結局のところ、これで良かったのかはわからないままだ。
逆立ちしたって俺が姉の下位互換であることに変わりはないし、未来永劫肩を並べることなんて不可能であることは火を見るよりも明らかだ。
“正しいことを正しい時に行い、ただの一度も間違えない”
そんな最強無敵で人外めいた天稟なんて俺は持ち合わせていない。
当たり前のように失敗して、失敗して、失敗して。
試行錯誤を重ねてどうにかこうにか一歩進んで、ふと前を見るとずっとずっと先に姉がいる。追いすがりたいけど、追いつけない。手を伸ばしても決して届くことはない。俺はちっぽけな人間だから、太陽や夜空は掴めない。
けれど、勝利とは気付くこと、あるがままの自分を受け入れることだった。
姉に憧れ、姉を目指して、轍でできた荒野を歩き続けたそんな自分自身と、その軌跡をほんのちょっとだけ認めてやれと諭された。そうやって苦しみ抜いてきた今までが俺という人間を形成しているのだから、そんなに無下に扱うなと少し怒られてしまった。
……正直なところを言うと、そんな価値があると思うことが難しい。自分が生きてるだけで価値のある人間なんだと思えるほど傲慢にはまだなれそうにない。どんなに努力した、苦しんだと自虐風自慢をしたとしても結局俺は俺でしかないのだから。塵は塵だろうという考えを捨てることができるほど、俺は俺自身のことを好きではない。
────でも、あり得ないと思っていた事態が起こった。自分かあいつらの気でも狂ったのかと疑いたくなってしまう。
それほどまでにみんなの発言は突然で、奇特な選択だと言わざるを得ないものだった。
けれども、多分きっと心のどこかではそれを望んでいたんだろう。
姉と比べられることが嫌だったのは、何一つ優っている部分が無かったからであって、比べた上で自身が優位に立っているならさほど苦に感じていなかったのだろうから。
姉じゃなくて自分を選んで欲しいと思っていたんだろう。
結局自身に都合のいいことを言われたから掌返しをしているという現実を省みて、己自身の浅はかさには辟易とする。
……そんな俺の内心がどうであれ、伝えられた真実からは目を逸らさずに真っ向から受け止めなければならないのだろう。
姉よりも俺を選んだこと、姉が俺のことを評した内容が正しいことだとは微塵も思っていないし、間違っているとすら思っている。
彼女達以外の第三者が見たら十中八九俺の考えの方が正しい。
俺のことはまあ親や周囲が仰る通り出来損ないだし、出涸らしで生きる価値など塵芥未満と評することが塵芥に失礼なことは百も承知だ。今更そこに異論を挟むつもりは毛頭ない。
けれど、今はほんの少しだけ違う。大多数に異を唱える人たちがいる。
それは全体から見れば少数だ。数で見ればほんの一握り。取るに足らないし無視して何ら問題のない超少数派のマイノリティの頓珍漢なエゴイズムだ。戯言だろうと片付けられてしまうほどに極小なものだ。
────それでも、そんな俺が大事なんだと、紗夜姉や日菜姉抜きで俺が必要なんだと言っててくれた。
事実がどうこうを差し置いて、そう言ってくれた。
頭では”こいつらが少数派だ”ってことも、痛いぐらいにわかっている。どうせこいつらだっていつかは姉に乗り換えるんだろう。
そういった当たり前で無情な現実と限りなく真実に近く、いずれ到来するであろう未来を無視するわけにはいかないのは確かだ。
でも、今この瞬間は、確かに俺の存在を肯定してくれた。その事実はなくならない。それに、有象無象よりもずっとずっと大切な人たちがそう言ってくれたんだ。
だから────もう一度、あと
彼女達が信じた俺モノが間違っている、あいつらは見る目がない、間抜けだと謗られるのは嫌だから。みんなの正しさを証明するために、足掻き続けよう。
心身共にとっくに限界だけど、あいつらの期待と信頼に報いるために、これが最後、あと一回だけだと己を奮い立たせる。
今度はどこまで続くのかはわからない。そもそも終わりなんてどこにも無いのかもしれない。多分次折れたら立ち直れない、そんな確信が自分にはある。
その終わりなき負の螺旋から抜け出す方法はたった一つ、自分で自分を好きになるしかない。
決してそれは独りよがりの独尊ではなく、彼女達の言葉を真摯に受け止めて、自分自身に誇りを持つこと。
今の俺にはとてつもない無理難題に他ならないが、やらねばその先に待っているのは破滅しか無いだろうから。
そして、それを悲しむ奴がいるから、
(……なんて、色々考えてるけど)
「結局のところ、みんなのこと嫌いになれないだけなんだよな」
空を見上げて呟いた。それっぽい理由をつけているけど、やっぱりそこに帰結してしまう。未練たらたらで女々しいけど、これが本音なのだから仕方ない。
「うんうん。何事も素直なのが一番だよ」
隣にいる沙綾が我が意を得たりと言わんばかりの笑みを浮かべながら、『どの口が言うんだこの野郎』と毒づきたくなるようなことを伝えてくる。……ニヤニヤすんな鬱陶しい。
「暁斗って意外とバカだよねー。ちゃんと見てくれる人は見てくれてるのにさ」
「灯台下暗しってやつ? 前ばっか見てるから全然気づかないんだもん」
「……おう」
「あはは、照れてる?」
「……まあ、ね」
言われ慣れていないからリアクションに困るというのが正解。
よくそんなことを臆面もなく言えるなと感心するしかない。
それと同時に申し訳なさでいっぱいになったから……
「え、とさ、その……ごめん」
