もし氷川姉妹に弟がいたら   作:タクティくす

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紗夜からの暁斗の評価はめちゃくちゃ高いんですよね。



弱さと覚悟と自覚

以前、一度夢を見たことがある。

 

それは驚くほど甘美で自分自身に都合のいい夢だった。

俺が姉と同じ領域に立っていて三竦みになっているそんな夢。

 

日菜姉は紗夜姉に強くて

紗夜姉は俺に強くて

俺は日菜姉に強い

 

そんなありもしない幻想。妄想と呼ぶべき醜い欲望。

ああ気色が悪くて反吐が出る。そんなことあるわけないというのに。

 

夢想、空想、虚構そんな都合のいい奇跡なんてあるわけがない。

これが”殺せば勝ち”と言えるような戦国時代ならばともかく今の世は平成なのだ。搦手なんて通用しない。厳然たる実力の差がモロに出てしまう。

 

故に三竦みは成り立たず、俺は不出来な弟のままだ。

 

そんなことは最早当たり前のことであり、議論を挟む余地など一ミリたりともありはしない。

 

それらの感傷を総て、()()()()()()と切り捨てた。

そんなことを考えているようではいつまで経っても追いつけない。

必要なのはあの日の誓いと憧れだけ。他のものなど重荷以外の何者でもない。

 

この2年で作った大切な思い出も繋がりも築いてきた何もかもが、いずれ反転して牙を剥く。俺という存在を否定して壊してくるんだから。

 

なら、そんなもの要らない死に絶えろ、死に絶えろ。全て残らず(ゴミ)と化せ。

 

どうせ何も変わらない。いるのは敵と未来の敵だけ。

 

だから全部壊せばいい。なかったことにしてしまえばいい。繋がりも断ち切り、全て過去にしてしまえばいい。

 

 

だというのに、何かが後ろ髪を引っ張っている。

こっちを見ろ。コッチヲミロと何かが俺を誘っている。

 

これでいいとわかっているはずなのに、違和感が拭えないのは何故なのか。どうしてこんなにも虚しいのだろうか。何か見落としているのだろうか。

 

 

ひょっとして、俺が求めるべき勝利はもしかして違うものなののだろうか? 

 

 

元より姉が辿った後を追い続けるだけだったから、それ以外の先にあるのだとしたら見つかることは一生ないかもしれない。

 

だがそれならそれでいいのかもしれない。どうせこの身は元より姉の踏み台に過ぎない。最後までそれを全うするのもきっと俺にふさわしい末路だろう。

 

この結論に不備はない。そうわかっているはずなのに脳裏によぎる不鮮明な影がどうにも気になって仕方がなかった。

 

 

──────────────────────

山吹沙綾は思い悩んでいた。

 

目指すべきビジョンは鮮明だ。そのために何が必要なのかもわかる。

今までの日常を取り戻す。暁斗をこちらに連れ戻す。

そのためには姉がいるからと言って暁斗のことを突き放したりなんかしないということを伝えなければならない。しかしそれだけでは足りない。相対評価からの脱却、紗夜さん日菜さんと比べられること、そして絶対的に負けていること。それらの克服が必要だ。

 

言うまでもないが私は性能差なんてどうでもいい。()()()()()()()今までの暁斗を選ぶ。それは多分他のみんなもそうだろう。

 

……けれど、暁斗は違う。

 

今の今までありとあらゆるものが比較され、その全てで劣ってきたという自身の過去がある。

厄介なのがつぐみと違って過ぎた謙遜でも卑下でもなかったこと。文字通り真実であるが故に安易に否定の言葉が言えない。そんなことないとか言っても感性の狂った奴としか認識がされないだろう。暁斗のこぼした「少数派」という言葉がそれを如実に物語っていた。

 

さて、どうしたものか。

これを聴いている他の()()()は何か良い考えがあったりするのだろうか? 

