もし氷川姉妹に弟がいたら   作:タクティくす

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今週UA数多い順でトップになっててびっくり。ありがとうございます。


紗夜はいい子だよ。でも、弱さから、人の性からは逃れられない。ましてや子どもだからね。これはそんな悲しい話。

この話で作者を嫌いになっても紗夜のこと嫌いにならないでください







酷薄な告白〜悔恨を添えて

凍りつく空気、重苦しい沈黙。時間の流れが止まった空間。若者に人気のあり、つい先ほどまでの楽しいお菓子作り教室は露と消えてしまった。

口火を開いたのはこの場に住まう看板娘。この停滞を、雰囲気を変えようとする。その勇気は凄まじい。

 

「私のためって、どういうことですか?」

 

至極真っ当な疑問だ。横にいる白金燐子も同様な疑問を持っていたようでしきりに頷いている。

 

「•••そうですね。では、少し昔の話から始めましょうか」

 

 

 

────私から見た暁斗は、恐怖そのものでもあり、同時に心の拠り所でもありました。

 

恐怖と安寧。相反するそれが同時に存在する。氷川紗夜の懺悔は、さながら空へ飛翔しながら深海に溺れていくような荒唐無稽な二律背反。それでいて一貫性のある摩訶不思議な言葉から始まった。

 

それは氷川紗夜の弱さの吐露。紗夜が生きる上で避けられなかった業の結晶。そしてその受け皿として生きてきた暁斗の物語。

 

 

 

 

──幼い頃私と日菜と暁斗は本当に仲の良い姉弟でした。よくある「おーきくなったらおねーちゃんとけっこんするー」も健在でしたよ。よく遊びよく笑う。そんな実に健やかで伸びやかな幼少期を過ごしていたと思います。とても幸せな時間でした。ずっとそうやって仲良くやれたらよかった。

 

だが、現実は非情だった。止まれ止まれと嘆いても、時の流れは一方通行で流れ続けてしまう。

 

私の妹の日菜は紛れもない天才でした。一度見れば大体なんでもできてしまう。それが許されるだけの記憶力と肉体スペックを持って生まれた。確かギフテッドって言うんでしたっけ?とにかく日菜はすごかった。その私と日菜の差が、事の発端でした。

 

 

 

さて、皆さんには既知の範疇であろうことだが、紗夜も文句なしに優秀だった。同年代と比較して、明らかに飛び抜けていた•••にもかかわらず、紗夜が日の目を浴びるとはなかった。それほどまでに日菜の才覚は凄まじかった。それは照り輝いた太陽のごとく、すぐ近くにある夜の輝き(紗夜)すらかき消す極光。どうしようもない悲しみの連鎖は日菜の持つ類稀なる才覚から始まってしまった。

 

姉である紗夜を慕い、紗夜と同じことをしたがり、真似て、あっという間に紗夜以上の結果を出す。姉の血の滲むような努力をして進んできた軌跡を、ちょっと散歩にでも出かけるような軽い気持ちであっさりと超えていく。そこに悪意は一切ない。本当に姉と同じことをしたいだけだったのだが、近すぎる太陽は身を焦がすように、ハリネズミは接触すれば傷つけてしまうように、紗夜の精神を蝕んでいった。

 

 

 

 

 

──正直日菜と比べられるのは苦痛でした。何を選んでも何に打ち込んでも、あの子は平然と追い越していく。何の気なしに、ちょっと喉乾いたしコンビニに行ってくるねーと言わんばかりの軽い気持ちで。私の立つ瀬がない居場所がない。私はあの子の姉なのに•••姉らしくなければならないのに、それが許されない絶対的な才能の差が憎たらしくて、日菜のことまで嫌いになりそうでした。•••いや、暁斗がいなかったら実際に嫌いになっていたかもしれません。

 

一方の暁斗は、その•••、私以上の結果を出すことはありませんでした。勿論、何もかもが私より劣ってるわけではないです。私より優れている部分も当然あります。わかりやすいのは身体能力です。

とはいえ、性別が違うため一緒くたにされることはなかったので結局のところ評価されることはありませんでした。

 

•••私はそんな暁斗に安堵していました。この子は私を追い越していかない。私から何かを奪ったりしない。この子の前でなら私は私でいられる。後になって気がついたことですが、私は心のどこかで私は暁斗を下に見ていました。暁斗に対して優越感を覚えてしまった。それと同時に暁斗みたいにはなりたくない。•••そう思ってしまっていた。

 

