イアーズ・ストーリー 作:水代
紹介されたのは工業区の比較的入口辺りの路地のさらに奥まったとこにある、本当に工房なのかと疑うような民家のような外観の建物だった。
とは言え実際入ってみれば建物内に並べられた革鎧と、建物中に蔓延した革なめしに使われる薬液の匂いに確かにここで革の防具が作られているのだと理解できた。
基本的に革鎧というのは金属鎧と違い音を立てないのが特徴であり、主に『シーカー』*1が好んで使う。
その役割上、音を立てることを嫌うからだ。半面防御力自体は金属鎧には劣るため『アタッカー』*2などは余り使用しない。
厚さにも寄る部分はあるが、特に打撃に対して弱いことが理由としてある。正確には打撃などで壊れない代わりに衝撃の大半をそのまま人体へと伝えてしまうのが大きい。
金属鎧の場合、鎧自体がある程度の衝撃はその硬度で跳ね返してしまえるので革鎧よりは強い。
まあ素材の性質自体は硬度の高い金属鎧のほうが打撃に弱いのだが、逆に弱いからこそ鎧が衝撃を吸収してくれると言える。
特に全身鎧は受けた衝撃を全身に散らすよう設計されているので強力な衝撃からでも装着した人間を守ってくれる。
半面、斬撃にはそれなりに耐性があるのが革鎧なのだが、例えば剣で切りつけられても切り裂かれない、というか表面が浅く傷つくだけで貫通はし辛い。だが斬れないからこそ打ち付けられた剣は衝撃となって使用者を襲うことになる。
俺は基本的には金属鎧を使っているが、戦闘スタイルを考えると別に革鎧でも問題はない。
そもそも剣で攻撃を打ち落とすスタイルなのでそもそも攻撃を受けないことのほうが多いからだ。
それでも金属鎧を使っていたのは水晶魔洞の敵が基本的に『硬い』からだ。
単純にその水晶の体で体当たりされるだけでも痛手になる。下手をすれば骨が折れるし壁に叩きつけられ挟まれでもすれば圧殺される。
金属鎧は押し込むのに相当な力がいる。それこそ素材となった金属を凹ませるほどの強力な力が。
最悪でもその硬度に任せて
と、まあそんな理由でこれまでは金属鎧だったのだが、実際に潜ってみて思ったのは動きづらい、ということだ。
単純に重い。金属の服を着こんでいるのだから当然ではあるが、自身の体重の一割か二割ほどの重さのそれは戦闘の際に自分から機動性を奪うには十分な重さだ。
勿論しっかりと足に力を込めれば機動力も確保できるが、常に全力を出し続けるような戦闘を何度も繰り返すのは疲労が大きい。故に継戦能力を維持するためにも基本的には七割から八割程度の力で戦闘をするのが普通だ。
と言っても、実際に戦ってみると鎧は逆に邪魔になることが多かったので革鎧というのも十分に考慮しても良い。
勿論、いざという時の防護に不安は残るが、重い鎧を着こんで戦うほどに被弾率が上がるわけで、今の自分が装着しているような安物の鉄鎧ではそれでどこまで防げるか、という不安が残る。
予算は大よそ3万から4万と言ったところか。
ダンジョンが最短で開通すればまあギリギリ生活できるだろう程度の金額。もし長引きそうなら地上でできる依頼を探さなければならないだろう。
「よくこんなところ知ってたな」
こんな分かりづらいところにある店なのに、それに相反するかのように陽気な店主の「いらっしゃい」の声を聞きながら鎧を見比べているフィーアに呟く。
