やはり俺の隣の席に紙袋が居るのはまちがっている。 作:ト——フ
数字少女に鉄球が渡ってからの展開は正に圧倒的だった。
押されてばかりだった状況が見事好転し、形勢は逆転したと言ってもいい。今では、ぐる目少女が防戦に追いやられる一方であり、衰えることを知らないかのような繰り出される攻撃の波に疲れの様子が伺える。
というか、とんでもねぇな……。あんな重いってもんじゃないような物体を器用に振り回し続けてるのに、余り表情に変化が無いというか、体力の消耗があまり感じられない。身体能力が異常なのか、それとも鉄球のスペシャリストなのか、どちらにしても異常極まりない。
まぁしかし、どちらにしても今の彼女を見て思うことは一つ。その手に持った得物を巧みに操り、変則的な軌道や直線的な攻撃を織り交ぜて相手を翻弄する姿からは、これが彼女の本領だったのだろうということが伺える。
「あー、こりゃアレだわ。ジリ貧で、しかないな」
ぐる目少女が何やらブツブツ呟いているが、知ったことかと鉄球の攻撃が絶えず襲う。
「……2236634492515536」
「へぇ、優しい、ねっ。でも、降参は勿体なくてヤだね」
だから、と続け
「──ッ痛っ、ちょっと失礼ッ」
攻撃を掠りながらも、隣の教室に飛び込む。
「513!」
続くように数字少女も追う。
ってか二人とも窓突き破って行ったから教室が悲惨なことになってるんだが……。
それはそうと俺も行くか、と思ったが思い留まる。
冷静に考えてこれはチャンスだ。
この場から離れ当初の目的を果たすべき。
そうと決まれば行動は早い。なんとか痛む脚を無理に動かし、駆けていく。
──瞬間、目の前を何かが横切った。
背中からひたりと嫌な汗が流れる。何かが目の前を横切っていったのだが、何分速すぎたため正体は分からない。
しかし、それでも身体が内から冷えていくような不快感に襲われる。酷く気持ちが悪い。が、それでも今は置いておかねばなるまい。
身体を巡る不快感を無視しても、まず最優先に確認するべきことがある。一体今のはなんだと、空恐ろしい気持ちを抱きつつも、緩慢な動きで顔を横に動かしていく。
すると、そこにあったものは包丁だった。
本来は包丁を投擲してきたという、その事実だけでも充分すぎる程には恐ろしいことなのだが、今回はそれだけで済むことは無い。
なにせ、それが壁に突き刺さっていたのだ。それも垂直に、まるでダーツの矢のような状態でピンと真っ直ぐに。
これが何を意味しているのか。簡単だ。かなりの力を加えなければ、まずこうはならない。それこそ本気で何かを仕留めようとか、そういう意思でやらなければ、ここまで壁を抉る威力は出ないだろう。
それに、どれだけ正確に的を射ぬくコントロールがあったとして、人に当たるかもしれない、とか、そういった危険性を頭に入れて、こんな壁に突き刺さる程に力を込められるのだろうか。
チラッと横目で彼女を見ると、肩で息をしていてふらふらと揺れている。
つまり、そのような万全の状態で無いにも関わらず、此方を一切気遣わないような投擲。一歩間違えれば、というか間違える確率の方が高かったであろう状態。
つまり彼女は、俺を殺すことを厭わなかったのではないか──?