皮肉にもこの暁斗への無意識下での見下しが、紗夜の精神状態を安定させてしまったのだ。人が生きていく上で、肯定されること、自身を肯定できることはとても大事なことだ。暁斗という下位互換がいたことにより、紗夜は自分より下がいる。私は頑張っている。という相対的な評価の向上による自己肯定。同時に、両親による日菜や自身と比較して暁斗を糾弾し、冷遇する様を見て、ああはなりたくない。と恐れ、奮起し、より一層奮励努力するようになった。その甲斐あって良い結果を出した。否、出せてしまったというべきか。多少の後ろめたさがあれど、成果がある以上それを是とするのが人間だ。それに、暁斗の現況を見て、同じ境遇になることを恐れた紗夜はそれを手放せるほど強く、外れた人間ではなかった。だから、この螺旋が続いていく。追い越されたくないともがいて、結局いつも日菜に追い越されて、そのたびに轍を見返して、暁斗がいることに安堵し、自分の安寧を取り戻し、また次へ、そのまた次へ。

 

 

 

──でも、暁斗は何一つ堪えた様子がなかったんです。純粋に凄いといつも褒めてくれた。•••それが本心かどうかは今となってはわかりません。でも、嫌な顔一つせずに慕ってくれていました。愚直だが、折れず、挫けない。

•••情けない話なのですが、それがどうしようもなく怖いと思いました。大器晩成って言葉があるように、先のことだが、いつかはきっと追い越される。そう思っていました。

 

 

紗夜は足掻き続けた。姉らしくあろうと、先へ行こうと、新たなものに手を伸ばす。忽ち妹に追いつかれてしまうだろうと思いながらも、きっと何処かに自分の寄る辺があるだろうと進み続ける。

案の定日菜に追い越されたら立ち止まり振り返る。はるか後ろに暁斗がいる。日菜が引き起こした轢殺の轍の中で立っている。その度に追い越されなかった安心感と、いつかは追い越されるという恐怖を胸に抱いて。また別の道を模索する。これにより暁斗がどうなっていったのかに気づかないまま走り続けていた。

 

 

────確か2年前の5月の2週目ぐらいのことでした。

机の上に無造作にテスト用紙が置かれてたんです。お2人も恐らく受けているでしょう。都内模試の答案とその結果です。点数までは思い出せませんが、私より点数が良かったことだけは覚えています。その時は追い越されたことによる焦りでいっぱいでした。

 

•••その日からの暁斗のことはお2人の方が詳しいと思います。家には寝に帰ってくるだけの日も多くなりました。

酷い話ですが、私が暁斗が家に帰ってこないことに気がついたのは、1ヶ月ほど後です。言い訳になりますが、気にしていられる精神状態じゃありませんでした。焦っていて、暁斗のことを気にかける余裕が全くなかった。ちょうどその時期はスランプだったんです。

その時といつもの違いを思い返した時に漸く私はとんでもないことをしてしまっていたことに気がつきました。先ほども話しましたが、私は無意識のうちに暁斗のことを見下していたんです。優越感に浸ることでメンタルを安定させていたんです。

 

────これが私の罪です。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

重苦しい沈黙が再び訪れた。ある程度は予想していたが重い。想像の上をいった重い話で聞いていた2人も絶句している。正直申し訳ない。こんな自分勝手な世迷言を延々と垂れ流してしまった。

 

「長くなってすいません。何か、聞きたいことはありますか?」

 

「•••その、結局、氷川さんのためというのは?•••」

 

たしかにその通り。今の話だけだと、私が暁斗を見下していたことはわかっても、私のためというのは意味不明だ。

 

「白金さんの言う通りですね。実は、この時から少ししたある日の深夜に聞いてしまったんです」

 

「•••何を、ですか?」

羽沢さんが怪訝そうな顔を浮かべている。

 

「•••両親の、会話です」

 

手に握った拳が震える。怒りによるものだ。それが自身へ向けられたものなのか、あるいは誰かに当てたものなのかは考えないことにした。

 

「『暁斗が紗夜より良い結果を出してはならない』『あいつは紗夜より下でなくてはならない。紗夜のために』『紗夜の安息と成長のために』•••このような会話です」

 

「つまり、私のため。私が日菜に勝てずに苦しんでいるから、踏み台としての暁斗が必要だった。そういうことなんです。」

 

────私の所為で(ために)暁斗は追い詰められました。

 

