もし氷川姉妹に弟がいたら   作:タクティくす

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※さよひなは物陰に隠れながら暁斗の話を聞いています。

これさーやのメンタルとさよひなの世間体のチキンレースなんじゃないですかね?


宿痾

「おはよう」

 

天気は良好。山の中ということもあり、夏だがコンクリートジャングルより比較的快適な目覚めだった。

 

こんな時でも身体は習慣通りに動いている。きっちり朝の4時半、やまぶきベーカリーへ手伝いへ行くための時間に目が覚めた。

 

もうあそこへ行くことなんてないというのにだ。約2年間繰り返していた日常は未だ消え失せておらず、この身にしっかりと刻み込まれているのだから度し難い郷愁と、未だに過去を引きずっている自分自身の浅ましさに嫌悪感を隠せない。

 

 

──未練たらたらとか見苦しいぞ

 

──男ならウジウジすんな

 

──前を向いて雄々しく突き進めよ

 

振り返ってる暇なんて今の俺にはない

 

──過ぎ去りしAfterglow(残光)に縋り付く真似なんてできやしないのだから

 

回遊魚じゃないけれど、止まるわけにはいかない。マグロみたいに死ぬ訳ではないと思うけれど、自分の中で何かが壊れる予感があるから。

 

「...よく眠れたかな?」

 

「ばっちし。東京よりは涼しいからね。風も吹くし」

 

「なら良かったわい。それと...昨日はすまんかったのう」

 

不用意な発言で俺の神経を逆撫でしてしまったと詫びている。

 

爺さんとて悪意があったわけではない。恐らく爺さんは何も知らないだろうし、俺が責めてもとばっちりにしかならない。下手に驚かせて心臓止まったりしたら大変だ。

 

 

...でも、正直なところ全く思うところが無いわけではない。

 

ぶっちゃけマジで誰得状態で産まれて、なんとなく生かされて、持て余していたところに、漸く当てがわれた役割が紗夜姉の踏み台っていうのは中々に悲惨な気がする。

 

けれども、よく考えたら今更だ。寧ろそりゃ親も俺のことが嫌いなわけだと納得したし、色々と諦めがついたのもまた事実なのだ。

 

生まれてしまったのは俺の責任ではないのだし、八つ当たりではあるものの、好きになれない理由としては十二分すぎるものだと思うから。

 

どうやら根本から相容れないみたいだし、出来るだけ早く独り立ちしたいとは思っているが

 

「いや、もういいよ」

 

そう、もうここまで生きてしまった以上仕方のないことだし、少なくとも爺さんは事実を教えてくれただけで、何も悪くはないだろう。

 

「そんなことより飯にしよう」

 

そもそもここに来たのは別に自身のルーツを探るためじゃないんだし、たかが生まれる意味など欠片も存在しなかったなんて小さいことで一々落ち込む必要もそれが許される時間も今までなかったから。

 

「う、うむ...美味しそうじゃの」

 

「食えなくはない味だとは保証するよ」

 

尤も、今作ったものを食べた人たちは普段食べ慣れている千紘さんや沙綾の方が美味しい。と軒並み不評だったからあまり良くはないのだろうが、食って死ななかったし、最低限の仕上がりが保証されているだけなのだが。

 

「儂よりは上手いから安心せい。それより暁斗は今日はどうするつもりじゃ?」

 

「んー...穀潰しになる気はないし、なんか手伝うかな」

 

体を動かすのは嫌いじゃないし、力仕事でも多分大丈夫だろう。

 

「ならそれに甘えるとしよう」

 

日中は爺さんの手伝いをして、夜は爺ちゃんの相手をしたり学校の宿題を片したりと適当に過ごし、数日が経過した。慣れない農作業であるため疲れですぐ眠ってしまう日々が続いた。

 

 

「...ところで、そろそろ聞いていいかのー?」

 

「何を?」

 

「お主どうしてここに来たんじゃ?」

 

「どうしてって...」

 

「倅に電話を掛けたんじゃがな、あやつはお前が今どこにおるか知らんかったぞ?」

 

でしょうねー、何も言わずに出てきたし。どうせ両親から連絡は来るわけないし、姉や巴達は着信拒否してるから居場所がどうとか聞かれることはないし、親が知る由など無いのは当たり前だ。

