Summer Pockets 小説集   作:京四郎

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こちらは、鍵島7にて、俺が参加しているチームTRND主催で企画・発刊される合同誌「渡り鳥の二重奏」の宣伝用のSSです。
本来この合同誌に収録予定の作品でしたが、諸事情により収録出来なかった為、合同誌の宣伝も兼ねて公開という形で今回アップしました。

「渡り鳥の二重奏」は、この作品よりも秀逸な作品が多々収録されている良質な合同誌となっていますので、
興味がある方は是非、リアルイベント・エアイベント等でお求めいただければと想います。


【参考アドレス】
鍵島7URL
https://www.umiket.com/

チームTRND鍵島7発行作品紹介ページ(ツイッター)
https://twitter.com/team_trnd/status/1495668474034925568


鴎が飛んだ日

 

季節は秋。通い慣れたこの場所の廊下の窓からは、中庭に植えられた木々が織りなす綺麗な紅葉の風景が見える。

そんな廊下を通り、俺はとても見慣れたある部屋のドアの前に立っていた。

 

「鴎、入るぞ?」

 

コンコンとノックをし、「どうぞー」という中からの返事を受けて、手を掛けたドアノブを回しゆっくりと扉を開くと、そこには俺の大切で大好きな恋人が寝ていた。

 

「今日は調子はどうだ?」

「うん、絶好調!……とまではいかないけど、そこそこ良いよ?」

「そっか、それなら良かった」

 

努めて明るく、けれども雪のように白いその腕を足へ伸ばし、痛むだろう箇所をさすりながら鴎が笑う。

そんな鴎の様子を眺めながら、俺は内心では複雑な表情を浮かべながら、実際にはそれをおくびにも出さずに答える。

……もう、随分と見慣れた光景とやり取りだ。

 

鴎はあの夏、確かに眠りについた。

けれども、それから数年して……不意に眠りから覚めたんだ。

このまま一生、鴎が目覚めないかと不安になったこともあったけれど、それ以上に、それでも鴎と添い遂げると決めていた俺は、そんな彼女の唐突な目覚めに狂喜乱舞した。

 

でも、それは喜ばしい事だけではなくて、むしろ鴎にとっては苦難の日々の始まりだった。

 

「今日はね、これ!」

 

俺に向かって、人差指と中指を立てた右手を向けてくる。

それを見て俺は我が事の様に嬉しくなって答える。

 

「すごいな!二歩も歩けたのか!」

「うん!……って言っても、両脇を看護婦さんに抱えて支えてもらってだけどね」

 

そう行って笑い合う俺達。

そう……何年も眠っていた、そして元々諸事情あって運動等を実際にはしていなかった鴎は、目覚めたは良いものの、体力も、身体の機能も、著しく衰えていたのだ。

目覚めた最初の頃なんて、ベッドの上で身体を起き上がらせて少し上半身を動かすだけで、息を切らせていたんだ。

 

『鴎!?だ、だいじょうぶか?』

『うん……だい、じょうぶ……えへへ……リハビリが必要だねぇ』

 

あの時、そう言って笑った鴎の顔を未だに忘れられない。

いや、一生忘れる事はないだろう。

あんな、満面の笑みを浮かべているはずなのに、まるで今にも泣きそうな印象を受ける笑顔は。

 

「あ、羽依里!あれ買ってきてくれた?あれ!」

「あぁ、これだろ?ちゃんとあるよ」

 

俺は手にしていた買い物袋の中から、とあるお菓子の袋を取り出す。

鴎の好物であるパリンキーだ。

 

「ありがと、羽依里。いやー、ほとんどこの部屋で過ごすからこれくらいしか楽しみがね」

「だよなぁ。……俺が出来ることは何でもするから言ってくれな?」

「……うん……ありがと、羽依里」

 

そう言う俺はどんな表情をしていただろうか?

