イアーズ・ストーリー   作:水代

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七話

 

 

 およそ500万ゴールド。

 

 あの『脚』含めたドロップ品全ての売却額の総計がそれである。

 約3000ゴールドあれば一日生きていけると考えればそのざっと千倍以上がどれほどの額か良く分かるというものだ。

 

 因みにあの『脚』をドロップ品に含めるかどうかというのは極めて難儀な問題だった。

 

 基本的にドロップ品の定義は『モンスターを倒した時に残る魔力塊が物質化した物』であり、例えば水晶魔洞で採掘などで魔水晶を掘ったとしてもそれはギルドの定義的にはドロップ品には含まれない。

 だから冒険者たちはダンジョンに潜った時に採取や採掘で『ポーター代』の元を少しでも取ろうとするが、さすがにギルドもその辺りは大目に見ている、そこまで徴収しようとすれば特に低ランクの冒険者たちの生活が成り立たないからだ。

 

 だからポーター代に関してはモンスタードロップに限定されている。

 

 問題はあの『脚』はギルドの定義的にはドロップに含まれるか微妙なゾーンだということだ。

 

 何せあの化け物蜘蛛は()()()()()()()()()

 モンスターはダンジョンが生み出した魔力的疑似生命の総称であってあの化け物蜘蛛は災害種の一匹が落とした胤から生まれた『魔物』である。

 ダンジョンに住み着いているだけで魔物である以上、その素材がギルドの定義したドロップの範疇に収まるかと言われると否としか言えない。

 とは言え、ダンジョンで生まれ育ち、ダンジョンの鉱物を食らって成長した魔物の一部がダンジョンとは一切関係ないかと言われるとまたそれも微妙な話であり。

 

 前にも言った通り、基本的にモンスターと魔物の区別というのはそこまで厳密にされていない。

 大半の人間からすればどっちも同じようなものだからだ。

 つまりその区別は『法』に関連する部分であって、現場の冒険者からすればモンスターも魔物も同じようなものであり、その冒険者たちの元締めたるギルドもその辺りは大分ファジーに裁定している。

 

 だから通常ならギルド側か冒険者側、どちらかが妥協して終わるだけの話なのだが。

 

 あの『脚』に関しての問題が拗れたのはあれ一本で今回の収入の9割以上を占めるからだ。

 

 出すところに出せば6,700万……或いはそれ以上の値が付くだろう物であるが、出すところに出すだけのコネが無い以上ギルドに買い取ってもらうしかない。

 その結果が480万、まあギルドの買い叩きは今に始まったことでも無いので割り切った部分ではあるが、100万以上値切った上でさらにチャーター量に三割持って行く、というのはさすがに暴利が過ぎる。しかも規定からすればドロップ品にはならないはずの物である。

 金に関してそこまで細かく言うつもりも無かったが、それでも慈善事業では無いのだ。命懸けで化け物蜘蛛と戦ったのは自分であり、化け物蜘蛛の脚を切ったのは自分の魔法である。

 それを安く買い叩かれるというのは自分の腕を馬鹿にされるようなものだ。

 

 だが三割で100万を超える大金である、ギルドとてできれば逃したくはない。

 とは言え余り強権を発動すると信用問題になるため、互いに交渉することとなり。

 

「フィーアには感謝だな」

 

 いくつか条件を付けることとなったが、無事全額こちらに戻って来たのは間違いなくフィーアのお陰だろう。

 交渉の際に同席したフィーアが、全部こちらの取り分で良いと、そう言ってくれなければもっと交渉が長引いていただろうし、最悪かなり譲歩させられていたかもしれない。

 

 ―――こちらの用意した鞄では『脚』を運ぶことはできませんでした。ポーターとしての役割を果たせなかった以上、それに対して代金を要求するのは不義理でしょう。

 

 そう言って通常のドロップ品だけの代金で良いと言ってくれた。

 実際にダンジョンに行ったポーターが良いと言ったのだ、当事者たちを無視してギルドが一方的に進めることができなくなり、結局折れた。

 

 そうして手に入れた思わぬ大金ではあるが。

 

「……ま、使い道なんて決まってるよな」

 

 人のごった返した大通りを歩きながら、呟き、嘆息する。

 いつも泊まっている安宿からしばらく歩き、見えてきた冒険者ギルドを素通りして、さらに街の中央へと向かう。

 ペンタスの街は元々オクトー王国とノーヴェ王国の国境近くの田舎町だった。

 両国家の関係は良好であり、過去の歴史から見ても戦争の気配も無かったため、元々それほど大した警戒は必要とされていなかったのだ。

 だからペンタスはただの田舎町だった。近年、ダンジョンが発見されるまでは。

 