私にははっきりした答えは出せそうにない。

 

「少数派じゃやっぱりだめ?」

 

「結局人間なんて他人からどう思われるかで決まるし」

 

「だから数?」

 

「ああ」

 

「私やポピパやAfterglowとかはぐみもいるよ?」

 

「……」

 

「そっか……釣れないなぁ」

 

暁斗の闇は思った以上に根が深い。

だって、間違ってはいないから。衆人環視における氷川家の3人は単純かつ残酷な構図をしているから。

 

確かに社会的地位っていうものはそういうものだ。紗夜さんと日菜さんは嫉妬ややっかみ以外は軒並み周囲から称賛を集める人間だし、それに追いつこうとするならば、大多数の評価というのは避けては通れないという理屈は決して理解できないものではない。

 

ただし、相手があの2人ではない場合に限る。

はっきり言って暁斗があの2人に勝つことは不可能だろう。いくら追いつこうとしたって無駄だ。そもそも暁斗が今まで言われてきたことを鑑みるとあの2人に追いつこうとするという時点でアウトなのだから。

 

今の暁斗に必要なのは出来ないものは出来ないとすっぱり諦めてしまうこと。姉は姉で自分は自分という当たり前で無情な現実を受け入れることだ。

 

そこまではわかっている。多分きっと、暁斗だってわかっている。

暁斗は考えて動く人だ。今更私が言わなくたってきっと気がついている。

 

だからその先が必要なんだ。

先に進むために先を見据えることを辞めさせる。

そんな矛盾を孕んだ人らしい論理が今の暁斗には足りない。

 

だから────────

 

「暁斗にはそんな()()()()()()()()()が大事なの?」

 

 

暁斗のことをよくも知らないで評価する奴らだけが暁斗の指標であるというその現実を壊すことから始めよう。

 

暁斗が想像以上に頑固で私じゃ力不足だから、当事者に出張ってもらおうか。

 

 

 

────しっかり頑張ってください。お姉さん? 

 

虚空の先にいるであろう2人に目配せをする。せめてしっかりけじめはつけて欲しい。

 

私は()()()を打つためにその場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

……腹立たしい。

なんで暁斗は私の言葉で靡いてくれないの? 

ムカつく。妬けちゃうなぁ……

事が終わったら覚悟してよね? 

 

──────────────────────

 

「じゃあ、この場は任せますね」

 

忌々しげに山吹さんがこちらに告げる。

不本意だが仕方がないと言わんばかりにこちらを一瞥し、その場を去っていった。

 

(……ありがとう、山吹さん)

 

会釈で感謝を伝えた。向こうも言葉にされることを望んでいなかったし、私自身も言い辛いものがあったが、ここでは言葉に出さずとも私たちは通じ合っていたと思う。

 

山吹さんには損な役回りを押し付けてしまったかもしれない。

本来暁斗の言葉は私たちが受け止めるべきだったのだから。

でも、暁斗は絶対に私たちに遠慮する。山吹さんはそう考えたから自分が話を聞く傍で私たちに盗み聞きをさせたんだろう。

 

やった行為は褒められたものではないが、結果はやって良かったと心から思っている。この場限りはどうか無慙無愧でいさせて欲しい。

 

暁斗がどれだけ苦しんだのか、必死に生きてきたのかを知った。勿論本人の体験をそのままというわけではないし、感じ方だって違うから知ったつもりなだけなのかもしれない。

けれど、何の情報が無い今までよりは何十倍もマシだろう。暁斗の痛みの何割かを理解したからこそ、歩み寄ることができるはずだ。

 

私の贖罪(すくい)は今ここに。

贖罪の念と後悔を携えて、私たちは初めて自分の弟と向き合うのだ。

 

決意を新たに、2人で一歩を踏み出した。

 

* * * * *

 

月明かりと街灯だけのこの場では、私たちが不意に現れたように見えたのだろう。

 

数瞬呆気にとられすぐに事態を悟った暁斗は私たちに声をかけてきた。

 

「盗み聞きとは良い趣味とは言えないね、姉さん?」

 

「うぅ……ごめんね?」

 

日菜も思うところがあったようで、すぐさま謝罪した。

 

「そうね。たしかに悪いことをしたわ。ごめんなさい」

 

