もし氷川姉妹に弟がいたら   作:タクティくす

51 / 56
これ沙綾いないと詰んでたかも





真実と答え

ああ、悔しいなぁ

 

あの場をカッコ悪く立ち去りながらひとりごちる。まるで引き立て役みたいで嫌になる。

 

暁斗のバカ……スカポンタン。このシスコンめ。

 

私の言うことは聞かないくせにお姉さんの言うことは素直に聞くっていうことが複雑だ。

当然その理由もわかっている。家族であるから意味があって私じゃ出来ないことだってことぐらいは。

 

ただ、巴のことを全く笑えないシスコン具合に少々呆れているだけ。

 

ただ優先順位が姉にあっただけだった。そのことは素直に喜ぶべきだ。嫌われたわけじゃないのだから、関係をやり直すことは不可能じゃない。暁斗の中では多少の比重の差があることはわかる。周囲の人よりは大切に思ってくれていることはよくわかった。

 

でも、姉に比べれば、切り捨てられる程度のものでしかない。そう言われたのが我慢ならない。

 

……そう思うのは、きっと我儘で、暁斗のためにもならないのかもしれない。私たちのエゴだと言われると否定できない。

 

それでも、私は割り切れない。割り切れるほど大人でもないし、暁斗がやろうとしたみたいに、思い出として片付けることも出来ない。

そもそももう少し我儘になっていい、やりたいことをしていいと言ったのは他ならぬ暁斗なんだから、その責任ぐらい取ってくれないと困る。

 

それはみんなも同じだ。嫌だ認めない。こんな終わりなんて許さない。

 

 

 

決意を新たに、けれど想いは変わらず。走り続ける閃光をただの人に戻すべく、彼女たちは動き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

家に帰ってから気がついたことがある。今まで全くの自覚がなかったから、本当に俺はどうしようもない大馬鹿者だ。

 

 

いつからだったかなんて、もう覚えていない。ただ、物心がつくよりさらにずっと小さい頃から、姉は俺の憧れだった。いつも先を歩いていて、カッコよくて優しくて、そんなおねーちゃんが大好きだった。

 

そんな風になりたいと思っていた。

 

けれども、みんな疑うのだ。本当に2人の弟なのかと。

うるさい黙れよ。そんなわけない。正真正銘俺は2人の弟だ。

 

でも、確かに目の色以外似ていない。

性別も見た目も性格も、そして何より持っているものが違っていた。

 

俺はあの2人のような万能性は全くない。

どこにでもいるような取るに足りない凡夫に過ぎない。

 

誰もが言うのだ。「お姉さんに比べると……」って「お前は本当に紗夜と日菜の弟なのか?」って。

 

時が経ち、姉弟間の差が明らかになればなるほど、段々とそれを否定できる材料がなくなっていった。

 

 

俺はあの2人の弟なのに、どうしてこんなに違うのか。

どうして、俺はこんなにダメな奴なんだろう。

俺はあの2人とは違う。

 

俺たちは()()()()()()()()()()()()()だ。

断じて、姉弟と呼べるものではない。

あの2人の弟であることを証明できるものなんて何一つない。

 

そこからは無我夢中で我武者羅に、溺れるように、狂ったように、没頭してのめり込んだ。

 

只々現実を否定したかった。逃げたかったんだ。

 

ただ、あの頃のように過ごしたい。でもそれはもう無理だ。

どうしようもなく存在した無味無臭の真実がじわりじわりと迫ってくる。

 

振り向いてはいけない。もし振り向けば、現実に引き摺り込まれて奈落へ落ちる。

前へ進め。前へ進メ。前へススメ、前へマエヘ、まえへすすめ……どんなに今が辛くたって何も上手くいかなくたって、走り続けなきゃいけない。

 

でも、限界は訪れた。

漸く追いついたと思ったけれど、それは氷山の一角に過ぎなかった。

知ってしまった────己の限界を

知ってしまった────敗北に勝る激痛を

知ってしまった────姉との差が埋めようがないことを

知ってしまった────血縁関係()()はあることを

 

精神は蝕まれ、心は軋んでいき、とうとう線が切れてしまった。

 

もう知りたくない、見たくない。嫌だ嫌いだこっちにくるな。

 

早い話が現実逃避。もう何もかも嫌になって、全てに蓋をして逃げ出した。結局何の因果か今この時まで生きてしまっているんだけど。

 

