やはり俺の隣の席に紙袋が居るのはまちがっている。   作:ト——フ

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名瀬ちゃん視点でのお話となります。


第7箱 「〝素晴らしいもの〟」

「は?」

 

 ドンッ、と、重く響く音が聞こえた。

 振り向くと、先程別れた友達が倒れていて動く様子がない。そんな唐突な出来事に、異様な光景に思わず言葉が漏れたのは仕方のないことだろう。

 

 気づけば足が動いていた。

 自分の出来る限りの全速で彼に駆け寄り、身体の状態を診る。酷い有様だ。痛みで気を失っているのか、白目を向いている。だが、そんな見るに耐えない顔を、ぺろぺろと舐める彼の腕に抱えられた一匹の犬。

 ……状況から見てこのバカは、犬を助けようとして車に轢かれたんだろう。 車の姿は既になく、恐らく逃げたのだと思われる。まぁ、飛び出したコイツにも非があるので、なんとも言えない。

 

 ──と、そんな悠長に考えている暇は無い。この傷ならば急がなくてはならないだろう。救急車を呼ぶのは時間が惜しい。だから、自分がこの友達を救う。

 幸い人体には造詣が深く治療する分には問題ない。

 

 そして、友達を担ぎ我が家へと向かうことに

 

 ─

 ──

 ───

治療後

 

 取り敢えず一命は取り留めたって感じか……。

 まぁ、だけど……所々酷くやられてて完治には時間が掛かる。多分後遺症も残るだろう。

 

 はぁ……ったく、こっちがどんだけ心配したと思ってんだコイツ。後先考えないで動きやがってからによ。まさかこんな向こう見ずなことするとは思わねーだろが。

 

 ……まぁだけど、思い返してみれば表向きな態度はあんなに捻くれた奴だけど根っこはちゃんと優しい部分がある人間なわけで。誰かを助ける為に行動出来る強さってのを持ってたのかも知んねーな。

 ただ、今回のように危なっかしいとこもある。それがハッちゃんの美点なのかもしらねーが、こっちは落ち着いて見てらんねーわ……。

 普段の態度で分かりにくいが、本当に面倒くさい性格してるなコイツは。

 

 まぁでも、死に至ることはなくて安心した。ハッちゃんがもし死んじまったら涙が枯れるくらい泣いて、心が病むくらいボロボロになるかもしれない。そんな思いをするのなんて──

 

 〝素晴らしいものは地獄からしか生まれない〟

 

 ふと、頭にその言葉が過ぎる。

 

 ──っ、……そうか。自分の信条であり生きていく上での指針のこの言葉。この言葉を尊びこれまで生きてきた。

 なら、この言葉に倣うならば、心が病むほど苦しむことはこの上なく不幸なことであり、それを自分は喜ぶべきなのではないだろうか。きっと〝素晴らしいもの〟を生み出せるのだから。だから、この男を見捨てるべきだったのかもしれない。

 

 実際、今日夕飯に招かれて幸せそうな光景に当てられて疑問を感じたのは確かだ。

 自分の生き方に反しているのではないかと。このままでは自分はダメになると。

 だから、別れ際の自分の気持ちとしては、もうこの友達とは会わない方がいいとも考えていた。

 あの時、目の前の友達を置いて逃げることこそ最良の選択だった筈だ。

 

 

 

 ……だというのに、何故か自分はそれが納得出来ない。解は出た筈なのに。自分の信条に従って出した結論なのに。納得出来ないのだ。

 

 だから一度整理してみよう。一から思い返して、この結論を心から認めることが出来るように。

 

 

 

 

 

 これまで、自ら虐められる立場に立ち不幸になるよう追い込み、徹底的に禁欲的に生きてきた。

 恵まれた生まれだったのであろう過去の記憶を消した。

 恵まれた環境であったのだろう家のことはもう分からないし、当然家族の顔も思い出せない。

 恵まれた容姿も紙袋やらで隠した。お陰で見た目はかなり怪しい。

 

 だが、こんな自分に話しかける変な奴が現れた。

 それが比企谷八幡……ハッちゃん。

 最初は興味本位だった。

 自らをぼっちと呼び、専業主夫を目指すことを信念としていて、おまけに目の腐った変わり者。

 

 観察するのも一興かと思い、見ていたら次第に接点が多くなっていった。教師が俺の席の横に固定し、提出物を返す際は必ずあいつに仕事が回されるようになったから。

 それに伴い、あいつと話すようになり、気づいたらあだ名までつけるようになっていた。

 しまいには放課後につるんだり、遊んだりと……前の自分からは考えられないような日々を過ごしていた。

 

 思えば、最近はぬるい生活をしていたのかもしれない。

 

 幸せな生活からは〝素晴らしいもの〟など生まれるはずないというのに。

 

 だから、俺を幸せにした元凶のたった一人の友達がいなくなることは喜ぶべきことではないのか? 