「良いよ別に。沙綾が呼んだんだろ?」

 

「録音してみんなに伝えるぐらいは予想してたし」

 

全く仕方のないやつだと暁斗は笑う。山吹さんを咎める様子は一切ない。

 

「でも、正直聞かれたくはなかったかな」

 

「私は聞けて良かったと思っているわ……日菜はどうかしら?」

 

「あたしもおねーちゃんと同じだよ」

 

暁斗の本音を聞いたことは今の今まで一度もなかったから。

 

「ふーん……柄でもないことするもんじゃないね。恥ずかしいったらありゃしない」

 

 

暁斗がこんな風に皮肉気に笑うのも、愚痴を溢すのも今日は暁斗の知らない一面を数多く知った。

 

「ごめんなさい」

 

「ん? 盗み聞きしてたことはもういいって」

 

「違うわ。今までのことよ」

 

「……」

 

 

 

「私は日菜からも暁斗からも逃げてばかりだった。暁斗を追い詰めていた」

 

 

正直今だって怖い。さっきまで話していたことを疑うつもりは粉微塵も無いけれど、でも心のどこかで私のことを恨んでいるんじゃないかと思ってしまう。

 

本当に私は弱くて醜い。

 

「それでも、()()()()()姉として慕ってくれて、憧れだって思ってくれてありがとう」

 

そんな私だけれども、私を姉たらしめてくれたのは暁斗の存在だった。日菜は双子だから、どうしても実感が薄くなるけれど、暁斗の存在がそれを確固たるものにしてくれた。

 

姉であることを重荷に感じることが無いと言えば嘘になる。現に日菜に関しては一度逃げ出している。それでも、私が氷川紗夜()でいられたのは暁斗がいたからに他ならない。

 

「でもね暁斗、私はそんな大層な人間じゃないの」

 

「たしかに覚えは早い方かもしれないけれど、頭が固くて応用が利かないし融通もきかない。それに暁斗みたいに人と上手く関われないわ」

 

 

自分の音を無個性でつまらないものだと、教科書通りの無味無臭のものであると思っている。

 

そして私は暁斗みたいに強くない。私はすぐ逃げ出してしまう弱虫だ。暁斗のように泥の中で咲き誇ることなんて絶対にできない。

 

追い詰めた私が言うことではないが、あの状況に置かれて、山吹さんのことや巴さん、羽沢さんのことやPoppin’Party のことを考え行動するなんて私には到底無理な代物だ。誰よりも強く優しい子だ。

 

それに、今日のここまで暁斗のことを心配してくれた人が沢山いることも誇っていいことだと思う。

 

「尊敬してくれているのは素直に嬉しく思うけど、全く同じである必要なんてないわ……寧ろ暁斗は私より立派よ?」

 

「……そんなことないよ」

 

「いいえ。私は自分のことで手一杯で、すぐそばにいた日菜や暁斗のことすら見えていなかったから暁斗とは大違いよ」

 

「そーそー! あたしも人の考えていることとか全然わかんないから、暁斗はすごいよ?」

 

「いやいや、結局姉さんたちの方が色々できるしできるようになるのも早いじゃん」

 

 

「「「……ぷっ」」」

 

3人とも可笑しくなって吹き出した。

 

だって3人とも自分より2人の方が凄いと思っているから。自己評価が低いところ、相手を尊敬しているところ、大切に思っていること。それらが3人とも同じだとわかり思わず笑みがこぼれた。

 

「暁斗、私は貴方が怖かったの」

 

3人とも同じなんだとわかった今だからこそ言えることだ。

 

 

「いつか追い抜かれる。暁斗は私には無いものを沢山持っているもの。だからとても怖かった」

 

ずっと逃げてきた。暁斗と向き合うのが怖かった。いつ私がしてきたことが返ってくるかと思うと足がすくんで動けなくなってしまっていた。

 

でも、暁斗はそんな私を恨まずに慕ってくれていた。申し訳なく思うと同時にそれがどうしようもなく嬉しい。

 