明るく軽く言ったつもりではあった、けど自分で発した言葉を聴いても、その声は堅い。

多分、表情も……どうしても、鴎の今置かれている状況、身体の事を考えると、明るく見せるばかりでは居られなくなってしまう。

だから、そんな俺の反応を見て、鴎も少し複雑な表情をしてしまう……させてしまう。

 

「……なぁ、鴎?」

「ん?なに?」

「……あ、あーんしてやろう、か?」

「へっ!?」

 

だから俺は、強引にでもそんな流れは断ち切ろうとする。

……いや、鴎に食べさせるのは初めてじゃないし、俺自身もそれで食べる鴎が可愛くて見たいから、流れを変えるだけではないんだけどな。

でも、やっぱり恥ずかしい……俺も、鴎も。

 

「え、えへへ……じゃあ……お願いします」

「お、おぉ」

 

少し頬を赤くしてはにかむ鴎に返事をする俺も、きっと似たような反応をしてるのだろう。

なんだかそれがおかしくて、また鴎も同じ様に感じたのか、俺達は視線が合うと、同時に照れくさそうに笑いあった。

 

 

 

 

 

 

冬のある朝。

鴎の病室前に辿り着くと同時に、室内からガシャンと言う音が聞こえた。

 

「鴎!?」

 

慌てて、ノックもせずにドアを開け室内に飛び込む。

するとそこには……

 

「……は、羽依里……?」

 

床に女の子座りで座り込む鴎の姿があった。

 

「ど、どうしたんだ鴎……あっ!」

 

鴎の姿に驚いて、その横の光景に気付くのが一瞬遅れ、それを視界に入れた途端、血の気が引くような感覚がした。

 

「鴎、動くな?絶対動くなよ?」

「……うん」

 

動揺している俺とは対象的な声色の、やけに落ち着いた鴎の返事。

それに違和感を感じながらも、俺は鴎の横に散らばったガラス片を片付ける。

 

「コップでも取り落したのか?」

「……うん」

 

片付けながら推測して鴎に声をかけると、それを肯定するようにしっかりと頷く。

その鴎の表情は何故か暗い。それが気になりはしたものの、鴎をこのまま床に座り込ませている訳にもいかないので、割れたガラスを片付けた後、俺は鴎の傍に寄り、鴎をベッド上へ抱き上げようとする。

 

「鴎、えっと……ちょっと抱きかかえるからな?」

「う、うん」

 

別にやましい事は何も無い、けどどうしても恥ずかしくなり顔が熱くなる。

それは鴎も同じ様で、俺の方から視線を外して頬を赤くしている。

 

「……」

「……」

 

鴎をベッド上に引き上げた後、何とも言えない雰囲気が俺達の間に流れる。

不可抗力とは言え、引き上げる為に鴎を抱きしめる様な形になってしまったし、その……つまり、アレの……むごっほの感覚がダイレクトに……

 

「羽依里」

「え、あ、はい!?」

 

そんな事を考えていると急に名前を呼ばれて、動揺しながら返事をする。

そして鴎に目を向けた俺は……そこで違和感に気づく。

鴎も恥ずかしがっていると思っていた俺の予想は外れ、鴎はとても不安げな悲しい表情で俯いていた。

 

「……鴎、どうした?」

「あのさ、羽依里……私、きっとこれから羽依里にたくさん迷惑かけちゃうよ。全然自分一人じゃ、歩く事も出来ないし……今だって、羽依里に怪我させちゃうかもしれなかったし」

「もしかして、床に座り込んでたのって……」

「うん、もうそろそろ行けるかなぁって思って、一人で立ってみようとして……失敗しちゃった」

 

最後の方は、笑顔を浮かべながら明るく言い、その後に「えへへ」と苦笑いを浮かべる鴎。

その笑顔は、俺の胸を強く強く締め付ける。

 

「……ねぇ、羽依里。もし私が普通の女の子みたいになれなかったらさ、その時はさ……」

「それ以上は駄目だ、鴎」

「……え?」

 

