。

 だが逆に燃える物なら何でも燃えるし、それが体から離れていようと問題無い。

 

 と、この二つは環境と対象の問題であるが故に魔法の『媒体』にはならない。

 

 つまり最後の一つ『温度』である。

 

 ルーの魔法の『媒体』は温度。そして最も身近な温度と言えば……体温になる。

 

 結論だけ言えば、ルーの魔法は体温を抜き取り、増幅させて物質に付与させることで急激に温度を上昇させ発火させる。

 そういう魔法だから使えば使うほどにルー自身の体温が下がるという問題がある。

 

 勿論普通に少々使った程度ならば問題無いのだが……。

 

 あの化け物蜘蛛の脚一本斬り落とすのに必要な温度とはいかほどだろうか。

 

 何せ全身が『水晶』で出来ているのだ。

 それを融解させ、焼き切るだけの温度とは凄まじい物になる。

 

 支払った体温と発生する温度は決して等価足りえない。

 

 物理法則に喧嘩を売るような話ではあるが、その矛盾は『魔力』が補う。

 魔法に支払った代償(たいおん)と魔力の量によって熱量と継続時間が決定する、それが『燃焼』の魔法の基礎である。

 

 とは言えだ。

 

 焼き切る一瞬の刹那とは言え、発生させた熱量を考えれば、いくら魔力で補っていても補いきれるものではない。

 

 故に、補充する必要があるのだ。

 

「次くれ、次」

 

 皿の上に乗っかった山盛りのパスタを平らげながら通りがかったウェイトレスに次の注文をする。

 注文を受けたウェイトレスが机の上に所狭しと並べられた料理の残った皿の数々を見て、まだ食べるのかと言った表情をするがそれを口にすること無くオーダーを伝えに走って行くのを見ながら空っぽになった皿をさらに積み上げてさらに次の皿を取る。

 

「良く食べますね」

 

 飯時にまですっぽりと被ったフードを取らないフィーアがスープ皿をスプーンでかき混ぜながら呟く。

 前髪に隠れて見えないが、何となく呆れたような目をしている気がする。

 

「朝から碌なもん食べてねえのに一日ハードだったからな」

 

 とは言えその成果はあったと言える。

 今朝までの無一文が今こうして()()で飯を食べに来る余裕まであるのだから。

 何よりあの『脚』がとても良い値になった。

 何せ現存する災害種の子の一部という非常に貴重なサンプルだ。

 学者だろうが好事家だろうと欲しがる人間はいくらでもいる。

 純粋に素材としての価値だけでも魔水晶を圧縮して作られたあり得ざる鉱石であり、相当な値になることは間違いない。

 

 大よその予想通り、水晶魔洞は一時閉鎖されてしまったが、『脚』だけでも向こう数年くいっぱぐれることはないだろう程度の金にはなったし、残ったドロップ品も現在売却処理中だ。

 フィーアへの報酬を差し引いても当分は冒険する必要も無い。

 

「ま、多少やることもあるし、しばらく冒険から離れてゆっくりするのも良いかもな」

 

 目算ではあるが水晶魔洞の調査が開始されるのに三日程度。一日あればあの化け物蜘蛛が補足されるだろう。

 そこから討伐隊が編成され送り出されるまで三日から五日。

 

 まあ最短で十日弱と言ったところか。

 

 余り伸ばしすぎれば産業が止まった影響で街が致命的ダメージを追うだろうから領主側もギルド側もことを急ぐだろうし、もうちょっと早まる可能性もあるかもしれない。

 

「まあ……【レックス】も招集するとギルドの人が言っていましたので、それも良いかもしれませんね」

「……【レックス】か」

 

 『チーム』と言うシステムがある。

 『パーティ』が臨時のものも含めるとするなら、チームは完全に固定メンバーである。

 入れ替えのようなものも偶にあるが、基本的に同じ面子で冒険し、報酬なども個々人でなくチームへと渡される。

 利点としては同じ面子で組むため連携が取りやすいこと。また臨時パーティのように誰が来るのかどんな役割なのか、どれほどの実力なのか、そんな全てが運任せなものと違って実力が常に一定であること。

