もし氷川姉妹に弟がいたら   作:タクティくす

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冒頭を前回に書いてたら次回予告っぽくなって面白かったかも。と反省。




慟哭

人を陥れ、幸福を、未来を奪うことを罪と仮定するならば、紛れもなく彼は生まれた瞬間から罪人である。その観点から見れば、彼は生まれるべきではなかった存在であると言えよう。

だが、それでもその命が必要であったことは事実だ。彼が生まれたことにより救われたものが確かにある。例えそれがどれだけ残酷な現実だったとしてもだ。

 

 

────(シン)(シン)から(シン)(シン)へ。

 

自身の内から這い出る悲哀と諦観の奔流に身を任せながら、天を目指し、焼き焦がされ、地へと堕ちていった只人が狂い哭く。

 

紡がれるのは罪の記憶。始まりの瞬間から、破綻した終焉と定められていた道を狂ったように疾走してきた道化の始まりと末路の物語。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2002年4月1日

 

都内某所の病院で苦痛に喘ぐ女の股から一人の赤子が生まれた。本来おめでたい事であるはずなのに、そこにあるのは新たに生まれた命への祝福ではなかった。無論生まれたことが不吉なものだったというわけでは無い。ただ、それ以上に別のことでの安堵の方が大きかっただけ。

 

「あぁ...これで...」

 

「ああ。守られたよ。これで紗夜と日菜の未来はちゃんと守られた」

 

「...良かった」

 

 

愛しい我が子達の生存が保証された。その安堵で胸がいっぱいだった。恐らく退院以降は()()()()()()()()()()赤子より、母体への負担を無視してでも守ろうとした我が子の方が大切なのは自明の理だ。

 

初めから生贄として生まれた子どもに愛着など湧くはずがない。

 

 

────本来その赤子は姉のために捧げられる贄としてその生涯を終える筈だった。だが幸か不幸かその未来は潰えてしまい、氷川暁斗は生みの親の元で今も生きている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「「「「「.........」」」」」

 

沈黙が場を支配する。無理もないだろう。ここにあるのはただのエゴばかりで氷川暁斗の尊厳などどこにもない。

 

「あたしとおねーちゃんの為ってどういうこと?」

 

 

「別に、よくある話だよ。「男の子(跡取り)が欲しかった」ってやつ。女なんざ要らん!って古臭い価値観。」

 

「...そういえばおじいちゃんの家ってかなりのお金持ちだったよね」

「...ええ。今は田舎に引っ越して隠居しているらしいけれど。」

 

 

「爺さんは孫バカだけど、婆さんがこれまた古臭い人だったらしくてさ?日菜姉や紗夜姉を殺してしまおうって話も出てたらしいよ?」

 

「「ええっ!?」」

 

「お産が病院で助かったね。もし自宅出産なんてしてたらマジでその場で殺されていたかもよ?」

 

氷川姉妹にとっては青天の霹靂だ。まさか生まれた直後にそんな危機が迫っていたとは夢にも思っていなかっただろう。

 

暁斗はそれを一切合切どうでもいいと言わんばかりに話を続ける。

 

「で、出産後しばらくして実家に行った時に事件が起こった」

 

「父さんと母さん、軟禁されたんだってさ」

 

「軟禁」

 

「そ。軟禁して、『ヤらなきゃ一生ここから出さないし子供(紗夜と日菜)がどうなっても知らないよ』って脅されたんだと』

 

 

 

「で、その時デキたのが俺」

 

「それ以降も産まなきゃ姉を...って脅され続けてたんだってさ」

 

姉2人の安全を確保するために嫌々生むはめになってしまった。紗夜と日菜を生かすために生まれた存在。それが氷川暁斗の本質だ。

 

「で、そのあとは俺は祖母の手で育てられる筈だったんだけど...」

 

後は言わなくてもわかるよな?と言いたげな目線を紗夜と日菜へ向ける。

 

「...祖母はその直後に亡くなった。理由は急性心不全と聞いたことがあるわ」

 

「そう。死んだんだ。だから俺は姉と同じ場所で生活することを余儀なくされた。いや、両親は俺を育てることを...って言うべきかな」

 

「母さん精神的に参ったらしくてさ。所謂マタニティブルーってやつ?それに加えて。俺を産んだ意味がまるで亡くなったから相当荒れたらしいよ?でも無理もないだろうね。産みたくて産んだ訳じゃないガキ一匹を育てなきゃならないんだから」

 

当然待遇に差は出るだろう。そもそもが紗夜と日菜を守るための生贄だったのだから持て余すのも当然だし、祖母が脅して来なければ、本来は産む予定も必要もなかった存在だ。それを平等に愛するなんて聖母もびっくりの博愛主義者だ。