 

別に知ったところで寧ろ戻ってこないで欲しいと思うぐらいだろうし、それが俺たちにとって当たり前だから爺さんが気に病むことではない。

 

「儂は『孫は元気か?』と聞いたんじゃが、『紗夜と日菜も元気にやってる』と返ってきたわい」

 

「そりゃ重畳。紗夜姉と日菜姉が息災そうで何よりだよ」

 

「馬鹿者。儂の言わんとすることがわからんか?」

 

「...どうせ俺がいなくなってることにすら気がついていないんだろ?」

 

寧ろ気がついていたら驚きだ。

 

「うむ...『暁斗はどうじゃ?』と聞いたら『相変わらず』と答えおった」

 

爺さんのところにいるにもかかわらず、わざわざ爺さんが俺の調子を聞いたことに何の疑問も抱かない時点で察するに余りあるといったところだろうか。

 

「今までそれを疑ってはおらんかったのだが、もしやお前たち」

 

「まあね、険悪だよ?それこそいない方がお互い都合がいいぐらいには」

 

「...すまんのう。倅にちょこちょこ様子は聞いておったのじゃが...」

 

「別に。あの人たちエリートだし、外面は良いからね」

 

俺へのそれも表では一切見せないから誰も気づきやしないのだ。それに近所付き合いも悪くないから発言力も決して低くない。

 

寧ろ不出来な俺に苦労しながらもしっかり育てようとしていると専らの評判だった。非常に面倒なことに嘘はついていないのだ。持て余した俺の処遇に悩みつつ、“踏み台として”しっかり育てている。

 

「...良かったら教えてくれまいか」

 

「なんで?」

 

「儂はお前のじじいじゃよ。理由なんかそれ以外あるまい」

 

「特に話すことなんてないよ?」

 

「それは儂が決めることじゃ、そもそもここにきた最初に話そうとしてくれたじゃろ」

 

 

「まあ、それもそうか」

 

どうせこの爺さんが親に何かしたところでどうにもならないが、俺に同情して小遣いでも貰えたら恩の字だ。

 

そんなわけで、早速ここに来た経緯を説明した。

ずっと姉達と比べられてきたこと、やっと居場所ができたけど、やっぱダメだったこと。要約するとその程度だが、俺の十数年間なんてそんなもんだ。

 

言葉にして実感したが、なんだかんだで愛着はあったのだ。どうせいつか壊れる。姉がそこにいないから成り立つハリボテだってわかっていたつもりだったのに。

 

クソが。

 

やっぱこっち来て正解だった。会いたくなって仕方がない。そんな自滅願望を抑え込むには物理的に距離を置くことが必要不可欠だった。

 

 

「うーむ...お主も大変だったのぉ」

 

「月並みな言葉をありがとう」

 

毒にも薬にもならない。

 

「男としては『逃げるな。姉と戦え』と言うべきなのじゃろうが...」

 

概ね同意だ。何一つ勝ち目などないが。

 

「会社を経営していた人間としては、引き際は大事じゃと思う。大損をする前に手を引くこともまた大切じゃよ」

 

 

「そうか?」

 

「そうじゃよ。じゃからお前さんの言ったこともわかる。実際に起きてからじゃ遅いこともあるのもまた現実じゃ」

 

「ふーん」

 

「じゃが、お前さんは少々潔すぎる。お前は周りが言うほど駄目な人間ではないじゃろう」

 

「...それだけはないな。賭けてもいいよ」

 

流石に世界が間違っていると言えるほど傲慢にはなれないよ。

 

「こりゃ重症じゃのう.....お前さんには多くは言わん。自覚が無いようじゃし、何より儂が言っても響かんじゃろうからな」

 

「自覚?なんの?」

 

「それも追々わかるじゃろう。ただ今は一つだけ言おう」

 

「...なんだよ」

 

 

 

「自分だけの勝利を見つけることじゃ。どんな形でもいい。第三者から見て認められなきゃいけないものでも無い。お前自身の、お前がお前に誇れる勝利の形を見つけることじゃ」

 

「それさえあればお前は生きていけるじゃろう。話を聞く限り、お前は婆さんに似て芯が強い子じゃからのう...」

 

そこには万感の意が込められていた。くだらないと一蹴するには込められた含蓄が重過ぎた。

 

 

「勝利、ねぇ...」

 

これはまた俺には随分と縁遠い概念だ。

姉の完全劣化品が勝手に定めた勝利で粋がって、一体何になるのだろうか。ただ己の内に閉じこもっているのと何か違うのだろうか?