 だって、それは俺にとって凄く不幸に感じる出来事だ。

 当たり前だ。俺の初めての友達なのだから。

 そんな大事な友達が傷ついたら自分も辛いし、もう会えなくなるなんて考えただけでも心が張り裂けそうになる。

 途轍もなく最高の不幸と言える。

 

 ならば、喜ぶべきことではないか。

 酷く不幸を感じる。

 酷く地獄のように辛い思いを感じる。

 だから、自分はきっと、よりよい〝素晴らしいもの〟を生み出せるに違いないだろう────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────だが、その〝素晴らしいもの〟とは、大切な友達を失ってまで手に入れるべきものなのだろうか? 

 

 俺に喋りかけてくれた。

 俺と友達になってくれた。

 俺と一緒に遊んだ。

 俺と一緒に勉強した。

 俺と一緒に昼食を食べた。

 俺の弁当を食べてくれた。

 俺と晩御飯を一緒に食べた。

 俺と趣味について語らった。

 俺と一緒に買い食いをした。

 俺と俺と俺と俺と俺と俺と俺と俺と…………………………

 

 

 

 

 俺と……一緒に、隣に居てくれたあの友達は、例えどんなに地獄から生まれた〝素晴らしいもの〟に比べても、そんなものよりも、大切な、尊い、掛け替えのない存在なのではないのか? 

 

 俺には不明瞭な〝素晴らしいもの〟のことは見えない。

 どんなものかも分からない。

 だがきっと素晴らしいのだろう。偽物だと一蹴することはとてもではないが出来ない。

 非常に壮大で、尊く、輝かしいものなのだろう。

 俺の人生に劇的な影響をもたらすのだろう。

 日々を刺激的なものへと変えるのだろう。

 

 

 しかし、そのようにそれが、たとえどれだけ〝素晴らしいもの〟だったとしても、今ここに居る友達よりも大切なのだとは……到底思えない

 

 ハッちゃんとの友情は非常に心地よいものだった。尊く、温かいものだった。

 ハッちゃんとの出会いは俺のこれまでの人生に劇的な変化をもたらした。

 ハッちゃんと過ごした日々は楽しかった。会わない日も、あいつに言ったらなんて反応するだろうか、と自然と話題を考えて一人笑みを零すこともあった。

 

 

 あの友達と過ごした日々は俺を満たしてくれていたのだ。

 

 

 彼を失ってまで手に入れるものなんて、どんな価値も見出せはしない。たとえ、どれだけ〝素晴らしいもの〟なのだとしても。俺には、そんなものよりも遥かに友達の方が大切だと思える。

 

 しかし、別に自分のポリシーを否定する気は無い。大切だと思うし、これからも通していくだろう。自ら不幸になろうとこの先も進んでいくことを変えないだろう。

 

 だけど、それよりも、他のなによりも優先したい友達がハッちゃんなのだ。

 ハッちゃんが居なくなるなら一生幸福に生活した方がマシだと言える。それくらい大切なのだ。

 

 目も性根も腐っていて挙動不審な行動を偶に見せる、口を開けば斜め上なことを言い出すような捻くれ者。しかしその実、根っこは優しくて困っていたら助けてくれるような温かさも持つ、実に面倒な性格の捻くれた奴が俺は大切なのだ。

 心の底から大事だと言える友達で、最高の友情を感じている大好きな友達で、一生つるんでいたいと思える友達で、なにより、俺の──

 

 

 

 

 

 

 ──〝本物〟といえる存在なのだ。

 

 

 

 

「……そっか。こんなことになってから気づくとは俺も鈍いな……自分のポリシーよりもハッちゃんのほうが……大切だったんだな」

 

 考えを整理し、見つけ出した答えを零す彼女の瞳は潤んでいた。

 

 ─

 ──

 ───

 

「ハッちゃんはよ。こんな性格だから、また自分を省みずに行動することもあると思うんだよな」

 

 その結果身を滅ぼす可能性も無くはないだろう。きっと説得しても弁が立つ奴だからのらりくらりと躱されるかもしれない。

 なら、幾ら無茶しようが、今回のようなことが起きようが、大事に至らなくて済むようにしてあげたい。今回の怪我も完全に直してやりたい。

 

 どうすればいいか考えてみる──

 

 すると、自分には人体改造が出来ることに思い至る。

 それも手の内だが、直接話し合ってから決めないと駄目だろう。大切な友達なのだから、身体を弄るにしても本人の許可を取ってからでないと駄目だ。

 

 だが、この友達は多分……長い間目を覚まさない。それくらいに今回の怪我は酷いものだった。もし目が覚めても当分は満足に生活出来ないだろう。

 