その結論に達して、震えが一層増してきた。
元々人の脚を潰してくる等、異常な面は見られた。なんとなくアイツは、頭の螺子が飛んだ様な奴なのだと捉えていたのだが、その実態はそんなレベルでは収まらないような危険人物。
怖い。
ただただ、その強い感情に支配され、膝から崩れ落ちてしまった。
─
──
───
「さてと……この部屋には武器がたくさんあるし私の庭みたいなもんよ。って訳で再戦といきますかっ!武器の貯蔵は充分だ!」
「5131!」
高らかな声で宣言し、手前に転がった長身のロングソードを右手で拾い、左手には両端に分銅が付いた鎖分銅を持つ。
剣と鎖の二刀流……いや、二刀流と言っていいのか分からないが、とにかく二つの武器を使いこなせるのかと疑問を抱かざるを得ない。
只でさえあの剣は、俺の見た限りだが刀身が非常に長い。それも、刃の切っ先が彼女の身長を優に超えた位置にあり、重量も相当なものだろうと予想出来る。ゲームならともかく、リアルの人間が扱うとなると、それなりに訓練を積まねば碌に使えないだろう。しかもそれを片手で持っているときた。もう片方の鎖にも意識を向けつつ扱う等、素人の俺からしても相当に難しいんだろうと推測出来る。
──が、やはりそこは異常な彼女。
当然のように鎖を器用に振り回しつつ、剣をブンブンと軽く振るっている。凡庸な俺の推測など、いとも容易く砕いてくる。
そして何度か確認のように武器を振るった後、問題なしと判断したのか、数字少女へと突っ込んでいく。
当然直ぐさま鉄球が飛来してくるが、器用にその手の剣で受け流す。そして続け様に振るった鎖が相手の手を直撃し、鉄球の持ち手が思わず離れる。数字少女の表情に一瞬驚きが出て怯んだように見えたが、直ぐ様キッと引き締め直し
「9、985851!」
「ッ!流石良い反応!」
もう片方の手で拾い上げ、再び鉄球での攻撃に移ろうと腕を振るう。すると
「ま、けど。そんな隙見逃す私でも無いっ!」
がくん、と空振るように鎖が舞う。その顔に疑問符を浮かべた数字少女が自らの武器に視線をやると、そこには繋がれていた筈の鉄球の姿は無い。
「7、772355!?」
慌てた様子で地面へと視線を移すと、件の鉄球はといえば鎖に繋がっているものの、途中で綺麗に切断されている。
「25975!」
「何をしたって?斬った!ロングソードの切れ味悪いとか思ったんだったら古いねっ!」
そんな台詞を発しながらも、攻撃の手は緩めず数字少女へと鎖を叩きつける。
「──ッッ!!0、064」
無防備になっていた所に攻撃を受けた所為か、ダメージの入りが深いように見える。
「あはは。私ほどじゃないけど今の結構ダメージいったでしょ?」
と、ぐる目少女は酷く楽しそうに言うのだが、対する数字少女はというと表情に苦悶の色が浮かんでいる。
蓄積されたダメージはぐる目少女の方が多いのだろうが、それに比例せず、精神的余裕はこの場の誰よりも上に見える。
「でもまだやれるよね?さぁさぁ立とう!もっと続けようよっ!」
その声音は、まるで友達にまだ遊びたりないと言うような軽さと、本心から楽しいという思いが伝わってきて。だからこそ自分には理解出来ないものであった。
「……6614、86509655378」
対する数字少女はポツリポツリと言葉を紡いでいく。何を言っているかは分からないが、そこには芯の通ったものが宿っている感じがして、まっすぐに強い気持ちが此方にも響いてくる。
「おぉっ!そりゃ滾るねぇっ!」
察するに、このバトルジャンキーを焚きつけるようなことを言ってしまったのだろう。それが吉と出るか凶と出るかといえば……恐らく後者だとは思う。
なんせ彼女には教室に広がる無数の武器があり、多分、ある程度の習熟度がある。対して数字少女は未だ他の武器に目もくれず、鉄球のついた鎖を再び手にしている。
仮に扱えるのが鉄球のみの場合、先程のように様々な武器で遇らわれ、武器を喪失する可能性も高いし、そうなれば、いずれは為すすべもなく一方的にやられてしまうかもしれない。
──っ!そんな思考に耽っていると、遂に鉄球の根元から鎖が切断された。しかし、武器を失った彼女はそれでもと、己の身体一つ、徒手空拳ながらも対抗しようとするのだが、武器を持ったぐる目少女の勢いを覆すこと敵わず、遂には──
「……0699、5」
「もう動く気力も無い、か。まぁけどこんなになるまで私に付き合ってくれてありがとうね」
じゃあ、と続け
「お約束だから一応ね。最後に何か言いたいことある?」
傍らに置いてあるハンマーを拾い、振り被る。
──ッッ!!アイツ、まずい!!
もう数字少女は動けもしない状態なのにトドメさすつもりでいやがる……!!