付き合いが良いのだろうか、フィーアが真剣な様子で鎧を見比べ、その一つを手に取る。
「先ほども言いましたが、結構長くいますから、この街にも……これとかどうですか?」
手渡されたのは薄い茶色の革が張られたなんとも不思議な触感の鎧であった。
硬いのに柔らかいという何とも矛盾した触感。そして軽く叩いてもまるで衝撃が伝わってこない。全て鎧に吸収されている。
何より摩擦が強い、表面が全く滑らないのだ。聞いたことも無いし、当然見たことも無い、全くの未知の素材で作られた鎧だった。
「なんだこれ……不思議な触感だな」
「ラバーという植物の樹脂らしいですよ。極めて衝撃に強い上に摩擦が強く靴の裏なんかに仕込むとかなり良いらしいですが、熱に非常に弱いので水棲系モンスターの素材で表面を保護しているみたいですね」
「ほう」
感心しながら鎧を叩いたり裏返したりとしながら具合を確かめる。
中々良い。特に衝撃の吸収率が非常に高い。裏から手を当てて表を叩いてもほとんど衝撃が伝わってこないのだ。
「これ、斬れたりは?」
「するらしいですが、その分厚みを持たせているみたいですね」
確かに革鎧に比べると少し厚みがある。それに裏地に革も張り付けてあるようで恐らく樹脂部分が切られて革部分が止めてくれるのだろう。
斬撃にも打撃に強い、良い鎧だと素直にそう思う。
「値段は……」
「上下一式で5万ですね」
告げられた言葉に顔が引きつった。
性能は良い。非常に良い。魔力の籠った素材ではないため魔法鎧にはならないが、通常素材で作った鎧としては非常に便利ではある。文句のつけようがないほどに。
ただし高い、想定していたよりは安いかもしれないが、それでも高い。
予算より1万ほど高い。
先ほど3万の剣を買ったばかりなのだ、合わせて8万……残りの手持ちは2万と少し。
買えば間違いなく一週間暮らすだけの金が無くなる。
うんうんと悩む自身に、フィーアが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「金がなあ……」
返した言葉に目を丸くし、不思議そうな表情をする。
「先日かなりの額を稼いだと記憶していますが」
「事情あってあれは使えないんだよ」
「はぁ……残りの予算は?」
一瞬何故? と言った表情をしていたが、深入りするつもりも無いのか、次の質問を投げかける。
「あと7万と少し……ただダンジョンが使えるようになるまでまだかかりそうだからな」
「なるほど……」
ふむ、とフィーアがその細い指を口元に当てて考え込むような仕草をする。
数秒して、その視線がこちらを向き。
「では、一つお仕事を紹介しましょうか?」
「仕事? この状況で?」
現在ダンジョンにて発見された……というか俺たちが発見した『
しかも精鋭を集めるために召集されたのはランク4以上の冒険者たちであり、それ以下の……つまりランク3以下の冒険者たちは突如やることが無くなっている。
そのため地上で出来る仕事を求めて街と街を繋ぐ街道を行く商人の護衛をしたり、はたまた街中の騒動を治めるために自警団の手伝いに駆り出されたり、本当にやることの無い冒険者は街中の清掃をするなど、どこもかしも手が有り余っている状況だ。
その状況で、仕事……しかも金を稼げる仕事など果たしてあるのだろうか?