 実力が常に一定であるということはどこまでできるのか、どこからが危ないのか見極めがスムーズであるということで、命を第一とする冒険者としては大きな利点だ。

 何よりチーム単位で冒険をするので、欠員というものが基本的には出ない。

 その分自由度は下がるが、それでも常に万全の準備を整え、人員を揃えて冒険に出かけることができるというのはその不自由を補って余りある。

 

 とはいえ一言にチームと言ってもそう簡単に作れるものでも無い。

 

 まず第一に認知としてはメンバー個々人でなくチームと一括で見られるため、例えば誰か一人信用を無くすような真似をすればチーム全員の信用も無くす。

 集団でことに当たる分、何かあれば連帯責任を負うことになる、ということだ。

 

 第二に基本的に冒険者というのは自由を好む。一匹狼も多いし、ソロじゃやっていけず臨時パーティを組むものも多いが臨時パーティが次もまた続くことなど滅多に無い。

 他人に束縛されることを好まない人間が多く、そんなやつらを一か所に無理矢理集めたところで連携、連帯なんて言葉出てくるはずの無い烏合の衆にしかならなくなる。

 

 最後にチームは基本的に個人の都合よりもチーム全体の都合を優先する。

 チームの方針と個人の方針が一致している間は良いが、もしこれがバラバラになり出すと最悪空中分解することになる。下手をすればダンジョン内で連携に齟齬が出てメンバー全員お陀仏だ。

 

 メリットも多いがデメリットも多い。

 

 そんなチームの中で【レックス】というチームは最近ペンタスの街でも名を挙げている。

 

 メンバー全員がランク5という精鋭集団であり、この近辺の冒険者パーティの中では最強と謳われている。

 特にリーダーの『ティーガ』はかつて三つのダンジョンを制覇したことで【冒険王】の二つ名でも呼ばれる実力派だ。

 

「あそこが来るなら……まあまず問題ないな」

 

 有名なチームだし、実力も確かだ。

 あの化け物蜘蛛とて相当な相手ではあるが、けれどまだ成長しきっていない現状ならばまだ倒せるレベルだろう。

 十日ほど休養日だとでも思ってゆっくりと過ごさせてもらうか、なんて。

 さて何をやろうかなんて頭の中で考える。

 気が早いかもしれないが、討伐が終わった後のことだって考えていた。

 

 討伐隊が失敗する可能性は皆無に等しいからだ。

 

「……だと良いけど」

 

 だから、ぽつりと呟いた三人目の声にも気づかなかった。

 

 

 




このあといっぱいむしゃむしゃした(もぐもぐ



魔法名:燃焼(バーン)
階梯:第一階梯/第一法則
使用者:■■■・ルー・■■■■■

燃焼とはつまり炎を『発生』させることであって『生み出す』ことではない。
魔法自体の効果としては物質に宿る『熱』のエネルギーを増幅させ別の物質に移すことができる。
ルーは自らの『体温』を魔力で増幅させて付与することで着火している。
『引火点』を超えることで物質に炎が発生し、『燃焼点』を超えることで燃焼状態が継続し、『着火点』を超えることで魔法が終了しても炎が残ることになる。
この魔法で生み出される炎は『基本的』には『第一法則(物理法則)』に分類されるため、魔法的なアプローチが無くとも消すこと自体は可能。あくまで魔法は炎の発生であって、炎自体はただの物理現象である。
ただしあくまで物理現象なので『魔法を無効化する』力などの効果を受けても炎は消えない。
また本質的には『熱』を操る魔法なので『単純に燃やすこと』を目的とするよりも『超高温を発生させ結果的に物質が燃える』という過程のほうが圧倒的に効果が高く、熱や魔力のコストパフォーマンスも高くなる。
ルーは切り札として木剣を持っているが、この木剣に超高熱を付与し敵を『焼き切る』ことを可能としている。
ただし普通に燃やすと切るより先に剣が燃え尽きるので剣が敵に触れた一瞬だけの使用となる。因みに瞬間的に膨大な魔力を使用するのは割と高等技術である。

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