そう、暁斗が冷遇されたのは両親の憂さ晴らしや暁斗本人の問題ではなく、他でもない紗夜のためのものだった。紗夜の安らぎとより良い結果をという親の愛。実の弟を蔑ろにする事で今まで安らぎが得られていたという事実。そしてそれを悪びれもしない両親。そして、それを知らずに甘受していた己自身。到底許せそうにない。

 

「だ、大丈夫ですよ!暁斗君ならちゃんと謝れば許してくれますって」

 

「そ、そうですよ氷川さん•••まだ、大丈夫です」

 

咄嗟のフォローが嬉しい。

だが、正直これで暁斗が私を嫌ってないと言われても信じられないのだ。だが、一度もこの2人にはそのような発言はしていないというのだ。特に羽沢さんは暁斗といる時間は長かったと聞いている。

 

暁斗は相当溜め込んでいるんじゃないだろうか?コールタール、汚濁、泥濘。言い方は様々あるだろうが、負の感情の吹き溜まり。それは間違いなくあると思っていいだろう。それを撒き散らすことをせず、友人達には表面上は表に出していない。さながら泥中の蓮。泥の汚水にありながら咲き誇り、清く正しくあり続ける。

それはきっと私にはない強さだ。

 

 

「そう、ですね。そう•••信じたいです」

 

これは、暁斗の強さに託けた都合のいい戯言なのかもしれない。また昔みたいにやり直したいとは口が裂けても言えないし、いくらなんでも暁斗が許してくれるとは思えない。それでも、謝りたい。せめてけじめくらいはつけさせて欲しい。話がしたい。

 

そのためには•••

 

「私に暁斗のことを教えてください」

今更すぎるが、肉親のことを見つめ直そう。きちんと向き合うために暁斗のことを、傷跡を知ることから始めようと思う。

 

「•••日菜さんとは?」

 

「はい。羽沢さんから聞かせていただいた話は私も日菜から聞きました」

 

「じゃあ、私からは何も•••」

 

申し訳なさそうにこちらへ謝ってくる。白金さんも普段の様子は昨日宇田川さんが教えてくれたこと以上のことは知らないようだ。

•••どうしようか。確か暁斗は山吹さんの家に毎朝行っていたらしい。

アポイントメントを取って話を伺うべきか。

 

「あっ!じゃあ巴ちゃんに聞きに行きましょう!」

 

「宇田川さんのお姉さんですか?」

 

「はい!私たちの中だと一番暁斗君との付き合いが長いんですよ?」

ほんの数日ですけど、とはにかむ。

 

そうだったのか。宇田川さんからおねーちゃんから紹介されたとは聞いていたが、それは知らなかった。

 

「連絡先を教えてもらってもよろしいですか?」

 

「いえ、私も一緒に行きますから」

 

「え、ど、どうしてですか?」

 

「•••ダメ、ですか?」

 

そう言われてダメと言える人が果たして何人いるのだろうか?

 

「いえ、一緒に行ってくれるのは心強いです」

 

正直あの人は見た目が怖い。素直に助かったと思う。今日は遅いし、また別の日。ということで今日はお別れした。

 

日菜ではないが、あの頃のように戻りたいとは思っている。そうなるために何をするべきかを理解した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

────あいつ最初に会ったとき何しようとしてたかわかります?自殺ですよ?自殺。

 

想像以上に暁斗のダメージが深刻だったことを私はまだ知らなかった。

 




暁斗は犠牲になったのだ•••紗夜の精神安定剤•••その犠牲にな•••
ネタ抜きでこれなんですよね。両親が暁斗を何だかんだ育ててた理由って。エンドのE組をイメージすればわかりやすいでしょうか?

紗夜が悪いわけではないですよ?人というのはそういう生き物ですから仕方ない。ましてや余裕のない精神状態なら尚更です。
寧ろ自覚があり、そんな自身を悪しきものと考えられて嫌悪できる紗夜を褒めるべき。とても優しいおねーちゃんなのです。強いて言うなら両親が悪い。


ようやっと長い長い姉2人の話が終わったので、ここからは両親周りの話と巴が見た誰も知らない氷川暁斗。そんでもって氷川暁斗の今とこれからの話を書いて終わりですね。
沙綾の扱いに困った。どうしよう。ここからだとどう考えても曇らせるしかない。


お気に入り1000人を記念して何か書きたいと思います。どんな話がいいとかありましたら活動報告かTwitterでお願いします。本編の裏側、IF、なんならヤンデレでもR-18でも構わんぞい。•••って思ってたけど要らない感じっすかね?

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