そんな疑問に答えるようにフィーアがふっと口元を吊り上げ。
「今日一日、私に付き合ってください。そうしたら足りない分のお金、払ってあげても良いですよ?」
悪戯っぽく、笑みを浮かべてそう告げた。
* * *
「それで、何をすればいいんだ?」
工業区を出て、商業区へと戻って来る。
時間的にはそろそろ昼に差し掛かるころ合い、サイズの調整やら何やらでまだ引き渡しのできない鎧の注文だけして工房を出たので荷物は腰の剣だけだった。
一日付き合ってください、と言われても正直何をすれば良いのかも分からず、かといって特に何か言ってくることも無いままここまで来てしまったがために思わず尋ねてしまう。
「あー……そうですね」
こちらの質問に、前を行くフィーアが立ち止まり振り返る。
口元に手を当てて少し考えた様子を見せ。
「どうしましょう?」
こてん、と首を傾げた。
「……はあ?」
問い返された言葉に呆れたような声が出た。
だが自分に付き合ってくださいと言っておきながらどうしましょう、とは一体何なのだ。
「もしかして、
「あ、いえ……そういうわけではないんですが」
じゃあどういうわけだよ、という言葉を押し殺す。
頭が痛くなってきたような錯覚すら覚えながら思案する。
これは新手の思考テストか何かだろうか、どういう対応をするか試されているのだろうか。
そんな馬鹿なことを考えていると、フィーアが少し焦ったように両の手を横に振って否定の意を示した。
「あの違うんですよ。実は今日、仕事の無い……所謂休日でして」
告げるその表情はどこか戸惑ったような……迷子のようなソレであり。
「それはさっき聞いたけど」
「えっとその……」
少し言いづらそうに、言葉を溜めて。
「その……休日って、何をすれば良いのでしょう?」
「…………」
告げられた言葉の意味を理解できず黙り込む。
「…………」
思考を回す。思案をする。言葉の意味を模索し。
「……は?」
たっぷり十秒、沈黙を保った後出てきて言葉はその一文字だった。
怪訝な表情の俺に、フィーアが当惑したような表情で視線を向けてくる。
「いや、どういうこと? 休日なんだから、好きなことすれば良いんじゃないのか?」
冒険者だって毎日ダンジョンに潜っているわけでは無い。
特に生命の危機を感じやすいダンジョンに長期間入り浸ると精神的に歪みが出てしまうことが多いため、だいたい二、三回に一度は休養日を取ることを冒険者ギルドも推奨している。
冒険者の場合、休日は武器や防具の点検、修理、メンテナンスに費やしたり、稼いだ金で酒場に寄ったりと買い物をしたりと色々だ。
それは基本的に必要なことをしているだけだが、時間や金が余ったならば個々人で趣味に費やしたりもする。
男なら娼館などで世話になることもあるだろう。まあ俺は無いが。
とは言えフィーアはポーターである。
武器は使わないし、防具も無い、唯一鞄が装備品と言えなくも無いが拡張バッグ*3に関しても特に整備が必要にも思えない。
故に好きなことをすればいいと思うわけだが。
「というか、今まで休日は何してたんだ?」
フィーア自身何か趣味はあるのか、あるならばそれをすれば良いのではないか。
そんな意味を込めた問いかけに、フィーアが一瞬言葉を詰まらせて。
「初めて、なんです」
消え入るような声で呟いた。
「……はい?」
「だから、休日なんて、今日が初めてなんですよ」
気まずそうな表情で語られた言葉の意味を理解すると同時に顔を引きつる。
だってそうだろう、彼女自身が先ほど言っていた言葉だ。
―――まあそれなりに。この街も長いですから。
長くこの街にいるというならば、生活するためにこれまでポーターをしていたというのならば。
一体何年もの間、休む日も無くダンジョンへ潜り続けたのか。
―――正気じゃない。
そんな思いが胸中に浮かぶ。さすがに目の前に本人がいるのに口にはしないが、それでも険しい表情をしている自覚があった。
それは確かに、ポーターは戦闘要員ではない。ダンジョンではドロップを拾うことをメインとして、冒険者をサポートしてくれる、ある意味それだけの存在ではある。
だが、だ。
だが、けれども。
ダンジョンというのは常に命の危険が付きまとう死に溢れた領域なのだ。
例え戦闘に参加せずとも、それこそどこから敵が現れ巻き込まれるか分かった物ではない。そういう危険な場所なのだ。ポーターだから安全など、そんな話は
そうして常日頃から命の危険にさらされ続け、それを何年も休むことも無く続けていたなどまさかである。
常人なら発狂しているだろう状況に、けれど目の前の少女が
それとも見えないだけで、表面化していないだけで、少女はとっくに狂っているのだろうか。
いやそうは見えない、少なくともここまでの中でおかしな言動は無かったと思う。
とは言え少女と出会ってまだ一日二日の間柄なのだ。知ったようなことは言えない。
だからもしかすると少女は狂っているのかもしれない、そう思った。
それと同時にもう一つの可能性も考える。
もしそうでないとしたら、それはきっと。
きっと―――。
あ~フィーアちゃんかわええんじゃあ~。