 

「誰かに認めてもらう必要はないのじゃよ。大事なのはお前がお前を認めてやれる、そんな基準や目印なのじゃ」

 

それに何の価値があるのだろうか?俺の価値観なんてあってないような羽毛のようなものだろう。客観という数の暴力に圧倒されてしまう程度の軽いものでしかない。そんなものに縋るのは流石に無謀が過ぎるし、俺はそこまで自分を好きになれない。

 

 

「今度の年末年始はそっちに行こうかの...その時にお前さんの答えを聞かせておくれ」

 

 

投げかけられたその問いに答えは出ることがなかった。

 

ただ、考えている間は何もかも忘れることができていたことだけは覚えている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「と、まあこんな感じなわけで」

 

静寂が包む公園で、1人舞台に興じている。歓声を上げる者、お捻りをだす者もいない。返ってくるのは沈黙のみ。

 

 

「...楽しかったよ」

 

そこにどんな意味が込められていたのだろうか。あまり考えたくない事柄だ。だが、今はそれは後回しでいいだろう。

 

 

 

──今は、()()()()()()()恐ろしいことが起きている。決して認めたくない、山吹沙綾の根底を揺るがしかねない最悪の事態が顕現しているその事実が。

 

 

暁斗が姉と似てないなんて、一体誰がいった?あの天災と同じように、いや、今の暁斗は無自覚にあの人以上に私の心を抉っている。

 

 

 

今の暁斗と、暁斗の話している内容がまるで噛み合っていないのだ。嘘はついていないことぐらい、なんとなくわかる。今こそふざけた物言いをしているけど根は真面目だしこういう場でそんなことはしない。

 

だからこそ悍しい。だからこそ認めたくない。

 

今の暁斗と話の内容がまるで違うことなんか、気のせいだと思いたい。冗談だろと笑いたい。

この後すぐに冗談だよって破顔して、ちょっと私が拗ねて、慌てた暁斗が謝って...そんなありきたりな展開を熱望したいぐらいには、今の状況を信じたくない。

 

 

 

 

────だって、暁斗の物言いは全て完結してしまっているから。

 

全部完了、全部過去。もう終わってしまったことであると、彼の中で区切られてしまっている。

 

 

私たちは切り捨てられたんだ。もう必要ないと、暁斗の中で片付けられてしまったんだ。

 

その厳然たる事実が、私のことを打ちのめす。好きの反対は無関心。氷川暁斗の中では最早残骸や塵芥と然程変わらなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「それでさー。結局わからないんだよね」

 

そんな私のことは露知らず、話はお構いなしに進んでいってしまう。そもそもこの場は暁斗が勝手に毒を吐く場と言ってもおかしくない。私のことなど相槌を打つ案山子や壁とでも思っていても何ら不思議なことではない。

 

 

 

──勝利ってなんだろう?

 

 

これは辞書を引けば解決するような単純なことではない。必要なのは信念と過去の記憶。

氷川暁斗による氷川暁斗のための氷川暁斗だけの答えを紡がなければならない。

 

 

 

 

まさしくここが分水嶺。さあ気張れよ山吹沙綾。過去を取り戻すならここしかない。

 




初期プロットだと香澄と暁斗が同じ中学。

小説版香澄がガルパ版に弾けるきっかけを作ったのは暁斗。
暁斗が起こしたほんの小さな善意が巡り巡って暁斗の居場所を徹底的に破壊していきながら香澄はキラキラドキドキしていく...

って設定でしたがプロローグを書き始めた時に手元に小説版が無かったので没にしました。


やっと終わりが見えてきた。暁斗が答えを見つければエピローグに入れます。

設定開示するなら誰のがいいですか?

  • 友希那
  • こころ
  • 香澄
  • おたえ
  • その他
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