それでも世間体を気にしたのか定かではないが、彼らは一応暁斗を育てていた。

 

──そして再び落胆した。姉たちとの才能の差が歴然としてしまった。よりによって産みたくて産んだ訳ではない俺が劣等だったことが更に両親を追い詰めた。

 

「せめて、俺が姉より優秀だったら救われてたんだろうな」

 

現実は無情だ。望まなかった子より、元から望まれ、祝福された子の方がどうしようもなく優秀だった。元よりカケラほどあるかどうかだった情も消え失せてしまった。

 

「...尤も。だからこそ俺はここにいるんだけどね」

 

皮肉なことにそれこそが氷川暁斗の存在意義になってしまった。氷川紗夜をより高みへ押し上げるための当て馬として、躊躇なく使い潰すことができる存在。愛しい紗夜と日菜へと手向けられた首飾り。それこそが氷川暁斗の真実だった。

 

「そ、それはいくらなんでも...」

 

タチの悪い冗談だろう。そうであって欲しい。そう願い彼女達の願いは

 

「いや、間違いないよ。親や爺さんに聞いたからな」

 

虚しく潰えてしまった。

 

 

 

────だから、俺はそういう存在なんだよ。許すもクソもあったもんじゃない。

 

 

先ほどの変貌は嘘のような冷たさで彼は淡々と事実を告げていく。

今までの暁斗とは比べ物にならないほどの虚無だ。ただそこに在り続ける機械の如く、人としての情緒や感性など飾り程度のものでしかない。まるで別人否、これこそが本来の氷川暁斗だとこの場にいる者全てが理解した。

 

憤激と怨嗟の泥の中でも清く在り続ける蓮の花、確かに間違いではない。だが、それは彼が己自身を戒め続けたが故に表に出てきていた表層に過ぎなかった。いくら花が綺麗であっても結局は泥水であり、醜く腐っている。その底に住まう魔性。それが暁斗の真の姿である。

 

 

「だから、特に怒ってないんだよ。そもそも許すも何も悪いことなんか何もしてない。姉さん達は当たり前のことをただ当たり前にしてただけなんだから」

 

有無を言わさぬ強い口調。「話は終わりだ」と言外に告げていた。

 

再び静寂が訪れる。彼女達と暁斗の間ではまず前提条件が違ってしまっているのだ。自分自身への価値観が徹底的にズレている。あまりの認識の差を前にして、何を言えば暁斗に届くのかがまるでわからなくなってしまい、言葉が出せずにいた。

 

それを、もう話は終わったと判断したらしく、暁斗はその場を後にした。

 

 

ごめん

 

 

その小さな呟き(ホンネ)は誰の耳にも届くことはなくドアに吸い込まれた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

家の外を出て1人街を彷徨う。考えるのは先ほどの会話。

今日話していて実感した。

 

 

──()()()()()()()のだ。あれほど姉に居場所を取られたくないと思っていたのに、いざ姉とあの人達が一緒にいたところを見ても何も感じることができなかった。悔しいとか、嫌だとか何一つ感じ入ることなど無かった。陳腐な言い方になるが「冷めた」のかもしれない。執着する気にもならなくて、本当にどうでもよくなってしまっていた。姉の知り合いだからそれなりの接し方はするが、俺からすれば赤の他人だ。

 

思えば以前からその兆候はあった。宇田川の妹さんと白金さんがRoselia、つまり姉とバンドを組んで以降あの2人と連絡する機会は格段に減っていた。それについて疑問に思うことすら無かった。

 

 

自分自身でもかなりの薄情者だと思うが、どうでもいいものはどうでもいいのだから、もう構う必要など無いだろう。

 

 

 

ただ、今日はあまり思い返したくないものを思い返してしまった。それを知った際には流石に俺なりに色々考えてみたのは良いんだけど、そもそも求められた用途が初めから姉のための贄な時点でそうやって生きる以外の選択肢など、どこにもなかったのだから。俺はそれしか知らなかったから、終わらせる以外の選択肢なんか何一つ見つからなくて。それを選んだ。でも、それは結局邪魔された。これだけは絶対に許さない。許せる日など来るはずもない。それだけはきっと俺の中にある本物だろう。

きっと死にたかった。辛かった苦しかった。けれど生き延びてしまった。死に損なった。先のことなど一切考えてなかったのにひょんなことから生き延びる羽目になった。暗い道のりはこれから先も続くのだろう。

 

 

 

 

 

そこからの二年間、楽しかった。楽しかったはずなのに、もうなんとも思えない自分がいる。

 

 




誰もツッコんでくれてないから不安になりながら書きました。
さよひなの一個下ってなると、出産から妊娠の間隔が短すぎると思うんだけど俺だけなのか?ってなりながら書いた話。



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