「でも、俺は姉さん達と比べたら……」

 

表情は暗い。何かを恐れているようだ。

事実は事実だが、私たちに何かを突きつけられるのを酷く恐れている。

そんな暁斗の姿に胸が痛む。自分の罪の重さを改めて理解し直した。

これからはせめてもの償いをしていこう。

 

そう心に誓った刹那────

 

「ねー暁斗? 前から思ってたんだけど比べる必要ってあるの?」

 

「……え?」

 

「ちょっと、日菜っ!? あなた何言ってるの!?」

 

この期に及んでまだ暁斗の傷を抉るつもりなのか? 

 

「だってさーあたしはあたしで、おねーちゃんはおねーちゃんで、暁斗は暁斗でしょ? 同じである必要ってないよね?」

 

「仕方ないだろ。日菜姉みたいな人をみんなは期待していたんだから」

 

暁斗は投げやりに、しかして真実を放り投げる。

 

「俺は2人の弟としてダメダメだからさ」

 

告げられた言葉は私にも覚えがあることだった。

姉としての矜持があって、日菜の才能や自分自身を恨んだりもした。

これは避けては通れないのかも知れない。

 

でも────

 

「暁斗は気にしすぎだよ。誰がなんて言おうが暁斗はあたしの弟だし、おねーちゃんの弟なんだから」

 

「その通りよ。それに……溜め込むところや日菜と自分を比べて卑屈になるところなんか私とそっくりなんだから」

 

本当に、似なくていいところだけは私とそっくりだ。

 

恐らくだが、暁斗は不安だったのだろう。自分だけ異なる性別、異なる髪色な自分達がちゃんと姉弟なのかどうか。胸を張ってそれを受け入れていいのだろうかわからなかった。

 

私や日菜と違い落伍者の烙印を押され、冷遇され続けた暁斗にはその自信が持てなかった。

 

日菜の姉として悩んでいた私と同じで、暁斗も弟して悩んでいた。

これが姉弟と言わずして一体何を姉弟と言うのだろうか。

 

「よく知らない周りよりも当人達がどう思っているかが大事よ? 

それとも、暁斗は私や日菜がどう思うかより周りの人の見え方の方が気になるのかしら?」

 

我ながら少々意地の悪いことを言っている自覚はある。

 

「……その聞き方は色々とずるいよ。”おねーちゃん“」

 

数秒の沈黙の後に観念したかのように暁斗は呟いた。

 

 

……私はあまり呼び方に執着は無かったけれど、昔の呼び方をされると、胸にこみ上げてくるものがある。まるで仲の良かったあの頃に戻ったみたいだ。

 

「暁斗〜おねーちゃんは嬉しいよ────!」

 

「ちょ……苦しいし恥ずかしいってば日菜姉!」

 

「え〜〜〜! さっきおねーちゃんって言ったよね? なんでやめちゃうの!?」

 

「ギブギブッギブ! 関節極まって……アイタァッ!?」

 

 

日菜なんて感極まって暁斗に抱きついている。余程おねーちゃんと呼ばれるのが嬉しかったのだろう。思えば、呼び方が変わったことに日菜はかなりショックを受けていた記憶がある。

 

でも、今の2人はとても楽しそうだ。

わだかまりなんて何処にもない仲のいい姉弟そのもの。私たちが取り戻したかったものがそこにある。

 

「おねーちゃん! 暁斗がもう一回おねーちゃんって呼んでくれないの! 手伝って〜」

 

「恥ずかしいから嫌だ!」

 

 

「……2人とももう遅いし迷惑よ?」

 

「「ごめんなさい」」

 

そして3人とも同時に笑う。こんなやりとりがもう懐かしくて、楽しくてたまらない。

 

「じゃあ家に戻りましょうか」

 

「うん! ()()()帰ろう」

 

夜の街を3人で歩き、同じ場所へと帰っていく。

 

家に着くまでその手が振り払われることはなかった。




実はたったこれだけで解決する話でした。
理由は次回の暁斗視点で。
ただその前に彩誕になるかもしれません。

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