 水晶魔洞の発見によってペンタスは一気に飛躍を遂げた。

 

 ダンジョンから無限に産出される高品質の魔水晶は国境付近の田舎町を中規模の交易都市へと一気に押し上げた。

 元が田舎町だったのに急激に発展させた影響か、とにかく初期の頃に必要な物から建てていけと言わんばかりにペンタスの主要な施設というのはだいたいが街の中央に極端なほどに集合している。

 冒険者ギルドはダンジョンへ、つまり街の外へ向かう冒険者たちのため街の外周付近へと移転したが、それ以外の行政庁やそれに関係する施設、銀行などの商業関係の施設、交易所、駅、などほとんど全ての主要施設が街の中央にある。

 

 多分、あと十年もすれば少しずつ建て直しもされてたりしてもう少しバランス良くもなるのだろうが。

 まあその辺りはここの領主や行政の人間の仕事なので自分としてはさして興味も無い。

 とは言え冒険者としてここにいる以上、ギルドの近くに宿を取っているが、毎度毎度街の中央まで出向くのは面倒なため早めに駅などは引いて欲しいところではある。

 

「つって……それをやるには街全体の建て直し案件だけどなあ」

 

 駅の設置には当然馬車が通る専用道を敷く必要があるが、専用道の幅や歩道の幅などを考えれば一度道を通すところ周辺を空けなければならないし、建物を移させるための場所なども考えると、やはり駅を設置するには街全体を作り直すレベルの作業が要求されるためそう簡単にはできないだろうと思う。

 

「うちもこのくらい賑やかになれば良いんだけどな」

 

 雑踏を横目で見やりながら嘆息する。

 数年前までただの田舎町だったのによくまあこれだけ盛り立てた物だと思う。

 ダンジョン産の魔水晶という特産品があったのも大きいのだろうが、それでも数年でこの規模まで成長したその発展ぶりには目を見張るものがある。

 

「ダンジョンとか、ひょっこり出てこないかね」

 

 なんて戯言を呟きながら視線を彷徨わせ。

 

「っと、あ、ここだわ」

 

 考えながら歩いていたせいか、本当に気付けばと言った風に目的地にたどり着いていたことに気づいた。

 

 街の中央に位置する行政区。

 

 その隣にある商業区。

 

 そのど真ん中にあるのがペンタス唯一の『銀行』施設である。

 

 

 * * *

 

 

 銀行は市民からお金を預かる『国家機関』の一つである。

 行政庁が『領主機関』であるのに対して、銀行は国家機関である。

 つまりノーヴェ王国という国が運営している金融機関である。

 

 最大の利点としては安全にお金を保管できるということだ。

 

 『口座』というのを作ってそこにお金を預ければ、銀行が責任を持って管理してくれる。

 そして銀行は国家機関だ。もしそこに強盗でも入ろうものならば文字通り『国家を敵に回す』ことになる。

 少なくとも、今手元にある500万近い大金を安全に保管するのにこれ以上の場所は無いだろう。

 

 いくつかある窓口に並んでいる人の列を見て一番少ないところへと向かい、並ぶ。

 口座の作成さえしてしまえば手続きにそれほど時間はかからないため、十五分もしない内に自身の番が来る。

 

「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件で?」

「預かりで頼む」

 

 要件を告げると了解と頷いて受付のカウンターの下へと手を伸ばし、よいしょ、と声を挙げながら板状の機器を取り出す。

 

「名義と識別番号をお願いします」

 

 口座の管理は『登録名義』と『識別番号』によって行われる。

 このノーヴェ王国に銀行は20から30ほどの数があるがこれら全ての金庫は『共有』されている。

 魔導具の一種ではあるのだが、対応した鍵を挿すと、鍵に対応した空間へと接続される。

 つまり今ここで預けたゴールドは別に街の別の銀行でも引き出すことが可能となるのだ。

 

「はい、確かに確認が取れました、ではお預けになる現金のほうをこちらにお願いします」

 

 そう言って差し出されたトレイに懐から袋を取り出して、ひっくり返す。

 じゃららら、と数十枚の金色の貨幣がトレイの上に飛び出す。

 

「これで頼む」

「……あ、はい」

 

 ぴかぴかに光る10万ゴールド硬貨に一瞬受付の表情を驚愕に染まったが、すぐに気を取り直して一枚ずつ数え始める。

 十枚ずつ並べていってちょうど四つ、それから端数が数枚。硬貨が積み上げられる。

 

「四十八枚、480万ゴールドですね。確かにお預かり致します」

 