巴に助けられてしまった後は半ば自暴自棄だった。何もかもどうでもよくなっていたから流されるまま過ごしていた。

 

巴の妹のあこ、巴の住む商店街の知り合いの沙綾、つぐみ、はぐみ。

 

どうせ流れで知り合っただけ。どうでもいいし俺には関係ない。塵芥らしくのうのうと生きていくのだから。

 

 

 

(……そうやって生きているつもりだったんだけどな)

 

人間というのは意外と逞しいもので、少し経てば回復していたのだから呆れ果てるしかない。いつの間にか姉の軌跡から逸れて、姉のいない領域で何かないかと探していた。

 

あこの友人の燐さん、俺が初めて自分から声をかけた花音さんや、巴とつぐみの幼馴染みの蘭とモカとひまりとはこの頃に知り合った。

 

ゴミを漁るカラスや野良犬のようで、本当に浅ましい。反吐が出る。

結局姉が()()手を付けていないだけで、俺は劣化品なのに変わりはないと痛いぐらいにこの身に染み付いていて、とっくの昔に知っていた筈なのに。それでも諦めていないのだから、見苦しいにもほどがある。

 

 

多分無意識のうちにみんなを姉の代替品として見ていた。みんな優しくて、温かい場所だった。自分で言うのも変だが、居場所はあったんじゃないかなと思わざるを得ない。

 

だからこそ怖かった。

いつかは周りと同じようにどうせ彼女たちも俺を壊しにくる。

姉の存在があの空間に放り込まれた後はもう終わりだとわかっていた。どうせいつかは変わってしまう、そんなものはあっても嬉しくないし意味もない。それをよく知っていた。

 

それでもいざ本当に終わるまで手放せなかったあたり、大分入れ込んでいたんだろう。悪くないと思える時間を過ごしていた。

 

 

────そんな時間もあえなく終わりを迎えた。

 

ただ、それは仕方ないことだし、良かったと思う。

沙綾には沢山の恩が返し切れないほどあったから。

香澄には俺のできないことが出来るから。

後は託して去るのが乙だろう。きっと全部上手くいく。

 

流石にちょこっとショックだったし自分の中で整理する時間が必要だったから爺さんの家に一時的に避難していたわけだが、それでも前へ進んでいこう。

 

振り返っている余裕はないからと、先へ先へと突き進む。

 

────俺はまた、現実から逃げたんだ。

 

 

 

 

 

でも、世の中そんなに甘くも優しくなかった。

沙綾が追ってきた。納得できないからと後ろから。

鬱陶しい煩わしいとすら思っていた。なんで俺に構うんだ。

折角いい友達ができたんだからそっちとつるんでいればいいのに、態々俺に時間を割くなんて、無駄の極みでしかなかった筈なのに。

 

あいつ、なんであんな優しいんだろうな。本当に意味がわからん。

姉さんたちをあの場に呼んで、俺と姉さんの間を取り持った。

多分姉さんたちのためだろうけど、感謝するしかない。

 

 

 

心の底から安堵した。

俺は2人の弟であると、2人の弟でいていいんだと認めてくれた。

ならば、何ら問題無い。

 

────()()()()()()()()()()()

 

だって、まだ止まるわけにはいかないから。

2人が認めてくれたとはいえ、周りは誰も認めてはくれない。

勿論あの2人の言葉の方が俺の中では重いけど、それでも完全に無視するわけにはいかない。2人だけの言葉で全てを決めてしまえるほど、俺は狂っていないから。

 

でも、もう大丈夫。おねーちゃんが認めてくれたから。後は何の憂いもなく突っ走れる。あの星を掴むためにいつまでも追い続けられる。

 

 

だから────

 

「……で、何の用だよ? 沙綾」

 

────後は0にするだけだ。

 

俺はそんなに強くないから、姉を追うこと以外のことを背負うなんて無理なんだよ。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

あれから1日経って、暁斗に連絡を入れた。

 

『今から会える?』

 

凄く雑だが、私たちだしこんなものだ。なんて、今までのやりとりを焼き直しして自分の心を再確認する。

 

『今から出る』

 

……まず第一段階突破。ここを断られたら面倒だった。紗夜さん日菜さんへの昨日の借りを使わずに済んだのは大きい。

 

 

 

 

「やっほー暁斗、元気してる?」

 

「何の用だよ? ……沙綾」

 

面倒くさいというのを隠そうともしていない。

 

「暁斗の足を止めにきたんだよ」

 

