もし氷川姉妹に弟がいたら   作:タクティくす

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暁斗って沙綾大好きなんじゃね?

暁斗は指向性が内に向いてるだけで結構アカン人間


守るべきもの、輝かしいもの

あるところに亀さんがいました。それはそれはノロマな亀さんです。

あるところにうさぎさんがいました。とても足が速くて、人気者のうさぎさんです。一方の亀さんには誰も見向きもしませんでした。誰だって派手で美麗で、迫力のあるものに惹かれてしまうものだから、誰もが、どこにでもありふれたものより眩い光輝へと目が行くのは当たり前のことでした。

 

亀さんもそれがわかっていました。むしろ誰よりも亀さんこそがうさぎさんに憧れていました。ぼくもあんなふうになりたいと、身の丈に合わない夢を持っていました。その足で一歩また一歩牛歩のように、否亀の速さで進んでいきました。

 

でも、亀さんは足が遅いから、駆け抜けるうさぎさんに追いつくことは決してできません。彼らの差は開いていくばかりです。

 

では、問おう。こんな状態でかけっこで競走を持ちかけました。勝ちました。めでたしめでたしチャンチャン♪。それっておかしくないでしょうか?

 

 

だって亀さんは“自分が勝てると思った勝負“に持ち込み、たった一つだけ、しかもうさぎさんは全力と言えるのかどうかすら怪しい。

果たして、これで誰もかれもが納得するでしょうか。

 

答えは否。何故ならうさぎさんは亀さんと比べて”ありとあらゆる分野”で優秀だったから。亀さんは自分が勝てると思った勝負を勝手に設けて勝った勝ったと粋がっている。なんとも滑稽な存在でした。

 

 

亀さんは亀さんのまま惨めにその生を終えました。めでたしめでたし

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「さて、どう切り出すのがいいかな」

 

語り部は不安に揺れている少女を一瞥し、過去に想いを馳せる。少しずつ毒を吐き出したことで見えてきたものがある。

“詰んでいる。”その事実を知ることができた。

それは大きな収穫であり、気づくことができただけでも、この時間には意味があったと言えるだろう。と感謝の気持ちを表に出すことはせず、胸の内に押し込んでから、改めて話を再開する。

 

「まず、自殺未遂のその後から話さなきゃだな...」

 

“自殺”という不穏なワードに聞き手の眉がピクリと動いた。どうやらまだその衝撃的な事実を受け入れるのは難しいようだが、それも無理もないだろう。それをわかっているから語り部は気にも留めずに話を進めてしまう。

 

「まず、巴にぶん殴られた。凄かったぞ?漫画みたいに吹っ飛んだ」

 

あれは今思い返してもひどいと笑う。被害届を出していたら一発で少年院行きだった。そう告げる語り部の顔はどことなく楽しそうに見えたのは何故だろう。

 

 

「その時、なんか萎えちゃって色々どうでもよくなってさー。死ぬ気すら失せたね。もう何もやりたくないーって感じになった」

 

あの時氷川暁斗の中にあった”熱”、暁斗を動かす動力源は確実に《死んでいた》。

山吹沙綾、羽沢つぐみの両名が感じていた『幽世の住人』『死人めいた雰囲気』というのは、決して間違いなどではない。肉体は生きていても精神は確実に息絶えていた。

 

 

 

「だから、巴に流されるまま沙綾やつぐや皆と知り合った」

 

宇田川巴はお人好しだ。目の前で命を絶とうとした人間を止めることは彼女にとっては当たり前のことであり、放っておく選択肢など彼女には存在しなかった。ああ、なんと清らかな感性、素晴らしき正義感だとも。それを否定する気はさらさらない。

ただ、己が屈折しているだけであって万人に好まれるのはえてしてこういうものだろう。と理解しているからこそ、彼女を責め立てることはしなかった。

 

正確にはそんな気力すら失せていた。

そのまま引きずられるような家まで連れ込まれ、なすがまま。氷川暁斗の意志はそこには存在しなかった。

 

「でも、みんなに会えたことは間違いじゃなかった。それだけは誓って本当だよ。」

 

出会えて良かった。そう言われて悪い気はしなかったのだろう。少女は頬をやや緩める。

 

「俺が知らない色んなことがあったし」

 

商店街の色んな人たちと出会ったことで多くのことを学べた。料理を始めとした家事とかいった知恵、俺が得ることのできなかった家族の形とか、悪意を向けてこない人のこととか。挙げ始めたらキリがないけれど、そのどれもが美竹蘭風にいえば『悪くない』と言えるものだったと心の底から思っている。かけがえのない時間だったと嘘偽りなく信じている。だけど、

 

 

「あくまで、俺があの2人の弟であるとそこまで知られていなかったから成り立っていた関係だけどね」

 