 いつ目を覚ますか分からない。そんな状態でいる彼を家族が、特にあの妹が見ればきっと酷く傷つくに違いない。泣き腫らして病んでしまうかもしれない。

 そして、そんなことを彼は望まないだろう。今日傍から見ていただけで分かった、彼の妹への愛。きっと妹が悲しむならば、それを取り除く為になんだってする様な男だ。

 

 だから、今は言葉を発することのない彼の意を汲むならば、十全に身体を直してあげることが最適解だと言える。

 

 

 なら、後遺症も無くして、明日には元気に過ごせるくらいの身体にしてあげる必要がある。そして、この友達にはもう傷つかなくていいような、丈夫な身体にしてあげたい。幾ら無茶して怪我をしても心配要らないくらい、丈夫な身体に。

 

 しかし、それ程の丈夫な身体にするとなると、当然それ相応の苦しみ、痛みが付きまとう。

 

『痛みなくして改革はありえない』

 それが俺のもう一つの信条でもあるが、これは俺の独断だ。相手から頼まれてやってる訳でも無い。

 相手の意見を聞くこともなく、ただ自分勝手な考えを押し付けて人の身体にメスを入れようとしている。

 だから、せめて俺の信条を押し付けて、苦しい思いをさせるのは……ダメだ。

 

 痛みを排し人体を改造するとなると……今の俺じゃあ、回復力の強化くらいしか出来ない。

 だが、それでもきっと、後遺症は無くなるし、明日には元気になるだろう。

 

 だから──

 

 

「起きたらもう終わってるからよ。痛みはねぇから安心してくれな」

 

 友達の身体へとメスを入れる──

 

 ─

 ──

 ───

 

 比企谷八幡 『骨折り指切り(ノーペイン)』取得。




「アブノーマルの連中は孤立しがちなだけに絆を絶対に裏切らない」という阿久根先輩の言(一概には言えないだろうけど)と、大親友である古賀ちゃんを名瀬ちゃんは半端じゃないレベル(自分のポリシーを二の次にするくらい)で大切にしていることから、この作品で初めての友達である八幡に対しても、並々ならぬ想いを抱いてるんじゃないかなって思いました。
 
 あの超絶ストイックな名瀬ちゃんが、自分のポリシーよりも相手のことが大切と感じているなら、その人は名瀬ちゃんにとって〝本物〟の存在ってことじゃないかなって。(勿論、八幡にとっての〝本物〟の解釈とは違うのかと思いますが)
 
 〝本物〟という酷く曖昧でよく分からない難しい言葉を使うのは悩みました。
 ですけど、八幡に対してこの言葉を胸に抱くのはとても素敵なんじゃないかっていう自分の思いが勝ち、採用になった次第です。
 
 ここからは作者の勝手な解釈です。色々と調べて自分の中でしっくり来た解釈なので、これで通します。
 
 古賀ちゃん『骨折り指切り』ベストペイン
 →骨の折れる指きり→酷く苦労する約束(原作古賀ちゃんのレベルまで改造するには途轍もない痛みが掛かる。それを耐えても異常になりたいという決心的な?)
 →名瀬にとって、痛みは切っても切り離せないもの(無傷で何かを得ようなんて絶対に考えない)
 →名瀬の信条である『痛みなくして改革はありえない』を表しているのが、古賀の存在
 →名瀬の心にはいつだって痛み(いたみ)がある。
 →ベストペイン(ベストフレンド→大親友)
 
 あと痛みによって自分の現状を把握する為のアラートでベストペインって解釈もありましたね。
 
 八幡『骨折り指切り』ノーペイン
 →骨の折れる指切り→酷く苦労する約束(自分の信条を曲げてまで痛みを取り除いて、何かを成そうという決心)
 →結果産まれた産物が八幡の異常。
 →名瀬の信条を否定しているのが、八幡の存在
 →『もう傷ついて欲しくない』という心配と、『重症から回復して欲しい』という想い、自分の独善的な行動の為、信条を押し付ける訳にはいかず、痛みから可能な限り遠ざけた
 →ノーペイン
 
 みたいに、古賀ちゃんは名瀬ちゃんにとっての信条を表していて、八幡は名瀬ちゃんの想いを表しているって感じに落とし込みました。
 
 突っ込み所が多いと思いますが、ご了承下さいませm(_ _)m
 
 あと八幡のスペックですが、古賀ちゃんの下位互換と考えてくれれば大丈夫です(身体能力の向上等は無いですが)
 流石に複雑骨折が10秒程度で治る古賀ちゃんには劣りますが、常人よりは遥かに高い回復力になってます。

あと、名瀬ちゃんの医療スキルどーなってんだ!って突っ込みたい方が居ると思います。ご都合主義ってことでどうかよろしくお願いしますm(_ _)m
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