あぁ、俺は馬鹿だな……鴎の、最愛の恋人のこんな不安も察してやれないで。

いくら鴎が元々明るい元気なやつだからって、大丈夫な訳ないよな。

本当に俺は、大馬鹿だ。

 

「それ以上は言ったら駄目だ。俺は……鴎が良いんだ」

「羽依里……」

「ほとんど毎日、鴎に会いに来てるのは、俺が鴎と一緒に居たいからなんだぜ?他の誰にもそんな気持ちにはならない」

「……うん」

「それにさ、俺は鴎が目覚めてくれただけでも十分だよ。こうして話が出来るし、一緒の時間を過ごせるんだ」

「でも、迷惑かけちゃう……」

 

そう言って更に顔をうつむかせる鴎。

俺は、そんな鴎の暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように、出来る限りの笑顔を浮かべて続ける。

 

「ははは、そんなのあの夏の時から今更だろ?あんな雲を掴むような宝探しに付き合わされたりしてさ」

「ひ、ひどーい!た、確かにあれは、今考えると、すこしだけ、無茶だった気もするけどさ」

「でも俺は鴎と一緒に居るって決めたんだ。あの時も、今も……無茶でも何でもさ、お前が一緒にいてくれるならそれで良い」

「!」

 

懐かしい話で少し気が緩んだのか、顔を上げて弱々しく抗議の声を上げる鴎の両頬に手を添え、鴎の目を見てしっかりと、俺の気持ちを改めて伝える。

 

「迷惑なんて幾らでもかけろよ。俺は鴎の恋人なんだからさ」

「羽依里……」

「例え、もし、一生歩けなくても……俺はずっと鴎の傍に居るぞ」

「うん……うんっ……!」

 

鴎が泣きながら笑顔を浮かべ、肩に顔を乗せるようにして、俺に抱きついてきた。俺も優しく鴎を抱きしめ返す。

俺の肩に落ちた鴎の涙は、何故だかとても暖かく感じた。

 

 

 

 

 

 

春……外を見ると、遠くに桜並木が見える。

今日俺は病室ではない場所に来ていた。

 

「……お疲れ様、鴎」

「うん、ありがと羽依里!」

 

手すりにつかまりながらも2mの距離を歩ききった鴎が、俺の声に明るく答える。

今俺達が居るのは、病院のリハビリ室。

あの冬の日の後、鴎は担当の先生へ、本格的な歩行の訓練をさせてもらえる様に懇願し、このリハビリ室へ通い始めた。

 

最初の頃は、二~三歩歩けば座り込んでしまう様な有様だった。

けれども鴎は諦めなかった。まるでそうしないと死んでしまうかのように、毎日リハビリに没頭した。

俺も見舞いに来ている時はそれに付き合い、手伝ってもう数ヶ月。

今では、手すりを伝ってとはいえ、これだけの距離を歩く事が出来ていた。

 

「それにしても、毎日頑張るよな……すごいやる気だよ」

「……羽依里のおかげなんだよ?」

「へ?」

「『あの時』さ……歩けなくても一生傍に居てくれるって言ってくれたでしょ?」

「う、うん」

 

今考えると我ながらなんて恥ずかしい事を。

いや、100%本心なんで別に後悔はしてないけど。

 

「だから、羽依里がどうなっても一生居てくれるなら、歩けないのは勿体無いなって」

「……勿体無い?」

「うん。だって、羽依里と一緒に色んな事したいし、色んな場所に行きたいから」

「……」

 

やっぱり鴎は強い女の子だなと、改めて思わされる。

あの夏、必ず来る別れを知り覚悟していながら、笑っていた鴎。

その懐かしい笑顔と同じ笑顔が、今俺の目の前にはあった。

 

「だから、私が毎日頑張れてるのは羽依里のおかげ。私が羽依里と一緒に居たいだけなんだよー?」

 