今から私がすることは、もしかしたらとんでもなく間違っていることなのかもしれない。他人から見たら氷川日菜、氷川紗夜のブースターを壊す最低最悪の所業なのかもしれない。

 

……それでも構わない。まず、日菜さんと紗夜さんなんて言い方が悪いが心底どうでもいい。

 

「どういうことだ?」

 

「今まで色々あったよね」

 

……本当に色々あった。暁斗が初めて家に来た時は今よりずっと荒んでいたんだっけ。こうしてまともに話せるようになるまでかなり時間がかかった。そこからの暁斗は随分と変わったと思う。自分から世界を広げていくようになった。

 

まあ、それは暁斗が前にしか進めないってことの裏返しでもあった訳だからあまり喜ばしいことではないんだけど、それでも何もかもが無駄だったわけではないはずだ。

 

尤も、暁斗は意外とメンタル強いから死にさえしなければ私たち抜きでも立ち直っていそうだが。

 

「まあ、そうだな」

 

「全部無駄だった?」

 

「……さあな」

 

「正直に言って?」

 

「無駄とは言い切れないけど、もう要らない」

 

「……」

 

「失くしたものは戻らない。取り戻したところで同じものじゃないなら要らない」

 

だから消えろと告げてくる。

 

暁斗のこの異様な潔癖さは、多分周囲にずっと姉と同じものを求められた故の反動だ。姉と同じでなければ価値がない。変化のない物が良いという価値観が形成された。それはAfterglowの重んじる”いつも通り”を病的にしたようなもので、私たちをここまで排斥しようとすることは、逆説的に、無意識のうちに私たちといた時間が大切だと思っていたということになる。

 

姉に憧憬と同時に畏敬の念を抱いていたから、姉がいるなら変わらないはずがないと暁斗には疑う余地がない。

 

姉に同じである必要はないと諭されたとはいえ、そう簡単に変えられるものじゃない。そもそも、もう私たちは変わってしまったと思っている。

 

……だったらわからせてやる。私たちがどれだけ暁斗のことを心配していたのか、必要だと感じているのか見せてあげる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

失せろと告げた後から、沙綾が俯いて微動だにしない。

 

流石に言い過ぎたかな? 昨日に引き続いて一切相手に考慮せずに言葉を投げているから傷でも抉ったのだろうか? 

まあそれも二度と会うこともない相手には()()()()()()ことだろう……これ何回目だ? いい加減にしてくれ。

 

「何も無いなら帰るぞ?」

 

まあそんな訳ないだろうが、こっちだってやりたいことはあるんだからいつまでも待っている気はない。

 

さよなら、もう会うこともないだろう。許せ沙綾、これが最後だ。

もう用はないと立ち去ろうとし、背を向けた瞬間────

 

────それを待っていたと言わんばかりに沙綾が背後から手を回してきた。

 

「……沙綾?」

 

言外に離せと告げる。

 

「だめ」

 

「離せ」

 

今度は言葉にしてはっきりと伝える。

 

「行っちゃやだ」

 

「俺だって暇じゃないんですが」

 

「行かせない」

 

「何その嫌がらせ」

 

「逃がさないからね?」

 

「なら、用を済ませてくれよ」

 

「……いなくなっちゃ嫌だ」

 

用ってのはそれか。そう言ってもらえるのは悪い気はしない。

 

「でも……」

 

でも、もう要らないし前に進むためには邪魔だから。

 

「暁斗の分からず屋! 変わってない。私たち何も変わってないんだよ……」

 

「は?」

 

「なんで1人で先に行っちゃおうとするの?」

 

「嫌だよ。行かないで……暁斗」

 

「沙綾……」

 

だめだ。どうせいつか変わる。比べられたくない。否定されたくない。信じたくない。

 

 

 

「ねえ暁斗、そろそろ自分を卑下するのやめよ?」

 

「卑下なんてしてないだろ? 事実じゃん」

 

「私たちだって暁斗のことを知る他人だよ? それは無視?」

 

「数」

 

「他の人より暁斗のこと知ってるから質はこっちの方が上だね」

 

「……ああ言えばこう言う奴だな。普段は全然そんなことないのに」

 

 

 

「仕方ないな……ねぇ、()()()()()()()()?」

 

────やや呆れた顔をした直後、沙綾の左手から声がした。

 

 

『ちょっとショックだったかな、あまり信頼されていないみたいで』

 

