私の周りには、とても青い景色が広がっていました。
まるで海のような、空のような、綺麗でどこまでも続く青です。
その景色の中を、私はゆっくりと進んでいます。
『これでよかったんだよ、ね』
もう何度目になるか解らない言葉を、口癖の様に呟きながら。
自分に言い聞かせる様に、誰かに問いかける様に。
何度も……何度も……
『……さみしいな』
そして、何回かその呟きを繰り返した後には、必ずその言葉が出てきてしまいます。
お母さんを助ける為に、頑張った事は、悔いはありません。
でも、やっぱり……寂しいです。
あの夏は、あの繰り返し続けた夏の日々は、とても楽しくて、嬉しくて、眩しくて。
今でも私の心に、色褪せる事無く、輝きを残しています。
……だけど、それを憶えているのは、私だけ。
あの夏の日々は、もう誰の記憶にも、心にも、残っていません。
『……おかーさん……おとーさん……』
涙が出てくるのも、もう、何度目でしょうか。
お母さんも、そしてお父さんも……今度はきっと幸せな未来が待っているはずです。
けれども、そこには私は居ません。
お母さんとお父さんも、きっと出会う事は無いのではないかと思います。
だとしても、それでお母さんとお父さんを悲しませる事が無くなるのであれば……
私は涙を拭って、再び果てのない青い世界を進んでいきます。
誰も覚えていない、けれど私は覚えています。
お母さんやお父さんだけじゃなくて、色々な人と出会って、仲良くなって、毎朝体操をして、蚊にもいっぱい刺されました。
鏡子さんの手料理を最初に食べた時は、目の前が真っ暗になったのを覚えています。
蒼さんには何度も夏を巡る間、駄菓子屋に通ったりしている時に沢山お世話になりました。
久嶋さんがメイド服姿で家に来た時は、とっても驚きました。
紬さんには歌を教えてもらいました、お母さんと一緒に歌うのは楽しかったです。
野村さんには、相談をしたりした夏もありました、とても頼りになる人です。
三谷さんと加納さんは、最初は苦手でしたけど、二人とも良い人なのが解ってからは、そんなに怖くなくなりました。
すぐに脱ぐのと、特訓をしだすのは、最後まで慣れませんでしたけど。
お爺ちゃんとも、楽しい夏を過ごせた事が何度かあります、見た目は怖いけど、優しいお爺ちゃんでした。
大丈夫です、私にはあの夏の日々があります。
私だけは、覚えています……あの、キラキラ輝いていた夏休みの日々を。
ふっと顔を上げた私の目の前に、小さな光が見えました。
この世界に辿り着いてから、見た事が無い、初めての現象です。
じっとその光を見つめていると、だんだんと大きくなっていき、目の前がまばゆい光でいっぱいになってしまいました。
思わず私は目を閉じます。
……少しして目を開くと、そこには見慣れた男の人が立っていました。
男の人もまぶしかった様で、目をくらませています。
『おと……』
言いかけて、私は止めました。
もしここで私が話しかけてしまったら……お父さんと、お母さんは、どうなってしまうのか。
それを考えてしまいました。
でも……でも……自然と笑みがこぼれます。
きっとこれは、寂しがり屋な私への、最後の奇跡なんだなと思ったのです。
本当にこれが最後だったとしても、お父さんにまた会えたのが嬉しかったから……私は自然と微笑んでいました。
「うみ!!!」
突然、お父さんが私の名前を叫びます。
そんな……覚えてるはずは……
「帰って来いよ!!」
……お父さん……忘れてなかったんだ……覚えててくれたんだ……
私は泣きそうになりながら、でもお父さんの言葉に応えたくて、めいっぱいの笑顔を浮かべました。
それを見て、お父さんも微笑んでくれた様な気がします。
次の瞬間……また周りが強い光に包まれ、その光が収まった時には、もうお父さんの姿は消えていました。
そして、お父さんが立っていた場所には、いつかの虹色の紙飛行機が、落ちていました。
『……うん、また会おうね……お父さん、お母さん……』
そっと紙飛行機を拾い上げて、それを抱きしめた瞬間、私の目から一筋の涙がこぼれました。
何故か、必ずまたお父さんとお母さんに会える……そんな予感がしていました。
「羽依里、あの……」
「どうしたんだ、しろは?」
「えっと、ね。私、お腹の子の名前……考えたんだけど」
「あぁ、うん。実は俺も考えたんだ」
「そうなんだ。……ねぇ、羽依里……せーので一緒に言ってみない?」
「考えた名前をか?」
「うん」
「そうだな……意外と一緒だったりしてな」
「……実は、そんな気がする」
「そっか……実は俺もそんな気がするんだ。じゃあいくぞ、せーの……」
『ありがとう。お母さん、お父さん』