どうする……俺に何が出来る、いや何も出来ない。
繰り返すがサンドバッグくらいにしかなれねぇし、打つ手など何も無い。だから彼女には悪いが、大人しく、分を弁えて逃げるしかない。ここで飛び出して、仮に運良く彼女を攻撃から守ることが出来たとしても、ほんの少し寿命が延びるに過ぎない。俺が行っても何も変わらない。
だから逃げようと震える足を動かし、駆け出そうとした。
が、それと同時に弱々しく、今にも消えそうなしゃがれた声が耳に入る。
「96……11805……012107」
──っ、逃げないと、逃げなければならないというのに。身体が危険信号をガンガン鳴らして逃げろと訴えてきているのに。足がまるで地面に縫い付けられたのかのように動かない。
分かっている。
ここは逃げるべきで、そうしたとしても誰にも避難される謂れもないことも。
ここで俺が飛び出してもまず間違いなく殺されることになって、それを回避する為には傍観に徹するか、今逃げるしかないことを。
ここで逃げることこそが、何の力もない俺が取れる最適解なことも。
「00356、97354321……11、4」
だけど、それでも……
「──っ、クソッ!」
散々色々と理由を並べたというのに。
一度出した筈の結論に自分でも納得をしているというのに。
反して身体が動いてしまった。
──こんな真似すんのはあの時と同じで、友達の涙で歪んだ顔が頭にフラッシュバックする。きっと、こんなこと彼女にでもバレたら怒られるし、悲しまれるんだろう。あの時の彼女の悲痛な顔を見て、自分が傷つくことで、悲しむ人もいるのだと嫌でも思い知らされた。同時にそんな気待ちを抱かせてしまった自分が許せなく、やるせない気持ちに苛まれた。どうしようもなく胸が苦しかった。
……ふと俺も、名瀬が同じことをしたらと想像してみたことはある……あいつのことを友達だと、自分の中でハッキリと落とし込めた今だから断言出来るが、きっと苦しいと思うんだろう。多分それだけじゃ飽き足らずに、自分の身を危険に晒してまで誰かの為に命を張んなって毒づくと思う。
──数少ない手札を切り、最善を尽くしたのだと自分の中で納得しても、周りから、大切に思ってくれる人からしたら、納得なんて出来ないし、意味わかんねーことすんなとか思うだろう。幾ら筋が通っていたとしても、誰かがそれで救われたのだとしても、本人が傷ついていたのなら納得など出来よう筈もない。
そういう行為は、一概には言えないのかもしれないけれど、少なくとも今の俺からすれば、綺麗なものとかじゃないとハッキリ言える。大切な人に悲しい思いを、涙を流させるような行為を正しいなんて言えない。
親友と呼んでくれる友達の存在で考えられるようになった──ただただ、傷ついて欲しくないというシンプルな気持ち。
……だけど、今現在、目の前の彼女を助けるには、いや、前述したが、助けることなど出来よう筈が無い。ただ放っておけなかった。
繰り返すが、こんなことは正しくなくて、他のことを考えず、只々自分よがりになってしまっているんだろうと分かっている。
しかし、そんなことが分かっていても、だ。自分の中で整理がついていても、どうしても動き出さずにはいられなかった。
今日、少しの時間かもしれないが、一緒に学校を見て回った彼女。名前が分からないのはおろか、何を喋っているのかも分からない。表情なんか終始ピリッとしていて、感情を伺いにくい。
だが、そんな彼女にも分かりにくいだけで、確かに感情を出していた。時折表情が綻び、目元は少し優しく口元は弧を描いていた。
目の前で繰り広げられた、おっかなびっくり漫画のような闘い。これを見て、彼女達が化け物だという奴もいるだろう。それについては仕方ないとも思うし、殊更非難をするつもりもない。
だが、俺は知っている。
彼女が動物を見て、優しい表情を浮かべる子だと。
パンケーキをもくもくと、仄かに頰に赤みを浮かべて美味しそうに食べる、食を楽しむ一面があると。
道が被っただけで偶々道案内をしただけのことに恩を感じて、一緒に本を読むように勧めてくれた、義理堅い面があることを。
血も涙もないような化け物などではなく、確かに彼女は人間なのだと。
理由はどうあれ一緒に行動して彼女を少なからず知った。そこに好意とか、仲間意識とか、一緒に行動したいだとかいう気持ちとか、そんな前向きなものは無く、ただ利害の一致の上でしかない関係で、言ってしまえばただのそれだけのものだったが、知ってしまったのだ。
だから、もうこの足は止められない。
少なからず悪くなく思ってしまった人間を見捨てられなくて。
散々こんな真似は間違っているだとか、あれこれ言っておいて、土壇場になると感情で動いてしまうなんて自分でもらしくないし、情けない。
まったくままならない。
自分のことを理解しているつもりでいたが全然そんなことは無かった。
俺も馬鹿の1人だと認めざるを得ない。
〜〜〜雲仙冥加の数字言語〜〜〜
「96……11805……012107(弟……冥利……お姉ちゃん)」
「00356、97354321……11、4(お前を一人残して、逝くことになって……ごめ、ん」
ロングソード云々はtwitterに投稿されてた情報齧った程度なんで、作者超ニワカです。切れ味が鋭いっていう(使う人による)動画が見てて凄かったんで作中で使いたいなーって思って今回採用した次第です。