より正確には、氷川紗夜、氷川日菜、氷川暁斗の間に存在する天賦の才能の差。それがさほど問題視されていない環境下であったからこそ暖かい場所だっただけに過ぎない。そんな吹けば飛ぶような不安定な関係でしかなかった。

 

つまり、焼き尽くさんとばかりに光が牙を剥いた瞬間に暁斗の過ごした日だまりは塗り替えられてしまうだろう。その圧倒的な輝きを前にした途端、氷川暁斗の存在意義は粉微塵もなくなってしまう。

 

 

 

────「()()()()()、その思い出だけは誰にも汚させない。」

 

 

それが真実の願いだった。

 

 

氷川暁斗は陽だまりが変わってしまうことに耐えられない。その日常が()()()()()()()()()()()()()()に、彼が己自身とその幸福を、()()()()()()()()()という選択肢を取らざるを得なくなってしまう。

 

何故なら変わってしまってからでは遅いから。総てが反旗を翻して凍てついてしまう前に、氷川暁斗にとって”敵”になってしまう前に。

 

美しい物を美しいまま思い出に留めておきたい。総てが変わってしまう前に自ら幕を下ろしてしまいたい。

 

そんな稚児のような破滅願望。

それは直接壊すことではなく、身をひくことで成り立っていた。疎遠になり、彼の中で過去のものとすることで自身を守っていた。

 

 

これのタチの悪い点は”可能性が存在する”時点で暁斗は耐えられないという点だろう。実際に変わってしまうかはわからない状態であっても、変化する要因が生まれた瞬間に崩壊してしまう。

即ち、姉が同コミュニティに現れた瞬間に、氷川暁斗にとってはその集団との関わりが、暖かな空間が、一転して地獄に成り果ててしまう。

 

「悪いけど、俺はそんなに強くない。あの姉相手に取り戻そうとか、奪われないように...なんて芸当は逆立ちしたって出来やしない」

 

氷川暁斗には姉に伍するものは何一つとて存在しない。そのどうしようもない現実が、今この瞬間に牙を剥く。

 

 

 

 

 

 

当然そんなことを許容できるはずもなく

 

 

「そりゃ俺だってさ、きっと自分だけの何かがあるって思いたかったよ?」

 

自分だけの()()。両者が同時に存在する時に姉ではなく自分を選ぼうと思えるだけの何か。それはきっとこの世のどこかにある。そして、

 

「多分沙綾や巴やつぐや皆となら見つけられる...そう思いたかった、よ」

 

過去形。その幻想は既に破壊されてしまっていた。

 

「でもさ、気づいちゃったよ。俺、皆の重荷になってる」

 

どこがなどと最早語るまでも無いだろう。

先日のAfterglowでのゴタゴタ。蘭の父さんには無意味な嘆願をし、つぐに関しては寧ろ俺が追い込んでしまった。

花女の文化祭。俺さえいなければ、もっとスムーズに沙綾はポピパに入っていた。

 

極めつけは...

 

「沙綾はさ、変わったよな。()()()()()()()()()()

 

 

物語の中核を担う主人公(どこかの誰か)、自分よりその場にいるのに相応しいそんな人間。そして何より

 

「沙綾は今の方が楽しそうだよ」

 

 

それが、どれほど素晴らしいことなのか痛いぐらいにわかっていたから。

 

「現にこうして我儘で俺の前にいることがその証明に他ならない。」

 

自分だけが我慢しなくていい。強がらなくていい。俺みたいな格下じゃなくて、同格同性に、弱さを、本音を曝け出してもいいんだってそう思える奴に出逢ったんだから。

 

突きつけられたのは不甲斐なさと無力感。同時に終わりへの切符。 感じていたのは惜しみのない祝福。

 

今更言うまでもないが戸山香澄は星のカリスマだ。彼女を中心に渦巻くキラキラドキドキの大銀河。遍く全てを惹きつけ大きな宇宙となっていく。

 

「俺には出来なかったことを香澄がやってくれるよ」

 

 

 

もう、みんなには氷川暁斗(型落ち)は必要ない。ただ、それだけ。

 

 

 

「否定できるものならしてみろよ。俺の姉は凄いぞ?姉に出来なさそうなことは香澄がやるぞ?」

 

それは紛れもなく純度100%の信頼。嫉妬や憎悪など一切なく、応援として最上級。

 

 

 

 

 

故に暁斗の理屈は難攻不落。ここに来て氷川紗夜と氷川日菜、その両者の絶望的なほどの成長性が壁として立ち塞がっていた。

 

 

 




暁斗くんマジでドンマイ。実はもう一段階落とさなきゃならん。

設定開示するなら誰のがいいですか?

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  • こころ
  • 香澄
  • おたえ
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