そう言って、横に座っている俺の鼻の頭を人差し指でツンと小突いてくる。

楽しそうな鴎の様子とその言葉に、俺はひどく動揺してしまう。そしてそれと同時に、鴎が頑張れている理由にとても納得がいってしまった。

……だって、今、鴎が言った言葉は……

 

『ほとんど毎日、鴎に会いに来てるのは、俺が鴎と一緒に居たいからなんだぜ?』

 

あの冬の日に俺が鴎に言った言葉と、ほとんど同じような意味合いだったから。

 

「……鴎、ありがとうな」

「うん!」

 

そんな鴎の気持ちに、笑顔でお礼を言う俺に、鴎もとても素敵な笑顔を返してくれた。

 

 

 

 

 

 

季節は初夏に差し掛かる頃。

俺と鴎は病院の中庭に居た。

 

「本当に大丈夫か?」

「うん!大丈夫!」

 

少し離れたところで、車椅子に乗った鴎が元気いっぱいに返事をする。

対して俺は、どうしても不安が拭えない。

 

「じゃあ、いくよー!」

「お、おぉ」

 

俺が返事をするのとほぼ同時に、鴎が車椅子から立ち上がる。

その立ち上がりはしっかりとしていて、去年の今頃とは雲泥の差だった。

 

(でも、問題はここからだ)

 

春の間、鴎が必死に頑張ってリハビリをしてきたのは、傍で見て知っている。

手放しでも、数歩くらいなら、ゆっくりとなら歩ける事も知っている。

それでも……やっぱり心配にはなってしまう。

 

「あと……少し……」

 

そんな俺の心配を他所に、鴎の足は止まらない。

むしろ一歩ずつ進む毎に、不安定だった足取りは徐々にしっかりとしていく。

 

「鴎……あと数歩だ!」

「うん!……あっ」

 

俺の声に笑顔で答えた瞬間、鴎が急にうずくまる。

 

「鴎!?」

 

慌てて俺は鴎のいる場所へと駆け寄る。

あと一歩踏み込めば鴎の目の前、というところで、鴎はすくっと立ち上がった。

 

「鴎?」

「羽依里!」

 

そして鴎は……俺に向かって踏み出すと同時に、飛んだ。

転んだのではなく、飛んだ。

 

「うわぁっ!?」

 

突然の事に動転しつつも、俺は鴎を倒れさせまいと必死に手を伸ばし身体を寄せて抱きとめる。

期せずして俺の胸に飛び込むような形になった鴎の様子に、俺の心配は頂点に達する。

 

「鴎!?大丈夫か!?」

「……羽依里……」

「ど、どうした?どこか具合が悪い……!」

 

俺の腕の中に収まっている鴎の様子を覗き込みながら、心配になって少し早口になっていた俺の言葉は、突然の妨害に合い遮られる。

 

「……えっ……鴎……?」

「えへへ、ドッキリ大成功!」

 

唇に感じた柔らかい感触と、いつの間にか首に回された鴎の両腕の感覚に、一瞬呆けていた俺を、唐突な悪戯を仕掛けた張本人が、ニヤニヤと笑みを浮かべながら見つめている。

 

「お、おまっ……まさかさっきのって」

「うん……ちょっと驚かせたくて、えへへ」

「おまえぇ……冗談がすぎるぞ?」

「ごめんごめん……でもね?」

 

すまなそうに謝る鴎が、次の瞬間には再びいたずらっ子の様な笑みを浮かべる。

 

「不意を突いて、勢い付けないと……あ、あんな事、したくても恥ずかしくて出来なくってね?」

 

そう言って、首に回していた腕を片方外し、片手で自分の唇をなぞり顔を真赤にする鴎。

そんな可愛い事を可愛い表情で言われたら、もう何も言えなくなってしまう。

 

「……羽依里?」

「あ、あぁ?」

「……ありがと、大好きだよ」

 

そう言って、まだ動揺が収まらない俺の唇に再び、愛しい恋人の唇が重ねられた。

 

 

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