『つぐみの言う通り、暁斗は一人で背負い込みすぎ』

 

『え〜? それ蘭が言っちゃう〜? それにしてもアッキーは意地っ張りだね〜』

 

『相談ぐらいしてくれても良かったのにな〜』

 

『とりあえず後で説教。暁斗はアタシたちを馬鹿にしすぎだ』

 

『おねーちゃんの言う通り! 紗夜さんは確かにカッコいいけどアッキーはそういうのじゃないし!』

 

『そうだね、あこちゃん……』

 

『あっ君はあっ君だよ! ひなちんや紗夜さんと比べるなんて無理だもん』

 

『えーっと……暁斗君、ごめんね? でも私も同じかな』

 

 

左手にはスマホ。どうやら一連の会話は筒抜けだったらしい。多分昨日のやつも同じく共有されているのだろう。

これが彼女たちの本音……らしい。

 

中々に嬉しいことを言ってくれる……これを信じていいとは思わないが。

 

 

「勿論私もみんなと同意見。結果でしか判断しない人たちと一緒くたにするとか、暁斗は私たちのこと嫌いなの?」

 

 

「……姉さんのこともだけど、ちょっと卑怯すぎない?」

 

録音するぐらいは予測してたから別に怒ったりしないけど、俺のプライバシーは一体どこへ消えていった? 

 

「念のため言っておくけど、そういうずるい所は誰かさんの真似だからね?」

 

「え?」

 

「どこかの誰かさんがいつも私に有無を言わさずに休みを取らせていたからそのお返し」

 

それとこれとは大分別問題だと思うが、そう言われると返答に困ってしまう。

 

「でもね、すっごく感謝してるんだ」

「え?」

 

「結構恥ずかしかったから言えなかったけど、CHiSPAの時とか文化祭の時とか他にも色々あるけど……」

 

「いつもいつも助けてもらってる。今まで一緒にいてくれて、ありがとう」

 

 

突然過ぎて思考が追いついてこない。それが一体何になるというのだ。俺は姉の劣化品でしかない。それは紛れもない真実なんだからどうせすぐ乗り換えるに決まってる。

 

「確かに、暁斗の思っている通りお姉さんの方がずっと良い結果を出したりもっと効率的に事を運べるのかもしれない。

暁斗にできてお姉さんに出来ないことなんてそれこそ暁斗の言う通りこの地球上のどこにだって存在していないのかもしれない」

 

……そうだよ。だからいつか捨てられるんだろ? そんなの嫌だからもう────

 

「でも、そんなもしもなんかどうでもいい。たらればなんて犬にでも食わせちゃえばいい」

 

「……え?」

 

「実際に私たちと一緒にいたのは他でもない暁斗だよ?」

 

 

 

「それと、これからだって暁斗の方がいいかな」

 

……面と向かってここまで言われたのは初めての経験だ。

これは信じていいものなんだろうか? いや、それは無いな

 

周囲っていうのは万物を測るための基準であり、物差しだ。俺は周囲が間違っていると言い張れる程傲慢にはなれない。

 

 

「暁斗、私は暁斗にそばにいて欲しい。紗夜さんや日菜さんよりも、暁斗の方が良い」

 

「……」

 

「暁斗は嫌?」

 

「……嫌じゃないけど」

 

気持ちは本当に嬉しい。けれど俺には姉に勝るものが何一つとして無いことが不安材料となっている。

 

 

「でも、姉さんたちがいるだろ……俺じゃダメなんだよ……何をやっても姉以下な俺じゃ何の価値も無いんだよ!」

 

だからもう後は姉を追い続ければいい。他のものなんて、要らない。いくらおねーちゃんが俺を認めても、周りは違うんだから。

 

「暁斗はさ、もうちょっと自分のことを認めてあげないとダメだよ」

 

人にはもう少し自分にその優しさを向けろとか言ってたくせにね。とため息を溢す。

 

「無理」

 

「無理じゃないよ。一緒にいた私たちが保証する」

 

「それに暁斗前に言ったよね?」

 

 

『……沙綾も我儘言っていいんだって』

 

「責任取ってよね?」

 

最後の最後に沙綾が残したものは、きっと俺にとっての免罪符だ。

自分で言った言葉の責任は手前が取らなきゃいけないんだから。

 

「……なら、仕方ないのかな」

 

たったそれだけなのにどうしてこんなにも心が軽くなったのだろうか? 自分の中で言い訳が出来たからなのか? 