 受付がトレイを持ってそのまま後方に置かれた金庫へと持って行く。

 金庫に鍵を挿し込み開くとそのままトレイの上の硬貨を金庫の中へと入れる。

 それを確認してから受付を離れる。

 随分と軽くなった懐に安堵のようなものを感じている自分は根っからの貧乏人だなと実感し、苦笑した。

 

 

 * * *

 

 

 それでも残金は10万近くある。

 あの化け物蜘蛛の『食い残し』が相当あったらしい。ざっと20万ほどの稼ぎになったと言っていた。

 チャーター代を支払っても差し引き14万の黒字である。

 あの『脚』の分は全て預金してしまったが、それでもまだ一月はゆうに暮らせる程度の金はあった。

 

「取り合えず今の内に補充しとかないとな」

 

 使っていた鉄剣は折れ、切り札として持っていた木剣も燃え尽きた。

 つまり今現在、武器を一つも持っていないということになる。

 

「それに防具ももうちょい軽いのに変えたいしな」

 

 鉄製の防具は安くて丈夫だが重い。

 革製の防具は安くて軽いが防具としては弱い。

 だが基本的に冒険者はこのどちらかを使っている。

 

 安いからだ。

 

 防具は基本的に最悪の時に命を守るためのものであり、基本的には冒険者の立ち回りはそもそも攻撃を受けないことが前提となる。

 理由としては簡単で、ダンジョン内で一々防具の修理なんてできないし、傷ついた体を休めることも難しいからだ。

 

 そういう『魔法』でもあれば別だが、継続して戦闘するためにはそもそもダメージを受けないスタイルが基本となる。

 

 つまり防具なんていざという時以外は使うことは余り無く、しかも普段から使っているだけで少しずつ摩耗していく。

 そして稼ぎの多い冒険者ほど危険を冒すこともなく安定して稼ぐため防具の使い道は余り無い。

 

 結局、高い防具を買っても使うことも無く摩耗させていくだけならばいっそ一発限りの使い捨てでも良いので安い防具を使ったほうが費用が浮くと考える冒険者は多いのだ。

 

 とは言え、今回の化け物蜘蛛のような相手がいるならば、やはり防具というのは良い物を選びたくもなるのは当然のことであり、そういう場面で招集されるような冒険者は大抵の場合もう一つ普段は使わない防具を持っていることが多い。

 

 別に自分はあの化け物蜘蛛の討伐に呼ばれてはいないし、呼ばれることも無いだろうが、この先に何があるかも分からないし一つそういうのを持っていておいても良いだろうと思っている。

 

 少なくとも、金があるなら今の動きが制限される鉄製鎧はなんとかしたいと思っていた。

 

 それに剣ももっと上等な物が欲しいと思うのは当然のことだ。

 少なくとも、あの蜘蛛に限らず、水晶魔洞の敵というのはどいつもこいつも硬いのだから。

 

 歩いている道中に見かけた屋台で鳥の串焼きを見つけたので買って食べながら歩いていく。

 

 目指すのは工業区だ。

 水晶魔洞で採掘された鉱石の精錬などが主な業務ではあるが、武器や防具の工房をやっているところもある。

 普通の武器屋や防具屋は基本的に量産された安価な市販品を売っているので、一点物やオーダーメイドなどは工房に直接出向くのが一番確実なのだ。

 

「とは言え、アテも無いんだけどな」

 

 呟きながらも歩いていき、しばらく進むとやがてかんかん、という硬い物を叩くような音が周囲から聞こえ始める。

 

「だいたいこの辺か」

 

 商業区が人の多さで騒々しいのならば、工業区は作業の音で騒々しい場所だった。

 澄んだ金属音が響き渡る街中を歩いて行くと、やがてぽつりぽつりと工房が見えてくる。

 

「さーて。どんな店が良いのかね」

 

 考えつつ、取り合えず適当な店に入ってみようかと考え、周囲を見渡すと。

 

「あっ……」

「ん?」

 

 ふと聞こえた声に視線を移せば、そこに工房の一つから出てくる一人の少年の姿があった。

 どこかで見たような顔だな、と既視感を覚えていると。

 

「あ、あの……昨日は、ありがとうございました」

 

 その言葉に少年の正体を思い出す。

 

「ああ、昨日助けたやつか」

 

 ダンジョン内で助けた少年だった。

 どうやら工房に武器を買いに来ていたらしい。

 

「この辺良く来るのか?」

「え? あ、はい。まあ」

 

 頷く少年にそうかと呟きつつ。

 

「ちっと頼みがあるんだが」

 

 告げた言葉に少年が首を傾げた。

 

 


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