「何が?」
「色々心配かけたし、その.酷いこと言ったし、愚痴に付き合わせたし……」
「そうだよ? 特に巴とかつぐみはカンカンだよ? はぐみはオロオロしてるし、あこは泣き出すし.」
……正直会うのが怖いです。
「うぇー……そりゃ大変だ。後で謝りに行かないとな」
「うん。私も待ってるから……じゃあ
「……ああ、
今日は雲一つなくて月が綺麗だ。
星も珍しくよく見える。
ふと、手を伸ばす。そして開いて見る。
その手には何も残らない。
悲しいことに俺は今ここに生きている。渇いたって飢えたって幻想になんかなれやしない。地べたに立った凡人に過ぎないのだ。
そんな不甲斐ない俺は、どう背伸びしたって俺でしかないんだと今になって漸く受け入れることができたんだ。
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その後のことを少しだけ語ろう。
まずは各所に謝罪に行った。
巴やつぐみやはぐみ、燐さんにあこに松原さん、モカと蘭とひまりといった友人や山吹ベーカリーや羽沢珈琲店や北沢精肉店などなど、方々を駆けずり回ることとなった。
滅茶苦茶怒られた。つぐみと花音さんは無言でいい笑顔してるし、蘭は明らかに機嫌悪そうな顔しながら無言で脇をつねり続けるし、モカはそれに便乗しながらニヤついてるし、ひまりとあこは何故か泣き出すし、それを見た巴が「あこを泣かせるとはいい度胸だな?」と般若になるし、はぐみは引っ付いたまま離れてくれないし、そんなカオス状態で燐さんはパニックになるしで本当に大変だった。
でも、不謹慎かもしれないけど嬉しかった。
勿論、マゾになったわけじゃない。ただ、罵倒されることはあれど、紗夜姉以外に”叱られる”って経験は実のところ初めてのことだったから。
新鮮で、同時に温かくて、一度知ったらもう手放せる気がしない。
いつか力尽きて何もかもダメになるその時まで、もう失いたくないんだ。
だから、頑張れ俺自身。今度の敵は姉よりずっとずっとタチの悪い、俺を拒む俺自身だ。
目を逸らそうにも、一番身近な他人なんだから今度は逃げる事はできそうにない。姉を目指すことよりきっと大変だろう。
それでも、家路に向かう足取りは今までで一番軽いものだった。
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「えっと、次は生徒会長挨拶、です」
「えーテステス.」
ざわ.ざわ.
時は変わって羽丘学園高等部の入学式。
マイクのハウる音に合わせて周囲のざわめきが一入大きくなる。
なんたって今人気のアイドルバンド Pastel*Palettes、通称パスパレ。そのギター担当の氷川日菜が今壇上にいるのだから。
「やべっめっちゃ可愛い……」
「彼氏とかいるのかな?」
「いるわけねーだろ! アイドルだぞ!?」
やいのやいのと騒めき出す。特に男子。
「みんなー! 入学おめでとー。生徒会長の氷川日菜です!」
「羽丘は勉強も大事だけどー? 生徒会長的にはー……」
「るんっ! てしよー!! 」
「ちょっと日菜先輩!? 原稿散らかさないでください!」
「もう、進めますね? えー……続きまして、在校生の言葉……え?
……コホン。失礼しました。在校生代表氷川暁斗」
『桜ノ雨も降り止み、 葉桜が萌えいづる季節となって参りました。新入生の皆さん、この度は羽丘学園へご入学おめでとうございます。
在校生を代表して、歓迎の意を表したいと思います。
今日この日から始まる高校3年間悔いの残らない生活を送れるように頑張ってください。
この羽丘学園は、生徒の自主性を重んじ、自由な校風を持っています。部活動以外にも、課外学習や自主研究。海外交流など様々な活動が行われており、そのどれもが皆さんに良い刺激を与えてくれるものだと思います。
しかし、ただ単に何もせず、どんな活動にも参加せずに日々を過ごしていると、あっという間に時間だけが流れていってしまいます。皆さんの大切な3年間を実りあるものにするためにも、何か夢中になれるものをぜひ見つけて下さい。
そして、ここから巣立つ時に胸を張れる自分自身になってくれることを願います。
以上を持ちまして、私からの歓迎の言葉とさせて頂きます。
在校生代表、氷川暁斗』
あの日の少年は今ここに立っている。
前見た時よりも顔つきが大人びたような気がする。
「元気そうで良かった……
空を見上げて、地を這いながら荒野を往く。
今度は走るのではなく、その足取りを時々振り返って確認しながらゆっくりと。
たとえ道半ばで倒れようとも、悔いはないと胸を張れるように、それ自体に価値があるのだといつか認められるように。己自身を赦せるようになるために、彼は今も生きている。
もし氷川姉妹に弟がいたら...なろう系チート以外はあの二人の型落ちになるだろう。
以上を持ちまして、本編は完結とさせていただきます。
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
処女作故拙い文章で恐縮ですが、多くの方に読んでいただき、とても嬉しく思っています。
本編は終わりましたが、番外編や別ルート、ネタが思いつけば別作品とまだまだ書いていこうと思うので、これからもよろしくお願いします。
設定開示するなら誰のがいいですか?
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