 

「うん。今はそれでいいよ」

 

 

「でも、本当にいいの?」

 

「何度もそう言ってるし、他のみんなもそうでしょ?」

 

『『『『『『『『もちろん!!』』』』』』』』

 

「ほら、暁斗がしてきたことはちゃんと残ってるんだよ」

 

「無駄なんかじゃない。他の誰のものでもない。氷川暁斗が確かに残してきたものが今ここにちゃんとある」

 

 

「うん」 

 

ちょっと身に余る評価だと思うけどね。

 

「私たちと一緒にいた過去はいつだって消えてなくなったりはしない。

無かったことにしようとしても、意識しなくなったり忘れたりするだけで、存在そのものがなくなる訳じゃない」

 

「そうだね」

 

「それはお姉さんたちには出来なかった確かなことだよ? それだけあれば私たちには十分暁斗を選ぶ理由になる」

 

 

「それでも足りない?」

 

 

……そっか。何もかもおねーちゃんに塗り替えられたと思っていたけど、残ったものがあったんだな。それが今こうして俺のことを認めてくれている。

 

「……正直不安ばっかりだけど、そろそろ巴がブチギレそうだしな……大人しく言うこと聞きますよ」

 

「ふふ、そうだね。後でみんなに怒られると思うよ?」

 

「うーん、それは怖いな」

 

 

「心配かけた罰なんだから、ちゃんと反省しなさい」

 

「はーい……ありがと」

 

「どういたしまして……でいいのかな? 私としても戻ってきてくれてありがとうってところなんだけど」

 

 

 

 

実際のところはまだ足が竦むし、怖くて怖くて堪らない。姉さんが俺は強いとか言ってたけど、全然そんなことないんだよ。

 

でも、自分がしてきたこと、知り合った彼女達を無にすることなんて決してできないとようやく理解できたから。

 

 

 

 

勝利とは気付くこと、認めること。今まで生きた過去を、あるがままに受け止めること。

 

勝利からは逃げられない――なぜなら、常に消え去らない過去おもいでとして、己の中にずっと存在しているものなのだから。

そして過去は減るものではない。どれだけ振り払おうとしても、壊そうと亡くそうとしても降り注ぐ雨のように内へ溜まって増えていくものだから。

 

己の生きた足跡を受け止める……それはとても簡単で、同時にとても難しいこと。

極論、痛みや苦しみはどこまで行っても自分の物。それを肯定できなければ、いくらもがき姉以外を蹂躙できるようになったとしても、いつまで経っても過去(きず)は幻肢痛のように疼き続ける。

 

その錯覚から解き放たれたいならば、たった一つ、気づくしかない。

自分の重ねてきた時間が生きてきただけで、共にいただけで掛け替えの無い価値を秘めているものなのだと、思えたその時、人は何処へだって飛び立てる。

 

悲しいことも、苦しいこともあったとしても、だからといって嘆かなければならない理由なんてどこにもない。

目をそらさなければならない理由も、逆に見つめなければならない義務さえ同時になかった。

 

悲しめと命令するものなどおらず、また涙を流しながら笑うことさえ否定されていなかった。

そして自虐に走り過去(うしろ)から目を背ける必要もまた────

 

己の歩んできた道、培ってきた己自身。その全てが例え辛いものだったとしても意味があったんだと認めてやれさえすれば人は簡単に救われてしまう生き物なんだと気づくことができた。

 

いつか時がたった時、今のこの苦しみも葛藤も、『()()()()()()()()()』と笑い話にできたなら、きっとその時すでに俺は、人生の勝利者と言えるだろうから。

 

 

 

 

 

────爺さんの言っていた“勝利”は姉に勝ったり負けないなんていうことをしなければ得られないほど重いものでは決してなかったのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「ところで沙綾」

 

 

「ん? どうかした?」

 

 

「そろそろ離してくれない? 流石に恥ずかしいんだけど……」

 

「……ごめん」

 

────いざ終わったら急速に恥ずかしくなった俺たちであった。




次回最終回

過去の暁斗を肯定できるのはさよひなではなく実際に一緒にいた人だけだから沙綾の役割はさよひなより大きいんじゃないかな?


つぐの誕生日回はなしです。とはいえつぐに関しては少々思うところがあるためいずれ番外編を書くと思います。

設定開示するなら誰のがいいですか?

  • 友希那
  • こころ
  • 香澄
  • おたえ
  • その他
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。